第二章:1 オニマルという男
「王を、止める?」
王を一緒に止めて欲しいと言う王女の話に耳を疑う。
それは……いわゆる、謀反……ではないだろうか。そうなると当然、俺は断りたくなる。今回は冤罪ではなく本当に王族に危害を加えることとなってしまう。
「はい。度重なる増税、徴兵……厳しすぎる罰則……。以前の笑顔が溢れていた我が国からは考えられない状態になっておりますわ」
「それこそ王子に相談すべきでは」
「何度か話をしてみましたが……お兄様はお父様には深い考えがあると言って取り合ってもらえませんの」
……だとすると、王女が把握しきれてないだけで何かしらの考えがあるだけでは……。
『姫様よ。お主は国を揺るがしたいのか?ここまでの話だけ聞いておるとお主の視座が低いように思う。言葉を敢えて選ばずに言うなら、政を執り行う王族のそれとは思えぬな』
「愚かな姫だと思いますか?」
『まだ全てを聞いてはおらぬ故な。話してもらわんとそのような考えすら出ぬよ』
「……そうですわね」
ミタマの言葉に王女の表情が曇る。
少しの沈黙の後、王女は言葉を紡ぎ始める。
「お父様の様子が、おかしいのです。
以前のお父様は愛妻王と呼ばれ、民に親しまれていました。お母様に愛を注ぐのと同じように……民を愛しておりました。その頃の我が国は、キラキラと輝いているように幼心に感じていましたわ。
しかし、12年前……お母様が亡くなってからお父様は日に日にやつれていき……病魔に冒されてしまいました。その頃から増税や規則の締め付けが厳しくなり……民からも笑顔が無くなっていきました」
妙な話だ。
妻を亡くしたからと言って急に民に八つ当たりするような真似をするだろうか。確かに、おかしいと言う他ないだろう。
「徐々に、生活が困窮し貧民街と呼ばれる場所も出来て、そこに住む民と街に住む民で諍いも起き始め……貧民街に住む者たちに対して差別的な言動も目立つようになりましたわ」
『ふむ……アインスの街はなかなか綺麗に見えたがの。そのような場所があるなど思いもよらなんだわ』
「……極め付けは、罪人闘技大会ですわ。あの催し自体は先王の時代からあったみたいなのですが、死人が出るまでやるようになったのと、生き残った敗者が生涯外に出られなくなる決まりとなったのはお父様が病に伏せってから……。ケンジョウ様、最初に相手をした少年を覚えていますか?」
「……はい。ケイン、と呼ばれた少年ですね」
「あの子は、この国の一番の被害者だと言っていいのかもしれませんわ。魔術の素養があるのに学校へ行くだけの経済的余裕が無く、生きる為に盗みを働いて捕まり、最終的に一生を服役に費やす……
お父様がやつれる前ならばそんなことにはならなかったでしょうに……」
言い終わり、王女は目を伏せる。
しかし……どうも気になることがある。
『周りの者は何も言わなかったのか?明らかな方針転換じゃ。何かしらの反発はありそうなものじゃが』
ミタマが代わりに言ってくれた。
そう、いくら王政とはいえ何かしらの問題が出そうなものだが。
「それが、驚くほど何も起きなかったのです……」
『おかしな話じゃな』
「ええ……そしてお父様が病に伏せって規則等も厳しくなっていく頃に私はこのトゥージアへ、お兄様はアインスから北にあるフォルスという城塞都市に移されましたわ」
『何か、作為めいたものを感じるのう』
「私もそう思います。なのでお父様の周りに何か良からぬ陰謀があるのではないかと思い、ここ数年調べているのです」
『何か収穫はあったのか?』
「……ここからは、ご協力いただけるならばお教えしますわ。ここまでも関係者では無い方に渡す情報としては際どいものではありましたが……ここから先はもう、引き返せなくなりますわ」
言葉を切り、俺の目を見つめる王女。
縋るような弱さと、力強い決意を秘めた……不思議な眼差しをしている。
「改めて、お父様を……いえ、この国の悪政を止める為に力を貸していただけませんか?ケンジョウ様。この件に携わって何かあったとしても、私が王女として……今度こそ、貴方を守ってみせますわ」
「…………貴女の言いたいことはわかりました。ただいたずらに国を揺るがしたいわけでもないことも、理解しました。
でも、少し……考えさせてください」
「……わかりましたわ。また、答えが出たら教えてくださいませね。私はこれで失礼いたします。ごゆっくり、お休みください」
そして、王女は部屋から去っていった。
俺は盛大にため息をつく。
確かにこの国に思うところはある。ここ数日だけで嫌な目に遭ってきたし、嫌なものを見てきた。
そんな国を憂う気持ちは、正直……わかる。しかし、そこに俺が首を突っ込むのはどうなのだろう。あくまで俺は、余所者なのだ。
「はぁ……」
「面倒なこと聞いちまったな……ってか?」
「っ!?」
横から掛けられる声に驚きそちらを見る。
開いている窓からひょっこりとオニマルが顔を覗かせていた。
「オニマル!?」
「よっ。思ったより元気そうで何よりだ」
言いながら部屋に入ってくる。
「あの、ここってトゥージアなんですけど。あと、城なんですけど……」
「まあまあ、いいじゃねえかよそんなこと」
良くはない。良くはないし、不気味だ。
何故行く先々でこの男は俺の前に現れるんだ。
「なんか大技出した後にぶっ倒れた時はどうなるかとヒヤヒヤしたぜ」
「……その件は、ありがとうございました」
「ん?何がだ?」
「ミタマを、届けてくれたでしょう」
「あー、そのことか?いいってことよ!」
絶体絶命のあのとき、ミタマを投げ入れてくれたのは……オニマルだった。
そういえば手紙によると王女はオニマルを疑っているようだったが……やはりこの男が王女に害意を持っているとは考えにくい。
『もうちょいどうにかならんかったのか。わし、折れるかとおもったぞ』
「うおっ、刀喋るのかよ」
『お主、既に知っておろう。今更驚いたフリなぞするでないわ白々しい』
「……そうなのか?」
『こやつ、最初からずっと観戦しておったんじゃよ。幾度か呼び掛けたんじゃ。早う投げ入れてケンの元へ行かせろと。ずっと無視しおってからに……無礼じゃぞ!』
「あのなぁ、早めに投げ入れるとその戦いで使えても後から没収されるだろうがよ。殿下との戦いの時にしかチャンスが無かったんだよ」
『それにしても返事くらいしたらどうじゃ!』
「んなこと言ってもぶつくさ返事してたら俺変人扱いじゃねえかよ」
『だとしてもお主────』
オニマルとミタマが言い合いを始める。
言い合いは白熱していき、俺は置いてけぼりを食らってしまう。
『そもそもお主なんなんじゃ!押収されていたわしを持ち出したかと思えばケンに投げ渡し、挙げ句の果てにはトゥージア城まで押しかけて!怪しさ満点じゃ!』
「怪しくねーよ!」
「いや、怪しいでしょう」
「怪しいのか!?」
何故その流れで怪しくないことがあろうか。
押収されていたミタマを持ち出せるのも意味がわからないし、トゥージアまで駆けつけるのも正直恐怖を覚えられても仕方ないくらい怪しい。
「あー、まあ、そうか。ただ親切にしてるだけなんだがな」
「何故……」
「前にも言ったろ?ただお節介焼きなだけさ。で、お節介ついでにもうひとつ」
真剣な眼差しでこちらを見据える。
「姫様が言ってた件、かなり危険な仕事になる。が……一蹴せずによく考えて結論を出すべきだと思うぜ」
「……全部、聞いてたんですか」
「まあな」
「……全部、知ってるんですか」
「…………」
俺の問いにオニマルは沈黙し顔を伏せる。その表情は読み解けない。
「……まあ、な。だから姫様の仕事に関わるのは止めたい気持ちはある。あんたはこの国の人間じゃないからな。だけど……受けて欲しい気持ちもある」
「民のため、ですか?」
「姫様のため、だ」
強い意志に満ちた眼差しを向け、話を続ける。
「姫様には味方が少ない。いくら大義名分があろうとやろうとしてることは謀反に近いから、この城の者たちにもろくに話をしていない。
そんな中、信用できそうな人間が舞い込んできたわけだ。……俺としては、姫様に頼れる先を増やして欲しいのさ」
「……俺が、その情報を持ってアインスの城に駆け込んだらどうするんですか」
「いいや、あんたはそんなことしないね」
「何故ですか。俺と出会ってそんなに経ってもいないのに、貴方に何がわかると言うんです」
「んー……そう言われると難しいが」
考え込むオニマル。
知り合って間もない人間を信用できるとするのがそもそも大間違いなのだ。
姫様にしろ、オニマルにしろ……俺を信じすぎている。その理由がわからないのが、怖い。
「逆に聞くがな?自分のことだけ考えているなら、何故あのとき姫様を助けたんだ?それこそ面倒ごとのかたまりだろ?自分の命の危険だってある。しかもあのときあんたは路銀もろくに持ってなかった……見捨ててさっさとトゥージアに向かってしまうのが合理的じゃないか?」
「何故助けたか……?」
確かに、オニマルの言う通りだ。
助ける義理など、無かったはずだ。
でも……
「そうすべきだと、思ったから」
「それだよ。だから俺はあんたを信じられるんだ。
そうすべきだと思って実際にできる奴は意外と少ない。何かしらにかこつけて面倒を避けようとする。
でもあんたは立ち向かい、助けてみせた。俺はそれが尊いものだと思ってる。それができる奴を、信じてる」
『歯の浮くようなセリフを吐くのう』
「茶化すなよ。俺は本気でそう思ってるんだ。
……だからよ、よく考えてみてくれ。あんたの正義を、当たり前を……心を」
「…………」
「じゃ、俺は帰るからよ。ゆっくり傷を治せよな!」
入ってきた窓から飛び出ようとするオニマルに声を掛ける。
「ありがとう、ございました」
「おうおう、気にすんなって!あと次会う時はその堅苦しい話し方無しな!じゃあな!」
そのままオニマルは帰っていった。窓から外を見てみたら既にオニマルはいなかった。
本当にどこからやってきてどこに行ったのか。
『謎の多い奴じゃのう』
「そうだな。だが、悪い奴ではなさそうだ……今のところは」
『今のところは、か……お主のその人を疑う癖も難儀じゃのう。奴と姫様は信じてやっても良さそうではないか』
「人を信じて痛い目を見てるからな」
『で?どうするんじゃ。結局』
どうしたものか。
いや、答えはもう出たようなものかもしれない。
「そうだな、俺は……」
────────────────
翌日。
【荒】による疲労感はほぼ抜けて、傷もほとんど治った俺の元に王女がやってきた。
「おはようございます、ケンジョウ様。お加減はいかがですか?」
「おはようございます。おかげでだいぶ楽になりました」
挨拶するかたわら、王女はこちらの様子をチラチラ見てくる。昨日の話の答えを知りたいのだろう。
「王女様、昨日の話のことですが」
「えっ!あ、はい!もう……答えを出しましたのね?」
「ええ」
「それでは、その……お聞かせくださいませ」
不安げな顔でこちらを見る。
不機嫌な親の顔色を伺う子供のようで少し微笑ましく思った。
「……俺は、この国の人間ではありません。この国に来て、俺は幾度か理不尽な目に遭ってきた」
「……はい」
「でも」
「……?」
「俺がここで断ったとしても、貴女はきっと無茶を通そうとする。
……そうなると俺は、きっと断ったことを引き摺ると思います。俺は、それが嫌だ。見て見ぬふりなど……できない」
「……っ!それでは」
王女の目が輝く。
……喉の奥に詰まる最後の抵抗を吐き捨てるように、俺は言葉を紡ぐ。
「協力、させてください。俺の手が届く範囲で助けることがあるのならば。
……きっと、それが……そうすべきことだと思うから」
言ってしまった。もう、後戻りはできない。
「っ……!あ、ありがとうございます!!」
「しかし」
「えっ?」
「たかだか俺一人の力でできることなど限られてると思いますが……」
「いいえ!そんなことありませんわ!ケンジョウ様がいれば百人力!頼りにしてますわよ!」
先ほどまでのしおらしさはどこへやら。元気な王女に早変わりした。
「そうなるとまずはあの2人と顔合わせしてもらわないといけませんわね!」
「あの2人?」
「ええ!」
言いながら懐からベルを取り出し鳴らし始める。するとすぐに扉が開き
「はーい!姫様に尽くす最高のメイド、アンジェ!ただいま参りましたぁ!」
なんかハイテンションな侍女が入ってきた。
口調こそアホらしいが、身のこなしというか、纏っている雰囲気が……手練れのそれだ。
「アンジェ、よく来てくれました。あとは……シャドウ!」
王女は名を呼びながら手を叩く。
しかし、侍女とは違いすぐには来ないみたいだ。
「あら?いつもこれですぐに来るのに……シャドウ!?」
「……はっ。ここに」
「!?」
王女のすぐ側に黒ずくめの男が現れた。
ヤマトの忍び服だ。……忍なんかいるのかこの国……………………ん?
「ケンジョウ様、こちらのメイドがアンジェ。こちらの忍がシャドウ。2人とも私の懐刀ですわ」
「どうもーはじめましてぇ。アンジェでぇす」
「よろしくお願いします。ケンジョウ=イズミです」
「姫様ぁ、この城に運び込む時から思ってましたけどこの人なかなかかっこいいですねぇ?」
「そ、そうですわね……あの、本人を目の前に言うことかしら?」
『言われとるぞ?隅に置けぬのう、ケン?』
「(……ありがたいことだ。好意的に見られる分には。しかし、問題はあの忍……)」
『あやつがどうかしたのか?』
聞こえないようにミタマとやり取りする。
黒頭巾、鉢金で頭を隠し、口布で口元を隠しているが……
「シャドウも挨拶なさい。……どうしましたの?先ほども呼んですぐに来なかったり……」
「……いえ。……シャドウだ。よろしく頼む」
「…………」
「どうかしまして?ケンジョウ様?」
「シャドウのつっけんどんな感じは今に始まったことじゃないのでぇ……気にしないでもらっていいですよぉ?」
「あー……いや、その」
言っていいものやら……。
いやしかし、ここで疑いは晴らしておくべきだと思うので……言ってしまおう。悪く思うなよ、シャドウ……いや
「よろしく。オニマル」
「は?」
「え?」
「……っ!?」
『あー……なるほどのう?』
このシャドウと呼ばれた忍。気配の消し方もそうだが、これまでの情報を照らし合わせるとほぼ確実にオニマルに辿り着く。
手紙を渡してきたのは?オニマルだ。手紙の内容にあった、手紙を渡す者は信用できる人物だ、というのはつまりシャドウに渡していたからだろう。
押収されていたミタマを持ち出せたのは?王国関係者だったから、と考えられる。王女の側近だし、最悪この気配消しができるなら盗み出すことも可能だろう。
何故トゥージアにオニマルが?ここがそもそもの本拠地だったから。もしくは王女がここにいるから……と考えたらオニマルがここにいるのは至極当然と言える。
オニマルが王女の計画を知っていたのは?当然、彼がシャドウで……彼女の側近だから。計画の協力者だからだ。
あと極め付けは……
「しゃ、シャドウ!?あなた……お、オニマル!ですの!!??」
「い、いえそのコイツが言いがかりを」
「その鉢金とベルトのバックル」
「は?」
「ヤマトで人気の大衆演劇、【天剣戦隊ゴケンジャー】のオニマルレッドモチーフのものだな?」
【天剣戦隊ゴケンジャー】とは、ヤマトに住む者ならば知らない者はあんまりいないとされている大衆演劇。オニマルレッド、ミカヅキブルー、ドウジグリーン、ジュズマルイエロー、ミツヨピンクの5人で構成された正義の味方ゴケンジャーが悪の組織【秘密結社ゼンキゴキ】との戦いを繰り広げる勧善懲悪の物語である。劇団は全国行脚していて、ゴケンジャーの公演がある地域は活気が凄いことになる。かくいう俺もゴケンジャーにハマった一人で、グッズも買ったことがある。……買って数日で置き引きに遭って無くしてしまったが。
それはさておき。シャドウが着ている忍び服に紛れ込んでいるゴケンジャーグッズ……。これがシャドウがオニマルであるという考えのトドメとなった。
俺に名乗る時に少し引っかかってたのはオニマルを名乗るのに恥じらいがあったからか、単純にパッと偽名が思いつかなかったのか。
「オニマルレッドぉ?」
「……」
アンジェにジトッとした目で見られながらうらめしげにこちらを見るシャドウ。
すまない。王女に協力すると言ったからには王女が気にしているオニマルの正体を暴いている方が諸々楽に進むと思ったんだ。
その後、王女達にグッズ以外の根拠を話し、シャドウは自身がオニマルであることを白状した。
そしてシャドウは正座させられ、お説教が始まってしまった。
ガミガミと怒られている様を見て俺は申し訳なく思った。
……すまない。ミタマが王女にいらんこと言ったばかりに……




