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ヴァラール魔法学院の用務員は今日も問題を起こす  作者: 山下愁
第16章:蒼の剣姫〜問題用務員、地下闘技場乱入事件Ⅱ〜
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第5話【???と終わり】

 全身が痛い。


 腕も足も激痛に支配され、動かすこともやっとの状態だ。

 加えて大量に出血している。このまま血を流し続ければ、確実に失血死でこの世を去ることになるだろう。


 壁伝いに覚束ない足取りで進むイザヨイ・サブロウは、喉の奥まで迫り上がってきた激痛による悲鳴を無理やり飲み込んだ。



「はあ……はあ……」



 視界も徐々に霞んできた。

 廊下を踏みしめる足の感覚も、すでにない。


 敵前逃亡をしてしまったのが悔やまれるが、どうせ死ぬなら邪魔な目線がない場所で死にたい。大衆の面前で自分の死が面白おかしく語られるのはごめんだ。



(死ぬのならば)



 そう、死ぬのならばあの銀髪碧眼の魔女の手にかかりたい。


 あの魔女は強かった、本当に強かった。

 女子とは思えぬ身体能力に腕力、それから躊躇いのなさ。どれを取っても自分の故郷である極東地域にはいない、精錬された強さを持つ魔女だった。


 彼女の噂は何度か耳にしたことがある。


 ヴァラール魔法学院が始まって以来の問題児として語られ、真の実力は普段の問題行動に隠れてしまっている。高い魔法の才能と星の数ほど存在する魔法に精通した知識、それから凶器を手にした自分を相手に怖気付く様子のない態度。

 秩序を乱す癌のようなものだと忌み嫌っていた問題児だが、強さとしては申し分なかった。むしろ、彼女の手にかかって死ぬことさえ許容できた。



「…………やはり」



 サブロウは張り詰めていた息を吐き出し、



「追いかけてくるか」


「おう」



 サブロウの言葉に応じたのは、銀髪碧眼の魔女だった。


 透き通るような銀の髪をなびかせ、色鮮やかな青い瞳は宝石にも勝る輝きを宿す。作り物を想起させる美貌はサブロウの故郷でも類を見ない飛び抜けた美しさがあり、淡雪の如き白い肌はシミや皺の1つだって見当たらない。

 彼女自身の肌の白さを際立たせる黒装束は夜の闇に溶け、装飾品すらない。肩だけが剥き出しとなった独特な形式の黒装束を身につけ、その手には双刀のように分解されたはさみが握られていた。


 曇りや錆が全く見当たらない銀製の鋏の先端で床や壁をガリガリと削る銀髪の魔女は、薄く笑いながら言う。



「お前をこの世から消すことが、アタシの役割だからな」


「役割、か」



 サブロウもつられるようにして笑うと、



「仕事では、ないのか」


「アタシしか背負えないからな」


「そうか」



 サブロウは銀髪碧眼の魔女へ向き直ると、



「消すと言ったな」


「そうだな」


「死ぬ訳ではないのか」


「お前はこの世から永遠に消されるよ。存在そのものも、なかったことになる。お前が積み上げた功績も、お前が犯した罪も、お前がいたという記憶も、何もかもがなくなる」


「そうか」



 淡々と説明する銀髪の魔女の口調に、いつものような明るさはない。


 彼女の説明が正しければ、イザヨイ・サブロウがいたという事実はこの世から永遠に消されることになる。闘技場で連覇した記録も、上手いことすり替えられることだろう。

 それが嫌ではないと言えば嘘になる。この世から永遠に消えるのだ、輪廻転生すらない闇に葬られるのだ。その先にイザヨイ・サブロウという男が生まれる可能性は、今後永遠にない。


 それでも、



「その口振りだと、お主は覚えているようだな」


「…………」



 銀髪の魔女は音もなく瞳を眇め、



「まあな」


「それなら、いい」



 サブロウは笑い、



「拙者の死を、拙者の最期を、一時でも命のやり取りが出来たお主に覚えておいて貰えるのであれば、構わん」


「そう言う奴は初めてだな」



 銀髪の魔女は首を傾げて、



「この世界に恨みはないのか?」


「拙者は殺しすぎた。この世から消し去ることが当然の報いだろうよ」



 イザヨイ・サブロウはその名前の通り、とある剣術道場の三男坊として生まれた。

 道場は長男が継ぐこととなっているが、長男も次男も自分より弱い男だった。だから剣術で負けさせて、自分の強さを知らしめたかった。


 極東地域は、どうしても年の功で序列が決まる。長男だから偉い、長男だから敬え――そんな風習があった。強くもない奴にヘコヘコと従うなんて、サブロウには屈辱とも取れた。

 だから長男と次男を叩き伏せて、すでに弱りきった父親も手にかけて、サブロウは強い相手を求めて出奔した。何人も侍を切り捨て、首級を挙げ、投獄されてもまだ強い相手を求めた。


 どうせ死ぬなら、強い相手と戦って死にたい。どうしようもないほど強い相手に組み伏せられて、死にたい。


 イザヨイ・サブロウは、ただ強い相手に殺されることだけを願っていた。



「そうか」



 銀髪の魔女はそう言うと、



「〈全ての傷を癒せ〉〈腕よ生えろ〉〈痛みよ去れ〉」



 立て続けに3度の治癒魔法。よく聞けば、どれも違う治癒魔法だった。


 サブロウの失った左腕が、ずるんと勢いよく生えてくる。さらに足の傷跡も頬に刻まれた傷もなくなり、痛みもどこかへ消えた。

 何故、この状況で傷を治す必要があるのか。満身創痍のサブロウを憐れんだのか。


 そう思えば、違った。



「ほらよ」



 パチンと指を弾けば、何かが目の前に転送されてくる。


 それは妖刀だ。サブロウが好んで使っていた刀である。

 かつてサブロウの生家にあった刀だが、出奔する際に持ってきたものだ。それ以来、肌身離さず持っていた愛刀だ。



「あんな好機の目線に晒されて、まともに戦える訳がねえだろ。どうせなら人斬りとしてこの世から消えろ」


「そうか」



 この魔女は、最期の最期まで自分のことを人斬りとして覚えていてくれるのか。


 サブロウは床に転がった妖刀を拾い上げ、それから腰の帯に括り付ける。

 居合術はサブロウの得意とする剣術だ。最期に、この魔女に全てを焼き付けてこの世から消えようか。



「一太刀で」


「お前を終わらせてやる」



 双刀のように分解した鋏を両手に構える魔女と、強大な相手を前に怖気付かず刀を構えるサブロウ。鯉口を切り、静かに息を吐き出す。


 相手の心臓の鼓動さえ聞こえる静謐に包まれた。

 一瞬だけ窓の向こうにある月明かりが雲によって遮られ、それから再び廊下に青白い光が差し込む。


 ――それが合図だった。



「はあッ!!」



 裂帛の気合いと共に床を踏み、サブロウは魔女の懐に飛び込む。


 ぞろりと鞘から滑り出る妖刀。月明かりを反射して、文字通り妖しく輝く。

 薄紅色の軌道を描いて魔女の首を確かに狙う妖刀へ、銀髪の魔女が鋏の刃を打ち付けて軌道を逸らす。ギィンという耳障りな音が廊下に響いた。


 顔を上げた銀髪の魔女の瞳は、片方だけが極光オーロラ色に輝いている。



「《絶死ゼッシ》――魔眼起動」



 彼女の唇が、静かにその言葉を紡いだ。


 右手に握られた鋏の刃が突き出され、サブロウの頬ギリギリをすり抜けた。

 何を傷つける訳でもなく、刃がサブロウの肌を切り裂く訳でもない。彼女の一太刀が外れたのかと思ったが、何かが違う。


 足元から、感覚が消えていく。



「なるほど……これが、お主の言う終わりか」



 見れば、足元が砂のようになっていた。サラサラと徐々に消えていき、サブロウの手にした妖刀が滑り落ちる。

 手のひらも、身体も、だんだんと薄くなっていた。魂すらも消される不思議な感覚に、サブロウは何故か恐怖すら感じなかった。


 これで終わる、終われる、終わることが出来る。



「問題児――いいや、ユフィーリア・エイクトベル殿」



 サブロウは最期に彼女の名前を呼んで、



「拙者の最期を見届けてくれて、ありがとう」



 意識はそこで途絶えた。



 ☆



 礼を言われることは、今までなかった。


 終焉の責務を喜んで受け入れることも、誰もなかった。

 ウィドロ・マルチダも、エレイナ・ラーデルも、無様に命乞いをしながらこの世から強制的に退場させられた。全てユフィーリアがやったことだ。


 ユフィーリアは張り詰めていた息を吐き出すと、



「終わったー……」



 これで終わりだ。

 あとは地下闘技場コロシアムに戻って、適当に言い訳をすればいいだろう。理由を話せば学院長のグローリアも協力してくれるはずだ。明日からはまたいつもの問題児だ。


 銀製の鋏を握った両手を下ろし、ユフィーリアは床に落ちた妖刀を見下ろす。



「これどうしよ……」



 イザヨイ・サブロウが持っていたものだ。どうせなら売ってやろうか。

 ユフィーリアも刀は使えなくもないが、自分には蒼雪アオユキがある。銀製の鋏を裏切ることは出来ない。肌身離さず持ち歩いていた、ユフィーリアの大切な得物なのだ。


 記念すべき100人目の終焉を見届けたユフィーリアは、



「帰ろう……」



 用務員室に戻って寝よう。


 今までにない言葉を受けたことで、ユフィーリアの精神も限界を迎えていた。世界に対して呪詛を吐いたり、終焉の決定の際にユフィーリアへ怒るのはまだ分かるが感謝されるなど初めてだった。

 こんなことなら、恨みつらみでも吐かれた方がよかった。「消えても恨む」まで言ってくれればまだ慣れていたのに。


 ありがとうなんて、言われるものではないのに。



「疲れた……もうやだ……終焉の責務もうやだ……」



 この責務も、100人の終焉を背負うことも、全部。

 忘れたくても忘れられない、重い楔はユフィーリアを容赦なく苦しめる。100人目という大台に到達したことで、今まで長いこと責務を1人で背負い続けていた魔女も限界を感じていた。


 地下闘技場コロシアムの疲労も相まってか、ユフィーリアは背後の存在に気づけなかった。



「ユフィーリア…………?」


「ッ!!」



 弾かれたように振り返れば、そこにいたのは黒髪赤眼の可愛らしいメイドさんの格好をした少年――ショウだった。

 彼の後ろには、エドワードやハルア、アイゼルネの姿もある。全員して今まで何かを見ていたかのように、顔が強張っていた。


 分解された銀製の鋏を両手にしたまま立ち尽くすユフィーリアに、ショウは静かに問いかける。



「今、誰かが消えたところを見て……あれは一体何だったんだ……?」



 終焉の責務を完全に見られていたユフィーリアは、無言で頭を抱えるのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 新年明けましておめでとうございます! 今年もどうぞよろしくお願いいたします! 新年最初の作品、楽しく読ませていただきました! サブロウとユフィーリアさんの最終決戦、感動しました。彼の信念…
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