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2 楽器店

「ここかぁ」

 

 駅前の商店街の一角をしめる、音楽楽器専門店(すすき)。あまり意識して見たことがなかったが、すぐに見つかった。他の店同様、シャッターが閉まっていて、どう見ても開店していない。


「家に戻っても落ち着かんし、やっぱり店の前で張り込みかな」


 張り込みといえば、定番は牛乳とあんぱんだが、昭特製目玉焼きトーストで馨のお腹はすでに満たされているので、問題ない。しっかり牛乳も飲んできたし。


 商店街には、所々ツバメの巣ができていて、楽器店の軒下も例外ではない。大人のツバメがぴぃぴぃ鳴く赤ちゃんツバメにせっせと餌を運んでいるのは、見ていて微笑ましい。

 長い前髪を耳にかけて、その光景をぼーっと見上げていると、楽器店の裏口(?)から店主らしきおじいちゃんが出てきた。浅葱色の作務衣姿が似合っている。折り畳んだ段ボールの束を抱えているが、かなり重そう。ゴミ集積場に捨てにいくようだ。


「あのー、良かったら手伝いますよ」


 前に出て申し出ると、おじいちゃんは顔を上げて、馨を見るとにっこりとほほ笑んだ。昭が言っていたように、優しそうなおじいちゃんだ。


「かっこよくて親切なお嬢さん、ありがとう。

 お願いできますかな」


 ・・・“かっこよ”?

 はっとして馨が自身の目元に手をやると、前髪がない。両耳にかけたままである。


 おっと。私、眼光さらしちゃってた・・・!


 だが、このおじいちゃん、馨の顔を見ても全く動じていない。

 その上、馨がメンズな恰好をしているというのに、女性だとはっきり見分けているようだ。さては只者ではない?

 

「年の功というのもあるが、こんな商売をやっていると、たまにクレイジーなお客さんの相手もするからね。

 お嬢さんの眼光くらい、涼やかなものだよ」


「おおう」


 たいしたおじいちゃんである。私の眼光が涼やかレベルって、クレイジーな客のクレイジー度どんだけだよ。いや、それよりも馨は聞きたいことがあるんだった。


 段ボールを抱え、おじいちゃんと近くのゴミ集積場まで歩きながら、昨夜の話を語る。


「ふんふん。ドラム沼に落ちてしまったんだね」


「どーしてもやりたいんです、どうしたらいいっすか!」


 馨が通う高校に一応、吹奏楽部はあるが、軽音部はない。馨はクラシック音楽を演奏したいわけではないので、そうなると、私的に、個人で始めるしかないだろう。

 

「ドラムを始めるとなると・・・、

 教室に通ってレッスンを受けるか、

 アマチュア、趣味で始めるなら、最近は、独学で自宅練習から始めるお客さんも多いね」


「独学っすか・・・」


 小中高と、音楽の授業ーーリコーダーや鍵盤ピアニカを演奏するのが苦手だった私にそんな器用なことができるものか、と馨がおののいていると、おじいちゃんは作務衣のポケットから、スマホを取り出した。スマホを器用に弄り、ドラム初心者向けのウェブサイトや練習動画などをいくつか教えてくれる。馨より、よっぽどスマホを使いこなしている。


「本屋や図書館にもドラムの練習本はいくつか置いてあるし、家で練習するには・・・練習パッド、または、高価になるけど、電子ドラムがお勧めかな。

 電子ドラムはヘッドホンを繋げば音漏れもしないからね。お嬢さんの住まいは、一軒家かな?」


 取り敢えず、実家も居候中の叔父の家も、一軒家だ。馨が頷くと、「なら、気兼ねせず叩けるね」と言う。音漏れしないとはいっても、ぽこぽこ叩く音自体はなくならないので、集合住宅とかだと気を遣うという。


「電子ドラムはウチにも何セットか置いてあるよ。そうだね・・・取り敢えず、参考程度に、どんなものか見ていくかい?」


 馨は勿論、首を縦に振り続けた。ゴミを出し終えて店先に戻ってから、おじいちゃんは店のシャッターを開けると、「開店前だけど、特別ね」と馨を店内に招き入れてくれた。


 店内には、軽音・バンド系の楽音器が所狭しと並べられていた。

 特にエレキギターは品数が多く、彩豊かで派手なデザインがかっこいい。ギターに人気があるのもわかる気がした。


「ギターにも興味あるのかい?

 ギターなら、私の孫が経験あるから、教えてあげられるかもしれないが」


「ドラムにひとめ惚れしたんで。浮気はないっす!」


「はは、ふられてしまったなあ、ギター」


 さあさあ、お嬢さんの本命はあちらだよ。沼にようこそ、と促され、店の奥に向かう。 店の奥は防音室になっているようで、試奏ができるという。

 やがて、視界におさめたそれらに、徹夜明けの馨のテンションは爆上がり。目を血走らせながら、まっしぐらにドラムセットが並ぶ区画に駆け寄る。

 置いてあるドラムセットは、3セット。どれも、YouTube動画でドラマーが使っていたドラムセットとは材質が違うようだ。意外とコンタクトで、思ったよりも場所をとらないので、家にも置けそうだ。全体的な色合いも黒を基調としたシンプルなもので、これはこれでとっても恰好いい。

 これらのどれかがいつか馨のものになるかもしれないと思うと、動悸息切れヤバい。


「はぁ、はぁ、はぁ。おおお触りして、いいいいっすか?!」


 馨の変態に近い発言に、おじいちゃんはにっこにこで応じる。


「そうだねー。まず、こちらのドラムスローン・・・ドラム用の椅子に座ってみましょう」


 おじいちゃんに誘導され、おとなしくドラムの傍に置かれている椅子に座る。丸型の、普通っぽい椅子だ。そして、手を伸ばせば、いつでもドラムに触れられる位置である。馨が興奮で鼻息を荒くしていれば、


「・・・うん。もう少し、座面を高くしようか」


 馨は一度、椅子を降りてから、おじいちゃんに椅子の高さを調節してもらい、再度座り直した。


「浅めに座って。そう。

 次に、ドラムスティック。失礼、」


 おじいちゃんは、某ファンタジー小説の魔法の杖店のようにドラムスティックの詰まった棚から、一組のドラムスティックを取り出して、馨の背後に回る。馨の手をとり、指をとり、丁寧に握らせてくれた。


「ふぉ」


 思わず奇声が漏れるが、それどころではない。緊張と興奮で、手が小刻みに震える。ドラムスティックが手汗でヤバいことにならないか、心配になった。


「持ち方は何種類かあるんだけど、ロックで力強く叩けるのはマッチド・グリップ。この握り方だね。

 試しに、ハイハット・シンバル、スネア・ドラム、バス・ドラムを叩いてみようか。

 ハイハットは細かいリズムを刻むシンバルで、左足で鳴らすこともできる。スネアは小太鼓とも呼ばれて、リズムを叩き出す。バスドラムは、一番大きいのね、一番低い音を出す。右足で、ペダルを踏んで鳴らすんだ。

 今は、スピーカーから音が流れるようにしてるよ」


 おじいちゃんは馨の手に手を添え、構えをとらせてくれた。手はクロス、右手を上にしてハイハット・シンバルを、左手は下にしてスネア・ドラムを叩く。左足はハイハット・シンバルのペダルの上に、右足はバス・ドラムのペダルを踏む。


 うあっ。私、ドラム叩いてる!叩けてる!


 何度か繰り返す。単調なリズムで奏でる一音一音が、すばらしく輝いて聞こえた。


「はぁーーー」

 手足を止めて、放心状態で息を吐く。


「・・・どうかな?最初に覚える基本中の基本はこんな感じだが、叩き方にも色々あるし、覚えなければならないことも多いと思うけど」


「最高っす!!!!」


 おじいちゃんをぎらぎらした眼光を放ちながら、見上げる。恐らく物凄い形相になっている馨に、おじいちゃんはにっこりと微笑んだ。


「気に入ってもらえて、本当に嬉しいなあ。

 それで・・・こほん。ここからは現実的な話になってしまうんだけどね、」


 あくまで参考までに、お値段がと続けられた金額に、舞い上がっていた思考が止まる。そりゃあ、こんなに素晴らしい音を奏でる楽器セットが、高校生のお小遣い程度で足りるほどお安いわけがなかったのである。

 三セットとも、それぞれ大きく値段が違った。¥100,000、¥180,000、¥420,000。馨が叩かせてもらったのは、¥180,000のドラムセットである。これは電子ドラム単体での価格で、ドラムスローン(椅子)、ヘッドホンなど別売りだよと注意される。


「値段の差は、どれだけ本物のドラムに近いかってところ。音色や表現力、本物のドラムならではの演奏技法ができるか、などね。

 最安値だと、¥30,000台から扱っているところもあるけれど。

 お嬢さんの場合は、最低でも¥180,000のレッスンモデルじゃないともう満足できないんじゃないかなー?」


 おじいちゃんの声が、悪魔の囁きに聞こえる。

 確かに、¥100,000と¥180,000のドラムを見比べるだけでも、¥100,000の方は簡易的というか、見劣りしてしまう。¥420,000のドラムはきっと凄く上等なのだろうけど、値段的にあまりにも手が届きそうにないので、比べる気も起きないが。


「なんてね。

 ドラム教室に定期的に通って、ちゃんとした先生にしっかり教えてもらいたい場合は、いくつか紹介できるよ。こちらの場合、教室にドラムが用意されているわけだから、身一つで飛び込んでいける。いちいちレッスン料はかかるけどね。


 だが、どうしても、毎日家でそれなりに本格的に叩きたいなら、電子ドラムかな。どんなものを選ぶにしろ、高額になる。この場合は置くスペースが確保できるか、しっかり考えて。同居してるご家族にも、ちゃあんと相談してね」



ドラムセット(基本): サイド・シンバル、ハイハット・シンバル、トップ・シンバル

タム(高)、タム(低)

スネア・ドラム、バス・ドラム、フロア・タム

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