7 頑張れ
さて、学生の醍醐味☆期末テスト期間がやって参りました。期末テスト1日目、1時間目前の朝休みである。
やべぇ。何がヤバいって、馨の頭じゃなくて、手の方である。
テスト前の土日。
馨はテスト勉強の合間に、ストレス発散!!とばかりに、楽器店で購入したばかりのドラムスティックで電子パッドを叩きまくっていた。おじいちゃんからステックの持ち方にお墨付きをもらったばかりだったのだが、覚えたてのアーム・ストローク(最高にかっこいい、パワフルな叩き方)やリム・ショット(最高にかっこいい、スネア・ドラムの特殊な叩き方)を試しているうちに、興に乗って、ついつい力み過ぎてしまったらしい、というか懲りてないだけ。幸い、ドラムスティックが折れることはなかったが、いつのまにか掌や指がマメだらけになって、しかも潰れちゃってて、痛いのなんの。
馨は実のところ、痛みに結構弱い。注射も苦手だ。喧嘩は、大抵はヤられる前にヤっちゃうし、最中は殴られようが蹴られようが興奮し過ぎて痛みを感じないから、その場はなんとかなってたに過ぎない。
馨の両手は、今や、昭さんによってバイ菌が入らないよう絆創膏まみれになっている。朝食を食べるのも、電車に乗って学校までやって来るのも、なんやかんや苦労した。絆創膏越しでシャーペンを握るのも、痛過ぎて無理ぃ・・・と、馨は泣きたくなった。完全に、自業自得でしかない。赤点以前の問題である。せっかく、伊藤に苦手な数学を教えてもらっていたのに、それも無駄になってしまう・・・
いや、親と約束したから、赤点とったら電ドラちゃんが買えねえ!根性で書くしかないッ!!!
馨がなんとかやる気を浮上させ、なんとかシャーペンを握れば、痛みでぷるぷる震えて、マトモに字を書けそうにない。まだちゃんと始まってもないのに、ドラム人生オワッタ・・・
「小林、どうした?
なんていうか、世界の終わりみたいな」
右隣からの伊藤の訝しげな声に、馨は机から顔を上げる。
「伊藤・・・手が痛くて、シャーペン持てねぇ」
「・・・は?何、怪我?」
「まめが潰れちゃって」
「はあ?!」
「ごめん、せっかく勉強教えてくれたのに」
「・・・そんなの本気でどうでもいいけど」
「痛ぇんだよぉ」
「変な声出さないでくれるか?」
と言う伊藤は相変わらずの無表情だが、耳が赤い。全く余裕のない馨は、勿論気付かない。
伊藤は自席の椅子から立ち上がると、屈んで、座っている馨に向きあう。
「小林。ほら、もっかいシャーペン握って」
「だから、痛ぇんだって!」
「頑張れ」
安定の無表情に、声はどこかそっけない。とても人を鼓舞する表情と声色ではないが、伊藤なりの本心のように馨は感じた。
伊藤が馨のシャーペンを手にとり、無理やり馨の利き手に添えようとしてくる。無茶苦茶痛ぇんだけど?!泣くぞ!
「伊藤ぉ、ドSなの?」
「・・・」
伊藤は黙々と、スラックスのポケットから取り出した濃紺のハンカチを馨の鉛筆を持つ右手に巻きつけ、固定するようにして、器用にキュッと結ぶ。
「あ?」
「どう?これでちょっとは書けるか?」
と聞くので、試しにノートの端に適当に字を書いた。やはりずきんずきん痛むし、ぎこちなく、震えて少し歪な字になったが、さっきよりは断然書きやすい。
「・・・痛いけど、書ける」
「うん。頑張れ」
だから、人を鼓舞する表情と声色じゃない。
伊藤の励ましに、妙に気が抜けて、馨の口角が上がった。伊藤に礼を言う前に、担任の先生が来てしまって、馨は口を噤んだ。
結果として、まめが痛くて全力を出し切れたわけではないものの、全ての赤点を回避できた。伊藤に教わっていた数学に至っては、平均点を大きく上回っていた。
というのを、テスト明けにテストを返却された後、放課後の、いつもの図書室の談話スペースで報告した。
「そ」
と一言で返す伊藤は、やはり無表情である。
「あと、伊藤、コレ・・・ありがとう。本当に助かったよ。一応洗ってあるからさ」
テスト期間中、借りっぱなしになっていた濃紺のハンカチである。テストごとに、伊藤がきっちり結び直してくれて、最中、ずれずに済んだ。
ハンカチは、馨にしては珍しく、きっちりアイロンをあててある。伊藤はハンカチを受け取ると、スラックスのポケットに仕舞った。伊藤の眼鏡が、天井の蛍光灯の明かりに反射して、キラッと光る。
「で。手のまめ、勉強のし過ぎでできたんじゃないよな。なんか、スポーツでも始めた?」
伊藤は、絆創膏のかさが少し減った馨の手を見下ろしながら問う。潰れていたまめは、今では日常生活に支障がない程度に回復している。彼の問いは、好奇心からというより、馨を真剣に心配してくれているようで、誤魔化す気にはなれなかった。馨が、伊藤に馬鹿にされることはないとわかっていても、昭や父に打ち明けるよりもどきどきする。深く息を吸って、吐き出した。
「ドラムを叩く、練習を・・・
あ、ドラムっていうのは、太鼓にシンバルとか、いっぱいついてるやつね」
スマホで、ドラムという意味がわからない両親にはこう説明しました。
「やっぱりなぁ・・・休憩時間とか、時々、超高速貧乏ゆすりみたいなのしてただろ。アレも?」
‘’やっぱり‘’って、あ?
なんかばれてた?貧乏ゆすり、不審がられてた?
馨は、手で顔を覆う。いたたまれない。前髪で、目元が隠れてるだけでも良かったと思った。
「・・・ドラムの、ペダル・ワークの練習」
「ふっ」
彼の表情は変わらないが、笑ったみたいに息が漏れた。




