9 電ドラちゃんがやってきた
夏休みも後半戦な土曜日の朝、気持ちがいいくらいの快晴。
馨が居候中の一軒家の駐車スペースに、楽器店のロゴの入ったワゴン車が停まった。運転席にはワイシャツに黒いエプロンをつけた楽器店の男、カーゴスペースには大きめの段ボール箱が数箱。
・・・あれ?私が待ち望んでいたブツは?
目が泳いでいる馨に、運転席の芒はにやりと悪い笑みを浮かべた。
「抜かりないよ。バラして段ボール箱に眠らせてる」
「そんなサイコホラーな」
芒が車から降りてきたので、馨はいの一番に用意していた大金を封筒ごと差し出した。芒は封筒からお札を取り出し、慣れた様子で数え終わると、
「確かに受け取りました!」
とてもいい笑顔で言う。
「お客さま。本日は、電子ドラムのお買い上げ、誠におめでとうございます!」
ーーーそう、なんと!本日は!!我が家(居候中)に待望の電ドラちゃんがやって参りました!!!ぱんぱかぱーん!!!
おじいちゃんが電ドラちゃんを試奏品(展示品)だからと大幅に値下げしてくれたのと、ありがたくも両親と叔父の昭がカンパしてくれて、予定よりかなり早く買うことがかなったのだった。
あと数カ月はバイトで稼ぎまくってカラオケ店の期待の星になる覚悟を決めた矢先だったから、あまりの急展開にちょっとちびりそうになった。マジで。
「今日はじいちゃんも来たがってたんだけど、ぎっくり腰やっちゃって、役に立てねぇからってさ」
「へっ・・・おじいちゃん大丈夫?」
「寝てたらその内治るよ。今回だけじゃないんだ」
尚更、心配だ。馨が心配したところで、どうにもならないけれど。
「お見舞いに行ってもいいかな」
「・・・まあ、顔見せてやったら喜ぶかな?
馨ちゃんのこと、孫のオレより可愛がってる節がある」
それは嬉しい。うちは祖父母の家がかなり離れていてめったに会えないから、おじいちゃん成分に飢えているのだ。
「お邪魔します」
「どーぞどーぞ」
「お買い上げ商品はどこにセッティングなさいますか」
「二階の私の部屋にお願いしまっす!」
段ボール箱を抱えた芒が馨の案内のもと、馨の部屋に着いた。段ボール箱を置き、そしてまた車から箱を取りに、階段を下りていく。
馨も一箱でも運ぼうとしたら、これはオレの仕事だからとるなよー、と言われてしまった。それから、持ち方が悪いと破損にも繋がるんだと。そう言われてしまうと、見守ることしかできない。
階段を3往復してきた芒が、最後の段ボール箱を置き、ふぅと息をつく。
「そういえば、馨ちゃんの叔父さんだっけ。いないの?」
「駐車スペースがないと困るだろうって、車で買い物に出かけてる」
「ご挨拶してついでに営業してくるように、じいちゃんに言われてたんだけどなあ。
ほら、今日、ちゃんと楽器店っぽい格好で来たのに」
芒は、ワイシャツと黒エプロン姿を見てとばかりに胸をはる。
「どうりで、いつもの作務衣姿じゃないんだ・・・おじいちゃんとおそろいだし、楽器店芒の店員服だと思ってた」
「いや、ただのオレの趣味ってゆうか。作務衣、楽なんだよね。着心地いいし。
馨ちゃんも試してみ。似合いそう」
芒はそう言ってから、勉強机に置いてあるコンパクトタイプの練習パッドとドラムスティック、メトロノームをちらりと見た。
「それで、練習パッドは続けてるんだね?」
「ああ、おじいちゃんの勧めてくれたドラムスティック使ったら、全然折れないんだ!凄いなあ!」
「いや折れないのがフツーだと思う」
芒は苦笑しながら、段ボール箱を開封して、中から黒いパイプ棒を10本ほど取り出す。それから、組み立て説明書を開き、軽く流し読んでいる。
「スタンドの組み立てから始めるから、ちょっと時間かかるよ」
「見ててい?」
「それは勿論。自分でも組み立てできた方が便利いいしな」
芒は、パイプをあれこれ繋ぎ合わせて、てきぱきとスタンドを組み立てていく。早い。
「引っ越し業者の人みたいだ」
「楽器屋なんですよ、お客様」
馨一人では全く組み立てられそうにない。なんなら部品なくしそうというのが、この段階ですでにわかった。
芒はスタンド部分を完成させると、残りの段ボール箱を開封していく。ドラム音源を取り出してきて、パイプに取り付ける。電子ドラムは、太鼓が鳴るのではなく、パッドの電気信号を音源を経由して、スピーカーやヘッドホンに出力するから、これがないと始まらないのだ。
それから、芒はシンバル、タムを複雑そうな工程を挟みつつ取り付けるのを繰り返し、ついに、馨が店内で見たまんまの電ドラちゃんが再現された。所要時間、30分前後。慣れない人がやると、二時間近くかかるんだとか。見ている分には楽しいが、自分では絶対にやりたくない。
芒は、最後にキックペダル、スピーカー、ドラムスローン(椅子)を設置すると、少し離れて電子ドラムセットを確認し、満足げにふんふんと頷いた。馨も首がもげそうなほどぶんぶんと大きく首を振り、感謝感激を伝えた。
元は勉強机(殆ど使ってないから綺麗)とダンベルしか転がっていなかった殺風景な部屋が、あら不思議、ドラちゃんがセッティングされただけで、もう別世界のように洒落ている。そして恐らく、馨がドラちゃんを見る目はハートの形になっていることだろう。
「あー念の為、正しい音が出るか確認しとこうか。騒音にならないように、音量下げて。
はい、どーぞ」
と、芒が言うので。
メトロノームをセット、ドラムスローンに座り、手に馴染んだドラムスティックを構える。足もスタンバイおっけー。
唾を飲み込む。緊張だか興奮だかで震えそうになるのを、深呼吸して、切り替える。
(1、2、3、ハイ)
なるべく音量を下げた状態での試奏。
基本パターンの8ビートを繰り返す。8ビートとは、4分の4拍子の時に8分音符を基本としたビートで、今回使うのは、ハイハット、スネア、バスドラムの3点。
パッドの練習成果か、以前よりいくらかリズミカルに叩けている気がする。足も使って、なんとも軽快だ。
・・・スピーカーから音が拡散されているが、音量が小さいとやっぱり迫力に欠ける。そこは残念。
「おおー」
芒が、なんかちょっと驚いたような顔をしている。むふふ、なかなかの上達ぶりだと自分でも思う。
「じゃあ、今度はヘッドホンにして、音量上げるぞ」
そういえば、ヘッドホン仕様は初めてだった。店の試奏ではスピーカー使ってたが、自宅練習だと、騒音対策でヘッドホンが主流になりそうだ。
芒から手渡されたヘッドホンを装着し、周りに音漏れしない状態で、いざ、試奏。
(1、2、3、ハイ)
最初の一打音で、目を見開く。ヘッドホンを通じて、耳からダイレクトに音が流し込まれる。迫力が凄い、さらに気分がアガル。
調子に乗って、途中からは、リズムが8ビートのカラオケ人気曲を軽く口ずさみながら叩いてみた。
・・・お?お?意外とイケてねぇ?
私、もしや天才なのでは?!
と、ひとりでおおいに盛り上がったが、すぐにリズムが大きく乱れて、足も縺れて、しっちゃかめっちゃかになった。
「あはっ!さいこ〜!!!」
それでも、無茶苦茶楽しかった。
試奏を終えて、余韻に浸り終わってから、ゆっくりとヘッドホンを外した。どこか呆けた様子の芒と目が合う。芒は、一拍置いて笑顔を浮かべた。
「すげー楽しそうだったな。オレも、ギターで参戦したくなったよ」
「!!!
じゃあ、私がうまくなったら、アンサンブルしよっ!ぜったい楽しい!!」
アンサンブルとは、音楽用語で2人以上が一緒に演奏することを意味する。響きがカッコいいので、覚えていた。
「はは、楽しみに待ってる」
芒は、またもや馨の頭をぐっしゃぐしゃに乱して帰っていった。やっぱり扱いが雑である。




