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第20話 AWAKEN



 ブチリ、と皮一枚繋がっていた左腕が千切れて、私は顔面から汚泥に落ちた。

 鈍く叩きつけるような衝撃に体が軋み、半壊していた義足のフレームが拉げて潰れる音。


「………して……る」


 頭上の枯れ木の枝、モズの早贄よろしく突き刺さったままの私の腕越しの宙は、綺麗な濃い藍色に染まっていた。


「………して、やる」


 喰われたのか、指の数が足りない右腕で肥溜めを這う。

 ヴヴヴヴと耳障りな羽音を立てて蝿が飛び回り、口の端に止まったのを喰い潰した。

 腐ったような得体の知れない汚汁と、腐敗した糞便と死肉の臭い。


「………殺して、やる」


 落ちた拍子に内臓が潰れたのか込み上げてきた血反吐を吐き捨て、嫌に柔らかい地面に爪を立てて這う。

 ふと、カラスが鳴くのを聴き、霞んだ視界の端に散乱した死体を見た。


 バラバラに引き裂かれ、引き千切られ、鴉に啄まれ、欠損し、もはや()()()()()わからないほどに破損した、腐敗しかけの死体の山。


 ………肺が潰れたせいか、息がうまくできない。

 浅く喘ぐような呼吸を繰り返し、死体の山に指先を掛け、



「っ、あん、な、りーぜ、さ」


 ずるりと死体が崩れた中に、綺麗な緑色の髪が一筋、輝いていた。

 生暖かく蕩けた肉に縋るように腕を突き込み、


「~~~~っ、ぁっ、そんな、なん、で」


 探り当てたアンナリーゼさんの身体は、辛うじてヒトの原形を留めていた。

 

「………ごめ、なさい」


 四肢を捥がれ、腹腔内部を引き摺り出され、側頭部が挫滅した異形のトルソーのような死体に縋りつく。

 無機質に私を見つめる、金色の瞳。



「ごめん、なさい、みんな、私のッ、わたしの、せいで………っ」



 私のせいで、また、人が死んだ。


 私の怠慢が、油断が、人を殺した。



「…………ころして、やる」



 指の爪が割れて血が飛び散り、アンナリーゼさんの血と混ざる。

 

 ………私がもっと早く動いていれば、私がもっと強ければ、誰も死なずにすんだのに、私は、また、守れなかった。



「ころして、やる」



 仇を、討たなければ。


 あの猿も、私も、その他も、皆殺しだ。

 血の一滴、肉の一片も残すものか。

 なにもかも、殺して、殺し尽くして、根絶やしにしてやる。


 ………だか、ら、



「………ごめんなさい、アンナリーゼさん」



 物言わぬ躯に跨り、涼やかな月明かりが、血の気の失せた青白い喉首を照らしていた。


 朦朧とする意識の中、命一杯に歯を剝き、




「………いただきます」



 黝い頸動脈に、牙を突き立てた。














 夜の森、静かな月明かりが照らす、木々の空白地帯。


 純白の獅子猿─────【月を見る者(ムーンウォッチャー)】と呼ばれる群れのボスは、ここしばらく見ないくらいの上機嫌で月を眺めていた。


 この数日、自分の『群れ』を殺しに殺したニンゲンどもを奇襲し、嬲り殺し、引き裂いた。


 『群れ』の数をかなり減らされたのは痛いが、不幸中の幸いというべきか、死んだのは小ハーレムのオスばかり。

 時間はかかるが、自分とメスが生き残ってさえいれば『群れ』はまた増やせる。


 バラバラにした死体は『餌場』にまとめて、唯一生き残っていた小娘は木に吊るした。

 彼らは経験で、こうしておけば暫くの間は新鮮な肉を愉しめる事を知っていたし、この辺りに獅子猿の獲物に手を出すような魔物がいない事も理解していた。



 彼の不運は2つ。



 1つは、達成感に気が緩み、森が俄かに騒ぎ立ったのに気づけなかった事。


 そしてもう1つは、




「さっきぶりじゃん、糞野郎。ちょっと殺させてくんない?」




 殺しておくべき相手を、殺し損ねた事。















「………きれい」



 世界が、透明だ。

 何もかもが透き通って、煌めいてて、気分がいい。


 手をゆっくり握って、開いて、鉛のようだった死に体のカラダが、羽根みたいに軽い。


 虫のさざめきも、獣の声も、星明りも、夜風の匂いも、清冽で、鮮明で、輝いていて、アタマがパンクしそう。

 五感で感じる全てがこれ以上ないくらいリアルなのに、夢の中みたいに頭がクラクラする。


 頬を伝う熱を覚えて、初めて自分が涙を流していたことに気づいた。


 とめどなく零れる雫を拭い、有り余る魔力で義足を再構築して立ち上がり、



「………あっちか」


 鋭敏化した嗅覚が、腐敗したような獣の臭いを捉えた。

 血を流しすぎたのか足がふらつくのを堪え、肥溜めから這い出し、



「じゃま」


 死肉漁りの獣の群れの中、近場にいた狼の胴に素手の一撃を叩き込んだ。

 悲鳴もなく真っ二つに千切れた狼が臓物をぶちまけて動かなくなり、プン、と香ばしい血液の匂いに、すっかり存在を忘れていた胃袋が、厚かましく空腹を主張する。

 ………そういや、さっき食べるまで、何も口にしてなかったな。

 そりゃお腹も空くか。


「いただきます」


 ダクダクとどす黒い血を流す死骸に口づけ、前脚を喰い千切った。

 筋張った肉も腱も骨も毛皮も一緒くたに咀嚼し、嚙み砕き、飲み下す。

 唸り声挙げて飛びかかってきたよくわからない獣の喉笛に噛みついて喰い千切り、首無し死体をブン回して振り降ろし、もう一匹叩き殺す。

 パァン!と弾けた死体を放り捨てて蛇のような魔物を握り潰して殺し、そのままシカっぽい魔物の脳天を叩き割った。


 胸郭をベリベリ引き剥がしてドクドク脈打つ赤黒い心臓にかぶりつき、噴水のような血を浴びるように飲む。


 真っ直ぐ突っ込んできた6本足のイノシシを蹴り飛ばして破裂させ、引っ掴んだカラスの首を捩じ切って血を啜る。

 

 干からびた死体を捨てて、まだ食べたりないと脳が喚く。


 ………まぁ、この森の事だ、喰うに困ることはないだろう。


 呼吸を整え、逃げ惑う魔物の背に飛び掛かった。











 襲い、八つ裂き、喰らい、月の光も射さない森の中を駆ける。

 姿すら曖昧な魔物の影を引き裂き、襲ってくるのを噛み殺し、逃げるのを蹴り砕き、虐殺し、蹂躙し、視界に写った順、片っ端から殺し尽くす。


 血が噴き出し、臓物が零れる度に、体が病んだように火照る。

 全身を満たす全能感と解放感。

 暴力的なまでの快感に胎の奥が痺れ、脳内で電流がパチパチ弾ける。


 ある種のオルガズムさえ感じさせる倒錯した快楽に、脳味噌がグツグツ煮え滾って甘く蕩けていく。


 脳天に振り降ろされた大蟹の鋏を受け止めて引き千切り、あべこべに叩きつけて両断。

 半壊した大鋏を振り回して周囲を薙ぎ払い、耳に心地よい断末魔の叫び。

 鼻腔を擽る、恐怖と絶望と死の臭い。

 地面を砕いて飛び出してきた大蜘蛛の頭を手刀の一撃で割断し、巨大な節足を引き抜いて槍のように振るい、薙ぎ払い、刺突し、手当たり次第殺し尽くす。


「………あはっ♡」



 愉悦に、口角が吊り上がる。


 目で見て、耳で聴いて、鼻で嗅いで、舌で味わって、肌で触れて、私は今、5感全てで殺戮を享受している。


 度を逸したエクスタシーに()()()が震える。

 永遠に続く絶頂のような、劇毒じみた快感。


 ………あぁそうだ、折角の大虐殺なんだ、派手に殺ろう。

 地面に手を着いて、魔力を流し込み、


「《地形創造(クリエイト)》」


 蠢動した地面が私以外の全てを貫いて磔に吊るし上げ、土塊が花開いた。

 降り注ぐ鮮血と臓腑の雨を浴び、ぶら下がってた心臓をもぎ取って咀嚼する。

 瑞々しい赤が舌の根に沁み入り、口腔を潤し、喉を滑って胃袋へと流れ落ちていく。

 酒池肉林……いや、血池肉林とでも言うべきか?

 まったく、まったく素晴らしい。


 ………だが、さっきから待ってもおかわりがやってこない。

 コレはひょっとしてアレか?ここら一帯の魔物を殺し尽くしてしまったか?

 せっかくノッて来たのに寸止めとか、最悪だ。

 死ぬならせめて私を気持ち良くイカせ



「ん?」


 森の中、少し拓けた場所の中央。


 純白の毛並みの大猿が、呆けたような顔で木の上から私を見下ろしていた。


 ………ケヒッ♡



「さっきぶりじゃん、糞野郎。ちょっと殺させてくんない?」







「ホギャアーーーッ!!」

「あっは♡なに?遊びたいの!?残念また来世!!!」



 叫びながら突っ込んできた獅子猿を真っ向から殴り飛ばして跪かせ、首を捩じ切ってブッ殺す。

 毛むくじゃらのソレをバスケットボールよろしく指先でクルクル回し、


「プレゼントだ、ありがたく受け取れや!!」


 唸りをあげて投じたボールが、呆気に取られてた別の獅子猿の頭を粉砕した。


「デッドボール、バッターアウト、ゲームチェンジ、ってね」


 突っ込んできたマヌケの懐に潜り込むのと同時に頸骨を砕いて殺し、もう一匹の脳天に手刀を叩き込んで破裂させる。

 同族がいきなり肉塊になったのを見て流石に警戒したのか、一斉に私から距離を取ってウロチョロ動き回る獅子猿ども。

 ふーむ………これアレだな、何か武器が欲しいな。

 私がいくら疾くても、生身じゃ間合いが足りん。


「剣、槍、太刀、弓………は左腕ないからムリか」


 はてさて、何を使お


「………あん?」


 ………そういや、なんで私、武器使おうとしてたんだ?

 まったく、自分の頭の鈍さがイヤになる。

 右腕を、大きく振りかぶって、


「草刈りだ、ボケナス共が」


 黒影が月光を斬り裂き、肉が抉れ、骨が砕け、臓物が溢れて血が噴き出す。

 グチャミソに掻っ捌かれてくたばる獅子猿どもを他所に、長く鋭く伸ばした右手の爪に舌を這わせ、脈打つような鮮烈な血肉の味に歯の根が甘く疼く。

 半ばから黒霧のように掠れ、原型を失った右腕を構え、


「1つ、2つ、3つ!!」


 大きく前に跳んで渾身の前蹴りで胴体を破裂させ、無数のムチ状に分裂させた右腕で絡め取って叩き潰し、爪の先で脳を貫いて殺す。

 大口開けて飛びかかってきたマヌケをアベコベに噛み殺し、四方八方から突っ込んでくるモンキーども。

 タイマンじゃ勝ち目が無いと踏んで、数で磨り潰す気か。

 まったく……


「いちいちヌルいんだよ、テメーらはよぉ!!」


 テレフォンパンチを躱しざまハラ掻っ捌いて殺し、力任せに上半身を引き千切って殺し、右手を前に突きだし、


「《雷斧》ッ!!!」


 死血色の魔力の斬撃線が稲妻めいて迸り、粉微塵に刻まれた死体が飛散する。

 血と臓物の雨の中、深く息を吸い込み、



「────外したな?」


 唸りをあげて投じられた飛礫を躱し、向けた視線の先、怯えた表情の白猿めがけて這うように疾走る。

 

 背を向けて逃げ出そうとした瞬間に爪先を踏み砕いて縫い留め、



「なら、終いだ」


 右腕のガードごと胴体をブッ裂き、横っ面に一撃叩き込んで陥没させる。

 堅く握り締めた拳を、振り被り、



「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すッッ!!!!」



 防御の上から拳を叩き込み、ひたすらに殴る。

 ふらついて倒れた糞にマウントポジションとってブン殴り、抵抗を捻じ伏せて殴る殴る殴る。

 顎関節壊れたのかバカみてぇに開いた口に手ぇ突っ込んで下顎を引き千切って鼻っ面を叩き折る。

 眼球を破裂させ、頭蓋を粉砕し、トドメを




「………ンだよ、つまんねーの」



 ピクリとも動かなくなった猿の剥き出しの脳髄に噛み付いて啜り、首を引き千切った。

 ふと、周りを見渡してみて、何匹かいたはずの残りの猿が忽然と姿を消していた。

 ………まぁ、あの状況なら尻尾巻いて逃げるか、普通。


「………いや、ゴリラにゃ巻く尻尾はねぇか」


 テンションがおかしくなっているのか、妙な笑いがこぼれたのを噛み殺し、


「んじゃ、猿狩りと洒落込みますかね」


 近場に転がってた死骸から腕を引き抜いて齧りつつ、森の奥へ足を踏み入れた。








「ん〜〜?………あー、あー?」


 頭がボーッとしてうまく動かない。

 私は、確か………


「………あぁ、なるほどね?」


 足元に転がる、死体、死体、死体。

 月光の照らす森の中、山と積み上がった大量の死体のうえに私は立っていた。

 手に持ってた何かの肝臓を丸かじりして、お腹が空いた。

 体中の細胞が、食料を、血肉を求めている。

 脇腹にブッ刺さっていた謎の牙っぽいナニカを引き抜き、傷口がジュクジュク蠢いて修復を開始する。

 熱く、燃えるような息を吐き。


「………どうしようか」


 心臓がバクバクして、頭がクラクラして、何もかもが眩く見える。


「………まぁ、取り敢えず殺すか」


 目につくもの、手当たり次第殺して殺して殺して殺して殺し尽くそう。

 なにかしなきゃいけない事があったような気もするが、それはそれとして脳髄を痺れさせる快楽に溺れていたい。

 誰でも、なんでもいい。

 擦り切れるまで殺したい。


 地鳴りにも似た騒音に目をやれば、魑魅魍魎めいてこちらへ殺到する魔物共。

 丁度いい、一先ずアレを殺してから考えよう。


 バキバキと軋みながら刃状に変異した右腕を構えて突貫する。

 絶叫と血飛沫、自身の輪郭すら消えてなくなるような快楽の渦の中、目の前の餌に牙を突き立てた。





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