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0 新生活

 念願の高校に入学して、すでに、4月も下旬。

 授業の合間の、休憩時間。クラスの女子も男子も、それぞれすでに仲良しグループで固まって、楽しそうにお喋りしている。


「・・・」


 小林(かおる)は、既定の席に座ったまま。誰かに話しかけたり、話しかけられたりすることもない。前髪で隠された瞳は、ぼんやりと、遠くを見つめていた。こんな筈では、とちょっぴり思う。




 馨の実家はまあまあ田舎にあり、通っていた地元の中学校は結構な不良の溜まり場だった。

 

 そして、馨は極めて周りから誤解されやすい容姿なのである。女ながら高身長に加え、目つきが悪いを通りこして、眼光がドぎつ過ぎるのである。悲しいことに、耐性のない人と目が合うと、大概は怯えられてしまう。

 当時は、長く伸ばした髪をハーフアップにして束ねていたのだが。ブレザーの下に、スカートを履きたくなくて男子用のズボンを履いていたら、男だと誤認される。廊下に蔓延(はびこ)る不良男子と目が合えば、いちゃもんつけやがったなと理不尽に逆上され、襲いかかられる日常。

 馨は、生来負けず嫌いな性格をしていた。相手が誰だろうが売られた喧嘩は遠慮なく買う主義で、向かってくる不良男子たちをちぎっては投げ、ちぎっては投げた。


 やがて、学校中の不良連中に「兄貴」呼ばわりされ、ようやく女と判明した後は「姐さん」とやたら慕われるようになり、ついには荷物持ちの舎弟までできてしまった。その場の流れで、隣校の不良グループとの抗争を止めて仲裁したこともある。

 不良独特の交友関係はにぎやかで楽しいこともあったが、そもそも馨は暴力沙汰自体が好きではなかった。事あるごとに、親に心配をかけてしまうのも気になっていた。


 だから、心機一転、馨は必死に勉強して、地元から遠く離れた高校に受験したのである。なんとか奇跡的に合格し、居候先の叔父の家から通っている。

 まだ入学して間もない高校はいかにも真面目な校風で、地元の中学とは違い、不良っぽい生徒は一人も見当たらないのが素晴らしい。

 この高校に入学するにあたり、馨もイメチェンをしていた。高校デビューというやつである。

 中学時代に長かった後ろ髪は、思いきってショートにした。前髪だけは長く伸ばして目元を隠すようにしているので、周りからは普通のおとなしめ、もしくはちょっと地味な女子に見える筈だ。だから、私にもすぐに友達ができるだろう、と馨は思い込んでいた。




 中学時代といえば、ほぼ、脳筋な不良男子としか付き合いがなかった馨には、普通の友達の作り方がわからない。完全に出遅れてしまった。あの血にまみれた騒乱の日々を想えば、休み時間に一人でいることくらい平和でしかないけれども、ちょっぴり寂しい。

 ふと黒板を見ると、今日の日直にあたる女子が、黒板の高い部分にある文字を黒板消しで消そうとしていた。

 田中愛理(あいり)

 身長は145cm辺りか、小柄で可愛らしい女子である。地毛だろうが、茶色がかった髪は柔らかそう。一生懸命ぴょんぴょんと跳びはねて、彼女のツインテールも可愛らしく揺れているが、彼女の身長ではとても届きそうにない。


「貸して」


 傍に寄って馨が愛理に声をかけると、彼女は少し驚いた様子で馨を見上げた。それから、おずおずといった様子で馨に黒板消しを渡してくれたので、馨はささっと黒板を綺麗にした。


「ありがとう」


 と、少し頬を赤らめて礼を言う愛理は、とても可愛い。馨の好みだが、クラスメイトの中で一番可愛いんじゃないか。


「小林さん、すごい背が高いんだねー。

 何cm?」


 前の測定では確か・・・


「177cmだったかな」


「すごいね、かっこいい!」


「うん?へへ、そうかなー」


 以来、愛理は馨によく声をかけてくれて、いつの間にかお互いに「愛理ちゃん」「馨ちゃん」呼びになっている。

 これだ!と馨は閃いた。困っているひとを助ければ感謝されるし、会話ができて仲良くなれる。ウィンウィンである。

 こうして、馨の下心増々☆人助け大作戦の幕が上がったのだった。

 そうはいっても、馨にとって、全く大したことはしていない。貧血でふらついたクラスメイトの男子を保健室まで運び、足を滑らせて階段から落ちてきた他クラスの女子をキャッチし、違う学年の先輩がどこかで落としたというお守りを一緒に探して回ったり(無事見つかった)、せいぜいがそのくらいで。




「小林は人助けが趣味なの?

 よくやるなぁ」


 昼休み。学級委員の手伝いをしてから席に戻ると、右隣から呆れ声が聞こえたので、目を向ける。馨の右隣の席の主は、机の上に英語の参考書を開き、視線はそこに落としたまま。


「趣味?私はいつだって下心満載だよ」


「下心・・・」


 伊藤千尋(ちひろ)

 髪色も瞳の色も、混じり気のない濡羽(ぬれば)色。切れ長の瞳、右目の斜め下に黒子がひとつ。眼鏡をかけ、安定の無表情をさらしている。

 整った顔立ちをしているわりに、とっつきにくい印象ではある。首席入学したという噂があるが、間違いなさそうだ。彼は休憩時間中も、こうしてひとり黙々と勉強している。私も高校受験前だけは地元を離れたくて必死に頑張ったが、基本的に勉強は早々に飽きてしまうので、凄いなあ、と馨は伊藤に感心しきりである。

 ただ、伊藤は体力がそれほどないのかもしれない。先の朝礼で貧血になって倒れかけたのは、彼である。馨が振動がないようお姫様抱っこして保健室まで運び、簡易ベッドにそっと寝かせる間、かなりしんどかったのだろう、彼は顔色が青かったり赤かったりで終始無言だった。

 ちなみに、彼は色白なので、表情はなくとも、顔色が変わるととてもわかりやすいのだった。


 伊藤は参考書から顔を上げて、馨を見た。


「僕も、借りっぱなしなのは気持ち悪い。

 勉強で分からないところがあれば、教えるよ」


「・・・へ?

 あ、いや、さすがに。特に数学とか、わからないところがわからんレベルだから」


 奇跡的に受かった高校で、特に数学の授業のペースが早くて、すでに頭が追いつかず置いてきぼりなのが現状である。馨としては出席率や補習でごまかし、なんとか卒業できたらいいな~くらいに軽く考えていた。


「・・・これは教えがいありそうだな」


 表情変わらんのに、なんか圧が凄い。断りにくい雰囲気である。馨としては、非常にありがたいのだけれども。


「伊藤の勉強の邪魔にならん?」


「大丈夫。人に教えることで復習にもなるしな」


 それから、昼休みには、図書室の談話スペースで、伊藤に数学中心に勉強を教えてもらうのが日課になった。

 伊藤はスパルタかと思いきや、根気強く、基本から丁寧に教えてくれるので、本当に助かる。面倒見いいんだぁとちょっと意外に思っていたら、伊藤には歳の離れた弟がいるらしい。小学生で、今は九九を覚えさせているところだという。


「いいお兄ちゃんなんだなぁ」

 と言えば、伊藤の耳が少し赤らんだ。


***


 高校から電車で二駅の場所に、馨の叔父の家がある。2階建ての一軒家は、1年ほど前に結婚予定の彼女と暮らすために奮発して買ったものだが、何があったのか結婚前に彼女と別れたので、叔父は独り身のままである。小説家という在宅ワーカーでおまけに出不精なので、馨の帰宅時にも家にいる。


(あき)さん、ただいまぁ」


「お帰り~」


 叔父。つまり父の弟、小林昭。馨は、「昭さん」と呼んでいる。

 三十路に突入してというより恋人と別れてから、旺盛だった食欲が減退し、すらりと痩せてしまった。周囲の、特に親戚の女性陣から高評のようだが、馨としてはぽっちゃりとした昭が懐かしい。今でも、人の良さが滲み出たおっとりした顔つきをしていて、悪くはないのだけれども。


 手洗いうがいをして、冷蔵庫から牛乳パックを取り出し、コップに移して飲んでいると、パソコンを開いた昭がおっとりと声をかけてくる。


「馨ちゃん、今日は学校でなにか変わったことなかった?

 なんでもいいんだよ〜小説のネタがさっぱり見つからなくて」


 ぷはっ、とコップから口を離して、馨は思案する。


「特に、ないかなあ」


 平和過ぎて、というか普通過ぎて、小説に使えないと思う。


「そこをなんとか、中学時代の武勇伝でも~!」


「絶対言わねぇ・・・そもそも、昭さんの読者の対象年齢に合わないんじゃね?」


 昭は、幼児〜低学年小学生向けの小説を書いていて、小学校の夏休み課題図書に選ばれたこともある。

 それがいきなり、不良が主人公のRG年齢指定バイオレンス小説を書きだしたら・・・いや、案外面白いかもしれないが。


「ジャンルを固定せず、色々、チャレンジしてみたいんだよね〜

 でも、馨ちゃんが話したくないなら、無理に聞きだすことではないな。ごめんね」


「うん・・・」


 小説のネタを建前に、姪を心配して尋ねてくれたのだろうと、馨もわかっている。中学時代の中二病を疑いたくなるような黒歴史も、昭さんにはいつか聞いてほしくなる日が来るのかもしれないなあ、と馨は思った。



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