第6話【問題用務員と終焉の責務】
「あー……これはそのー……」
ユフィーリアはしばらく頭を悩ませてから、
「て、手品みたいな……?」
「人体を砂にするのが手品に数えられるのか?」
ショウに指摘され、ユフィーリアは言い訳が失敗したことを悟る。
終焉の責務を見られていたことが、ユフィーリアにとって最大の敗因だ。この仕事は現状、ユフィーリアしか背負えない。終焉を迎えた相手は誰も覚えておらず、記憶があるのはユフィーリアただ1人だ。
ただし、消える瞬間を目撃されたのは別だ。それまで存在していた人間が消えていく瞬間を見れば、砂になって消えていった知らん人間としか認識されない。
初めてのことなので色々と分かっていないが、とりあえずユフィーリアは混乱していた。終焉の責務を、見られたくない人物に見られたからだ。
「ユーリ、もう隠さないでよぉ」
エドワードは銀灰色の双眸でユフィーリアを見据え、
「俺ちゃんたちねぇ、もう知ってるよぉ。ユーリがどんなものを背負ってるのかもぉ、ユーリがやってきたこともぉ、全部分かってるよぉ」
「…………」
誤魔化す為の笑顔が、ユフィーリアの顔から消えた。
やはり知られていたのか。
隠すのも限界を感じていたが、予選第1試合の場でキクガと八雲夕凪がユフィーリアの責務についてショウたちに説明したのだ。あの2人、今度会ったら引っ叩いてやる。
「そっか」
ユフィーリアが言えたのは、この一言だけだった。
銀製の鋏を雪の結晶が刻まれた煙管の状態に戻し、それを咥える。ゆっくりと清涼感のある匂いの煙を燻らせ、それからユフィーリアは彼らに背を向けた。
知られているのならば仕方がない。それ以上のことはしないし、踏み込ませない。ここは、ユフィーリアだけの領域だ。
「じゃあアタシは先に用務員室に戻るわ。疲れたし」
「話は終わってないんだけどぉ」
エドワードに引き止められ、ユフィーリアは立ち止まらざるを得なくなる。
「これ以上の話って何だよ」
「何で俺ちゃんたちに言わなかったのぉ?」
「…………」
この責務をお前らに背負わせない為、という言葉は飲み込んだ。
何百年、何千年と積み上げてきた100人の終焉。その全てを見届けて、呪詛を全部背負ってきた。
たった1人で100人もこの世界から消してきたのだ。殺すどころの話ではない。魂さえもこの世界から消えてなくなり、相手は世界に対する恨みつらみをユフィーリアに吐き捨てて消えていった。
孤独の責務に慣れてしまったユフィーリアに、何を言えるというのだろうか。
「俺ちゃんたちだってぇ、言ってくれれば手伝ったよぉ」
「犯人を引きずってユーリの目の前に突き出すことぐらいはしたよ!!」
「おねーさんたちだって、伊達にアナタと一緒にいないもノ♪」
「1人で背負い込まないでほしいと言っただろう、ユフィーリア」
ああ、本当に彼らは優しく成長した。
だからこそ、今はその優しさが酷くつらいものだ。
ユフィーリアは彼らに自分の責務を背負わせないことを決めたのだ。この重く潰されそうな呪いは、全部1人で背負い込むと誓ったのだ。
絶対に、何があっても、自分の我儘に彼らを付き合わせないと固く決めたのだ。
だからこそ、ユフィーリアは首を横に振る。
「いいんだ」
これは1人で背負うと決めたから。
「お前らの言いたいことは分かる。でも、これはアタシが決めたんだ。アタシだけが背負うって決めたんだよ」
我儘に付き合わせて、潰れてしまったら嫌だ。
「もう慣れてんだ、終わらせるのは」
何度もやってきたことだから。
「お前らにこんなの、背負わせられる訳ねえだろ」
――本当は、誰よりも悲鳴を上げたいはずなのに。
とんだ嘘つき野郎だ、とユフィーリアは胸中で自嘲する。
100人目という大台に到達したことで、終焉の責務に限界を感じていたのは自分のはずだ。投げ出したくて仕方がないのに、消えていく人間の呪詛なんて聞きたくないはずなのに、どうしてこうも強がってしまうのだろうか。
ほんの少しだけでもいいから「助けて」と言えばいいのに。
「もういいだろ。アタシのやってきたことは知ってるだろうし、もう何も言うことは」
パンッ、と。
頬に強烈な痛みが生まれた。
張り手をされたと気づいたのは、3秒ほど時間を要した。
「何でそんなことを言うんだ」
ユフィーリアに張り手を叩き込んだのは、ショウだった。
「貴女がどれほどの責務を背負っているのか知らない、貴女が何も教えてくれないからだ。突き放すようなことを言って、本当は貴女自身が1番辛いのに」
ズキズキと痛みを訴える頬を押さえてショウを見やれば、彼は泣いていた。赤い瞳からボロボロと透明な涙を零しいた。
「ユフィーリア、俺たちはそんなに頼りないのか。そんなに、弱い存在だと思っているのか?」
力強くユフィーリアの手を握ってきたショウは、
「俺は――俺たちは、貴女の背負っているものを一緒に背負わせてほしいと思っている。それだけの覚悟はある」
ボロボロと涙を零しながら、ショウはそれでも笑って言った。
「いつも一緒に『楽しいこと』をしてきただろう? ならば、一緒に『辛いこと』も背負うのが道理だろう?」
ショウの言葉に何か言うより先に同意を示してきたのは、用務員としての勤務歴がユフィーリアに次いで長いエドワードだ。
「そうだよぉ。俺ちゃんだってねぇ、伊達にユーリと一緒にいないんだからねぇ。悪い子を消し飛ばすぐらい何だって言うのよぉ」
そう言って、エドワードはユフィーリアの頭をぐしゃぐしゃに撫でてきた。普段はユフィーリアの方がエドワードの頭を撫でることが多かったので、頭を撫でられるのは新鮮だった。
すると、今度は脇腹に衝撃が走る。
見ればハルアがユフィーリアの脇腹めがけて頭突きをしているところだった。グリグリと毬栗にも似た頭を押し付けて、ハルアはいつもの底抜けな元気のある声で訴えてくる。
「オレね!! 殺すの得意だよ!! だからユーリのお仕事、手伝えるよ!!」
顔を上げた彼は、いつもの快活な笑みで続けた。
「これでユーリは楽になれるよ!! やったね!!」
何がやったねなんだ、という言葉が出てくるより先に、ユフィーリアの顔面が肌色の何かで埋め尽くされた。
「ンもう、ユーリったら水臭いんだかラ♪ こんなことならおねーさんだってもっと魔法の勉強を頑張っちゃうのヨ♪」
豊満な胸でユフィーリアの頭を抱き、アイゼルネは「でも残念♪」と戯けた調子で言う。
「おねーさんは殺しに慣れてないから、誘惑することしか出来ないワ♪ 疲れて帰ってきた頑張り屋さんを癒してあげるから、おねーさんにも背負わせてちょうだいネ♪」
「それはいい考えだ。アイゼルネさんはきっと美味しい紅茶を準備して待っててくれるぞ」
「殺すのは俺ちゃんとハルちゃんで頑張るからねぇ。ショウちゃんには遠距離から支援してもらおうねぇ」
「逃げられないように殺してからユーリのところに連れていくね!!」
「ちょ、おい。待て待て待て。後半後半、後半の言葉がまずい色々と」
ああ全く、本当に彼らは大馬鹿だ。
せっかく我儘に付き合わせないと決めたのに、これでは覚悟が揺らいでしまうではないか。
ユフィーリアを離さないとばかりにぎゅうぎゅうと抱きしめてくる彼らの頭へ順繰りに1発ずつ拳骨を落とし、まずは身体から引き剥がすことを成功させる。脳天に1撃を食らった可愛い部下たちは、揃って床に沈んだ。
「馬鹿だなァ、お前ら。せっかく自由にしてやってたのに」
床に沈んだ彼らをまとめて抱きしめ返してやりながら、ユフィーリアは苦笑する。
「もう逃がしてやれねえじゃん」
その言葉に対する4人の反応は、
「逃げるつもりなんてないよぉ」
「オレたち、ずっとユーリと一緒だよ!!」
「離れることなんてないワ♪」
「貴女と一緒にいると決めたのだから」
どこまでも真っ直ぐで、嘘偽りがなく、迷いのない答えだった。
これだけ覚悟を示されれば十分だ。
もう、諦めもついた。
「本当に馬鹿だなァ」
どこか身体にのしかかる重圧が軽くなったのを感じながら、
「アタシと一緒にいることを選ぶなんて、馬鹿だなァ……」
嬉しくて、ユフィーリアは彼らに見えないところでちょっぴり涙を流すのだった。




