真実はいつも残酷で
村を出発してから、グレゴリー神父のいる街へと向かう馬車の中は、かつてないほどの重苦しい沈黙に支配されていた。
セイラは、道中ほとんど口を開かなかった。
ふとした拍子にカイトの方を見るのだが、その瞳には深い悲しみと怯えが混ざり合っている。
カイトと目が合いそうになると、彼女はキュッと痛々しいほどに歯を食いしばり、すぐに逃げるように俯いてしまうのだった。その繰り返しだった。
(カイトさん……ごめんなさい。私、カイトさんにだけは、絶対に知られたくないんです。でも、もし神父様が、私のしたことをカイトさんの前で話してしまったら――)
そんな風に、己の血塗られた正体が露見することへの恐怖に震えるセイラを横目に、俺は、静かに窓の外を眺めながら思考を激しく走らせていた。
(セイラのあの様子……完全に精神的な限界だ。例のクソ神父の元に到着する前に、俺がその街でやらなきゃいけないことを整理しておく必要があるな)
カイトの脳内は、冷徹なまでの逆算で満ちていた。
(まず、街に着いたら神父の評判を片っ端から聞いて回る。……俺の中じゃあ、幼い孤児を暗殺者に仕立て上げる胸糞悪いクソ野郎だってことは確定してる。だが、もしそいつの『外面』が狂おしいほどに良かった場合、状況は一気にやっかいになるぞ)
カイトが最も警戒しているのは、神父の持つであろう『固有魔法』の正体だった。
(この世界の固有魔法には致命的な欠陥や制限がつきものだ。だが、セイラの『ノイズ』の網を完全にすり抜け、彼女に一切の嘘を感じさせずに盲信させている。そんな芸当ができる魔法だ、おそらく『精神誘導』か『認識阻害』の類……それも、自分の言葉を相手に強制的に信じ込ませるような能力のはずだ。それを裏付けるような、神父の過去の言動や、妙な噂話、情報が少しでも集まればいいんだが……)
馬車が目的の大きな街へと到着した。
活気ある街並み、行き交う人々。
その中で、セイラは馬車を降りると、決意を固めたようにカイトの正面に立った。
彼女の顔はまだ青白く、その瞳には切迫した光が宿っている。
「カイトさん……。私、先に一人で神父様の所へ行って、神父様とお話ししてきます。カイトさんのこともお話しして、お会いしてもらえるように聞いてきますので……!」
直接、神父の口から「真意」を聞き出さなければ、自分の心が完全に壊れてしまう。そんな焦燥感に駆られているのは明白だった。
「一時間後、この大聖堂の前で待ち合わせをしましょう。……それでは、行ってきます」
「ああ、分かった。気をつけてな」
カイトが努めていつも通りに軽く手を振ると、セイラは小さく頷き、逃げるように大聖堂のシンボルへと続く坂道を駆け上がっていった。
彼女の背中が見えなくなるのを見届けると、カイトは一転して、鋭い眼光を街の雑踏へと向けた。
「よし……タイムリミットは一時間。情報収集といこうか」
カイトはすぐに街の広場や商店街へと足を運び、高いコミュニケーション能力と、お調子者の仮面をフル活用して、街の住人たちに「グレゴリー神父」について聞いて回った。
「ああ、グレゴリー神父様かい? あのお方は本当に聖人だよ。孤児たちを私財を投げ打って育てていらっしゃるんだ」
「数年前、ウチの畑が冷害でダメになりかけた時も、神父様が親身になって救済措置を教会に掛け合ってくれてねぇ。あの人の言葉を聞くと、不思議と心の底から救われたような気持ちになるんだよ」
「悪評? バカ言っちゃいけないよ。あの神父様を悪く言う奴なんて、この街には一人もいやしないさ!」
果物屋の店主、行き交うお婆さん、果ては街の警備にあたる騎士団の端端に至るまで、返ってくるのは判で押したような「褒め言葉」だけだった。
(……チッ、状況は最悪、と言っていいな)
一時間、全力で街を調べ回ったカイトは、苦々しい表情で吐き捨てた。
誰一人として神父を疑っていない。
それどころか、神父の言葉を聞いた者が一様に「心の底から救われた、信じられた」と口にしている。
(確信した。あのクソ神父の固有魔法は、自分の言葉を相手に『疑いにくくさせる』、あるいは『真実だと思い込ませる』洗脳系だ。だからこそ、街の奴らは盲信し、セイラの『ノイズ』すらも無効化されている……!)
最初から神父を「クソ野郎」だと疑ってかかっている俺には効かないだろうが、最初から信じ切っている人間を相手にすれば、その魔法は無敵の呪縛となる。
(セイラをあの男と二人きりにしておくのは危険すぎる。早く合流しないと――)
嫌な汗が背中を伝うのを感じながら、カイトは急ぎ足で待ち合わせ場所である大聖堂の門前へと向かった。
だが。
「……遅いな」
約束の一時間が経過した。
門の前で行き交うシスターや信徒の姿を凝視するが、そこにライトブルーの髪の少女の姿はない。
十分、二十分と、刻一刻と時間だけが過ぎていく。
どれだけ追いつめられていようと、あの生真面目なセイラが、カイトとの待ち合わせに遅れるなどあり得なかった。
一向に姿を現さないセイラ。
背後の巨大な大聖堂が、まるで巨大な怪物の顎のように見え始め、カイトの胸に、最悪の結末を予感させる激しい警鐘が鳴り響いていた。
大聖堂の最奥、ステンドグラスから差し込む厳かな光の中に、その人は佇んでいた。
民衆から聖人と慕われる壮年の男性、グレゴリー神父。
その穏やかな微笑みを見た瞬間、セイラの胸には、縋るような期待が満ちていった。
(神父様……。きっと、神父様なら私のこの苦しい迷いを消してくれる。村長さんを殺したことも、未来の弱者を救うための正しい『人助け』だったのだと、いつもの優しい声で言ってくれるはず――)
「おや、セイラじゃないか。無事に帰ってきたようで安心したよ」
グレゴリー神父は、慈愛に満ちた目でセイラを見つめ、両手を広げた。
「頼んでおいた仕事も全て無事に終わったのだろう? ……元気にしていたかい?」
いつもと変わらない、父親のような温かい声。
――だが、その瞬間。
『ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!』
セイラの耳の奥に、鼓膜が破れんばかりの、おぞましい、狂気的なまでの不協和音が鳴り響いた。
「え……?」
息が止まる。頭の中が真っ白になる。
そんなわけがない。
神父様の声からノイズが聞こえるなんて、幼い頃から今まで、ただの一度だってなかったはずだ。
なのに、今聞こえた声は、その全てに、一切の慈悲もない濃厚な『ノイズ(嘘)』が満ちていた。
無事に帰ってきて安心したという言葉も、元気にしていたかを気遣う言葉も、その全てが、吐き気を催すほどの冷酷な嘘。
いつもと変わらないあの優しい笑顔も、言葉も、全部、全部――。
「あ、あ、ああ…………っ」
今まで自分の世界の全てであり、唯一信じていた絶対の土台が、足元から音を立てて根本から崩れ去っていく。
激しい拒絶反応と、あまりの衝撃。セイラは声にならない悲鳴を上げながら、そのまま糸が切れた人形のように、冷たい大理石の床へと崩れ落ち、意識を失った。
「……ふむ」
倒れたセイラを見下ろし、グレゴリー神父はそれまでの聖人の笑みを消し去り、冷酷な目で顎を擦った。
「まさか、洗脳が解けたのか? 幼い頃から私の『ドグマ』で念入りに刷り込みを行い、私を盲信させていたというのに……一体なぜだ」
神父は忌々しげに舌を打つ。
「どうする? 処分するか? ……いや、しかしこいつは私の手駒の中でも最も従順で、戦闘力も高い優秀な駒だ。捨てるには惜しい。だが、私の固有魔法は一度でも疑われた状態からでは、再び洗脳状態に落とし込むことはできんからなぁ……」
神父が一人、冷徹に考えを巡らせていた、その時だった。
大聖堂の重厚な扉が開き、一人の青年が足早に歩み寄ってきた。
赤と白のメッシュ髪に、鮮緑の瞳。白赤のジャケットを羽織った、見慣れない男だ。
「おい、セイラ……っ!」
男は床に倒れているセイラを見つけると、すぐに駆け寄ってその体を抱き起こし、必死に声をかけた。
神父は目を細め、冷ややかにその光景を観察する。
(ほう……セイラの知り合いか? よもや、こいつのせいでセイラは『故障』したのか?)
しばしの沈黙の後、グレゴリー神父の口元に、どす黒い邪悪な笑みが浮かび上がった。
(……待てよ。良いことを思いついたぞ。成功するかどうかは分からんが、もし成功したならば……自立思考を始めて使えなくなったセイラの、『最後の仕事』としては最高に相応しいな)
カイトは腕の中でぐったりとしているセイラの顔を見つめる。
どうやらショックのあまり、完全に気を失っているようだ。
カイトはゆっくりと立ち上がると、目の前の神父を鋭く見据えた。
そして――静かに右手を上げ、パチン、と小気味いい音を立てて指を鳴らした。
カイトは神父を真っ直ぐに指差し、これまでにないほど冷徹で怒りを孕んだ声で、突きつけるように尋ねた。
「お前……セイラに何をした?」
その凄まじい眼光に一瞬だけ気圧されながらも、グレゴリー神父はすぐにいつもの清廉潔白な笑みを顔に貼り付け、両手をすくめて見せた。
「おやおや、人聞きの悪い。私は何もしていないさ。彼女が突然、勝手に倒れてしまったのだよ」
神父のその言葉に、カイトは応えない。
ただ、二人の間に張り詰めた殺気が満ちていく。
「……う、ううん……」
その時、カイトの足元で、セイラが微かに呻き声を上げて目を覚ました。
焦点の合わない目で周囲を見渡すセイラ。その視界に、冷酷に見下ろすグレゴリー神父の姿が映る。
神父は、目を覚ましたセイラに向けて、一歩前へ踏み出し、冷徹な声音で強く命じた。
「セイラ! 目を覚ましたか。……ならばそいつを、その男を殺せ!」
「――ッ!?」
セイラが激しく息を呑むような音が、大聖堂に響いた。
洗脳が解け、神父が巨悪であると知ってしまったセイラ。同時に、大好きなカイトに自分の手が血に染まった暗殺者であると知られる恐怖。カイトを殺すことなど、絶対にできるはずがない。だけど、もう、逃げ場はどこにもない――。
セイラは、絶望に染まった目でカイトを見つめた。
そして、小さく首を横に振ると――懐から目にも留まらぬ速さで暗殺用の短剣を抜き放ち、迷うことなく自身の胸へと深く突き刺した。
「……ッ!?」
鮮血が激しく舞い、大理石の床を赤く染めていく。
セイラはそのまま、自らの胸を刺して自害し、床へと倒れ伏した。
「なっ……!?」
カイトの目が、驚愕に大きく見開かれる。
まさか、命令に背いて自害するとは。
予想外の結末に一瞬だけ目を見張ったグレゴリー神父だったが、すぐに滑稽なものを見るような歪んだ笑みを浮かべ、胸のすくような快感を噛み締めながら、カイトに向かって勝ち誇るように声をかけた。
「クハハハハ! いやはや、予想外の結果だが……素晴らしいな! どうだ? 助けようとした女が、目の前で自ら命を絶った気分は? 絶望に胸が引き裂かれそうか?」
神父の嘲笑が大聖堂に響き渡る。
最愛の女性の、あまりにも唐突で残酷な死。
誰もが絶望するしかないその状況で、うつむき、肩を震わせるカイト。
だが――グレゴリー神父からは死角となるその顔に、カイトは、ぞっとするほど冷酷で、恐ろしく、そして不敵な笑みを浮かべていた。
時は少し遡り、
「セイラ! 目を覚ましたか。……ならばそいつを、その男を殺せ!」
グレゴリー神父の冷酷な命令が大聖堂に響き渡った、まさにその瞬間だった。
(――えっ!?)
カイトの腕の中で意識を取り戻したセイラは、衝撃に目を見開いた。
洗脳の解けた今、神父の言葉からはおぞましいノイズが響いている。それなのに、神父の視線はセイラではなく、まるで何もない空間に向かって固定されていた。
混乱するセイラが声を上げようとした直前、カイトが素早く彼女の口を手で塞いだ。
驚いて見上げるセイラに、カイトは人差し指を唇に当てて「静かに」とジェスチャーを送る。わけがわからないまま大人しくしていると、信じられない光景が目の前で繰り広げられた。
「クハハハハ! いやはや、予想外の結果だが……素晴らしいな! どうだ? 助けようとした女が、目の前で自ら命を絶った気分は? 絶望に胸が引き裂かれそうか?」
神父が、何もない床に向かって勝ち誇ったように笑い、わけのわからない暴言を吐いている。
セイラが困惑してカイトの顔を見ると、彼は深刻な表情を作るどころか、口元をひくつかせて今にも笑い出しそうなのを必死に堪えていた。
(……あ。これがカイトさんの固有魔法の効果なんだ!)
これこそがカイトの固有魔法『イリュージョン』。カイトは問い詰めるフリをして指を鳴らした瞬間に、神父の視覚を完全に乗っ取っていたのだ。神父が見ている「セイラが命令を拒んで自害した光景」は、全てカイトが脳内に直接見せている偽りの幻覚だった。
次の瞬間、カイトは一転して、劇場型の役者のように深刻で沈痛なトーンに声を切り替えた。
「くっ……! こんな、こんなことになるなんて……! お前、一体セイラに何をしていたんだ……ッ!」
その名演技の裏で、カイトはセイラの耳にだけ聞こえるような小さな声で「今のうちに全部吐かせるぞ」と囁き、意地悪くウィンクしてみせた。
幻覚の中でカイトが絶望していると信じ込んでいるグレゴリー神父は、完全に油断しきった様子で、哀れむように肩をすくめた。
「何、ただの『人形の片付け』さ。あの娘は幼い頃から私の『ドグマ』で思考を縛り、私の都合の良い言葉だけを真実と思い込むように育て上げてきたのだよ。貴族どもの気に入らない奴らを消すための、実によく馴染む最高の暗殺道具だった。……まぁ、今回は少し故障してしまったようだがね」
「――っ」
神父の口から淀みなく溢れ出る、吐き気をもよおすような冷酷な本音。
やはり、自分は都合のいい道具として利用されていただけだった。
これまで信じてきた温もりは全て偽物だった。
残酷すぎる真実に、セイラの目から大粒の涙が溢れそうになる。
だが、その涙が床に落ちる前に。
ギュッと、温かく力強い手が、セイラの小さな手を包み込んだ。
カイトが微笑みながら、優しく彼女の手を握りしめていた。
言葉はなくても、その手の温もりだけで「俺が側にいる」と伝わってくる。
カイトの出すノイズのない真っ直ぐな安心感が、傷ついたセイラの心をそっと包み込み、彼女の涙を止めてくれた。
そんな二人の様子など知る由もない神父は、幻覚の中でカイトを見下ろしながら、冷たく目を細めた。
「さて。私の秘密をここまで聞かせた以上、君をこのまま生かして帰すわけにはいかないな。……処刑の時間だ」
神父が手を叩くと、大聖堂の影から、漆黒の衣装に身を包んだ私設部隊の暗殺者が三人、音もなく立ちはだかった。
カイトは一瞬ギクリとした、カイトの手札は固有魔法のみ、しかも新しくかけるなら神父へかけたものを解除しなければならない。しかし背に腹は変えられない、暗殺者の一人に『イリュージョン』をかけるために再び指を鳴らす。
――だが、カイトが指を鳴らすと同時に、隣のセイラが弾かれたように飛び出していた。
「――はぁっ!」
閃光のような踏み込み。
カイトの手を離れたセイラは、目にも留まらぬ速さで暗殺者たちの懐へと潜り込んだ。
繰り出される容赦のない手刀と回し蹴りが、暗殺者たちの急所を正確に捉える。
ドン、ドォン! と重い衝撃音が三度響き、武器を抜く暇さえ与えられなかった三人の暗殺者たちは、一瞬にして床に崩れ落ち、完全に気絶した。
静まり返る大聖堂。
そこで、二人の男が完全に硬直していた。
一人目はグレゴリー神父。
カイトが幻覚を解除したため、目の前で血を流して死んでいたはずのセイラが、急に生き返ったかのように直立し、自分の部下を一瞬で片付けた光景を見て、顎が外れんばかりに驚愕して固まっている。
そして、二人目はカイト。
「セイラが裏の仕事をしてるっぽい」とは薄々気づいていたものの、まさか目の前の美少女シスターが、武装したプロの暗殺者三人をごく一瞬で、文字通りチリ一つ残さぬような圧倒的戦闘力で制圧するとは夢にも思っていなかった。あまりのバカ高い戦闘力を目の当たりにし、カイトもまた、冷や汗を流しながら化石のように固まっていた。
「……神父様。いえ、グレゴリー」
静寂の中、セイラが暗殺者の落とした短剣を拾い上げ、怒りと悲しみの激情を乗せて神父へと歩み寄る。その瞳は、今や冷徹な暗殺者のそれだった。
「私を騙し、利用し、あの方たちの命を奪わせたこと……絶対に許せません!」
刃が神父の首筋へと突きつけられる。神父は恐怖に顔を歪め、ガタガタと震え出した。
そのまま一突きすれば、すべてが終わるはずだった。
しかし――。
「……っ、あ…………」
いざ刃を突き立てようとしたその瞬間、セイラの脳裏に、幼い頃に優しく頭を撫でてくれた神父の笑顔や、共に過ごした教会の思い出が灯馬灯のように駆け巡ってしまった。
たとえそれが魔法による洗脳であり、偽りの優しさだったとしても、彼女が「父親」として慕ってきた時間だけは本物だった。
セイラの手が、激しく震え、止まってしまう。
斬らなければいけないのに、どうしても身体が動かない。
己の甘さに絶望し、再び涙が溢れそうになった時――。
後ろから、ふわりと、優しい腕がセイラの身体を包み込んだ。
カイトが、背後から彼女を優しく抱きしめていた。
「……カイト、さん……?」
「もういいよ、セイラ。そんなことは、君がしなくていい」
カイトは震える彼女の手からそっと短剣を取り落とさせると、耳元で諭すように、どこまでも穏やかな声で語りかけた。
「むしろ、俺は安心したよ。どれだけ酷い仕打ちをされて裏切られてもさ……今まで育ててくれた親を、何の躊躇いもなくバッサリ斬れるような冷酷な子じゃなくて、本当に良かった」
「――っ、う、うあ……」
その言葉に、セイラの張り詰めていた心の糸が完全に切れた。
カイトの胸に顔を埋め、子供のように声を上げて泣き出すセイラを、カイトは愛おしそうにしっかりと抱きしめ続ける。
そして、カイトは涙を流すセイラを片腕で支えながら、未だに恐怖と驚愕で固まっているグレゴリー神父へと、冷徹極まりない視線を向けた。
「おい、クソ神父」
「ひっ……!」
「勘違いするなよ。お前を許したわけじゃない。……ただ、今の俺たちには、街の全員から聖人と崇められてるお前を、公的に失脚させるだけの証拠も手段もねえ。ここで力任せにお前を殺せば、俺たちがただの凶悪犯になっちまうからな」
カイトは不敵に、だがどこか割り切ったような笑みを浮かべ、神父に言い放った。
「今回は、お前の大事な『最高の人形』を俺が貰っていく。……ここはひとまず『痛み分け』にしておこうや。だけどな、次に会った時は、お前のその汚い外面ごと、綺麗さっぱり破滅させてやるから首を洗って待ってな」
カイトはそれだけを告げると、神父に背を向け、泣きじゃくるセイラを優しく抱きかかえるようにして、大聖堂の重厚な扉を開けた。
ステンドグラスの人工的な光の檻を抜け、二人は眩しい本物の太陽の光が降り注ぐ外の世界へと、しっかりと手を繋いだまま歩み出していく。
こうして、かつての絶対的な絆の崩壊と、新たな本当の絆の始まりを告げ、二人の「神父との決別」の第一幕は幕を閉じるのだった。




