第三話 自由を求めて
すっかり夜になってしまい、一段と寒くなった。
ラヴァンドはライトの魔法で多少回復し、普通通り動けるようになった。ライトに本棚の本は好きに読んでいいと言われたので、気になる本を手当たり次第読んでいた。
「カラクリの生殖について興味があるのかしら。」
「うわぁ!?」
突然横から話しかけられるものだから、驚いて本を落としそうになった。そして、聞いてきた内容も意味深で、鼎羽に顔があればきっとラヴァンドは睨まれていただろう。しかしこれでも身を削って魔法をかけてくれた恩人、その魔法が本当なのかはわからないが、何故か信用に値した。なので、ちゃんと受け答えすることした。
「全くないです、マジで。」
「あら……そう、残念。」
そして、自分の持っている本に目をやると、生殖について、のページを無意識に開いていた。『あ』の感動詞が口から漏れた。ラヴァンドが何故そういう話題を振ってきたのかがわかった。残念、と言ったのは少し気がかりだが。
「もう、大丈夫そうね。じゃあ、私はそろそろ帰るわ。」
「あ、今回は助けてくださりありがとうございました。次会えた時、必ず恩返しします!」
「へぇ、楽しみにしてるわ。じゃあね。またいつか。」
僅かに花のいい香りを残して、彼女は去っていった。
「外国の方……?」
「そうですが、言ってませんでした?」
「……ん、言ってたかもしれないし、言ってなかったかも……?」
人の話を聞き流してしまう癖は昔からそうで、よく注意されてきた。なので、記憶がないと言われてたのか言われてなかったのか、判別がつかなくなってしまう。体は変わっても、自分はずっと自分のままなんだ。
「……やだなぁ。」
「……何が?」
つい口に出た言葉を聞かれてしまった。こうしてすぐ心配させてしまうのも悪い癖。
「なんでもなーい。それより、明日の準備しなきゃ。」
「あ、そうだ。」
ライトは、小さな切符を渡してきた。
「実は、間違って始発の汽車の切符買ってしまって……。」
「まじかよ、社畜じゃん。」
紳士っぽいのに、どこか抜けてる。滲み出る人間らしさが、鼎羽を置いてけぼりにしなかった。
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眩しい太陽が鼎羽の目を刺す。
晴天だ。
いつもの、マジシャンのような服に着替えた。自分の服は今これしかない。
「なんか……色々してもらっちゃったね。私誰かに助けられてばっか。」
「いえいえ。」
私達は、最後に連絡先だけ交換して、手を振って別れた。駅までの道のりは何となくわかる。実は地図が好きなもので、方向感覚ならかなり自信があった。西洋風の建物、動力がないのに動く馬車。格好いい服、可愛い服を普段着で着こなす人外達。何もかもが、異世界だ。
「やっと、平穏な生活が手に入るのかな。」
駅前の広場に着いて、『鍵廻駅』と大きな字で書かれた駅札が見える。大きな煉瓦造りの駅舎に手を伸ばした。そして、ポケットに切符が入ってることを確認して、胸を弾ませて駅舎に向かって歩いた。
カチッ。
顔が黒で見えない駅員が、私の切符に穴を開けた。鍵の形をした穴だ。
一番端のホームに出ると、貨物の、広い操車場を一望できた。だが線路は、瓦礫の山と無惨に転がる有蓋車で隠れてしまっていた。
「……」
歴とした犯罪者になった気分で、あるいは本当にそうなのかもしれないのに、まるで自分は一切関係ないようなそぶりでそれを一瞥した。
「平穏な生活って……。」
ベルが鳴り響き、遠くから近くへと汽笛が聞こえる。
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30分ほどで四東に着いた。
初見で『あづま』と読むのは無理がある。『よんとう』と読んでしまう癖が定着してしまっていたので、つい、よんとう、と言ってしまった。
駅舎を抜けると、鍵廻とは違って高い建物はないが、賑やかな繁華街が広がっていた。ガヤガヤした道を抜けると、あっという間に景色は住宅地。かなり坂が多く、家までの道のりがとても長く感じられた。
「逃げてきた時は、隣の村の駅まで走ったんだよね……火事場の馬鹿力ってやつ?」
火事場の馬鹿力か、あるいは……魔法。
そう、魔法だ!
「私の魔法って、そういえば、何なんだろ……。」
早朝すぎて、周りに誰もいなかった。それを確認すると、手を振って、念じてみたりした。
「いでよ! モンスター!」
……。
ただ虚しくなるだけだった。
「……なんか疲れた。もう、説明書くらい渡しとけよ!! ……説明?」
説明。
「また詳しい説明は明日させてもらう。」と看守は言っていたのを、ふと、思い出した。『明日』というのは昨日の事。
「めっちゃ約束破ってる!!」
あの事件以来、急に失踪しているわけだから、きっと捜索されているんじゃないか。いや、そこまでの法律やルール、規律はこの島にはないのか? でも、キツイ言い方をすれば自分達は動物園の動物、もしくは、監獄に捕えられている囚人。それが突然檻の中からいなくなれば、看守達は普通捜索するだろう
「ああ……、ライトが直々に伝えていてくれてる事を願うしかない……。」
不安を消す為、ライトにメッセージを送信した。
軈て、自宅の前で足を止めた。
「ついた……。」
家は何も被害を受けておらず、綺麗なままだったのが何より鼎羽に安心感を与えた。しかし、この家ではまだ一睡もしたことが無いので、家に対するアットホームな感情は全然感じられなかった。それより、引越し先の新居に来たような期待感が一番強かった。そういえば鍵は、ポケットに入れていたはず。
「ライト、もしかして、返してくれてない……?」
焦って、両手を両側のポケットに突っ込んでゴソゴソと手探りで鍵を探した。そうすると、何か冷たいものが指に当たる。
「あっ、鍵だ……よかった、ちゃんと入れてくれてた。感謝ァ〜……。」
ガチャ。ドンッ。
開かなかった。
「……え。」
まさか、そんな焦りと共に、もう一度、鍵を回し、扉を引いた。古びた蝶番が軋む。
「嘘、私、鍵閉めてなかった……??」
部屋は日光により明るく、電気をつける必要はないようだ。というか、そもそも電気のスイッチが見当たらない。まさか火を付けるのかとも思ったが、リビングの中心にぶら下がっている照明に、直接ロータリースイッチがついていた。かなり古い。
「相変わらずレトロだなぁ……。」
床には、開きっぱなしのトランクがあった。上半分の蓋にはチャックがついており、中には申し分程度の衣類なども入っていた。
「マジ、ちゃんと確認しとけよ私……。まぁとりあえず、さっさと荷解きして、さっさと風呂入って今日は寝よう!」
綺麗に畳まれた衣類を取り出すと、地図が出てきた。この島の地図のようだった。そういえば、この島は一般の地図には載っていないので、全体を見るのは初めてだ。地図好きの鼎羽にとっては珠玉の品。バッと床に広げて、ウォード鍵のような形をした島が現れた。鍵島という名前にも納得がいった。
「へぇ、面白い! 鍵廻の街はちょうど中心にあるんだ。」
ここ、四東の町は、かなり南下した場所にあった。鍵で言うとちょうど取っ手の部分。
……ついつい夢中になってしまった。
「おっと、荷解きしなきゃ。」
最後に、なにかが入っている巾着と、ちょっとした食料が入っていた。ペットボトルの飲料水と、インスタント食品。
「へへ……これなら私でも作れるや。」
食料は両手で抱えて持てる量で、キッチンに持って行った。すると、衝撃を受けた。
「まじ? 竈なの? 嘘っしょ?」
力が抜け、食料が床に転がる。
鋳物製クッキング・ストーブが、如実に歴史を語っていた。フライパンと、鍋と、ポットが掛けられていた。
「これ、火の魔法使える人、めちゃくちゃ有利じゃん……」
そう思い、また構えて、念じてみた。が、何も起きない。
「無理ですか〜。」
とりあえず、よく分からない事は後回しに。
落とした食料を台上に置いて、暖簾をくぐった。
「……」
別にホテルじゃないから、戸棚に入れてもいいのか。
「これからここで住むんだわ。」
暖簾が揺れる。
衣類をとりあえず洗面所に置き、ついでに浴室も確認した。
「おや!! 綺麗!! よかった〜!!」
石造りの浴槽、仕切られたシャワー室。それはまるでどこかのホテル。
続いて、天井裏。
三角屋根なので、天井が低く、鼎羽は少しかがむ必要があった。ベットが設置されており、寝室のようにも伺える。一つしかない窓からの自然光だけが唯一の灯。
「ここ、物置にしようかな〜。」
この無駄に広くて薄暗い空間にポツンと寝るのはなんだか嫌だった。どちらかといえば狭い方が好きだ。
「敷布団とか買って、下で寝よ。」
ふと口から出た言葉。
「買うって……金は?」
金銭。そんなの、知らない。
「看守さん……一日目に全部説明して欲しかったっす……」
自分の頭で考えてみても、仕事して稼ぐってのが妥当だと思った。だが、この島はカラクリ独自の文化で出来ている為に、どんな仕事があるのかも、わからない。
「……仕事。」
結局、どこに行っても仕事なのか。
「疲れた、もう疲れた!! もう考えるのやめ。寝る。」
しばしば、薄暗い屋根裏のベットに寝転んだ。
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「え。」
目を開けた。
「今、何時!?」
まだ少し外は明るいが、薄暗い。階段を降りた先の時計の短針は、意外に、八を指していた。つまり、午後八時。さっき寝たのが午前八時。
「十二時間寝たの……?」
いろいろ不可解すぎる。もはや魔法なのではないかと思えた。魔法というものが身近になると、何もかも全て魔法のせいにできてしまう気がした。
「私の魔法、過眠か……?」
携帯を覗くと、ライトからメッセージが二件。
「伝えていますよ!」の一言。
あまりにも簡潔すぎて、不信感さえ湧いた。
そして、次の文字の羅列に驚愕した。
「午後六時くらいに、家に向かうとの事です!」
思わず、携帯に叫んだ。
「それを!! 先に!! 言えや!!」
二時間、過ぎている。
「終わった……私のドキドキハッピーニューライフ、終わった。」
「は、はは……はは……。」
そのまま床に跪き、絶望した。
「私……どうして、いつも、こんな。こんなことばっかり、したくてしてる訳じゃないのに……。」
その時、まだ未確認の巾着が目に留まった。最後の希望にすがるように、四つん這いなって、巾着を手に取った。重い。
「何だろ……」
中を覗くと、銅貨が入っていた。
【ラヴァンド】
身長:167cm
性別:女性
出身:ル・トレポール
原元:紫陽花
固有魔法:隠蔽




