1 drum
5月も中旬。
馨の前方を、ツインテールをふわふわ揺らすセーラー服の女の子が足取りも軽く、通学路を歩いている。愛理ちゃんだ!と馨のテンションは上がった。
今更だが、馨の通う高校の女子制服は、この辺りでは珍しいことにセーラー服(長袖・半袖あり)で、ついでにいえば、男子制服は詰襟(夏はワイシャツ)である。
愛理を筆頭に、セーラー服と対のスカート姿は、とても可愛らしくて見映えがする。
いや、女子高生である馨も一応、セーラ及びスカートを履いてるが、圧倒的に似合わない。中学時代、ズボン姿で男だと間違えられて絡まれまくったものだから、高校では否応なくスカートを履くようにしているが、誰にも需要ないだろと思っている。
「愛理ちゃん、おはよ」
愛理に呼びかけたが、こちらに気づいてないようだ。よく見ると、彼女の両耳がイヤホンで塞がっていた。イヤホンの先は、彼女のスマホに繋がっている。
「あ、い、り」
真正面に回って至近距離で声をかけると、彼女はさすがに馨に気づいて、目を見開いて、頬を赤らめた。片方のイヤホンを耳からさっと抜き取ると、「か、馨ちゃん、おはよう!」と可愛い笑顔が返ってくる。
「ごめん、邪魔したな。なに聴いてたの?」
「私の大好きなバンドの新曲・・・えっと、えっと、馨ちゃんも一緒に聴く?」
と言うので、馨は腰を屈めて、片耳を愛理に差し出した。愛理が抜き取った片方のイヤホンを馨の耳に嵌めて、2人は愛理のスマホから流れる曲を仲良く共有しながら、ゆっくり歩いた。
「おー!カッコいい曲だ」
「だよねえ!すっごいカッコいいの!」
愛理は、きらきらした瞳で私を見上げる。最近、馨にもわかってきたことがある。ふんわり可愛い彼女は、“カッコいい”が大好きなのだ。
「まーた、いちゃついてる」
伊藤が呆れ声で呟きながら、2人の横を足早に通り過ぎていった。
「・・・いちゃついてるだって!」
「ははっ」「ふふふ」
顔を見合わせて笑いあった。
、と就寝前に、微笑ましい今朝の出来事を思い出し、馨はにやついてしまう。
同性の女友達がいるのってとても楽しくて、すごく平和だ。
平和過ぎてーーー実は、ちょっぴり退屈な時もある。平和とは対極だった中学時代には、決して戻りたいとは思わないが。
・・・そうそう、愛理ちゃんと一緒に聴いた曲。
片耳で聴いたものだから、雑音が紛れて集中して聴くことができなかったが、音楽に疎い馨にもいい曲だとわかった。改めて、ちゃんと聴きたい。
「・・・えーと。なんだっけ」
ヤバい。曲名、全く思い出せない。
じゃあ、愛理ちゃんが連呼していたバンド名は、ーーアレ?
こっちも、なかなか思い出せん。
最近のバンド名や曲名って、洒落ていてカッコいいけど、やたら覚えにくいの多いし!
私の覚えが悪いわけではない筈、と思いたい馨である。
布団にごろごろ寝転がりながら、行儀悪くスマホを弄る。なんとかアルファベットが並ぶバンド名を思い出し、検索したら、YouTube動画再生数がえぐい。人気バンドなんだなぁと感心しながら、それらしい曲名を選択して、動画を再生する。
「おっ」
いかにも漢くさい4人組で、ギターだかベース?をかまえているのが3人、ドラムが1人。立ち位置やらマイクの配置からして、真ん中でふんぞり返って立っているギター男がボーカルかな。
暗い屋内にスポットライトが踊り、男たちと彼らの武器である楽音器を照らし出す。
ギターの独奏から、始まった。
お茶の間のTVといえば、バラエティー番組を選択するような実家だったし、叔父の家に来てからは家主に合わせてドラマや映画ばかりで、馨は歌番組にはとんと縁がなかった。スマホの小さな画面越しとはいえ、音楽バンドの演奏を初めからちゃんと見ながら聴くのはこれが初めてかもしれない。
これを生で見たなら、もの凄い迫力だろうなと感心していると、ギターにドラム、シンバルの音が混じり出した。
「あ゛?
ドラマーって、あんなに・・・っ」
複数のドラムやシンバルの間を自在にとび跳ねる軽やかな手捌きから生まれる音色は、時には繊細に時に大胆に変質する。予想を上回る凄まじさに、息をのむ。
やがて、全ての楽器の音が重なり合い、さらにボーカルの漢らしい歌声が加わると、ぐわっと音が盛り上がる。サビだろう、耳心地の良い歌声とそれにシンクロする演奏に心が弾む。
けれど、馨が圧倒されたのは、その後の間奏でのドラム独奏。
彼は、もうこれ以上気持ちいいことなど他にないとばかりに、身体全体を使い、全力で楽しんでいる。死ぬほど恰好よく、鳥肌がたった。しびれて、悶えて、心の中が忙しなく揺れ動き、叫んだ。
私も、やりたい。ドラム打ちてぇーー!!!
何があったとしても夜は寝つきがよい筈の馨が、その夜は湧きあがり続ける衝動で一睡もできなかった。
***
「おはよう、馨ちゃん。
起きるの早いね。今日、土曜日だよ」
「ん・・・昭さんおはよ」
「朝ごはん食べちゃう?」
「食べるー」
2階から下りると、昭が台所でりんごの皮を剥いていた。手早く剥き終わると、四つ切りパンをトースターに入れ、フライパンをコンロにセットする。
「馨ちゃんは卵2個だよね~」
「ありがとー」
昭が目玉焼きを焼いて、きつね色に焼き上がったトーストに載せてくれる。
ちなみに居候の身で何もしないのは肩身が狭いので、馨も家事を分担している。おおまかには、料理担当が昭さん。洗濯、掃除は馨。アイロンを充てたことはないし、掃除は大雑把だが。
朝食をテーブルに配膳して、2人でいただきますと手を合わせる。目玉焼き、半熟でとろり蕩けて美味い。りんごは甘酸っぱく、口の中でしゃくしゃくと音をたてた。
「なぁ、昭さん、音楽に詳しい?」
「音楽?
いや、あんまり・・・小説のネタにしたこともないなあ。どうして?」
「っ、あー。ちょっと、試してみたい?楽器があって」
ドラムを叩きたい、といきなり言うのは馨もなんだか気恥ずかしく、言葉を濁してしまう。
「うーん。よくわかんないけど。
駅前の商店街に、楽器店があったよね。店主が好々爺・・・優しそうなおじいちゃんだから、聞いてみるといいよ。
なんか面白そうだし、僕も付き添いたい・・・けど、あいにく〆切日が近くて、いや、ちょっとくらいなら!」
「一人で大丈夫、これから行ってみる!」
馨は朝食を食べ終わると、流し場まで空になった食器を運び、ちゃちゃと洗う。洗面所に入り、ジャージのような寝間着から、深緑色のTシャツと黒っぽいジーンズに着替え、ちゃちゃっと最低限の身だしなみを整えて、玄関の土間で黒のスニーカーを履く。馨の体格では女性サイズの服や靴が揃っていない場合が多く、女性らしい甘めのデザインも似合わないという自覚があるため、自然と、私服の一切合切がメンズものになる。
「馨ちゃーん、さすがにまだ店開いてないんじゃないかなあ」
昭が慌てた様子で、言う。
「店が開くまで、張り込むから大丈夫」
「えええ・・・迷惑にならないようにね~?」
「はあい。行ってきまーす」
「行ってらっしゃい・・・」
心配げに眉を下げた昭に見送られて、家を出る。早朝の新鮮な空気を吸い込むと、馨は走り出した。




