第7話【問題用務員と従僕契約】
「お前らの気持ちは受け取った」
ずび、と赤くなった鼻を啜るユフィーリアは、
「じゃあ、次に終焉の責務を負うようなことがあったら協力してもらう。それでいいだろ? まあ滅多にある仕事じゃねえから、気長に待ってて貰えれば」
「違うでしょぉ、ユーリ」
「違う?」
エドワードから否定の言葉を受けて、ユフィーリアは眉根を寄せる。
彼らが怒っているのは、ユフィーリアが1人で終焉の責務を背負ったからではないのか。「楽しいことも一緒なら辛いことも一緒だ」と言っていたではないか。何が違うのか分からない。
違うと否定されるような真似はないのだが、どこが違うと言うのか。彼らの求めるものが、ユフィーリアには理解できなかった。
すると、ショウがそっとユフィーリアの手を取り、
「ユフィーリア」
「何だよ、ショウ坊」
「従僕契約って知っているか?」
ユフィーリアはショウの手を振り解いて逃げようとした。
「逃がさない」
「ショウ坊待て、待って、お前その力はどこから出てくるんだ!?」
ユフィーリアも腕力には自信のある方だと思っていたのだが、何故かショウの手が振り解けない。一体その華奢な身体のどこからそんな力が出ていると聞きたくなるほどだ。
ギリギリとユフィーリアの手を容赦なく締め付けてくるショウの手は、絶対にユフィーリアを逃がさないとばかりの握力を発揮してきた。しかも眉一つ変えない無表情のままだ。恐ろしいことこの上ない。
ちくしょう、手を握ってきたのはこの為だったか。ユフィーリアは己の愚かさを呪った。
「ユフィーリア? 何故、俺たちと従僕契約を結んでくれないんだ?」
「いや、あの、だって」
「言い訳は聞きたくないのだが? 従僕契約を結びたくない理由は何だ? 終焉の責務とやらに俺たちを巻き込みたくないという世界で1番優しい言い訳はもう聞きたくないのだが?」
彼の赤い瞳は、有無を言わせぬ迫力がある。
ユフィーリアは泣きたくなった。
従僕契約は、魔女が長い時を一緒に過ごす相手を見つけた際に結ぶ契約だ。魔女の寿命と同期し、魔女が死ぬ時に契約を結んだ従僕もまた死ぬように設計されている。こうすることで魔女は自分と同じ時を過ごしてくれるパートナーを得ることが出来るのだ。
ユフィーリアは新人のショウはおろか、用務員の勤務歴が最も長いエドワードでさえ従僕契約を結ばなかった。自分の人生に彼らを縛り付けることは間違っているという考えだし、何より1番肝心の部分が嫌なのだ。
「だって!! 従僕契約の時に飲む魔法薬が死ぬほど不味いんだもん!!」
ユフィーリアは涙目で叫んでいた。
「…………え?」
これには若干のヤンデレ風味を見せたショウも呆気に取られてしまった。
「不味いんだよ、従僕契約の時に飲む魔法薬が!! 死ぬほど!!」
「…………それだけ?」
「お前らをアタシの人生に縛り付けるのが嫌だってのもあるけど、1番の理由は従僕契約の時の魔法薬を飲むのが嫌なんだよ!!!!」
ユフィーリアが従僕契約を避ける理由は、これが最たる原因だった。
不味いのだ、従僕契約に使用する魔法薬が。
ちなみに言うが従僕契約を結ぶたびに魔法薬を飲むので、ユフィーリアは合計4回も飲まなければならない。死ぬほど不味いと言われる魔法薬を4度もだ、さすがに結びたくない。
年甲斐もなくベソベソと泣くユフィーリアは、
「お前らはいいよな、1回飲めば済むんだから!! アタシはあれを4回も飲まなきゃいけないのに!!」
「ユフィーリア、その魔法薬の不味さを分かっているようだが……誰かと従僕契約を結ぼうとしたことがあるのか?」
青い瞳からボロボロと零れ落ちる涙をメイド服の袖で拭うショウに問われたユフィーリアは、
「昔にな、エドが来たばかりの頃にな」
「ああ」
「懐いてきて可愛いから従僕契約を結ぶかって思ったんだけどな」
「ああ」
「あまりにも不味くて吐いた……」
その場の全員が、最古参の用務員であるエドワードに向けられる。
まさか本人も知らないところで従僕契約を結ぶ話になっていたとは思わず、銀灰色の瞳をパチクリと瞬かせる。
残念なことにエドワードは従僕契約を結んでいない。結ぶ前にユフィーリアが魔法薬を吐き出して契約が不成立となってしまい、さらにその記憶も幼い頃の話なので覚えていないことだろう。
エドワードは首を横に振って、
「俺ちゃん、覚えてないんだけどぉ!?」
「そりゃそうだろ、お前がアタシよりも小さかった頃の話だぞ」
ぐしぐしと自分の目元を擦るユフィーリアは、
「ここまで来れば従僕契約を結ぶのも嫌じゃねえんだよ、せめて魔法薬を飲む回数が減ってくれればいいんだけどな」
「何だ、そのことで悩んでいたのかね?」
「ゔぇッ」
唐突に背後から声をかけられて、ユフィーリアは驚きのあまり変な声を出してしまう。
夜の闇に沈む廊下の奥から現れたのは、趣味の悪い髑髏の仮面を装着した神父――ショウの実の父親であるキクガだった。
髑髏仮面の下から覗く赤い瞳は、若干の呆れが滲んでいる。まさか魔法薬が嫌で従僕契約を避けていたとは思えないのだろう。
「てっきり自分の人生に彼らを縛り付けるのが嫌だと思っていたのだが」
「コイツらがそんなことを言っても聞かねえってのは理解してる」
「それでもなお従僕契約が嫌だという理由は、契約の際に飲む魔法薬が死ぬほど不味いのが原因であり、しかも契約ごとに飲まなければならないから4度も飲む羽目になるのが嫌だと」
「わざわざ言わなくていいんだよ、ちくしょう」
ユフィーリアは吐き捨てた。
せめて魔法薬の不味さが改善されていれば、従僕契約を結ぶことも吝かではない。味の改善が不可能なら、せめて飲む回数を減らしてほしい。
彼女が従僕契約を受け入れるのならば、最低限でもその条件を満たしてほしいところだ。
キクガは「ふむ」と頷き、
「味は改善できないが、飲む回数なら1度で済む」
「え、本当?」
「従僕同士の契約の同期をすれば問題はないさ」
聞き覚えのない方法に、ユフィーリアは首を傾げた。
そもそも従僕契約の魔法薬が嫌で、勉強を避けていたのだ。内容が古すぎて更新されていない可能性が高い。
従僕同士の契約の同期とは初めて聞く契約内容だ。ただ契約を結ぶだけではダメなのか。
「最近では従僕を複数持って侍らせたいという魔女や魔法使いが多くてね、複数人の従僕を持つ際に契約が競合して従僕同士で主人の取り合いが起こるようになったのさ」
「え、じゃあ……」
「君が馬鹿正直に4度も従僕契約用の魔法薬を飲めば、エドワード君たちは間違いなく殺し合うぞ」
ユフィーリアは寒気を覚えた。
昔にエドワードと従僕契約を結ぼうとしたが、結ばなくてよかったのだ。もし結んでいれば、それ以降に従僕となった人間で殺し合いに発展してしまう。
たった1人の、魔女の愛を勝ち取る為に。
「そこで従僕契約の同期だ。従僕同士は仲間であり、互いに魔女を敬愛する者であるという認識を持たせる。こうすることで従僕同士は争わなくなる」
キクガは「例えるなら」と言葉を続け、
「いわゆる『同担拒否』が『同担歓迎』となる訳だな」
「父さん、さすがにその例え方はどうかと思う」
「でも間違ってはいないだろう」
「間違っていないが」
キクガとショウの会話はよく分からないのだが、多分意味合い的には間違いない。同担が何を意味しているのか分からないが。
とりあえず、ユフィーリアにとって僥倖なのは従僕契約の魔法薬を飲む回数が1度で済むという点だろう。
あの不味さは出来れば2度と体験したくない。ぶっちゃけ言えば1度だけでいい。
ユフィーリアは「まあいいや」と応じ、
「その従僕契約の方法を教えてくれ」
「見届け人が必要だが、それは私が請け負うことにしよう」
髑髏仮面の下で微笑むキクガは、
「息子が末永く君と世話になることだしね」
「……え、従僕契約って結婚の挨拶か何かだった?」
「間違ってはいないだろう。息子が世話になるのだから、私がそれを見届けなければ」
「三つ指ついてお願いした方がいいのか?」
「おや、よく極東方式の結納の挨拶を知っているとは意外だ。だが必要ないとも」
キクガは踵を返すと、
「契約場所は主人と従僕の絆が深い場所――用務員室で執り行うとしよう」




