12 ちーちゃん
「んふふふっ」
「どうした?
不気味なくらいご機嫌だな・・・」
休憩時間。購買部に、伊藤と昼食の菓子パンを買いに行く途中、堪えきれずに笑ってしまった。伊藤には相変わらず勉強を見てもらって助けられているので、今日は馨が菓子パンを奢るつもりで連れ出しているのだ。
・・・伊藤は馨がドラム練習しているのも知っている。言ってもいいか。誰かに言いふらしたい気分でもあった。
あまり周りに聞こえないように、伊藤に耳打ちする。
「今度、音楽スタジオ借りて、アンサンブルするんだ」
「・・・アンサンブル」
「ドラムとギター!妄想だけでもう最高っ」
「ギター・・・、それって男?」
「うん」
「2人で?」
「うん、そうだよ」
伊藤が、無表情ながら頭を抱えている。
音楽スタジオ・・・防音、密室・・・ギター、チャラ男???・・・男女2人きり・・・警戒心・危機意識ゼロ。なにやらぶつぶつ呟いているが、声量が小さすぎて、その内容までわからない。
「僕も行く」
「は?伊藤が・・・?」
伊藤の眼鏡がぎらりと光って、なにやら圧を感じる。
「・・・ピアノ習ってたから、まあまあ弾けると思う。アンサンブルは人数多い方が楽しいだろ」
「おおぅ」
ドラムとギター、ピアノ。3種の神器(なにか違う)の揃い踏み!
これは楽しいに決まってる!!!
「その人に電話かけて、僕も行っていいか聞いて。今すぐ」
「ええー・・・」
伊藤の圧が凄い。無表情のままなのがまた、迫力があるんだよな。
そんなにアンサンブルがしたかったのだろうか。勉強熱心な伊藤の新たな一面が見えて、面白いが。
スカートのポケットから、スマホを取り出して、芒に電話をかけてみる。就活中は電源落としてると言っていたし、忙しかったら出ないだろう。
『・・・おー。どうした?』
普通に出た。間延びしたような声に、もしかして昼寝中だったのではないかと訝しむ。
「有哉さん。電話して大丈夫でした?」
『いいよ。馨ちゃんこそいいのか?高校生は授業中だろう』
「昼休み入ったとこなんで。
・・・あの。アンサンブル、私の友達一人追加できるかな?
ピアノ弾けるらしいっす。ちょっと・・・うーん?人見知りだけど」
『かまわないけど。人見知りのコ・・・オレ、大丈夫かな。
今度、そのお友達にもバンドスコア渡しといて』
スマホの通話を切ると、伊藤が「お互い名前呼び・・・?」と訝しむように聞いてきた。
「・・・そーいやそうだね。
はは、伊藤も名前で呼ぼっか?伊藤千尋だから・・・ちーちゃんでどう?なんて、」
「じゃあ、僕は馨って呼ぶな」
てっきり断られると思っていたのに、真っ赤な顔で名前を呼び捨てられるとは。不覚にもどきっとしてしまった。
「それで、ち、ちーちゃんっ」
なんか照れくさいが、そのうち慣れるだろう。
「・・・なに、馨」
無表情だが耳が赤いぞ、ちーちゃん。
「ピアノ習ってたって、いつくらい?」
「幼稚園で辞めた。ピアノ教室の先生と根本的に合わなくて」
「おぅ」
それで弾けるの?と一瞬思ったが、少なくともドラム始めて数カ月の私が言えることではないな・・・
後日、伊藤に芒経由のバンドスコア(譜面)を渡したら、さっと目を通して「余裕」と呟いていた。ピアノ部分の譜面、無茶苦茶難しそうなのに、ちーちゃんすげぇ。
ちなみに、芒が用意したこのバンドスコアはボーカルからピアノ、ギター、ドラムの譜面が揃っているものだ。とても初心者用とは思えない難易度のもので(中級〜上級???)、『馨ちゃんならこれくらい楽勝よなー』と芒に電話越しに言われ、「勿論!余裕っすよ!!」と返答してしまったお調子者は私だ!
「おぇ・・・この音符なんだっけ」
バンドスコアを読むのに、いまだ苦手で覚えきれていないドラム音符の勉強をすることになった。有哉さんの腹黒鬼畜!吐くぞ!
***
ついにやってきました、アンサンブル日和。
目的のスタジオ前で全員集合!どきどきっわくわくっ!
「はじめまして、芒有哉です」
「・・・伊藤千尋です」
伊藤は、白のTシャツに七分袖の濃紺のニットカーディガンを羽織り、ジーンズ、黒のスニーカーを履いている。私服の彼を見るのは初めてで、なんか変な感じ。馨はサングラスに、黒のTシャツ、迷彩柄のワイドパンツ、カーキ色の運動靴で、いつも通り全てメンズだ。
そして、馨を挟んで立ち、互いをじっとりした目で観察する二人。なんだなんだ、この微妙な空気は。さっきまでの私の胸熱テンション返して・・・
「馨ちゃんのお友達、男のコだったんだねー。人見知りと聞いたから、てっきり・・・人見知り??」
芒は、どうやら馨の友達=女友達と思い込んでいたようだ。人見知り??と呟きながら、首を小さく傾げている。
え、ちーちゃん、人見知りよなあ。
「ふぅん。普通に、ちゃんとした人に見えますね」
ちーちゃん!初対面の年上に向かって、早速毒舌が過ぎる。馨は慣れてるからかまわんけど。
・・・これ、有哉さんピンク髪のままで現れていたら、ちーちゃんに蔑まれていのでは?ぎりセーフ??
ちなみに、就活帰りらしい本日の芒は、スーツ姿がびしっと決まっていた。背中には黒いギターケースを背負っている。芒はギターケースを下に下ろすと、流石に暑いのだろう、スーツジャケットを脱ぎ、ワイシャツの両袖を捲り上げる。
「はは、ギタリストへの偏見かな?ひどいなー」
有哉さん、笑顔なのに怖いっす。
この2人、もしかしなくても相性悪いのでは?と馨は今更ながら思ったが、そんなことより早くアンサンブルしたい気持ちの方が勝る。
馨はサングラスをとり、前髪をかき上げて、頭にサングラスを乗っけると、2人をじっと見つめた。伊藤に顔を晒すのは初めてだが、彼ならばまあ大丈夫だろうと謎の確信があった。
2人は私の様子に気づいて、口を閉じた。伊藤は無表情ながら、耳が赤い。馨は拳を握り、前のめりになって主張する。
「早くアンサンブルしたいっ!!!」
馨の主張に、二人が折れた。
「・・・うん、とにかくスタジオに入ろっか。予約時間過ぎたら勿体ないし。
えーと。よろしくね、伊藤千秋くん」
「・・・こちらこそ・・・色々と手配してくださってありがとうございます」
「なんだ、お礼ちゃんと言えるコじゃん」
「・・・ちっ」
「ちーちゃん、舌打ちはあかん」
馨は、思わず関西弁突っ込みを入れた。気分はちーちゃんのおかんである。
「・・・ちーちゃん?」
芒が訝し気に馨を見て、伊藤を見る。
「千尋だから、ちーちゃん」
と解説してみる。
「ほほう」
「・・・なんですか」
「いやぁ、青春だなーって」
やけににやにやする芒を見て、またもや伊藤が舌打ちしている。
なんか知らんが、はよアンサンブルしようぜ!!!




