第二章:2 トゥージア城にて
「それではシャドウ…………オニマルは私についてきなさい。アンジェはケンジョウ様にこの城を案内して差し上げて」
「はっ……」
「はぁい」
オニマルに対してのお説教が終わったかと思ったら王女は二人に指示を出し、その場を後にしようとする。
「王女様、あの……俺が協力する件に関しての話を進めるわけではないのですか?」
「それに関しては夜に私の自室で、ということでお願いしますわ」
「わかりました」
「あと……」
「はい」
「私のことは是非アイリス、とお呼びください。王女様、なんて呼び方はあまりに遠すぎますもの」
「…………善処します」
何故かうっすらと頬を赤らめながらそんなことを言う王女……アイリス様。
遠すぎるも何も王族と根無し草なんて互いに遠い存在では……?
「それでは私達は失礼しますわね。オニマル、行きますわよ」
「ケン……恩を仇で返しやがってぇ……なんでこんなバラし方するんだよ……」
何故こんなバラし方するかって?……そうだな
「そうすべきだと、思ったから」
「それ言ったら俺が全肯定するとか思ってないだろうな!?」
しないのか。
「……王女様にいらん心配させないためだ。許せ」
「わかるけどよぉ……」
「早くついてきなさいオニマル」
「はっ……」
スタスタと去っていくアイリス様。
とぼとぼとついていくオニマル。
そしてこの部屋には俺と……
「ふふっ、よろしくお願いしますねぇ」
何故かアイリス様が去っていくと同時に側にぴたりとくっついてきたアンジェと呼ばれる侍女が残された。
「よろしくお願いします。アンジェさん」
「ケンジョウ様は姫様のお客様ですからぁ、そんなに堅苦しくならないでくださぁい」
「えっと……」
「呼び捨てでいいですし敬語も必要ないですぅ」
「そ、そうか……」
なんだろう。言葉は柔らかいのになんとなく……苦手かもしれない。距離が近いというか……もう少し離れてくれないだろうか。肉体的にも、心理的にも。
「それではまずはどこに行きましょうかぁ?このお城、案内しちゃいますよぉ」
「どこと言われても何があるのか」
『まずは飯じゃろ』
「そうですねぇ。じゃあ食堂に行きましょうかぁ」
……ん?
「アンジェ、驚かないのか?」
「何がですかぁ?そりゃあ昨日から何も食べてないのでしたらご飯を食べたいのは当然だと思いますけどぉ」
「いや、明らかに俺の声じゃない声が」
「ミタマ様のことはもう存じてますのでぇ」
『そうじゃよぉ』
「喋り方が移ってる」
『おっと。まあ、そういうことじゃ。アンジェはわしのことを知っとる。姫様がソワソワしとるときにわしと話しているところを見られての』
「ま、そういうことなんでぇ……早く食堂に行きましょうよぉ」
説明の手間が省けて助かるが……
とにかく急かされて俺たちは食堂へ向かうことになった。
───────────────────
「じゃーん!ここが食堂でーす!今の時間はちょうど兵士さん達が訓練とか見回りとかで空いてる時間帯ですねぇ。お昼時はこんなに広くても混み合って大変なんですよぉ」
「……おお」
『ケン、楽しそうじゃの』
「えっ?これでですかぁ?」
『わかりにくいかもしれんがの。
なんならここに着くまでの道でもキョロキョロしておったしの。相当テンション高いぞこやつ』
「……そんなこと言わなくていい」
ミタマにいらない茶々を入れられながらカウンターへ向かう。カウンターの上の方の壁にはメニューがずらりと並んでいた。広さ以外は普通の大衆食堂みたいな仕組みなのだろうか。
「おや!アンジェちゃんと……横のあんたは見ない顔だねぇ!」
「あっ、おばちゃん!この方は姫様の客人のケンジョウ様ですぅ!」
「姫様の……?アンジェちゃんの彼氏さんじゃないのかい?」
「違いますよぉ」
「(おしゃべりが始まってしまった。止めるべきだろうか)」
『女子はいくつになってもおしゃべり好きじゃからの』
俺を置いてけぼりにしながら話が盛り上がってる様を見てどうするべきか悩む。
俺は腹が減っている。わりと限界が近い。しかし自身の都合で楽しそうな雰囲気をぶち壊すのはどうだろうか
(ぐぅぅぅ……ぐぎゅるるる……ぐごごごご)
「!?何の音だい!?」
「すいません、俺の腹の音です」
「あっ、ごめんなさいケンジョウ様ぁ……そう言えばお腹が空いてるって話でしたねぇ」
「そう言えばって、何故忘れることがある……」
「はっはっは!アンジェちゃんを許してやっとくれケンちゃん!私がついつい話しすぎちゃったんだからさ!」
「ケンちゃん……?」
「じゃあ注文を聞こうかい!何食べたい?」
何を食べたいか。実はメニューを見た時に既にもう決めていた。
「この、ソースたぷたぷヤキソバを」
ヤキソバ。ヤマトにいる頃からずっと慣れ親しんできた麺料理。まさか異国でお目に掛かれるとは思っていなかった。
「大盛りで」
「っ!?」
「あ゛っ」
大盛りを頼んだらおばちゃんは少し驚き、アンジェは何故かカエルを轢き潰したような声を出した。何か変な事を言っただろうか。
「あ!あのぅ!ケンジョウ様はまだこの城に来たばかりでぇ……おばちゃん、流石にそんないきなり無法なことしないですよねぇ?」
「ケンちゃん、ソースたぷたぷヤキソバ、大盛りだね?」
「え、はい」
「ケンジョウ様ぁ!私の様子を見ておかしいとは思いませんかぁ!?」
ニヤリと笑うおばちゃん。
慌てふためくアンジェ。
事態が飲み込めない俺。
そんな微妙な空気の中おばちゃんは厨房の方へ注文を通す。
「ソースたぷたぷヤキソバ、大盛りぃ!」
「はーい!!……は!?大盛り!?」
何故か厨房から聞こえてくる声にも驚きが混じっている。何故だろうとぼんやり考えているとアンジェがこそっと耳打ちしてきた。
「ケンジョウ様、今お金って持ってない……ですよねぇ?」
アンジェの質問に合点がいく。なるほど。大盛りがいいお値段なのか。
メニューを見ても値段を書いていなかったから城の関係者は無料で食べられるのかと思っていたが……
「すまない。金のことはすっかり頭から抜けていた。この場は出してもらえるか」
「いや、そのぉ……この食堂は兵士さんとかはタダでご飯を食べられるんですけどその……」
「?」
「1つ重要なルールがあってぇ……残したりすると10000C払わなきゃならないんですよぉ」
「ふむ。それの何が問題なんだ」
「量ですよぉ!ここの食堂、兵士さんにも満足してもらえるように普通の量でもかなり多めなんですけど、大盛りになるととんでもないことになるんですぅ!
何も知らない新兵さんがたまに頼んでしまって撃沈する様は一種の風物詩として語られるほどなんですぅ!」
……なるほど。俺が金を持っていないから俺が食べきれない場合、アンジェが10000C払うことになる。それを恐れてるということか。
これは悪い事をしたな。
「ケンちゃん、持っていってあげるから席に座ってなよ。お腹いっぱい食べさせてあげるからね」
「はい」
「なんで今の話を聞いてそんなに淡々としてるんですかぁ!」
『アンジェよ、こやつはこういう奴じゃよ。多少脅したとて何も動じることはない』
適当な席に座り、ヤキソバを待つ。
隣でアンジェが暗い顔をしている。かわいそうに。
『明るいアンジェがこんなふうになるとは、どんなものが出てくるか気になるのう』
「(楽しみだ)」
少し待っているとおばちゃんがヤキソバを持ってやってきた。
「ソースたぷたぷヤキソバ、大盛りお待ちぃ!お残しは、許しまへんでぇ!!」
「ああ……やっぱりすごい量ですぅ……
私、人並みにしか食べられないですからお手伝いには期待しないでくださいよぅ……」
『おお、なかなか壮観じゃの。ここまでの山盛りは初めて見た気がするぞ』
目の前には大人数で囲む料理を盛り付けるような大きい皿に文字通り山のように盛り付けられたヤキソバ。何人前だろう。少なくとも普通の大衆食堂のヤキソバ大盛り10人前くらいはあるのだろうか。
たしかにこれを一人で食べるとなるとかなり厳しそうではある。普通ならば。
「調味料はここに置いておくから、好きに味変していいからね」
「ありがとうございます。いただきます」
箸を手にヤキソバと対峙する。芳しいソースの香りが食欲をそそる。ソースたぷたぷと言うだけあって皿にはソースが溜まっている。野菜も肉も麺もソースでてらてらと輝いていて、美しい。
何故かアンジェとおばちゃんがじっと見守る中、一口すする。美味い。ソースたぷたぷなのに辛すぎなくて旨みがすごい。どんどん箸が進む。
野菜も美味い。しんなりとシャキシャキの間くらいの程よい食感。野菜の旨みもソースによって引き立てられている。
肉も美味い。ヤキソバに入れるにしては少し分厚い気がしなくもないが、その厚さがこのソースにはちょうどいい。噛むと肉の旨みが口に広がる。
箸が止まらない。こんなに美味いヤキソバは初めて食ったかもしれない。少なくともソースヤキソバはこれがダントツだと思う。
黙々と食べ進めていると隣のアンジェが驚いた顔をしていた。
「なんだ」
「いやぁ……その体格でそんなに食べられるものなんですねぇ……」
「腹が減ってたからな」
味変調味料を掛けて食べても美味い。すごい。
こんなハイレベルな食事をここの城の人は毎日食べてるのか。
気付けば皿の上のヤキソバが無くなってきた。美味いものというのは、何故こんなにもすぐに無くなるのだろう。
侘び寂びを感じながら最後の麺をすする。
「ごちそうさまでした」
「す、すごいですぅ!!!あの大盛りを全部食べ切るなんてぇ!!」
「あぁ、臨時収入が……」
「誰だあの人……」「昨日運ばれてきた人よ」「うわ大盛り全部食ったの?」「お腹どうなってるのかしら」
アンジェが元気を取り戻し、代わりにおばちゃんが肩を落とす。そして何故か俺たちの周りに野次馬が集まっている。
無理な量を出して金をせしめてたのか、このおばちゃんは……
「あの、おばちゃん、いいですか」
「え?な、なんだい?」
「おかわりをお願いしたくて……」
「流石に勘弁しとくれ!」
悲痛な叫びが食堂に響く。
申し訳ないのですぐにおいとますることにした。
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「よくそんな身体にあんな量入りますねぇ……お腹も出てないし」
「俺の腹を撫でるな」
歩きながらアンジェが腹を撫でてくる。
どうにかならないだろうか、この距離の近さ。
『ケンはのぅ、わしのせいでこの大食い体質になってしまったんじゃよ』
「えっ、どういうことですかぁ?」
『わしの力……御魂の法というものはの、呪術の中でもとびきり燃費が悪いんじゃ。差し出す代償が身体の熱量となっておるから、あのように大食いとなってしもうた。あまり食ってない状態でわしの力を行使するとケンの命に関わるゆえ……身を守るためじゃな』
「最近はロクに食えていなかったから、御魂の法を使ったときに倒れてしまったんだ。闘技大会のとき、前日に塊肉を食えてなかったらそれこそ死んでいたかもしれないな」
「ほえぇ……じゃあミタマ様の力を使うと痩せられる……ってことですかぁ?」
「何故そんな話になる。あとそれ以上痩せてどうする」
アンジェはかなり痩せた見た目をしている。身長も俺から見るとかなり低い。女性としては平均的な身長をしているとは思うが。
もう少ししっかり食べて少し肉付きを良くした方が健康的ではないだろうか。
「女の子には色々あるんですぅ!」
『まあ、色々あったとてわしの力はケンにしか使えんし、仮にお主に使えたとしても痩せる目的でこんな力は使うべきではないじゃろうな』
「そうですかぁ……」
「そんなに落ち込むことか……ん?」
歩いていると前方から声が聞こえる。
様子からして訓練でもしているようだ。
「訓練場か」
「そうですねぇ。ちょっと見ていきますかぁ?」
「そうだな」
『腹ごなしに訓練に混ぜてもらったらどうじゃ?』
「それは少し面倒だ」
そうは言ってもやはり国の兵士が訓練しているところなどそうそう見ることはないので少しだけ楽しみに思いながら訓練場へ向かうのだった。
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「ほら、まだまだ!掛かってきたまえ!」
「あの……殿下、そろそろお身体に響くのでは」
「何を言ってるんだい。まだまだやれるさ!それよりも君達だ!片腕の僕に剣で劣るようではこの国を守ることなどできないぞ!」
訓練場に入ると、何故かレオニード王子が兵士相手に大立ち回りをしていた。確かに今、王子はこの城にいるというのは聞いてはいたが……左腕が飛んだというのにまさか訓練しているとは。
『どうする?少々どころではない面倒がそこにあるように思うが』
「一度は挨拶に行こうとは思っていたからな……挨拶を済ませてしまおう」
王子に近付いていくと、向こうからこちらに視線が飛んできた。
俺を視認するや否や周りの兵士達に「ちょっとすまない」と断りを入れてこちらに近付いてくる。
兵士達は俺を見て「なんだあいつ?」「ほら、昨日運ばれた……」「ああ、殿下とやりあったって話の?」などとボソボソと話し合っている。
「やぁ、ケンジョウ君。アンジェを侍らせてどうしたんだい?デートかな?」
「デートじゃないですよぅ!なんでまたそんな風に思ったんですかぁ?」
「はははっ!なに、やけに仲が良さそうに見えたからね。アイリスにずっとついてくれてる君がアイリス以外についてるのが不思議でね、ついからかってしまったよ」
王子からもからかわれてしまった。食堂のおばちゃんの時といいなんというか色ボケがすぎないだろうか。
「……訓練を見学しようかと思いまして。王子は……何故そんな状態で訓練を?」
「こんな状態だからこそだよ。片腕を無くすことなどそうそう無いからね。どんなものかと思って模擬戦をしにきたのさ。まぁ……思いの外戦えることはわかったが……片腕の僕に圧倒されるようではトゥージアの兵達は練度不足と言わざるを得ない。いくらギアランとの関係が良好とはいえ、西の要衝であるこの城の防衛力を疎かにしていい理由にはならないね。このことについてアイリスと話をしなければならないようだ」
「……」
「ああ、君には関係の無い話だったね。すまない」
「いえ。なかなかに興味深い話でした。……それはそれとして、その……腕は」
「これが気になるかい?」
左腕の断面には何かカラクリじみたものが付いている。少なくとも人間の断面ではない。
「これはね、義手をつけるための基礎みたいなものさ。魔力を通して腕を動かすために基礎を埋め込み神経を馴染ませないといけないんだよ。義手が完成したら、ここにこう……ガショッと腕をつけることになるだろうね」
「ガショッと?」
「そう、ガショッと」
そんな感じなのか、義手って。
「しかし、またイズミの者によって僕の身体が失われてしまったよ。君の血縁者と次に戦ったら脚とか無くすんじゃないか?」
「…………すいません」
「ここは笑うところだよケンジョウ君」
流石にブラックジョークが過ぎる。
「慢心していたつもりはなかったのだが、最後の最後にしてやられたよ。見事だ」
「……なんというか、さっぱりしてますね」
「それはそうさ。そもそも、殺す気で来いと言ったのは僕の方だ。恨んだりするのは筋違いというものだろう?」
四肢の1つを飛ばされてそんな考えができるというのは素直に尊敬する。俺は……おそらくそんなにスパッと割り切れない。
「ところで、ケンジョウ君。今、時間あるかい?少し身体を動かしていかないか?」
「戦えと?」
「そうだ。今回は命の取り合いは無し。木剣で打ち合おう。あと魔術も使わないでおこうか」
「……それでは流石に自分が有利過ぎるのでは」
「確かにそうかもしれないね。ただ、魔術を解禁した場合……勝負にならないだろう。仮に【彩響要塞】を使わなかったとしても、ね」
『侮られておるのう』
「(避ければ済む話のはずだがな。余程の自信があるとみた)」
「君は一切の魔術の心得と素養が無く、剣に秀でている。そして僕は魔術を封印したとて、剣にも心得がある。どちらが勝負として成り立つか……わかるだろう?」
「……あの絶対防御は確かに抜けませんが……」
「その様子だと納得できていないみたいだね。他の魔術は避ければいいのでは?とでも思っているんじゃないか?
……まぁ、こればかりは一度やってみないと納得はできないかもね。いいだろう。一度魔術ありで戦ってみようじゃないか」
この言葉に周りがざわつく。
「殿下とあの男が戦うのか?」「どれだけ強いんだ?」「バッカお前殿下の左腕落とした男だぞ」
「ルールは簡単だ。相手をダウンさせたら勝ち。わかりやすいだろう?
あと、剣を失うと負けだ。折れたり弾き飛ばされたりしたら負けってことだ」
「剣を失っても素手で戦えばいいのでは」
「まあ、生き残る為の闘争ならそれでいいとは思うがね。これは試合だから、適度なルールが必要なのさ。
訓練ともまた違う、お遊びのようなものだ。気楽にやるといい」
アンジェにミタマを預ける。
木剣を渡され、所定の位置に立つ。
王子を見ると、剣をおかしな持ち方をしていることに気付く。人差し指と中指の間に挟み込むような持ち方だ。魔術を使うからと言って舐め切っているのだろうか。
「アンジェ、試合開始の宣言をよろしく頼むよ」
「は、はいぃ!試合!開始ぃぃぃ!!!」
開始の宣言と共に走り出す、が、違和感を覚える。
右手が、軽い?この感覚、前にどこかで……
「あっ!」
兵士の一人が何かに気付いたかのように叫ぶ。
その瞬間理解した。
王子の持っている剣。人差し指と中指の間に挟み込むような変な持ち方をしているとは思っていたが、剣が、増えている。中指と薬指の間に剣が増えている。
そして俺の右手には。剣が、無い。
「だから言っただろう。魔術を解禁すると勝負にならないと」
「えっ、あっ、レオニード様の勝利ですぅ!」
何もわからなかった。
いや、起きた事実だけはわかったが。つまるところ、魔術で剣を奪われた。ただそれだけだ。
兵士達の落胆の声と失笑が聞こえる。そんな中、王子が説明を始める。
「わかったかい?君は魔力が一切ない。これは魔力の攻撃に対する抵抗力が一切無いのと同義なんだ。ガルバル君が使っていた【死亡遊戯】のように魔力が無いことが有利な状況は稀有だと言っていい」
「……まさか、避ける間もなく終わるとは」
「投射系の魔術だったら避けられるだろうけど、こういう魔術はまあ避けられないからね。だから魔術無しで勝負だという話になるなら大人しく乗ってた方が利口だよ」
なるほど確かに勝負にならない。しかしこうなると無視できない大問題が出てきてしまう。
「もしや、俺はこの国にいる限り物を盗まれることを避けられない……?」
「ああ……そう、なるかもね。厳密にはこの大陸にいる限りその危険性が大きい。そこまで悪意のある人間ばかりだとは思いたくはないが……」
大問題が過ぎる。まだ金だけならどうにかならなくもないが、仮にミタマを狙われでもしたならば…………考えたくもない。
「どうにかならないでしょうか」
「魔力が無いのはどうしようもないが……1つだけ心当たりが無いこともない」
「教えてもらっても?」
「まずは、そうだね。ちゃんと手合わせをしようじゃないか。君が勝てば教えてあげよう」
「……わかりました」
どうしてもこの人は剣で戦いたいらしい。
そういうことであれば、やるしかあるまい。
剣を受け取り構える。
「それでは……試合、開始ぃ!!!」
……………………………………………………
「ははは……完敗だ。全然歯が立たなかった」
それは、言ってはなんだが当然ではある。
片腕で俺の攻撃を捌き切れるわけもなく……。初撃突っ込んだときに捌かれはしたものの【風鳴】で制圧し、すぐに決着となった。
「アレで本当に魔力無いのかよ……」
「速すぎる……」
「分身してたぞあいつ」
周りの兵士達が慄いている。少しだけ優越感。
「それでは教えてもらっても?」
「ああ、それでは場所を少しだけ変えようか。……兵士諸君!僕たちはこれにて失礼させてもらう。ハイフレイアの未来の為に、君達のより一層の努力に期待しているよ」
兵士達にそう言い残し、訓練場を後にする王子。
俺も後を追う。アンジェからミタマを返してもらうときに、アンジェから「あの速さどうなってるんですかぁ?」などと言われ脚をぺたぺたと触られた。この女、無遠慮すぎる……。
─────────────────
少し移動して、王子がこの城で滞在するときに使っている部屋に入った。部屋の中は俺が目を覚ました部屋と似たような普通の一室といったところだろうか。
「座りたまえよ、ケンジョウ君。アンジェ、お茶をいただけるかな?」
「はぁい。準備しますので少々お待ちくださぁい。……殿下はお砂糖いらないんでしたっけ」
「そうだね」
「ケンジョウ様はどうしますぅ?」
「俺も砂糖無しで頼む」
「わかりましたぁ」
お茶が入り、ひと心地つく。
そして王子が話を切り出した。
「さて、心当たりの話だね。武器を盗んだ【借りパク】などの相手に直接干渉する魔術は先程の通り、即着弾だ。見て避ける、という行動そのものが不可能だ。見えないからね。
つまりどうするべきかというと、抵抗力を上げるべきなんだよ」
「その上げ方の話を聞いているのですが」
「せっかちだね。コレに関しては伝え聞きではあるのだが、身に付けているもので抵抗力を上げることができるらしい」
身に付けるもので?
だとすると思ったより簡単に対策できるということだろうか。
「いったい何を身に付ければ……」
「さあね」
「……」
「気を悪くしないでくれたまえ。僕も知らないんだ。ただ、そういう物があるということしか知らない。だから言っただろう。伝え聞きだと」
「あ、あのう……」
「おや、アンジェ。話に混ざりたいのかい?」
「その抵抗力を上げるための物、手に入るかもですぅ……」
「!?」
思いもしないところから思いもよらない言葉が飛んできた。
「本当か?」
「はい。ただ、そうかもしれないってだけなので確証は無いんですけどぉ……」
「いいじゃないか、確かめてみるだけでも。そもそも耐性が全く無いんだ……それ以上事態が悪くなることもないだろうからね」
「そう、ですね。……それはすぐに手に入りそうな物なのか?」
「はいぃ」
「すぐに行こう。王子、ありがとうございました」
「はぁい。殿下、失礼しますぅ」
「ああ、ケンジョウ君。ちょっと最後に聞きたいことがあってね」
アンジェが先に部屋の外に出て、ついて行こうとする俺を何故か呼び止める王子。なんだろうか。
「君は全くマサムネのことに関して聞こうとしないね。どうしてだい?彼を追ってきたわけではないのか?」
「……あのとき言った通りです。ヤマトの内戦を嫌って海を渡ってきた。ただそれだけで、兄を探しにきたわけではないです」
「ふむ……」
「それに、この国に兄がいたのも10年前の話なのでしょう。……早々に約束を忘れ、国を捨て海を渡るような男を探して今更何になるというのか」
「……君は、マサムネが憎いかい?」
「…………」
憎くは……ない、と思う。
しかし、兄さんが10年前にこの国にいたという事実は……ただ、哀しい。
父さんとの約束は?俺を守るって言ってたあの言葉は?嘘だったのだろうか?
ヤマトにいると思っていた。だからずっと探していた。でも10年探し回って、もう死んだのだと思って諦めて、でも、内心諦めきれずにいたのだろうと思う。その後の5年間、一ヶ所に落ち着かずに旅を続けていたのだから。
しかし、その気持ちも行動も全てが空回りだったのかと考えると……虚しい。
「約束、と言っていたが彼は約束を反故にするような男だったのかい?」
「……いえ」
「それじゃあ何故この国に来るに至ったのか、海を渡る必要があったのか……それを探しに行くのも悪くはないんじゃないか?」
「……兄の、足跡を辿れと?」
「ああ」
「どうしてそんなことを……貴方に言われる必要が」
「気付いてないようだから教えてあげるけどもね。哀しい顔をしているよ、君」
「えっ……」
「納得、できてないんだろう?ならば、仮にマサムネ本人が見つからなかったとしても……彼の進んだ道を辿ってみることには大きな意味がある。僕はそう思うがね」
意味……。
俺が旅をする、意味か……。
確かに、無為に転々と歩き回るだけでは意味がないのかもしれない。
「まぁ、ゆっくり考えると良い。マサムネはあの後、ハイフレイアより西……ギアラン公国へ向かったはずだ」
「……ありがとう、ございます」
「さぁ、もう行くといい。アンジェが部屋の外で待っている。引き止めて悪かったね。アンジェにも謝っておいてくれ」
「はい。それでは、失礼します」
王子に一礼し、部屋を出る。
アンジェに待たせたことを詫びながら考える。
兄さんが約束を反故にしてこの国に来るに至った理由、か……
簡単に出ない答えを探しながら、先を歩くアンジェについていくのだった。




