13 スタジオにて
スタジオの一室に入ると、ドラムセットと電子ピアノが馨たちを出迎えてくれた。
「ひぁあああ!」
馨はドラムセットに駆け寄ると、奇声をあげた。
電子ドラムではない、本物が目の前にあるのである!こちらはスマホの画面越しでしか見たことがなかったので、余計に感慨深く感じる。
うちの電ドラちゃんは場所をとらないようタムが簡略&軽量化されているが、こちらのドラムセットはタムにそれぞれ本来の厚みと、どっしりとした重厚感がある。ドラムの胴部分の素材には、定番のメイプルが使われているようで、温かみも感じた。
かっけぇえええ!!!
馨がドラムセットを舐めるように観察している間に、芒は伊藤に電子ピアノの使い方を教えている。
「・・・わかりました」
飲み込みが早い伊藤は、両手をぷらぷらさせながらピアノ椅子に座った。ピアノの蓋を持ち上げる。伊藤の手は大きく、指がすらりと長いので、ピアノを弾くのに向いているように見える。
彼の両手指が、鍵盤の端から端まで、滑るように動く。音が跳ねるように駆け上がっていき、上り詰めたら一気に駆け下りていく。
「すごっ!カッコよ!!!」
「グリッサンド。たいして弾けなくても、練習すれば誰にでも弾ける」
グリさん?・・・なんかそういう奏法らしい。さすがに誰にでも、ってことはないと思うけどなあ。
「こういう派手っぽいの。馨、好きだと思ったんだよ」
「ああ、好きだとも」
私のことがよくわかってるね、ちーちゃん。
それから、馨が聞いたことのない曲を弾いていく。動きがすばやく、力強い。
「ハノン練習曲第1番。60番まであるんだけど、ピアノの指練習におすすめ」
「へぇえ」
60番もあるんだ。クラシックは全くわからんが、色々な曲があるようだ。
「電子ピアノ、タッチが軽くて変な感じだな」
「千尋くんなら、すぐに慣れるだろう」
芒が、ギターケースからギターを取り出す。
「あれ?店で見たのとなんか違う・・・」
木目の色合いは温かいが、ちょっとおとなしめのデザインで、形状も少し違う。
「派手めなエレキギターを多く置いてるから、目立たないんだよな。
こっちはアコギ・・・アコースティックギター。形状は、定番のドレッドノート」
芒は、ギターにつけられている紐を肩に通すと、仁王立ちをしてギターを構える。ギターは、椅子に座ったり胡座をかいたりの体勢で弾く方が構えやすいらしいが、立って弾く方がオンステージっぽくて、カッコいいのは確かだ。
ぽろん、ぽろん。一音一音、音を確かめるようにゆっくり弾いていく。
「おお!かっけぇ!」
芒は少し呆れたような目を馨に向ける。
「これ、ただのチューニング(音合わせ)なんだけど・・・
なに、馨ちゃん。ドラ厶からギターに心変わりした?」
「それはないなあ!」
前にも、おじいちゃんに聞かれたっけ。
ギターもピアノもカッコいいと思うけど、自分が弾きたいかってなると違うし、弾ける気もしない。ドラムのように行き当たりばったりに突っ込んでいけるほどの熱量を、他の楽器には持てそうにない。
譜面台にバンドスコア(譜面)を置く。ドラムスローン(椅子)に座り、高さを調節。ドラムセットのタムの配置を調整、確認する。
うん、うちの電ドラちゃんとは勝手が違うところもあるが、なんとかなるか。とにかく叩きたいっ!!
馨は鼻息も荒く、愛用のドラムスティックをケースから取り出す。ドラムスティックもスタジオでレンタルできるらしいが、スティックは手に馴染んでいる方が断然いい。相棒だもんな。
「それで、音符はちゃんと覚えられた?」
芒がにやにやしながら聞いてくる。馨はなんとも複雑な気持ちで、彼を見上げた。
ドラム用の音符を覚えるのは本当に大変だった。そのおかげで、演奏の幅が広がったのは本当に感謝してるけども。結果、それなりに演奏が形になってきた時はすげー感動した!!
・・・音符覚えの途中で、現実逃避にドラムパフォーマンスの特訓を挟んだのはまあしかたない。スティック回しとスティック投げ、アレ無茶苦茶カッコいい。せねば損である。
まずは、最近続けているウォーミングアップ、ボーストレーニングをこなす。右手はフロアタム、左手はスネアドラム、右足はバスドラム、左足はフットハイハット。両足はどちらもヒールアップで、全て同時に動かす、のを繰り返すだけ。これだけで特に複雑な動きをするわけではないのだが、まあまあきつい。何がって、利き手じゃない方の左手、利き足じゃない方の左足がきついのである。左右の筋力ともに鍛える為のトレーニングといえる。
で、だ。もう、ドラムの迫力がヤバい。スゴい。
ドラムを叩く音が直に響いて、馨の脳をぐらんぐらんに揺らしてくる。うちの電ドラちゃんも大枚叩いて買ったけど、ものが違う。どうにかしてお持ち帰りできないかな、このドラム・・・前提として、うちの電ドラちゃんが嫉妬するから無理かあ。




