優しい嘘
領主の屋敷が燃え落ちたあの日から、俺の胸には、ずっと冷たい鉛のような塊が居座り続けていた。
どんなに言い訳を並べ立てたところで、俺が時間を稼ぐために放った火のせいで、一人の人間が焼け死んだ事実は変わらない。転移前を含めても、自分の行動で誰かの命を奪ったのは初めてだった。
夜、目を閉じれば、赤黒い炎の残像が焼き付いて離れなかった。
だけど、これ以上セイラを心配させるわけにはいかない。
ただでさえ無鉄砲で危なっかしい彼女だ。俺がこんな風にいつまでも引きずっていれば、余計な気を遣わせてしまう。
宿のテラス席。朝の木漏れ日を浴びながら、俺はわざとらしくいつも通りの飄々とした笑みを顔に貼り付けた。
「カイトさん……あの、本当に大丈夫ですか?」
セイラが覗き込むようにして、心配そうに俺の顔を見つめてくる。
彼女の瞳には、俺を気遣う色がこれでもかと滲んでいた。
「ん? 何がだ? ああ、昨日の領主の話か。いやいや、大丈夫だって。悪党の自業自得だしさ、俺はもう全然気にしてないよ」
俺は肩をすくめ、腰のポーチをパタパタと叩いてみせた。
完璧な演技。お調子者の仮面はバッチリ機能しているはずだった。
――だけど。
「……っ」
突如、セイラが息を呑み、そのまま弾かれたように数歩後ろへ下がった。
その顔はみるみるうちに青ざめ、目元が微かに震えている。
「あ、あれ……セイラ? どうしたんだよ」
俺の問いかけに、彼女は応えない。ただ、胸元をきゅっと両手で押し包むようにして、今にも崩れ落ちそうな表情で俺を見つめていた。
(……また、ノイズだ)
カイトさんの口から放たれた「気にしていない」という言葉。
私の耳の奥には、昨日よりもさらに激しく、胸が痛くなるほどの不快な雑音が響き渡っていた。
――ザーーー、と。
完全な、100%の嘘。
カイトさんは今も、自分が人を死なせてしまったという重すぎる罪悪感に、押し潰されそうになっている。
顔色だって悪いし、笑う口元だって少し震えている。それなのに、カイトさんは私を不安にさせないために、私の前で必死に「お調子者の仮面」を被って、優しい嘘をつき続けてくれている。
その瞬間、私の頭の中で、何かが音を立てて崩れ去った。
私は幼い頃から、この『ノイズ』の魔法のせいで人間を避けて生きてきた。
言葉の端々にノイズを混ぜて、本音を隠し、体裁を整え、騙し合おうとする人間たち。
嘘はすべて「悪」であり、汚いもの。
だからノイズを放つ人間は全員信じられないと、心を閉ざして孤独の殻に閉じこもっていた。
けれど、目の前にいるカイトさんはどうだろう。
彼は、自分の心がどれだけ傷ついていようとも、私に心配をかけないために嘘をついている。
自分のためではなく、私のために。
(……あぁ、そうか。私は、なんて愚かだったんだろう)
涙が、視界を遮る間もなく溢れ出し、頬を伝ってボトボトと床に落ちていった。
カイトさんに出会うまでの人生。
私の周りでノイズを響かせていたあの人たちの中にも、カイトさんのように、誰かを傷つけないために、誰かを守るために、必死に「優しい嘘」をついていた人がいたのではないか。
だとしたら、私は――「嘘つきは悪だ」と耳を塞ぐことで、どれだけの善意や優しさに気づかないまま、人々を拒絶してきたのだろう。
一度溢れ出た涙は、もう止まらなかった。自分のあまりの幼さと、今まで踏みにじってきたかもしれない周囲の優しさを想うと、胸が締め付けられて息がうまくできない。
「う、嘘……っ、ひぐっ、うわぁぁん……!」
「えっ!? お、おいおいおい! セイラ!? なんで急に泣き出すんだよ!?」
テラス席に、私の大泣きする声が響き渡る。
カイトさんは完全にパニックに陥り、両手を激しく上下させながら、慌てて懐からハンカチを取り出して私の涙を拭おうと右往左往していた。
「俺、なんか変なこと言ったか!? ごめん、悪かったって! 頼むから泣き止んでくれよ、周囲の視線が痛いから!」
「ち、違うんです……カイトさんが悪いんじゃ、なくて……っ」
私はハンカチを受け取り、何度も涙を拭うけれど、次から次へと涙が溢れてくる。
隠し通せるものではなかった。
こんなに優しいカイトさんに、これ以上隠し事をしていること自体が、今の私には耐えられなかった。
私は、泣きじゃくりながら、震える声で自分の固有魔法を告白し始めた。
「私……生まれつき、固有魔法の『ノイズ』というものがあるんです……」
「……え?」
「人が、嘘をつくと……その言葉が、不快な不協和音になって耳に聞こえるんです。だから、私には……誰がどんな嘘をついているか、全部わかっちゃうんです……」
カイトさんが息を呑む気配がした。
私はしゃくり上げながら、言葉を続ける。
「カイトさんが、私の前で『気にしてない』って言ったとき……すっごく大きなノイズが聞こえました。カイトさんが、私のために無理をして、嘘をついてくれているって……わかっちゃったんです。……私、今まで、嘘をつく人はみんな悪い人だって、そう思って避けてきました。だから……全くノイズの聞こえない、育ての親のグレゴリー神父様だけを信じて、神父様だけを頼りにして、生きてきたのに……っ」
頭を抱え、自分の脆さをすべてさらけ出すようにして泣き続ける。
セイラの突然の告白を聞きながら、俺は、パニックから一転して、急速に脳細胞をフル回転させていた。
(……そういうことだったのか)
点と点が一つの線に繋がっていく。
出会った初日、俺の「異世界から転移してきた」なんて荒唐無稽な話を彼女があっさりと、何の疑いもなく信じたあの理由。
ゴロツキを前に、俺が「追い返すなんて簡単だ」とハッタリをかました瞬間、彼女が信じられないものを見るような目で俺を見つめたあの理由。
すべては、彼女が俺の言葉の「真実」と「嘘」を正確に聞き分けていたからだったのだ。
(他人の嘘がノイズとして聞こえる、ねぇ……。そりゃあ人間不信にもなるわな)
人間は一日に数十回は嘘をつく生き物だ。
それが全部不快な音として脳内に響くなんて、生き地獄以外の何物でもない。
彼女がこれまでどれだけ孤独だったか、想像するだけで胸が痛む。
だが、彼女の涙ながらの告白を頭の中で反芻していた俺は、ある一箇所の一言に、強烈な違和感を覚えて思考を止めた。
『全くノイズの聞こえない、育ての親のグレゴリー神父様だけを信じて――』
(……待て、今、何て言った?)
俺の知識、そして直感が、脳裏でカンカンと警報を鳴らし始める。
この世界の固有魔法には、必ず致命的な制限や欠陥がある。それはセイラの『ノイズ』も同じはずだ。
そして、どんな人間であれ、聖人君子であれ、人生の中で「一度も嘘をつかない人間」など、この世に存在するはずがない。特に、国家規模の宗教組織で神父なんてポジションにいる人間が、清廉潔白のままでいられるはずがないのだ。
なのに、その神父の言葉からは「全くノイズが聞こえない」?
(あり得ない。どれだけ善人だろうが、些細な方便や隠し事の嘘すら言わない人間なんて存在しない。だとすれば……そのグレゴリー神父って男、セイラの魔法を意図的に『無効化』してるか、あるいは――)
セイラが盲目的に信じているという「育ての親」の存在。
その足元に、どす黒く広がる底なしの闇の気配を感じ取り、俺は背筋に冷たいものが走るのを禁じ得なかった。
セイラがあの大泣きをしながら自身の固有魔法『ノイズ』を告白したあの日から、数日が経っていた。
俺たちはさらに旅を進め、新しく小さな村に到着していた。
この村を治める村長さんは、噂通りの実に見事な人格者だった。
白髪交じりの穏やかな好々爺で、俺たちのような旅の若者にも「よく来たね」と温かいスープを自ら振る舞ってくれる。
村の広場を歩けば、農作業中の若者から洗濯物を干すお婆さんまで、誰もが親しみを込めて村長さんに声をかけていた。
村人全員から、我が親のように深く慕われているのが一目でわかった。
だが、そんなのどかな光景の裏で、セイラの表情はここ数日、ずっと曇ったままだった。
(……あぁ、やっぱりノイズが聞こえる)
村長さんが村の子供たちに「おじいちゃんはまだまだ元気だから大丈夫だよ」と笑いかけた瞬間、私の耳の奥に小さな不協和音が響く。
でも、今の私にはわかる。
あのノイズは、村長さんが自分の衰えや体調の悪さを隠し、子供たちを安心させるためについた「強がり」の嘘なのだ。
カイトさんのあの優しい嘘を知るまでの私なら、ノイズが聞こえた瞬間に「この人も嘘つきだ」と心を閉ざしていただろう。
けれど、今の私は嘘の裏側にある人の気遣いや温かさを知ってしまった。
だからこそ、今の私には、耐えがたいほどの激しい迷いが生じていた。
なぜなら――神父様から私に下された、次の暗殺のターゲットこそが、この優しく慕われている村長さんだったからだ。
「……カイトさん」
夕暮れ時、宿の裏手にある寂れたベンチに座っていたカイトさんの元へ、私は吸い寄せられるように歩み寄っていた。
この迷いを、どうしても自分一人では抱えきれなかった。
もちろん、自分が暗殺者であることは絶対に秘密だ。
だけど、カイトさんなら、何か答えをくれるかもしれないと思ってしまったのだ。
「ん? どうしたんだ、セイラ」
カイトさんが、不思議そうに私を見上げる。
私はごくりと唾を飲み込み、精一杯「ただの世間話」を装って、ずっと胸を焦がしていた疑問を口にした。
「あの……少し突拍子もないことを伺ってもいいですか? ……もし、誰から見ても、本当に優しくて立派な『善人』がいたとして……その人を殺すことが、結果的に多くの人を救う『人助け』になることって……あると思いますか?」
(……おいおい、急に物っ凄いハードな質問を放り込んできたな)
セイラの問いかけを聞いた瞬間、俺は、内心で一気に警戒レベルを引き上げた。
前回の領主の件で、俺が人を死なせてしまったことに当てられたのだろうか。それとも、他人のノイズを聴きすぎて精神的に参っているのか。
いずれにせよ、ここで生半可な綺麗事を言うのは彼女のためにならない。
俺は冷静な思考にギヤを入れ、いつもの飄々とした口調で語りかけた。
「うーん、妙なことを聞いてくるねぇ。まぁでも、結論から言えば『大あり』だな。悲しいけどさ、この世にはそういう矛盾がいくらでも転がってるよ」
「……本当にある、のですか?」
セイラが縋るような目で俺を見つめる。
「一番わかりやすくて簡単なのは、『立場が違う場合』だ。例えば、こっちの国にとっては優しくて素晴らしい聖人君子のような指導者でも、敵対する隣国から見れば『自国を滅ぼしかねない最も恐ろしい脅威』になる。片方の正義は、もう片方の悪、ってやつだな」
「立場、の違い……」
「あとはそうだな。ちょっと変化球だけど……『未来でその人のせいでマズイ事が起きるのがわかっているから』、というパターンかな」
俺は前世で読んだ数々のSFやファンタジー小説のプロットを思い出しながら、あごを擦った。
「今はどれだけ清廉潔白な善人でも、数年後に何かの拍子で狂っちまって大量虐殺を行う魔王になることが確定している……とかね。もし事前にそれが分かっているなら、まだ『善人』である今のうちにその人を消すことは、未来の数千、数万の命を救う『人助け』になっちまうわけだ。まぁ、そんな未来予知なんて、この世界にありはしないだろうけどさ」
ハハ、と冗談めかして笑う俺の前で、セイラはハッと息を呑み、美しいライトブルーの瞳を大きく見開いた。
(未来、予知……!)
カイトさんの言葉が、私の頭の中に雷を落としたようだった。
カイトさんは「そんなものはない」と笑っているけれど、私の心当たりは一つしかなかった。
デュミナス教のトップである教皇エレオノーラ様には、家系に代々伝わる固有魔法『オラクル』がある。神が未来の出来事を教えてくれるという、国をも動かす重大な予言の力だ。
(もし、神父様が教皇様の『神託』を受け取って、私に命令を出しているのだとしたら……?)
この村長さんが、将来この国に恐ろしい災いをもたらす未来が予言されたのだとしたら。だから神父様は、まだ誰も傷つけていない善人の彼を「今のうちに殺せ」と私に命じたのだろうか。
神父様の言葉にノイズが走らないのは、本当に未来の弱者救済のために、心を鬼にして私に人助けとしての暗殺を命じているからなのか。
絡み合っていた霧が、カイトさんの言葉によって綺麗に繋がっていくのを感じた。
「……ありがとうございます、カイトさん。おかげで、少し視界が開けた気がします」
私はベンチから立ち上がると、カイトさんに深く一礼した。
「え? ああ、それなら良かったけど……」と首を傾げるカイトさんを置いて、私はまだ頭の中でぐるぐると思考を巡らせたまま、ふらふらとした足取りで宿の自室へと戻っていった。
「……おいおい、一体どうしちまったんだよ」
一人ベンチに残された俺は、セイラが去っていった宿の廊下の先を、ただただ心配そうに見つめることしかできなかった。
お礼を言われたものの、彼女の様子は明らかに普通じゃなかった。
何か重大な、それこそ世界の命運でも背負い込んでしまったかのような、酷く思い詰めた顔をして部屋に引きこもってしまったのだ。
他人のノイズに当てられて参っているだけならいいのだが、俺の言った「変化球の未来予知」という言葉に、彼女は明らかに過剰な反応を示していた。
(まさかとは思うが……セイラには、俺の知らないもっとヤバい『何か』が隠されてるんじゃねえだろうな?)
嫌な予感が胸の内でじわじわと膨らんでいくのを覚えながら、俺は冷え込んできた夕方の風の中で、深くため息をついた。
真夜中、静まり返った宿の一室で、俺はパチリと目を覚ました。
かすかな衣擦れの音と、部屋の扉が極限まで静かに開閉する気配。
ベッドから身を起こし、窓の外へ目をやると、夜の闇に溶け込むようにして宿を出ていくライトブルーの髪の影が見えた。セイラだ。
(……おいおい、こんな時間に一体どこへ行くんだよ)
日中の彼女の思い詰めた顔が脳裏をよぎり、最悪な嫌な予感が胸を締め付ける。
すぐに上着を羽織って宿を飛び出したが、外は一寸先も見えない異世界の夜だ。
戦闘力も探知能力もない俺の足では、音もなく消えた彼女の行方を追う術はなく、すでに見失ってしまっていた。
(クソッ……! どこに行ったか分からねえんじゃ、探し回りようがねえ。……今は信じて待つしかねえか)
俺は宿の玄関の影に身を潜め、冷たい夜風に吹かれながら、彼女の帰りを待つことにした。
その頃、私は月明かりすら届かない村長の家の寝室に、音もなく忍び込んでいた。
ベッドの上では、昼間あれほど優しく微笑んでくれた白髪の村長が、穏やかな寝息を立てている。
(いつも通りに、一思いに――)
使いこまれた剣を抜き放ち、その胸元へと狙いを定める。いつもなら、これで終わりのはずだった。
なのに――手が、激しく震えて止まらない。
(どうして……? 何が正しくて、何が正しくないのか、もう分からない……っ)
ノイズの裏側にある人の優しさを知ってしまった今の私には、この無抵抗な善人をあやめることの恐ろしさが、刃のように跳ね返ってくる。
だけど、神父様の指示には絶対に従わなければならない。
それに、昼間カイトさんだって言っていた。
この行いが、未来の多くの命を救う『人助け』になる正しい場合もあるのだと。
これは未来の災いを摘むための、神聖な義務なのだと、自分に言い聞かせる。
「……っ!」
私は強く奥歯を噛み締め、涙で歪む視界のまま、覚悟を決めて刃を突き立てた。
肉を貫く鈍い音。村長は短い喘ぎの後に物言わぬ骸へと変わり、任務は完了した。
私は逃げるようにして、その場を後にした。
宿へとひた走る道すがら、涙が堰を切ったように溢れて止まらなかった。
(何で……何でこんなに動揺してるの? 今までも神父様に言われるがまま、何人も何人も殺してきたじゃない。相手の人となりなんて、一度も考えたことなんてなかったのに……!)
なのに、どうしてこんなに胸が苦しくて、吐き気がするほど気持ちが悪いのか、今の私には答えが出せなかった。
けれど、一つだけ確かなことは、この血塗られた姿をカイトさんにだけは、絶対に知られるわけにはいかないということだ。
一刻も早く、宿に帰らなければ。
ボロボロになりながら宿の勝手口をくぐったセイラを、闇の中から現れた俺が出迎えた。
「……おかえり」
俺はあえて、それ以上何も聞かなかった。どこへ行っていたのかも、何があったのかも、何もかもを。
その一言に、セイラは言葉を失った。
人を死なせてしまったと思ったことであんなに青ざめ、激しい罪悪感に打ちのめされるほど心の優しいカイトさん。
そんな彼に、自分の両手がたった今も赤黒い血で染まっていることなんて、絶対に、絶対に知られるわけにはいかない。
でも、こんな真夜中に一体何をしていたと言えるのだろう。
下手に何かを話して嘘を見破られることも、あるいは、カイトさんが私の異変に「気づいてしまったこと」を私の『ノイズ』の能力で知ってしまうのも、今の私には耐え難い恐怖だった。
「……っ、ごめんなさい……っ!」
私はそれだけを絞り出すように言うと、カイトさんの顔を見ることもできず、逃げるように自分の部屋へと駆け込み、扉を閉めた。
部屋の隅にうずくまり、耳を塞ぎながら、まるで目に見えない誰かに許しを乞うように「ごめんなさい、ごめんなさい……」と、小さな呟きを夜通し繰り返し続けることしかできなかった。
勝手口に一人残された俺は、セイラのあの尋常じゃない怯え方、そして泣き腫らした瞳を思い返し、奥歯をギリリと鳴らした。
(ただの夜遊びや、他人のノイズに当てられただけの様子じゃねえ。あの怯え方は、まるで取り返しのつかない何かに手を染めてしまったような……)
日中の「善人を殺すことが人助けになるか」という、あの不自然な質問。
そして、彼女が盲信しているという『全くノイズの聞こえない育ての親の神父』。
(間違いない。あの神父って男、セイラの固有魔法の特性を悪用して、彼女に裏で『何かヤバいこと』を強制的にやらしてやがるな……!?)
目の前で傷つき、泣き叫ぶことしかできないシスターの姿を見て、俺の中のグレゴリー神父に対する疑惑と憤りは、もはや確信へと変わっていた。
翌朝の早朝。
一睡もしていないのであろう、ひどく青白い顔をしたセイラが、荷物をまとめて俺の部屋の前に立っていた。その瞳には、焦燥感だけがぎらぎらと宿っている。
「カイトさん、早く……早くここを出発しましょう。私、どうしても神父様に会わなければいけない用事ができてしまったんです。お願いです、急いでください……!」
直接、神父の言葉を確かめなければ自分の心が壊れてしまう。そんな切迫したセイラの訴えを聞き、俺はフッと口元を不敵に歪めてみせた。お調子者の仮面を完璧に被り直し、彼女の不安を払拭するように、頼もしく胸を叩く。
「お、奇遇だねぇ。ちょうど俺もさ、その神父様って人に一度会ってみたいと思ってたところなんだよ。よし、そうと決まればすぐに行こうか!」
俺の言葉には「神父の化けの皮を剥ぎ取って、セイラを呪縛から救い出してやる」という、譲れない強い意志が乗っていた。
だからこそ、セイラの耳に不快なノイズが走ることはない。
カイトの力強い言葉に導かれるようにして、二人はまだ朝霧の立ち込める村を後にし、すべての元凶が待つ、神父のいる大聖堂へと向かって馬車を走らせるのだった。




