新たな出会い
ガタゴトと揺れる馬車に揺られ、俺たちは、風が吹き抜ける活気ある町へと到着していた。
目的の場所は、町外れの寂れた一角。
色褪せた看板には、乱雑な文字で『ジャンク屋・ニコラ工房』と書かれていた。
店の周囲には、何に使うのかも分からない鉄屑や奇妙な歯車が山のように積み上げられている。
「……ここ、ですか?」
セイラがまだ少し赤みの残る頬を落ち着かせながら、不思議そうに店を見上げる。
神父との決別以来、俺の顔をまともに見てくれない気がするが……まぁ、深く俯いているよりはマシか。
「ああ、噂の『変わった技師』がいる店だ。行こうぜ」
扉を押し開けると、カランカランとひび割れた鈴の音が響いた。
店内は、オイルの匂いと鉄の匂いが充満している。
カウンターの奥からひょっこりと顔を出したのは、ゴーグル付きの帽子からオレンジ色の髪を覗かせた、作業着姿の少女だった。金色の瞳が、好奇心に満ちあふれている。
「おや、珍しい。こんな寂れたジャンク屋に旅のお客さん?」
「俺はカイト。こっちは連れのセイラだ。街の噂でさ、ここに『魔法の仕組みを解明しようとしてる一風変わった技師』がいるって聞いて、遥々訪ねてきたんだよ」
俺がいつものように飄々とした笑みを浮かべて自己紹介をすると、少女は「へえ!」と嬉しそうに目を輝かせ、胸を張った。
「僕はニコラ。この店の店主さ! 変わった技師ってのは否定しないけど、魔法の仕組みの解明、ねぇ。……みんなからは『変人』扱いされてるんだけど、よくそんな噂を聞きつけてきたもんだね」
「まあ、俺もちょっとそういう理屈っぽい話が好きでね。……ちなみにさ、誰もが当たり前に使ってる魔法の仕組みを、何でわざわざ解明しようなんて思ったんだ?」
俺の問いかけに、ニコラはゴーグルをくいっと上げながら、真剣な表情で自身の右手を眺めた。
「僕の固有魔法『スキャン』はね、触れた物の魔力の流れを理解できるんだよ。幼い頃、色んなものに触れてるうちに気づいちゃったの。この世界の魔法って、みんな感覚だけで使ってて、誰もその根底にある理屈を理解してない。だったら、僕がその仕組みを完全に解明して、魔法をさらに拡張する『魔導具』を開発してやろうって思ったんだ。ロマンがあるでしょ?」
「魔導具、か。いいね、最高に面白い」
ニコラの熱い研究者気質に、俺の中の好奇心が刺激される。俺はニヤリと笑うと、カウンター越しに彼女に右手を差し出した。
「ニコラ。もしその研究が本気なら……俺、お前の役に立てるかもしれないぜ?」
「へえ、大きく出たね。僕の気が引けるような面白いネタでも持ってるの?」
ニコラは面白がって笑いながら、俺の右手をガシッと握りしめた。
――その瞬間。ニコラの金色の瞳が、驚愕に大きく見開かれた。
「――っ!? な、何よ、これ……っ!?」
ニコラは弾かれたように俺の手を離すと、数歩後ろへ下がってガタガタと自分の手を震わせた。
「あんた……一体何者なの!? 僕の『スキャン』でも、あんたの身体を流れる魔力が見えない! まるで魔力の流れそのものが、この世界の人間とは明らかに違うみたい……異常だよ!」
「お、やっぱり分かるんだ。流石だな。」
俺は感心しながら肩をすくめ、声を落として真実を告げた。
「驚くなよ。俺、この世界の人間じゃなくてさ。『異世界』から転移してきたんだ。だから、この世界の奴らが誰でも使える一般的な魔法すら、俺は一切使えない」
「い、異世界……? 転移……?」
ニコラは呆然と呟いたが、すぐに「ハハッ、冗談でしょ?」と笑い、俺を疑うような目を向けた。
「魔力の流れが見えないのは事実だけど、お伽話じゃあるまいし、異世界なんて信じられるわけないじゃない。僕を騙そうとしたって、そうはいかないよ?」
「まぁ、口だけじゃ信じられないよな」
俺は内心でほくそ笑む。よし、ここが使い所だ。
俺は一歩前へ踏み出し、ニコラの目の前で指をパチンと鳴らす動作をしながら、固有魔法『イリュージョン』を発動した。対象はもちろんニコラだ。
(隣でセイラが、真剣な顔で俺の手元を見つめているのが視界の端に見える。やっぱり、俺の魔法は指を鳴らさないと使えないと思い込んでるな……可愛いから放置でいいか)
ニコラの視界が、一瞬にして俺の操作する幻覚に切り替わる。
日の光でもなく、魔法の光でもない。
彼女の目の前に広がったのは――天を突くようなガラスと鉄の超高層ビル群、夜の街を埋め尽くす色とりどりのネオンサイン、そしてアスファルトの道路を狂ったような速度で行き交う、鉄の箱(自動車)の群れ。
俺の生きていた、世界の近代都市の光景だった。
「な、何これ……っ!? 建物が、光が……動く鉄の塊が走ってる……!? これが、あんたのいた世界……!?」
圧倒的な情報量の映像。
魔法を解除すると、ニコラの視界は元のジャンク屋へと戻った。
しかし、彼女の興奮は最高潮に達していた。見たこともない未知の文明、魔法の理屈を超えた不思議な映像に、ニコラは金色の瞳をらんらんと輝かせた。
「凄い! 凄すぎるよカイト!! 僕の知らない技術、知らない世界! ああもう、あんた最高っ!!」
「うおっと!?」
限界突破したテンションのまま、ニコラはカウンターを飛び越える勢いで、俺の胸にガシッと抱きついてきた。
至近距離から「もっと見せて!」「あの仕組みを教えて!」と、もの凄い勢いで顔を近づけてくる。
「ちょっと、ニコラさん……っ!?」
その横で、それまで静かに見守っていたセイラが、みるみるうちに顔を強張らせた。
いつもは物静かな彼女の瞳が、今はジト目のようになって、俺にしがみつくニコラを鋭く射抜いている。
「あの、カイトさん……。その、ニコラさんと、随分と仲が良さそうで……その、お顔が近すぎると、思います……っ」
セイラは胸の前で拳をぎゅっと握りしめ、ふいっと顔を背けながら、小さく唇を尖らせていた。
カイトに自分の全てを受け入れられ、完全に恋に落ちているセイラ。
だが、本人はまだその感情が「嫉妬」という名の恋心であることに、全く気づいていないのだった。
「――で、どうなんだ? ニコラ」
俺の服にしがみついて目を輝かせているニコラを少し落ち着かせ、俺はカウンターの椅子に腰掛けながら本題を切り出した。
「お前のその『スキャン』の能力で見たとき、人が魔法を使うと、体内の魔力ってのは一体どういう風に流れてるんだ?」
ニコラはまだ興奮冷めやらぬ様子で頬を紅潮させながらも、技師の顔に戻って顎を擦った。
「そうだね……。例えば一番分かりやすい『水魔法』の場合、人が魔法を使おうとすると、体内の魔力は一度外に向けて大きく『拡散』するんだ。そして、ある一点に向けて急激に『収縮』した先で、ボタボタと水が湧き出てくる」
「拡散してから、収縮、か……」
「そう。他にも『火魔法』で火を起こす場合、魔力は拡散しない。その場で、まるで渦潮みたいに激しく『回転』するんだよ。あとは『光魔法』だけど、これは魔力がただひたすらに外へと『拡散』し続けてる。そのせいか光魔法をずっと維持してると、みんなすぐに『あー、疲れた』って言ってへたり込んじゃうんだよね」
ニコラの話をじっと聞いていた俺は、前世の科学知識と彼女の言葉を脳内でリンクさせ、ニヤリと口元を歪めた。
(なるほどな……。やっぱりこの世界の魔法は、オカルトなんかじゃない。れっきとした『科学』として理解ができるぞ)
「ニコラ、それさ……物理現象として説明がつくぜ」
「えっ? 物理?」
首を傾げるニコラと、お茶を淹れながら耳を傾けているセイラに向けて、俺は人指し指を立てて解説を始めた。
「まず水魔法だ。魔力が一度広がってから一点に集まるってのは、空気中に存在している目に見えない薄い水分の粒――『水分子』を、魔力の網で周囲からかき集めて凝縮させてるんだよ。だから集まったところで水になる」
「あ、空気の中の水を集めてる……!? 確かに、乾燥した砂漠だと水魔法って出にくいんだよ! なるほど!」
「だろ? 次に火魔法。魔力がその場で激しく回転してるってのは、空気の粒(分子)を魔力の摩擦で激しく運動させて、その『摩擦熱』で火を発生させてるんだ。そして最後の光魔法――これは分子を動かしてるんじゃなくて、魔力という『エネルギー自体』が光に変換されて外に放出されてる。だから、自分のエネルギー(魔力)が直接減り続けるから、ずっとやってると体力が削られて疲れるんだよ」
「な、ななな……何それ、筋が通りすぎてる……!!」
ニコラは机を叩いて立ち上がった。
感覚だけで「そういうものだ」と使われていた魔法の正体が、カイトの言葉によって次々と解き明かされていく。
その事実に、ニコラの身体は鳥肌で震えていた。
「面白い……面白すぎるよカイト! 異世界の知識って、そんなことまで分かるの!?」
「まあ、俺の世界の知識をもとにした推測だけどな。そこで提案なんだが……」
俺はさらに不敵に笑い、ニコラの目を真っ直ぐに見つめた。
「火魔法の特性が『回転』ならさ……魔力をただ放出するんじゃなくて、その『回転』の力を応用して、魔力を球体状にぐるぐる回して一箇所に閉じ込め、エネルギーとして『貯める』ことってできないか?」
「魔力を、閉じ込めて、貯める……?」
ニコラは一瞬、呆然と固まった。
この世界の人間にとって、魔法とは「その場で使って消えるもの」であり、使い捨てが当たり前だったのだ。
電池のように「貯蓄する」という発想自体、この世界には存在しなかった。
「……その発想は、なかったよ。魔力を回転させて、逃げないように檻に閉じ込める……。うん、できる! 僕の技術と、魔力を通しやすいこの黒錫の鉱石を使えば、貯める用の『器』なら作れるよ!」
「よし、じゃあもう一歩だ」
俺は身を乗り出す。
「その器に貯めた魔力をさ……少しずつ『拡散』させて、好きな時に光を放つ道具を作れないか? ほら、光魔法を使わなくても、魔力さえ込めておけば、誰でも手元を照らせるような道具だ」
「誰でも使える、光の道具……! わかった、ちょっと時間をちょうだい! 僕の技術を総動員して、形にしてみせるから!」
ニコラはそう叫ぶなり、カウンターの奥の作業場へと引きこもり、凄まじい勢いで工具を動かし始めた。
完全に自分の世界に入り込んでいる。
「カイトさん、凄いですね……。ニコラさん、まるで子供みたいに夢中になっています」
セイラが感心したように微笑む。
「ああ、あの熱量があれば、きっと面白いものができるさ。今日はひとまず宿に行こう。明日、また訪ねてみようぜ」
翌日。
俺たちが再び『ニコラ工房』の扉を開けると、そこには目の下に酷いクマを作り、髪をボサボサにしたニコラが、机の上の一本の「筒」を前にして不気味にニヤついていた。
「……もう出来たのか?ニコラ。」
「カイトぉ……来たね……。できた、できたよ……! あんたの言った通り、魔力を回転させて貯蔵し、それを一定の効率で拡散させて放出する機構……!」
ニコラはフラフラと立ち上がると、金属製の筒――前世の『懐中電灯』にそっくりな形状の道具を手に取り、俺たちに向けた。
そして、筒の側面にある小さなレバーをカチリと押し下げる。
次の瞬間。
『フワッ……!』
筒の先端に埋め込まれた透明な鉱石から、真っ直ぐに、そして力強い純白の「光」が放たれ、薄暗い店内を照らし出した。
「すごいです……! 誰も魔法を使っていないのに、光っています……!」
セイラが驚きに目を輝かせて歓声を上げる。
「これがあんたの言った、魔導具さ! 1回魔力を込めれば、数時間は光り続けるよ!」
ニコラは徹夜の疲れも忘れて、誇らしげに胸を張った。
異世界の科学と、この世界の魔法技術が融合した、記念すべき最初の成果。
俺はその光を見つめながら、これから始まる神父との戦いに向けて、強力な「武器」のピースが嵌まったことを確信するのだった。
ニコラが徹夜で完成させた魔導具が放つ、純白の光。
それを手にとり、様々な角度から眺めていた俺は、胸の内で確信を深めていた。
(やっぱり間違いない。この世界の魔法が『物理現象』をなぞっている以上、ニコラの技術力と魔力の解析能力、そして俺の前世の知識さえ組み合わせれば……この世界に存在しない、前世の機械と全く同じ構造の道具だって作れる!)
俺の固有魔法『イリュージョン』は強力だが、俺自身の身体能力は人並みで直接的な戦闘力は皆無だ。
この先、クソ神父と渡り合うには、ハッタリ以外の物理的な手札がどうしても必要になる。
「よし、ニコラ。実験は大成功だ。ここからは応用編……いや、俺の『本当の目的の物』を作ってもらうための、本格的な科学レクチャーを始めるぜ」
「科学のレクチャー? 何それ、面白そうじゃない!」
俺は作業机に大きな紙を広げ、前世の物理法則や化学反応の基礎、そしてそれを魔力の作用にどう落とし込むかの設計図を書き殴り始めた。
ニコラはボサボサの髪も気にせず、文字通り貪るように俺の言葉に耳を傾け、設計図を凝視している。
――だが、そんな二人の熱気とは裏腹に、店内の片隅で静かに佇んでいたセイラは、ふと美しく長い睫毛を揺らした。
(……この視線、それに、かすかに混ざる鉄の匂い。――殺気だわ)
セイラの瞳が、一瞬にして冷徹な暗殺者のそれへと切り替わる。
店の外、路地裏の物陰から注がれる、明確にカイトの命を狙う悪意。
カイトとニコラは完全に作業に没頭しており、この気配には微塵も気づいていない。
(神父様が差し向けた刺客……? いえ、私の知ってる気配じゃない。もっと泥臭くて、容赦のない……外部のプロの匂い。だけど――)
セイラは俯いたまま、きゅっと拳を握りしめた。
あの大聖堂の夜、カイトは自分の薄汚い過去を全て受け入れ、抱きしめてくれた。
『冷酷な子じゃなくて良かった』と言ってくれた彼の綺麗な心を、これ以上、神父の醜悪な企みで汚させるわけにはいかない。
「カイトさん、ニコラさん。私、少し外の空気を吸ってきますね」
「ん? ああ、気をつけてな」
作業に夢中のカイトの軽い返事を聞きながら、セイラは音もなく店の勝手口から外へと滑り出した。
路地裏の影に潜んでいた、漆黒の衣装に身を包んだ暗殺者。
彼は、標的であるカイトを窓越しに狙撃しようと、毒矢の引き金に指をかけていた。
だが、その指が動くよりも早く、彼の背後に文字通りの「死神」が舞い降りる。
「――しまっ」
気づいた時には遅い。
セイラの目にも留まらぬ速さの手刀が、暗殺者の首筋へと正確に叩き込まれた。
これまでのセイラなら、躊躇なくその喉元をナイフで掻き切っていただろう。
しかし、今の彼女は神父の呪縛から解放されている。本来人を殺せる気性ではなかったのだ。
(私はもう、誰も殺さなくてもいいんだ……!)
ドサリ、と崩れ落ちる暗殺者。
命は奪わず、確実にしばらくは目を覚まさないレベルの強烈な気絶。
セイラは手際よくその男を縛り上げてゴミ箱へ放り込むと、何事もなかったかのようにシスター服の埃を払い、店へと戻っていった。
それから、奇妙な日々が始まった。
カイトとニコラは、文字通り寝食を忘れて魔導具作りに没頭していた。もとの世界の科学の概念を魔法のエネルギーで再現するという、この世界の常識をひっくり返すような魔導具の開発に、二人は四六時中頭を突き合わせている。
そしてセイラは、カイトたちに一切の不穏な影を近づけまいと、人知れず店外を索敵し、神父が執拗に送り込んでくる外部の暗殺者たちを、毎日影から音もなく撃退し続けていた。
カイトにバレて嫌われたくない一心、そして彼を守りたいという、胸のドタバタとした恋心の昂りのままに、彼女の戦闘力は日々キレを増していく。
そんな、嵐の前の静けさとも言える、奇妙に充実した日々が数週間続いた、ある日のこと。
作業場から「よし、この回路ならいけるぞ!」「カイト、あんたマジで天才!」という二人の声が響く中、工房のフロントの扉が、カランカランと静かに鳴った。
「いらっしゃいませ……っ?」
出迎えたセイラが、怪訝そうにその人物を見つめる。
入ってきたのは、黒いマントを羽織り、冷徹な雰囲気を崩さない一人の少女だった。その瞳は、ひどく疲弊しているようでありながらも、鋭い光を宿して店内を油断なく見回している。
もちろん、カイトたちにはまだ知る由もない。
彼女が、総本山から教皇暗殺の裏切り者を追って、命懸けの極秘調査を続けている教皇の側近――シズクその人であるということを。
運命の糸が、辺境の小さなジャンク屋で、ついに複雑に交錯し始めようとしていた。




