第二話 五里霧中
二度寝をした私は、1時間ほどで目が覚めた。昔からそうだ、夜以外に寝ると1時間ほどで絶対起きる体内時計が私にはあった、逆に言えば1時間の間は誰かに起こしてもらわないと起きれない。窓から差し込む太陽光が、学生時代に毎朝感じていた動悸と焦燥感を鮮明に蘇らせる。
「気持ちわるい……」
そして、部屋の外から話し声が聞こえた。
「どうもありがとう、ライト」
「いいえ、当然の事をしたまでです。」
「この恩はいつか返すからな」
「またいつか」
「はい、それでは。」
待って!
そんな感情に肩を揺らぶられたような感覚になり、ベットから飛び上がってそのまま扉をドカンと開いた。
「おや、鼎羽さん。」
ライトがお行儀よくお辞儀をする。
隣で機関士の男もこちらを見るなり相槌を打ち「おはよう」と一言。
「気持ち良さそうに寝てるもんで、起こすのはどうも気が引けてな」
「いや、全然起こしてもらって構いませんよ!!むしろ起こしてッ!!」
「はは、面白い奴だな、お前は。」
機関士は胸元のポケットから名刺を取り出し、鼎羽に手渡した。
「名乗り遅れたな、俺の名はイルル。鉄道府で働いている者だ。」
「えっ、あっ」
鼎羽は、今ここで名乗るべきか迷った。きっと名前も知られているだろうし、名乗るのはやめるべきか、知られているとしても名乗るのが礼儀なのだろうか?鼎羽にはわからなかった。
そして
「鼎羽ちゃんでいいか?」
「……んえ?」
鼎羽は唐突な『ちゃん』呼びに動揺した。その上、先に名前を言われてしまって名乗る理由がなくなった為に何も言えなくなった。
「良い、ですけど……」
「了解」
「ならば、敬語はこの瞬間から禁止だな!わかったか?」
「ええ? でも、そうしたらライトさんだって敬語じゃないですか」
「コイツはこういうキャラだから良いんだよ。さ、返事は?」
「わ…わかった。」
少し不満げに返事する鼎羽の頭を撫でて、荷物を持ち直した。
「あ! あの!」
鼎羽は、ゆっくりと片手を差し出した。「握手…」と小声で呟き、そっぽを向く。自分でも自分らしくないことをしていると自覚していた。一度こうする事でまた会えるかもしれないという、おまじないのようなものだった。
すると、イルルはただ何も言わずに、強く握り返してくれた。
そして「達者でな。」と一言。敷居をまたいで去って行った。
「鼎羽さん、朝食作ってみたので、よければ食べませんか?」
「あ、うん、いただこうかな。」
そのまま指示されたように居間で待っていると、ライトが丁寧にクローシュされた料理を持ってきた。つい「ここは高級ホテルかなんかですかねぇ…?」と口に出てしまった。そして、蓋を開けて出てきたのは、ビーフシチュー。盛り付けがまさにプロで思わず目を疑ってしまった。
「あなた、料理できるんだね」
「シチューにその丸い蓋被せて来るセンスも尊敬する」
「変ですか?」
「……いや? わかんない!」
鼎羽は早速、一口食べてみようと決意し、先程もらった名刺をポケットにしまおうと腰に手をかけた、が、ポケットがなかった。というか、逃げてきた時には黒いスーツを着ていたのに、今はパジャマを着ていた。
「嘘……だよね」
確かにあの重くて暑苦しい服をずっと着ているのは流石に変だ、それで納得はしたが、それよりも信じたくない事実に鼎羽は悶絶した。何故なら、シャツまで着替えさせられているということは、自分の体を見られたのだ。もしかしたら、下着まで…
「あ、あはは、はは……」
ライトと目を合わせるのが気まずくなってしまった。ライトは何かを察したのか急いで説明した。
「貴方の体は透明でしたので! 何も見えませんでしたよ?」
「そ! それでも! した……下着!! 見たんでしょう!?」
「それは……見ましたけど」
「ギャァァァ!!!」
「でも!! 仕方なかったんです!! 数日ずっと寝込んでいたんですから!! あの重苦しい服をずっと着させて寝るのはなによりも、その……見ていられなくて」
「それでも、なんかさぁ……」
鼎羽は透明で顔が見えないが、きっと見えていたら滑稽に赤面しているだろう。
もう選択肢は忘れる努力をするしか残されていない事に気がつき、他のことを考えるようにした。
「はぁ……。で? 脱がした服は、ちゃんと持っててくれてるんだよね?
「はい、勿論。ついでに破れていたところを直しておきました!」
「直す……? 裁縫とかできるの?」
「ええ、得意分野です。」
懐から鋭い裁縫針を取り出した。
「どっから出てきた!? え? まさか手縫いで?」
「まさか! ミシンですよ、流石に。」
「お、おお? でもでも! それでも十分、立派だと思うけどね?」
「立派……そうですかね」
「そうだよ! 医者で! 裁縫できて! 料理できたらもう十分立派! ほんと、羨ましい。」
「医者ではありませんよ?」
「え?」
突然衝撃の事実を聞かされた。これまでの行いは全てライトのエゴによるもので、ここは医院でも何でもなくライトの家だった。
「まさかッ……ゆ、誘拐…!?」
「ち、違いますって!!」
「はは! 嘘だよ! でも、これ全部、エゴなの? それは怪しいな〜?」
「私は、ただ……」
「ただ?」
「……いえ、何でもありません。でも、本当にやましい事など一切ございませんから」
「そこに今にも死にそうな人がいたから、見捨てられるわけなくて」
「それで、匿った。それだけです。」
「……そうなんだ、まぁ、助けてくれたのは事実っぽいし。信じるよ」
ライトの少し必死な様子に鼎羽は少し違和感を覚えるが、きっと自分のエゴを否定されて怒りが湧いたのだろうと結論づけ、この気まずいような空気を払いのけるように明るく話しかけた。
「で! 私の治療はいつ終わるの?」
「え、ああ、治療の事でしたらもう終わっていますので、安心してください、今日中には帰ってもらって構いませんよ。」
「シチューを食べてから、ね。」
「あ、はい。いただきます。」
シチューは猫舌の鼎羽には丁度良いくらいの温度まで冷めていた。
「……なにこれ美味すぎ」
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ライトは鼎羽の服を見違えるほど綺麗に直して、夕方頃に返した。ついでに壊れていた携帯も直してくれていて、てめぇは修理技術者か。と突っ込みたくなった。その後にライトは急に何処かへ出かけ、唐突に黒のワンピースを着た頭部が色とりどりの紫陽花で満開のカラクリを連れて帰ってきたのだ。なにやら彼女は【隠蔽】の魔法の持ち主で、これ以上被害を増やさない為に鼎羽から出ている人間のオーラを隠すといった用で、ライトに頼まれてやってきたそう。
「貴方が鼎羽さん? 本当に透明人間なのね……珍しい。」
「そ、そうなんですか? ははは…」
鼎羽は彼女の妖艶な雰囲気と美しい花に見惚れてしまった。ほのかに花のいい香りがする。
「(……あれ、紫陽花って、こんな香りしたっけ?)」
何か、皮肉めいたものを感じた。
「……ふふ、そんなに警戒しないで? 私はラヴァンド。隣町の下北沢で、ちょっとした情報屋をやっているの」
「し、下北沢?? シモキタザワ??」
日本の地名が、この異世界のような所で行われてる会話の中で唐突に出てくるものだから、異質な現実感が鼎羽の心を難しくした。
「あら、その反応……。ふふ、貴方も関東出身だったのかしら。少なくとも人間ね。」
「え? も って……?」
「実はね、私だって昔は人間だったのよ。けれど、私が扱う特別な魔法のお陰で、今まで誰にもバレずに、熱知亜送りを免れてこれたわ。貴方の場合は単なる奇跡的な『手違い』のようだけどね。」
「熱知亜送り……? そんなシベリア送りみたいな……」
「ふっ、面白いこと言うじゃない! 上手ね、傑作だわ。」
沈黙。
「……何よ、貴方まさか、あの島を知らなくって?」
当然知るわけもなく、鼎羽は興味津々にラヴァンドに視線を向けた。
そして、ラヴァンドはゆっくりと話し始めた。
「この鍵島の北に、熱知亜という島があるの。元人間のカラクリたちが、あそこに押し込められているのよ。もちろん、その子たちがこの本島へ立ち入ることは絶対禁止。理由は……もう、言わなくても分かっているでしょう?基本的な自由はあるみたいだけれど、ここよりずっと退屈でしょうね。可哀想に、あちらには極寒処置の魔法が施されていないから、年中雪が降りしきって、凍えるほど寒いのよ。だから私は、この島での甘い生活がお気に入り。あんな場所、一生過ごすなんてまっぴらごめんだわ。さっき貴方が言った通り、まさに『シベリア』ね……ふふっ、本当に笑っちゃう。」
「へぇ、そうなんですねぇ! 初耳ですぅ! ふふふ〜!」
鼎羽は、何故教えてくれなかったのかと言わんばかりにライトに疑惑の視線を向けた。
ライトは手を揉み、知らんぷりをする。
「どうかしら、私的には、ここでの暮らしをお勧めするけれど。」
鼎羽は少し考えた、再度あの怪物に襲われるかもしれないという恐怖を取り、幸せな余生を掴むか。毎日の安心が保障される退屈な幸せを取るか。だが、すぐに結論は出た。
「私は、ここで暮らしたい!」
潔い返事だった。鼎羽は、たとえ危険を伴う幸せでも、大きな幸せなら迷わず掴みに行く性格なのだ。
「なら、ここにじっとしていて頂戴。すぐ終わるわ。」
鼎羽の肩にそっと手をかけ、魔法を使った。鼎羽の体を青い光が包み込み、蛍の光のようだった。鼎羽は魔法をしっかり見るのは今回が初めてで、まるでアニメの世界に入った気分だった。
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数分後。
「終わったわ、これで大丈夫。」
体に異変も特に無く、安堵してため息が出てしまった。だがラヴァンドは酷く疲れてしまっているようだった。ありがとう、と鼎羽は動揺しがらも一言。ライトは優しく彼女を抱き上げ、寝室で寝かした。
「……ねぇ、もしかして、魔法使いすぎたとかそんな感じ?」
「大体の解釈はそれで良いですが、魔力…というより、代償ですね」
「こちらを読んでもらえれば分かると思います。」
ライトは本棚からカラクリの専門書を取り出し、大量に貼られた付箋をまるで全て覚えてるかのように指でなぞり、真ん中くらいのページを開いた。鼎羽はそれを覗く。
『械生物が魔法を行使するに当り、何物かを代償として捧げ、これを力に変換するとの仕組みあるものなり。最も王道とされるは体力にして、魔法を用いる度毎に体力を消耗する、という方式なり。これ、効率は必ずしも善からざるも、最も手軽にして簡便なる方法と伝えられる。代償に用い得る対象は、魔法の種類によりて異なり、例えば発光の魔法の如きは消耗率低く、さほど大なる代償を要せざる故、比較的簡素なるものにて足りる。これに反し、水を操る魔法、炎を操る魔法の如く、規模大きくして制御の困難なるものは、代償に充つべき対象の幅もまた広く存するものなり。』
と、手書きの古風な文章が綴られており、鼎羽が正しく理解するには少し時間がかかった。
「つまり、ラヴァンドさんは、すっげぇ大変な事をしたと……?」
「貴方のドス黒い人間臭をかき消すのには流石の魔法でも手こずったんでしょうね」
「辛辣すぎません? それって臭いってこと?」
「さぁ?」
「コイツ……親しくなり始めた時に性格変わるタイプだ……」
「でも、そういうの」
だーいすき。
そんな、これからの生活への安心と期待を胸に、四東の街へと帰る準備を始めるのであった。
【イルル】
身長:181cm
性別:男性
出身:ユタ州
原元:ブラウン管テレビ
固有魔法:無効化




