それぞれの恋心
「エリー……どうか、どうかご無事で。教皇の業務の方は……何とかします……」
出発の朝。
馬車の前で、シズクはまるで今生の別れでもあるかのような、この世の終わりを体現した悲壮な表情で佇んでいた。
教皇の代理という国家を揺るがしかねない超大役を、サイン一枚で押し付けられた彼女の肩には、すでに目に見えないほどの重圧がのしかかっている。
そんな側近の涙ぐましい決意を余所に、馬車の窓から身を乗り出したエリーは、ひまわりのような満面の笑顔でぶんぶんと手を振り返した。
「ええ、行ってまいりますシズク! 書類仕事、頑張ってくださいね〜!」
パカパカと蹄の音を響かせ、動き出す馬車。
見送るシズクの姿が小さくなっていくのを眺めながら、御者台で手綱を握るカイトは、激しい頭痛と共に深いため息をついた。
(……さて。これから、マジでどうすっかなぁ……)
それもそのはず、今回の旅は、エリーの猛アタックから逃れるためにカイトがその場で思いついた「口から出まかせのハッタリ」である。
次の目的地はおろか、旅の目的すら何一つ決まっていない。
完全なるノープラン、行き当たりばったりの逃避行だった。
とりあえず「次の目的地が決まるまでは、情報収集を兼ねて一番近くの村を目指す」ということにして馬車を走らせてはいるものの、カイトの自慢の頭脳は今後の言い訳の構築で完全にパンク寸前だった。
しかし、カイトの受難はそれだけでは終わらない。
「ねえねえ、セイラさん! 暗殺者時代はどんな風に戦っていらしたの? 旦那様との出会いはどんな感じでしたの?」
「……それは、話すと長くなると言いますか……」
「ニコラさんはそのゴーグル、どこで買ったの? 旦那様のいらした世界って、本当に夜でも街が太陽みたいに明るいですの!?」
「あー、うん、カイトの言うことなら大体本当だよ。っていうか、ちょっと距離近くない……?」
馬車の客車内からは、エリーのはしゃいだ高い声が絶え間なく聞こえてくる。
エリーのターゲットはカイトだけにとどまらず、今やセイラやニコラにまでべったりと貼り付き、好奇心の赴くままに質問攻めにしていた。
本来なら、カイト一筋の暴走教皇が他の女性陣にも興味を示しているこの状況は、カイトにとって右腕を解放される絶好のチャンス――のはずだった。
だが、貼り付かれている相手が問題だ。
いつ地雷を踏み抜いて刃が抜かれるか分からないセイラと、巻き込まれて不機嫌度マックスのニコラである。
(頼むから二人とも、手を出さないでくれよ……! 特にセイラ、お前が手を出せばあっという間に殺人事件になるんだからな……っ!?)
客車内から漂う、いつでも爆発しかねない一触即発の空気感。
カイトは手綱を握り締めながら、キリキリと音を立てて悲鳴を上げる自分の胃袋を必死にさすり、ただただ耐え続けることしかできなかった。
数日間の馬車旅の末、ようやく到着した最初の村。
馬車を宿に預けるなり、セイラは凛とした足取りで真っ先に村の小さな教会へと向かいました。
かつて神父に暗殺道具として扱われていた彼女ですが、デュミナス教のシスターとしての本分――「弱者救済」の精神は、カイトの優しさに触れたことで、今や本物の使命感へと変わっていました。
「――お待たせしました、カイトさん。村の神官様から、人手が足りなくて困っている民間の相談事を預かってきました」
戻ってきたセイラの手には、村人たちから寄せられた依頼が書かれた数枚の羊皮紙がありました。
井戸の揚水ポンプの不調、農具の修理、家畜の世話から、怪我人の看病まで、内容は多岐にわたっています。
それらを横から覗き込んだエリーは、パチパチと瞬きをして絶句しました。
「まあ……。教会の仕事って、こんなに細かく多岐に渡るのですか? 私の所に届く報告書には、ただ『弱者救済の実施』としか書かれていませんでしたのに……。実際の現場がどう動いているのか、私、何も知らなかったのね……」
教会のトップとして書類仕事と戦ってきたエリーにとって、現場のリアルな困りごとは、想像以上の衝撃だったようです。
目に見えてショックを受けるエリーを見て、カイトはポンと手を叩きました。
「よし。落ち込んでる暇はないぞ。せっかく人手があるんだ、手分けして一気に片付けちまおう」
カイトの差配により、仕事の適正配置が決まります。
魔導具の知識や技術的なアプローチが必要なポンプの修理や農具の加工は、カイトとニコラの「技術相棒コンビ」が担当。そして、その他の細かい村人の手伝いや看病は、エリーとセイラの「シスターコンビ」が担当することになりました。
「お任せください! 教皇としての意地を見せて差し上げます!」
鼻を鳴らして意気込むエリーでしたが、現実はそう甘くありませんでした。
いざ現場に出ると、これまで一度も肉体労働の経験のない箱入り娘のエリーは、失敗の連続。
洗濯をすれば泡だらけになり、家畜の餌やりをすれば動物たちに追いかけ回され、配膳をすればお皿をひっくり返しそうになります。
「あわわ……っ、お、お待ちになって家畜さんたち!」
「エレオノーラ様、そちらは私が。あなたはあちらの荷物の整理をお願いします」
そんなエリーのピンチを、神速の身体能力と抜群の家事スキルを持つセイラが、無駄のない動きで完璧にフォローしていきます。
セイラは一切嫌な顔をせず、まるで手慣れた先輩シスターのように、優しくエリーの手を引いて立ち回っていました。
やがて長い一日が終わり、夕暮れに染まる宿の裏庭。
エリーは切り株に腰掛け、すっかり汚れてしまった白いドレスの裾を見つめながら、小さく肩を落としていました。
「……全然、お役に立てませんでした…。シズクがいないと私は何もできない、ただのぐうたら教皇ですのね。セイラさんはあんなに凄いのに……」
いつもの自信満々な様子はどこへやら、本気で落ち込むエリー。
そこへ、温かいお茶の入ったコップを持ったセイラが、静かに歩み寄ってきました。
「そんなことはありませんよ、エレオノーラ様」
セイラはエリーの隣に腰掛け、ふんわりと優しい笑顔を向けました。
「私の固有魔法『ノイズ』は、今日も一日中静かでした。……つまり、エレオノーラ様が村人たちのために『頑張りたい』『助けたい』と言っていた言葉には、何一つ嘘がなかったということです。慣れない仕事にそこまで本気になれる教皇様なんて、世界中どこを探してもあなただけですよ」
他人の嘘を見抜き、傷ついてきたセイラだからこそ言える、極上の真実の言葉。
エリーはハッと顔を上げ、セイラの澄んだ瞳を見つめました。
「セイラさん……」
セイラの優しさに胸を打たれたエリーは、じわっと目に涙を浮かべた後、ドレスの袖でゴシゴシと乱暴に涙を拭いました。そして、いつもの強靭なメンタルを取り戻し、ニコッと力強く笑ってみせたのです。
「決めました!私、明日はもっと、今日の100倍頑張ります! 見ていてくださいね、セイラさん!」
「ふふ、はい。期待していますね」
昼間の嫉妬の嵐が嘘のように、仕事の現場を通じて、二人のヒロインの間には確かな「絆」が芽生え始めていました。
遠くからその様子を盗み見ていたカイトは、「ひとまず、明日俺の首が飛ぶ可能性は低そうだな……」と、ようやく安堵の胸をなでおろすのでした。
「見てください、セイラさん! 今日はバケツの水を一度もひっくり返さずに運べましたよ!」
「ええ、素晴らしいです、エレオノーラ様。コツを掴むのが本当にお早いですね」
昨日とは見違えるほどテキパキと仕事をこなし、村人たちからも感謝の言葉をかけられて上機嫌なエリー。
心地よい充実感に包まれながら、二人は木陰のベンチに腰掛けて束の間の休憩をとることにした。
冷たい水を口に含み、ふぅと息を吐いたエリーは、隣に座るセイラの横顔を見て、ふと動きを止めた。
セイラは、少し離れた場所でニコラと共に壊れた農具の選別をしているカイトの方を、じっと見つめていた。
その表情は、普段の凛としたそれとはまるで違う。柔らかく、どこか愛おしそうに目を細めた、完全に「恋する乙女」の優しい顔だった。
視線に気づいたのか、カイトが農具を置いた手で髪を掻きながらセイラの方を振り返る。
目が合うと、二人はどちらからともなく自然に小さく手を振り返し、言葉を交わさずとも通じ合っているような温かい笑みを交わしていた。
遠くから見ていてもはっきりと分かる、二人だけの特別な空気。
それを見たエリーの胸に、言葉にできない寂しさがチクリと走った。
エリーは一呼吸置くと、ベンチから立ち上がり、セイラの服の袖をそっと引いた。
「セイラさん、少し……あちらでお話を聞いていただけないかしら?」
「え? ええ、構いませんが……」
不思議そうに小首を傾げるセイラを連れて、エリーは村外れの、人気のない静かな木々の裏へと移動した。
木漏れ日が揺れる中、エリーはカイトたちのいる方を振り返り、それからゆっくりと視線を落とした。
「……最初から、薄々は分かっていましたの」
エリーの声は、いつもの華やかさとは裏腹に、驚くほど静かで、今にも震えそうだった。
「セイラさんも、旦那様のことをとても深く慕っていらっしゃる。……そして、おそらく旦那様も、セイラさんのことを、同じように大切に想っていらっしゃるんでしょうね。それはもう……新参者の私が、お二人の間に入る隙間なんて、どこにも見当たらないほどに」
ぎゅっとドレスの裾を握りしめるエリーの綺麗な瞳から、ぽろりと大粒の涙がこぼれ落ち、地面の土に染み込んでいく。
完璧な神託に導かれ、期待に胸を膨らませて飛び出してきたものの、現場で突きつけられたのは、命懸けの修羅場を共に潜り抜けてきた二人の、強固で美しい絆の真実だった。
教皇としてではなく、一人の恋する少女として、エリーは自らの失恋を予感し、胸を痛めていた。
「エレオノーラ様……」
その涙に、セイラはかけるべき言葉を見つけられず、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
ノイズの魔法は完全に静まり返っている。エリーが本気で傷つき、悲しみ、それでもなお二人を祝福するかのように俯いていることが、痛いほどに伝わってきたからだ。
重苦しい沈黙が流れる。
しかし、教皇の精神は、誰もが驚くほどに強靭だった。
「……なーんて!」
エリーはドレスの袖でゴシゴシと乱暴に涙を拭い去ると、パッと顔を上げ、弾けるような満面の笑顔をセイラに向けた。
「でも、私は絶対に諦めませんよ! 神様が私にくださった、奇跡ですもの! お仕事の次は、恋の駆け引きでも教皇の意地を見せて差し上げます。覚悟してください、セイラ!」
涙の跡を残したまま、高らかにライバル宣言をして胸を張るエリー。
「え……」
あまりの切り替えの早さとメンタルの強さに、セイラは一瞬、呆気にとられて目を丸くした。
だが、すぐにそのピュアで真っ直ぐなエリーの気高さが、好ましく、そして何より強敵であると理解した。
セイラはクスクスと小さく笑うと、一歩前に踏み出し、今度はいつもの凛とした、しかし一歩も引かない笑みをエリーに返した。
「ふふ……はい。私も、カイトさんのことだけは、神様相手でも譲る気はありません。エリーがどれだけ頑張っても、負けませんからね?」
「望むところですわ!」
夕暮れの静かな木立の中で、ガシッと力強く握手を交わす二人のヒロイン。
仕事の現場を通じて芽生えた奇妙な友情は、今、お互いを認め合う健全な「恋のライバル関係」へと昇華した。
そんな彼女たちの熱い誓いを露知らず、遠くで「おーい、二人とも! そろそろ宿に戻って飯にしようぜー!」とのん気に手を振るカイト。
そんな彼にまだ見ぬ第二の嵐が迫っているのだった。
村の小さな宿屋の食堂。
昼間の賑やかな空気から一転して、そこにはパチパチと薪が爆ぜる音だけが静かに響いていた。
手際よく並べられた夕食を前に、全員がスプーンを動かそうとしたその時。
セイラが静かに立ち上がり、正面に座るカイトを真っ直ぐに見つめた。
「カイトさん、食事の前に、皆様の前でどうしても伝えておきたいことがあります」
「え? ああ、なんだよセイラ、改まって――」
いつになく真剣な、しかしどこか晴れやかなセイラの表情に、カイトはスプーンを持ったまま首を傾げる。
隣に座るニコラも、怪訝そうな顔で二人を見比べた。ただ一人、対面に座るエリーだけが、すべてを察したようにそっと背筋を伸ばす。
セイラは深く息を吸い込むと、一切の迷いを捨て去った美しい声で、告げた。
「私、カイトさんのことが好きです。……一人の男性として、心からお慕いしています」
「…………え?」
カイトの手から、カランと音を立ててスプーンが皿へと落ちた。
あまりにも突然の、そしてあまりにも真っ直ぐな直球の告白。
カイトの自慢の頭脳は一瞬にして完全フリーズし、視界の景色が文字通り真っ白に染まっていく。
隣のニコラにいたっては、「ぶっ!?」とスープを吹き出しそうになりながら顔を真っ赤にし、驚愕のあまり絶句していた。
そんな周囲の動揺を余所に、セイラは凛とした微笑みを崩さない。そこに、カイトの気を惹くためのハッタリや嘘など一切含まれていないことを、彼女自身の魂が証明していた。
「ですが、今すぐ返事を求めているわけではありません」
セイラはそう言うと、テーブルを回り込み、呆然と固まっているカイトの左側へと歩み寄った。
「シズクさんが教皇代理としての限界を迎えて、エレオノーラ様が総本山へ帰らなければいけなくなるその時まで……私の気持ちへの答えは、待たせていただきます」
「え、あ、待っ……ええっ!?」
処理落ちを起こしているカイトの脳を置き去りにしたまま、セイラはエリーの反対側――カイトの空いていた左腕を、優しく、しかし確固たる意志を込めてぎゅっと抱きしめた。
右腕にはエリー、左腕にはセイラ。
両手に最高峰の美少女を抱えるという、世の男性なら誰もが羨むシチュエーション。しかしカイトにとっては、左右から挟まれる強大な圧力(と、ニコラからの哀れみの視線)によって、全身の毛穴から冷や汗が噴き出すほどのプレッシャーでしかなかった。
ふとカイトを挟んで視線を交わしたセイラとエリーは、互いに悪戯っぽく、そして互いの闘志を認め合うように、小さく目配せをして微笑みあった。
「よろしくお願いしますね、エリー。」
「ええ、望むところですわ、セイラ!」
「……だ、誰か、俺の胃薬持ってきてくれ……」
カイトの弱々しい言葉だけが、静かな食堂に虚しく響き渡るのだった。
食堂の喧騒を離れ、ニコラは一人、宿のバルコニーに佇んでいた。
夜風がオレンジ色の髪を静かに揺らす。
見上げる夜空には満天の星々が広がっていたが、ニコラの胸のうちは未だかつてないほどの激動に見舞われていた。
「はは……なんだよ、それ……」
ぽつりと、乾いた笑いが口から漏れる。
脳裏に焼き付いて離れないのは、先ほど食堂で見た光景だ。
カイトへの真っ直ぐな想いを言葉にしたセイラと、それに負けじと闘志を燃やすエリー。
自らの心に嘘を吐かず、堂々と恋の戦いに身を投じた二人の姿が、あまりにも眩しかった。
――そして、そんな二人を思い出すたびに、胸の奥がキュッと、引き絞られるように痛むのだ。
「マジかぁ……」
ニコラは両手で顔を覆い、天を仰いだ。
認めたくはなかった。気づきたくもなかった。だが、その胸の痛みこそが、何よりの証拠だった。
自分もまた、きっちりと、カイトに恋をしてしまっているのだと。
これまでは、カイトとはお互いに『技術的な相棒』だと思っていたし、それで十分なつもりだった。
自分の知らない科学理論を次々と教えてくれる彼を純粋に尊敬し、並んで魔導具を作っている時間がただ楽しかったのだ。
それに、セイラのカイトに対する分かりやすい恋心も、一番近くで見ていたからこそ応援しているつもりでいた。
(でも……そっか。僕、カイトのことが好きだったんだな……)
一度自覚してしまった感情は、止めようもなく溢れてくる。
しかし、ニコラは冷静に今の状況を見つめていた。
カイトとセイラの間には、命懸けの修羅場を越えてきた強固な絆がある。
そこへさらに教会の最高権威であるエリーまで参戦してきたのだ。
今さら自分がそこに名乗りを上げたところで、この恋が叶うことなんて、きっとない。
何より――。
(ただでさえあの二人に挟まれて限界なのに、僕まで負担をかけたら、本当にカイトの胃に穴が空いちゃうよ……)
度重なる修羅場で、カイトの精神がとうに限界なのは痛いほど分かっている。
これ以上彼を困らせたくない、これ以上彼の重荷になりたくない。
それが、ニコラなりのカイトへの不器用な優しさだった。
「よし……!」
ニコラは頬を両手でパチンと叩き、小さく気合を入れた。
この恋は、始まった瞬間に終わり。
彼女は『皆の友人』として、そしてカイトの『最高の相棒』として、これからの旅の成り行きを見届けることを心に決める。
ニコラはぎゅっと胸元を掴み、自らの内に芽生えたばかりの淡い恋心に、誰にも気づかれないようそっと、深く蓋をするのだった。
村での依頼もすべて片付き、いよいよ次の目的地を決めなくてはならない時が来た。
出発の準備を整えた馬車の前で、カイトは腕を組みながら「さて、次をどうするかだが……」と、未だにノープランな旅路へ向けて、それらしい口調で一同へ問いかけた。
すると、エリーが少し神妙な面持ちで一歩前に踏み出し、提案を始めた。
「皆様、次の目的地について、私からひとつ提案がありますの。……私、今までこの世界のことを、本当に何も知りませんでした」
いつもの天真爛漫な調子とは違う、どこか真摯なエリーの言葉に、カイトもセイラも、そして隣のニコラも静かに耳を傾ける。
「教皇としての仕事は、毎日毎日たくさんの書類仕事や、きらびやかな儀式ばかり。とても忙しかったですけれど、そのせいで、現実を生きる人々を見つめることができていませんでした。私は教皇として、人々が本当は何に悩み、どう暮らし、何に困っているかを、もっと自分の目で見知らなければならないはずなんです。……この旅は、私にとってそのための、とても良い機会だと思うのです」
エリーは一度言葉を切り、少しはにかむようにカイトを見つめた。
「旦那様の本来の旅の目的が何なのか、私はまだ知りません。ですけれど……私はただただ、この世界の色んな場所を巡って、人々の営みを知りたい。だから、改めて私を、この旅に付いて行くことを許してほしいのです」
真っ直ぐで、一片の淀みもない教皇としての純粋な決意。
それを聞いたカイトは、心の中で(うわぁ、めっちゃ心苦しい……!)と激しい罪悪感に悶え苦しんでいた。
自分の旅の目的など、エリーの猛攻から逃れるためのただの口から出まかせだったからだ。
しかし、稀代の嘘つき魔道士であるカイトの脳は、この瞬間に完璧な「大義名分」を構築してみせた。カイトはフッと不敵な、しかしどこか頼もしげな笑みを浮かべ、胸を張った。
「――何を言ってるんだ、エリー。俺が異世界から来た転移者だってことは、もう知ってるだろ?」
「ええ、シズクから聞いています」
「だったら、話は簡単だ。異世界から来た俺の目的もな、元々『この世界全体を、自分の目でじっくり見て周ること』だったのさ。だから、人々の暮らしを知りたいっていうお前の目的は、俺の目的と完全に一致してる」
たった今思いついた目的を、さも最初から決まっていたかのように堂々と語るカイト。
その瞬間、隣にいたセイラの耳に、本日も『ジジッ』と小気味よいノイズの音がしっかりと鳴り響いた。
(……ふふ、カイトさんったら。またそうやって、息を吐くように格好いい嘘を並べるんですから)
セイラはカイトがまたしてもその場しのぎの嘘をついていることに即座に気づきながらも、その不器用な優しさが愛おしく、そしてエリーの決意を応援するように、エリーへ向けて優しく微笑みかけた。
「素敵ですわ、旦那様! 流石は私の見込んだお方、どこまでも付いていきますわ!」
「わわっ、だから距離が近いって――!」
感動に瞳を輝かせたエリーは、いつもの強靭なメンタルと行動力で、待ってましたとばかりにカイトの右腕へと勢いよく飛び込み、ぎゅっと抱きついた。
すると、その様子を笑顔で見守っていたセイラも、すかさず滑らかな足取りで反対側へと回り込む。
「ええ、本当に素敵な目的ですね、カイトさん。私も『護衛』として、そしてあなたの恋人候補として、どこまでも付いていきますね?」
「セイラさん!? 笑顔が怖いし、左腕の締め付けが強いよ!?」
左右から再び最高のヒロインたちにがっちりとホールドされ、幸せな悲鳴(主に物理的な圧力で)をあげるカイト。
そんな二人のヒロインの猛アタックと、相変わらず胃を痛めて冷や汗を流しているカイトの様子を眺めていたニコラは、
「やれやれ……」
と、呆れたように肩をすくめて息を吐いた。
胸の奥に秘めた自分の恋心にはしっかりと蓋をしたままだ、それも全てこの愛すべき『相棒』たちの賑やかな旅路を特等席で見守るために。
嘘つき魔道士と、恋するライバルたちを乗せた馬車は、新たな、そして確かな目的を胸に、次の街へと向かって再び賑やかに走り出すのだった。




