第四話 味方
「えっ、お金!?」
ライトの家にも、同じような貨幣があった。この島のもので間違いないだろう。出してみると、銅の貨幣が二十枚。銀の貨幣が五十枚入っていた。これは、ゲームでいう初期所持金というやつだろうか。銅の方には薄く「C」、銀の方には濃くはっきりと「M」という文字が確認できた。だが、それが一体どれほどの価値なのかはさっぱり分からなかった。だが、これで当分は生活ができそうだ。
「はは……これで、元気出せってか。」
神様にそう言われた気がした。
「……じゃ、もう開き直って……散歩でもするか。」
銅貨10枚を巾着に入れなおし、携帯を持って外に出た。今度はしっかり、戸締りをする。
「神様、もっと、起こしてくれないかなぁ……。
ぽろっと、欲が溢れた。
「……出会い、とか。」
駅前の繁華街では、カラクリ達が楽しそうに話し、笑いあっている。
「……いいな、こういうの。嫌いじゃないかも。」
治安はさほど悪くないように伺えた。
「私も友達、できるのかな〜。」
そうして、店の中を少し覗いてみたりした。
「文房具屋? へぇ、人間の所とそんな変わんないね。」
ふと目に留まった鉛筆の値札に「X2」と書いてあった。
「……読めん。」
先は長く、ため息が溢れた。
「兄さん、これ落としたで。」
「ひゃぁっ!?」
突然、隣から話しかけられ、みっもない声が出た。
麦わら帽子の異形頭。まるで頭部だけが消えているようだった。
「おお、可愛い声出すんやな。 真っ黒な衣装とは真逆のイメージ。」
関西弁。
「え、ええ……」
「あ、これ、あんたのやろ。」
そう言って、彼女はハンカチを差し出してきた。自分のだ。
「あ、ありがとうございます! でも、何故?」
「普通に後ろ歩いてただけ。」
「あ、そうですか。」
彼女は二回、誇らしげに頷いた。
「なぁ、それ、ずっと見てたけど。買いたいん?」
「え?」
「ほら、その鉛筆。」
「ああ、別にそういう訳ではなく……ただ、値段が……。」
「……もしかして新人さんか?」
「新人……え、はい、そうですけど。」
「ビンゴ! まだこの島の通貨を知らんのやろ。」
「へへ……」
「あんた、発生した国どこや。」
「に、日本です。」
「私と一緒か! なら話が早いな。例えばこのX2ちゅーやつ。日本円でいうと二十円。実はこれただのローマ数字やから、覚えたらええだけの話。」
彼女は優しく説明してくれた。貨幣の単位はI、X、C、Mという、ただのローマ数字で、日本円にそのまま表せる。そうすると、X2というのは、十円の貨幣が二枚ということで二十円という計算。
「なるほど!!」
「はは! 簡単やろ?」
助け合いって素晴らしい。そう、銘記した。
「えっ、まって、じゃあ、初期所持金って、五万超えてる……?」
「そうやそうや。しかも、この島はほとんど閉鎖経済やし、魔法でほとんどなんとか出来てしまうこともあるから物価も段違いに安いで。」
確かに、10 本の鉛筆で二十円はかなり安い。
「買ってやってもええで?」
「あ、いや、結構です。」
「ふーん、そうか。ちなみに、家どこ?」
「えっ?」
ここで、昔から習ってきた「知らない人に家を教えてはいけない」という戒めが足枷となる。
「あー、この街よりさらにの奥の方の……。」
「酬市か! あ、今は救ノ市ゆうんやったっけ?」
そんな地名を確かに地図で見た気がした。
「あ、ああ! そう! そこです!」
「私も、ちょっと手前の梅乃塚っちゅーとこ住んでんねん。よかったら、途中まで一緒に帰らへん?」
「ああ? ああ! はは、じゃあ、そうしましょうか!」
鼎羽は、断れなかった。
なぜなら、これは新たな出会いのチャンスかもしれない。絶対に逃したくなかった。
彼女は「ムギ」と名乗った。
その後、二人はそのまま夕食を共にした。
何気に、カラクリが食事をするところを見るのは初めてで、ついつい、じっと見つめてしまった。
スプーンでスープを掬い、人間でいう口の辺りにそれをもっていくと、パッとスープが消えた。
「(消えるんだ……)」
自分も、食べている時、こういう風になっているのだろうか。
なかなか話を切り出せない鼎羽に、ムギは友好的に話題を振ってくれた。そこで聞いたのが、この島はカナダとグリーンランドに挟まれたバフィン湾の中心に位置しているらしい。だからこんな時間でも空がやけに明るいのか。と、辻褄が合った。
「十一月に入ると、極夜になって、ずーっと夜。」
「あ、それ、社会の授業で……あ。」
「社会の授業?」
とんでもない失言をしてしまった。
「あ、はは! これでも私、気体なので! 学校くらい、知ってますよ〜!」
自分の透明な体を生かして、その時だけ気体になった。
「へぇ〜! 物知りさんか。じゃあ説明はあんまいらんかったな!」
「は……はは……は。」
即興で考えた真偽不明の言い訳で、なんとか上手く誤魔化せた。全ての運を使い果たした気分になって、鼎羽は一気に興醒めした。
「ふぁ〜。そろそろ眠たなってきたわ。もう帰ろか。」
「……そ、そうですね! じゃ、会計。」
「ええよ別に、奢ったるわ。こんな私と付き合ってくれたお礼。」
「え、いいんですか? ありがとうございます。」
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気がつけば午前0時。確かに、外は明るかった。
切符を買い、汽車に乗り込んだ。少し進んだところから、一気に森の中へと入ってゆき、急勾配を駆け上る。ムギの前では、この汽車に乗るのは二回目ということにしなくてはいけないため、あまり景色を見て初見の反応はできなかった。
「メール交換しとくのはどう?」
「いいですね!」
20分くらいで、梅野塚駅に到着した。
「じゃ、また遊ぼうな〜。」
軽く手を振って、お別れした。そして、一人になり、切符を眺める。
「どうしよ……。」
救ノ市まで。あとどのくらいだろうか、景色や地理的にも、山奥だろう。
「……山は好きだけどさ。」
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救ノ市。
ムギの言葉から推測するに、かつては酬市という地名だったのだろう。
「やっぱ、日本とは違う空気だね。」
正直なところ、山間の街は雰囲気が良くて好きだ。
「……でも、ちょっと地元と似てるかも。」
ダム湖の看板。それにつられて、足をそちらへ動かした。20分くらいでダムが見えてきて、意外と近いんだなと感じた。
「ここがこの島の水瓶か〜。」
水は透き通っていて綺麗だった。ダムの迫力も満点。なんだか、何もかも忘れて、浄化されたい気分になってきた。
「もう、ここに暮らしても良い気がする。一人で、たった一人で、何もかも忘れて……。」
「谿コ縺励※繧?k谿コ縺励※繧?k谿コ縺励※繧?k」
「え?」
すごく、聞き覚えのある、本当に大嫌いになりそうな声。しかも、四方八方から。
「ま、待って、待って!! こんな山奥で!? ま、魔法は? ラヴァンドさんに、魔法、かけてもらってたはず。」
おかしい。
「やめて……!!」
シャンッ。
「見つけた。」
瞬間、それの首が飛んだ。
突然の出来事に鼎羽は啞然とした。
「……は?」
揺らぐ視界の中、見えたのは看守。
静かに佇む看守の手には刀が握られていた。
「……!!」
看守は次々と化け物を斬ってゆき、やがて、うめき声は完全に聞こえなくなった。化け物はゆっくりと灰になって消滅している。
「……え、なに……」
看守の強さに鼎羽は少し怯えてしまった。
看守はこちらを見るなり、近づいてきた。
「あ、えっと、え、看守、さん?」
「助けてくれて、ありが……」
感謝を伝えようとするが、その看守の姿を見て、声が出なくなった。
鼎羽の担当の看守だった。
「えっ!? す、すみませんでした!!」
咄嗟に、謝罪の言葉が出た。約束を二度破っているのだ。看守は、少ししてから、声を発した。
「……別に、怒ってないぞ。」
「……え?」
思いの外、優しい声だった。
「事情はしっかり知っているし……大変なんだろ? 隠すのも良くないだろうから、先に言っておく。人間なのだろう? 君は。」
「……は!!?」
「大丈夫。俺は、君を熱知亜に送ったりなんかしないよ。」
「え、なにそれ。信じれるとでも?」
「……無理もないな。」
看守は俯いて黙ってしまった。
流石に、強く言いすぎたか。いいや、そもそも、助けてもらったのだし、感謝するべきでは? でも、看守なんだから私達を守るのは当然の義務。何が正しいのか。
その思考を看守の声が突然遮った。
「なら、俺も君に、秘密を教える。その代わり、俺を信じてほしい。」
「……それを知れば、何か、得があるんですか。」
「君に得があるというより、俺に不利益がある。」
「え?」
「君がこの事を本部にでも話したら、俺は終わりだ。」
「なにそれ……もしかして犯罪とか? なんか、怖いんですけど!」
「対等だろう?」
「……ええ、まぁ。なら、聞いてもいい、です。」
看守は、鼎羽に、耳打ちした。
「実は、俺も、君と同じなんだ。」
その言葉の意味を理解するまで、数分の時間が必要だった。ハッとして、看守と目が合うと、看守は手を差し出してきた。わからないまま、その手を握ってみると──
「……嘘、あたたかい」
どうやら、この看守には心があるみたいだった。言われてみれば、話し方に感情がこもっている。そういえば確かに、看守には感情があっただろうか。
「マジ、ですか……」
「……気持ち悪いか?」
表情はわからなくても、なんとなく、今見せたのが不安の感情である事がわかった。それで確信した。
「全然!! むしろ、嬉しい」
「えっ」
「私の看守が貴方でよかった! 冷たくて怖いロボットの看守より、最高に良いよ!」
こんな事があって良いのだろうか、神のご加護だろうか。鼎羽の心にのしかかっていた重みや不安のほとんどが消えた。
「助けてくれてありがとう、看守さん。あ……なんて呼べば良いかな?」
「看守は基本、番号が名前なんだが。俺の事は、メカと呼んでくれると嬉しい。」
「メカさん」
「さん付けは、少々堅苦しいな。」
「じゃあ、メカ。 ね!」
「ん。」
鼎羽は、この島に来てから初めて、自分から手を差し出した。その手を、メカが強く握り返す。
「こちらこそ、よろしく頼む。この身に代えても、君を守るよ。」
「守る」という力強いセリフにドキッとしてしまった。ちょっとだけカッコいいと思った。意外と、こんなのも恋心と言えるのかもしれない。
好みな男性と二人きりのこの状況を改めて傍観してみると、ソワソワしてきてしまった。これからもずっも、一緒にいていいのだろうか。
「まぁ、たった一ヶ月くらいだがな。」
欲望は一瞬で砕かれた。
「い、一ヶ月?」
「ああ、君の固有魔法を調べるのに大体二週間くらいかかり、正式な記録を取る作業が」
「えっ、じゃあ、それが終わったら、私の付き添いは終わっちゃうの?」
「そうだが、嫌なのか?」
正直、ずっと隣にいてほしかった。こんなに心強い味方がいると、心は格段に軽い。
「ううん、大丈夫」
なら、この一ヶ月を有意義に過ごせばいい。それに固有魔法だって判明して、その後も、もっと楽しい日々が待ってるかもしれない。
それを慰めるように、化け物の灰が鼎羽の透明な顔を撫でる。
「てか、なんで、化け物がここに。」
「この地域は、島の中で一番出やすいんだ。今は、昔より格段に減らせたようで良かったが、それでも用心は必要だな。」
「こ、怖ぁ……」
「君、魔法かけてもらってるだろ? 彼女からあまり離れない方がいい。魔法が弱まってしまうよ。」
「ええ? なにそれ、不自由じゃん。」
「まぁ、この島から出ない限りは大丈夫なはずだ。」
「この島から出ない限り」なんて束縛的な言葉は、出たいと願う心を窮屈にさせるのに十分な言葉。鼎羽はそれで、正直な自分の本心に気がついた。
「……」
そんな、脳を無駄に消費する願いなんて、湧いてる事がそもそも苛立たしい。帰ったところで何になるのか。帰りたくないから、死んだというのに。
「すまない、言い方が、窮屈だったか。」
この看守、心があるにしても推察力は人一倍あるみたいだ。
「毎日旅をしたって、この島の全貌を知り尽くす事は出来ない。俺も、知っているのはせいぜい地理くらいだ。」
「……一人は、寂しい。」
私の悪い癖。慰めてもらっているのに、ついつい不安になって欲が出てしまう。実に幼稚。
「話せる人はいるだろう、ライトとか。」
距離が遠いじゃないか。と言いたかったが、そう何度も欲を言う気にもなれなかった。
「実は、さっき、友達が出来てさ。あっ、知り合いかな……? 一緒に、ご飯とか食べてたの。」
「ほう、良かったじゃないか。」
「でも、私からグイグイ行ったら、嫌われるんじゃないかって怖くて、遊ぼうなんて言えない。ライトだって同じ、嫌われるのが怖いの。」
何故か、メカの前では心の内側がポロポロと溢れてゆく。同時に、涙も溢れそうになった。
「──なのに……あっ」
それを自覚して、メカの顔を見上げた。表情は相変わらずわからないが、困ったような態度は全く私に向けておらず、腕を組んで頷いてくれていた。
「……ごめん。」
「謝ることはないよ、むしろ、こんな俺に心を許してくれた事が嬉しい。」
さらに涙腺が緩んだ。忸怩たる思いに駆られて、早々とこの雰囲気を断ち切ろうと試みる。
「せっかく、ここまで来たんだし。名所とか、案内してよ、私の看守さんっ?」
心の陰を隠すために軽快な足取りでメカに近づき、手を取った。
「ほら、こんなに綺麗だよ。」
黄金色の光芒が四方を照らしている。地面には二人の手を繋ぐ影が描かれていた。




