第2話【約束】
「大丈夫か、ショウ坊。怪我は?」
燃える床にペタンと座り込んだショウに近寄り、抵抗しないのをいいことに触診して怪我の有無を確認するユフィーリア。
別にちょっと離れていたから寂しかったとか、離れていた時のショウ成分を補給しているとか、そういう意味合いはない。断じてない。怪我をしていないか心配しているだけだ。
腕や腹を触っても反応はなく、痛がる素振りも見せないので怪我はなさそうだ。見たところ火傷も負っていない様子である。怪我がなくて安心した。
「……本物?」
「ん?」
ようやくショウが喋ったと思えば、何故かユフィーリアの存在を偽者と疑うような発言だった。
「だって……ユフィーリアは、死んだって聞いて……」
「あ? 誰がそんなこと言った?」
「学院長から……」
あの野郎、まさか可愛い新人を相手にタチの悪い嘘を吐くとは。
燃え盛る校舎へ突撃する前に、相手が瀕死になるまでぶん殴っておいてよかった。まだ少し足りない気もするが、冥府の特別労働者として辛い労働を課せられることが決定されているので、あれ以上の攻撃は止めておこう。身体に影響があったら冥府での働き手にならない。
というか、ショウを信じ込ませる為にわざわざ棺まで作って、墓まで建てたのか。面倒なことをするものである。おかげで冥王の持つ死者の台帳に誤植が発生した上に、木彫りの人形が冥府の法廷へ送り込まれるという事件まであったのだ。
まあそんなことはさておき、ユフィーリアがこうして五体満足で生きているのは事実である。
「ショウ坊」
ユフィーリアは可愛い新人を安心させるように頭を撫でてやりながら、
「アタシはここにいる。死んでもいねえから安心しろ」
「……本当に?」
「おうよ。どこでもいいから触ってみな」
ほら、とユフィーリアは両腕を広げる。
胸に抱きしめたままの赤い長弓を脇に置き、ショウはユフィーリアに抱きついた。感触を確かめるようにぎゅうぎゅうと腕に力を込め、それから頬や髪の毛にも遠慮なく触れてくる。
本物か、魔法による幻影か確かめる為の作業なので仕方がない。「死んだ」と聞かされていた相手がこうして平然と目の前に姿を見せれば、疑いたくなるのも分かる気がする。
何度か腰に抱きつき、頬や腕などを触って確認してから、ショウの赤い瞳から涙がポロポロと零れ始めた。何が不満だ。
「本物だ……」
ユフィーリアに抱きついてきたショウは、
「本物のユフィーリアだ……生きている……」
「おうよ。死んでもねえし、こうしてちゃんと生きてるよ」
縋り付いてくるショウの頭を撫でてやり、ユフィーリアは微笑む。
「悪かったなァ、ショウ坊。ずっと一緒にいるって言ったのに、1人にさせちまって」
彼とは『ずっと一緒にいる』と約束をしたのだ。
どこぞの爽やかな笑顔が特徴の暴君によって引き離されてしまったが、約束を違えようと思ったことは1度もない。
肩口に額を押し付けて嗚咽を漏らすショウは、緩やかに首を横に振った。
「大丈夫だ……こうして、貴女が戻ってきてくれただけで嬉しい……」
「そっか」
涙を流すショウをあやすように背中を撫でるユフィーリアは、
「ところでショウ坊」
「何だ?」
「お前、いつ神造兵器なんて手に入れた?」
ショウが持っていた赤い長弓だが、あれは神々が作り出したとされる神造兵器と呼ばれる代物だ。絶大な威力を誇る代わりに、使い手を選ぶとされる割と危険な武器である。
銘は『狂王の炎宴』――初代冥王が死者の魂に刑罰を与える際に用いられた、炎の弓矢である。弓の使い手とされるのは初代冥王のみで、2代目以降の冥王はそれぞれ自分の得意な形式の武器を拵えてもらっているらしい。
予想だが、今回の火災は神造兵器とショウの保有する魔力が結びついたことによる暴走だろう。悪いのはショウではなく、迂闊に神造兵器などという超危険な代物を与えた何某だ。
涙で濡れた赤い瞳を瞬かせたショウは、側に置いたままになっている赤い長弓に視線を落とす。それから何の躊躇いもなく、これを誰から受け取ったかの報告をした。
「学院長から渡された。ユフィーリアたちの墓が荒らされていたから、墓荒らしを処する為に」
「処しちゃうか」
「それしか思いつかなかった……」
「可愛い」
しょんぼりと肩を落とすショウの頭をグリグリと撫でるユフィーリアは、彼の側に置かれた赤い長弓を一瞥する。
見たところ、手放したところで何か起きる訳でもなさそうだ。
神造兵器に使い手と選ばれなかった場合、手放しても触れた相手に危害を加えることがあると報告されている。怪我をしている様子も見えなかったし、神造兵器によって傷つけられた箇所も見られなかったので、使い手として選ばれたのだろうか。
まあいいか、貰えるものは貰っておこう。
「よし、ショウ坊。それは貰っておこうな」
「いいのか?」
「どうせショウ坊しか使えねえんだ、学院長の箪笥の肥やしになっても仕方ねえだろ」
「貴重な武器なのに、俺が貰ってもいいのだろうか……」
「グローリアの奴は拳で説得させるから安心しろ」
にっこりとショウに微笑みを投げかけるユフィーリアだが、学院長のグローリアを殴ることはすでに決定されていた。
今回の魔力暴走の原因は、やはりグローリアである。
魔導書図書館の『物語の世界樹』が燃えた時もあの爽やか暴君野郎の関与があったと予想したが、真相を吐かせる前に冥府へ連行されたので有耶無耶になってしまった。この際ハッキリさせよう。
ユフィーリアに言われて信じたのか、ショウは「分かった」と頷いて赤い長弓を手に取った。長弓から炎が溢れ出てきたり、長弓がショウの手を弾くようなことはなかったので、やはり使い手に選ばれたと見ていいだろう。
「さて、そろそろかな」
「?」
座り込んでいたショウを立ち上がらせ、ユフィーリアは割れた窓の外を見やる。
炎の赤色と晴れ渡った空の青色を混ぜ合わせたかのような窓の向こう側に、巨大な灰色の塊がビュンと横切る。それは大きく放物線を描いて空を駆け抜け、器用に方向転換して学院長室に向かってきた。
虚空をしっかり踏みしめ、速度を落とさず、割れた窓めがけて灰色の塊が体当たりをぶちかましてくる。瓦礫が飛んでこないように、とユフィーリアは灰色の塊が突っ込んでくる前に防衛魔法を展開してショウと自分の身を守った。
どごんッ!! という盛大な破壊音を響かせて、学院長室の壁の一部が突き破られる。
灰色の塊の正体は、巨大な灰色の狼だった。
窓ごと壁を突き破って燃える学院長室に突っ込んできた灰色の狼は、迷彩柄の布を首に巻き、大きな口に合った鉄製の口輪を装着している。狼が学院長室に体当たりで飛び込んできた衝撃で学院長の執務机は吹き飛び、ユフィーリアが展開する防衛魔法に当たってあらぬ方向にひっくり返っていた。
銀灰色の双眸でジロリとユフィーリアとショウを見下ろし、灰色の狼は「ウォン」と低い声で鳴いた。
「よう、エド。出迎えご苦労さん」
「オレもいるよ!!」
灰色の狼の背中には黒いつなぎ姿の少年――ハルアが乗っていた。灰色の狼に飛び乗ってついてきたのだろう、肝心の狼は「ついてきちゃったんだよねぇ」と言わんばかりの困り顔を披露した。
狼の背中から飛び降りたハルアは、自分の唯一とも呼べる後輩のショウに飛びつく。
先輩との感動の再会を果たしたショウもまた、嬉しそうにハルアの抱擁を受け入れた。年齢が近いからこその仲の良さである。
「ショウちゃんショウちゃん、無事でよかったよショウちゃん!!」
「ハルさんも元気そうでよかった。――死んでいないか?」
「死んでるように見える!?」
「元気に生きてる」
「そうだよ!! オレ超元気だよ!!」
「うん。ハルさんは超元気だな」
若者にしか分からないやり取りなのだろうか。喧しいだけの会話に聞こえるが、彼らにとっては生存確認か何かか。
ユフィーリアは「はい、そこまで」とショウとハルアの生存確認を強制的に終了させる。
ここが用務員室や安全地帯であればいくらでもやらせてやるのだが、現在、ヴァラール魔法学院は火災に見舞われている最中である。今すぐここから逃げなければ丸焦げになるか、学院の瓦礫に押し潰されてぺちゃんこになるかのどちらかだ。
「ハル、ショウ坊をエドの背中に乗せてやれ」
「分かった!!」
元気よく頷いたハルアは、ショウの手を引いてお行儀良く伏せをする灰色の狼に乗せてやる。
慣れない狼の背中に四苦八苦しながらも、ハルアの手助けもあって何とか背中に跨ることに成功するショウ。ふかふかな灰色の毛並みに手を滑らせて、小さく「ふかふかだ……」と呟いたのを聞き逃さなかった。
狼も狼で、自慢げに「ワフン」などと鳴く。「そうでしょぉ?」とでも言いたげだった。
ユフィーリアは浮遊魔法を発動させ、燃える床から浮かび上がる。すでに建物も限界に達しているのか、先程から嫌な音が絶えず聞こえてきていた。
「おし、エド!! 行け!!」
「ウォン!!」
元気よく吠えた灰色の狼は、ショウとハルアを乗せて大空を駆ける。その四肢で力強く虚空を踏みしめ、風を切って燃える校舎から離れた。
ユフィーリアも浮遊魔法で狼が開けた巨大な穴から飛び出し、燃える校舎から脱出する。
背後で何かが崩れ落ちる音を聞いたが、もう振り返れなかった。多分、あと数秒ほど遅かったら天井に押し潰されていたかもしれない。
教職員たちによる懸命の消火活動の甲斐はなく、ヴァラール魔法学院の校舎は焼け焦げた瓦礫の山と化した。
校舎はなくなったが、問題児たちに悔いはない。彼らにとって1番大切な人物の救出に成功したのだから。




