4 バイト始めました その2
6月初頭ーー
「馨ちゃん、なんか忙しい?帰りもすぐ帰っちゃうしさあ」
高校の昼食といえばもっぱら学食で、最近は馨と愛理で連れ立って食堂に行っている。
愛理はオムライス、馨はカツカレー大盛りをテーブルに置いて、着席したところである。
彼女は上目遣いに馨を見上げて、小さく首を傾げている。とにかく可愛い。これを男子にやったらイチコロだろう。
「ああ、うん。バイト始めたんだ」
馨はとにかく金を多く稼いで、愛しの電ドラちゃんを早く購入したいので、平日の放課後と土日は出来るだけシフトに入れてもらっている。高校生だから夜10時以降の深夜帯に入れないのだが、昼休みの伊藤との勉強会以外にも寝る前の勉強時間が確保できたので、ちょうど良かったかもしれない。
「えー!どこのバイト?
私も馨ちゃんと一緒にバイトしたい!」
「愛理ちゃんは可愛いから、絶対だめー」
可愛いコちゃんのカラオケ店員とくれば、客にナンパされまくること間違いなし。愛理には危険過ぎる。馨にはナンパとか無縁だが。
愛理はドラムに目覚めるきっかけをくれた恩人なので、電ドラちゃんを買って、練習して、ちゃんと形になったらお披露目しよう!と馨は密かに思っている。彼女なら、きっと喜んでくれるだろう。
まだ先のことなのに、ドラムの練習すら始めていないのに。馨の夢だけが先行してどんどん膨らんでしまう。はあ、想像するだけで楽し過ぎる・・・楽し過ぎて、ちょっぴり先行きに不安を覚える。やる気と熱意だけで、とんとん拍子にうまくいくものなのだろうか・・・?
「・・・」
「愛理ちゃん?」
おしゃべりな愛理が静かなのをふと不思議に思い、視線を下ろす。愛理はぽうっと頬を赤らめて、馨を見つめている。
「・・・私のオムライス、馨ちゃんにあげる!」
と、馨の口元にオムライスを一口サイズに掬ったスプーンが差し出されたので、大きな口を開けてありがたくいただく。もぐもぐ、オムライス美味い、もぐもぐ、ごっくん。
「はは。これって、なんか、間接キッスみたいだねー」
と言うと、愛理はテーブルに顔を突っ伏してしまった。どうしたのかな?
「また、小林が田中を落としてる」
呆れ声に後ろを向けば、すでに昼食を食べ終わったらしい伊藤が食器とトレーを下げに行くところだった。
「食べ終えたら、いつものとこで」
「はぁい」
慣例の、昼休み、伊藤と図書室で勉強会。
一学期の中間テストまでと思っていたら、また期末テストまでの勉強も見てくれるというのだから、実に面倒見のいい男である。ちなみに、中間テストで苦手な数学も赤点を余裕で回避できたのは、伊藤様々である。
伊藤の姿が見えなくなると、愛理がゆっくりと顔を上げた。
「馨ちゃん、伊藤くんと仲良いよねぇ」
「うん。席近いし、勉強見てくれるんだ。いいやつだよね」
「いいやつなのは、馨ちゃん限定だよ!馨ちゃんが誰彼かまわず人たらし過ぎる・・・」
「、なんて?」
周りの声が煩くて、愛理の声が聞こえなかったので聞き返した。
「なんでもなーい」
と、彼女は少し困ったように微笑んだのだった。
***
「たけちゃんも、高校一年生?料理ができるなんてすごいなー」
料理上手なひとは、馨にとって尊敬の対象である。馨ができないものだから、特に。
「僕は接客が苦手だから、キッチン専門で雇ってもらったんだあ」
キッチン担当のたけちゃんこと大野健は、ちょっと背が低めで、少しぽちゃっとしているのが可愛い男子である。会話はゆっくりなものの、出来上がった料理をカウンターにてきぱきと並べていく。それらを運ぶべくトレーに載せていると、ふらふらした足取りで店長がやってきた。
「はあ、疲れたー。もお最悪よぉ」
「店長、何かあったんですか?」
と、たけちゃんがつぶらな瞳を瞬かせて尋ねる。
「ドリンク持ってったら、カップルがキスの真っ最中でね。しかも、深い方。
軽く注意したら、こっちが悪者みたいに睨んでくんのよ。やってらんないわよ。
こっちは公然わいせつ罪で訴えてもいいんだからね!」
「あー。盛りたいんなら、場所選べって話ですね」
と馨が言えば、
「そうなのよ!ここは歌を歌って楽しむ健全な場所なのよ?
カップルがいちゃつくための場所じゃない!
手を繋いで時々ハグするくらいなら、まだ微笑ましいとも思うけどさあ」
店員が息つく横で、たけちゃんは慰めの言葉を思いつかないようで、あわあわしている。可愛い。
「店長、困ったときは呼んでください。睨み合いなら、誰にも負けたことないんで!」
不良男相手にガチで睨み合って、失禁させた実績があるんで!とまでは馨も言えないが。
「ふふ、それは心強いわね。ありがとう、馨ちゃんの気持ちは受け取っておくわね」
店長がにこっと微笑む。
あー。店長、何があっても一人で対応する気満々だな。責任感強い人だし、バイトで雇っている高校生の小娘なんかに頼りたくない気持ちもわかるし・・・佐田先輩にも言っておくか。あの人、爽やか〜に見えて、客のあしらい方すげーうまいんよな。
ーーーそれにしても。
いちゃいちゃって、そんな楽しいもんかあ?
キス・・・ディープキスって・・・
馨は思い出していた。
アレは、中学の卒業式の前日。いつも通り、当時一番仲が良かった悪友と屋上でだべっていたら、悪友がいきなり距離を詰めてきたのだ。
舌を絡めるキスをされて、食後だったし、気持ち悪くなって盛大に吐き散らした。ファーストキスはゲロの味とか、思い出したくもないのにしっかり覚えているものである。
あいつの方がゲロまみれになったのに必死になって馨に謝るもんだから、おかしくなって、げらげら笑ってしまった。




