96
教えられたとおりの場所で、エルディアは赤い屋根を見上げた。
そのまま入り口の扉に手をかける。
カラン……
ドアベルが響いて、中のカウンターに座っていた老婆が視線を上げる。そして、手元で弄んでいた遊戯用のカードを横に置くと、ゆっくりと立ち上がり来店してきた2人に声をかけた。
「いらっしゃい。何かご入用かね?」
「おはよう、おばあちゃん。ちょっと調べものをしてるんだけど、お話聞いてもいい?」
エルディアは愛想よく答えた。
スフィリアは片眉をあげると、再び椅子に腰を下ろし鼻を鳴らした。
「なんだ、客じゃないのかい」
「ごめんね? おすすめがあるなら買うからさ」
「健康優良児にやる薬なんてないよ」
不満そうな顔をしてはいるが、エルディアを見つめたままなので聞いてくれる気はあるらしい。
「あたしはエルディア。ロワイエさんのところのキールおじいちゃんに、おばあちゃんを紹介してもらったのよ」
「キールにだって?」
エルディアの自己紹介にスフィリアは大袈裟に声をあげた。
「あの竜騎士マニアからあたしを紹介されたのかい?」
「う、うん。そうだけど?」
「かーっ! なんだって、あたしがあの男の役に立たなきゃいけないんだ。お断りだよ、帰っておくれ」
キールの名前を聞いたとたんに、不機嫌になったスフィリアにエルディアは首をかしげる。
(おじいちゃん、話が違うじゃん!)
「えぇー! 何でよ、仲悪いの?」
一旦、スフィリアとキールの関係を確認しようと話に乗ってみた。
「あいつめ、カードゲームであたしに負けたくせに、まだ負け分を踏み倒したまんまなんだよ!」
「しょうもな!!」
ゲームを楽しむ関係なら、むしろ仲は良いだろう。一時的な意地の張り合いに違いない。
(それにしたって、タイミング悪いな。今じゃなくたっていいじゃない!)
間の悪さにエルディアは舌打ちをした。その横からラスティがカウンターに手をのせて背伸びをする。
「カードゲームが好きなの?」
「ん?」
カウンター越しの美少女にスフィリアの表情が少し緩んだ。
美少女の癒し効果は計り知れない。
「ああ、そうだね。金を賭けりゃ、もっと面白い」
「ちょっと、子どもに変なこと吹き込まないでよ」
エルディアは慌てて背後からラスティを引き寄せて腕の中に引き込む。
その腕の中からラスティはスフィリアを見上げた。
「ねぇ。じゃあ、カードゲームに勝ったらお話聞かせてくれる?」
ラスティが真っ直ぐな目でスフィリアを見つめると、スフィリアはポカンと口を開けた。
「あはは。面白いお嬢ちゃんだね? あたしと勝負するってのかい?」
「うん。お姉ちゃんが!」
「え、あたしなの!?」
ラスティは澄んだ目でエルディアを見上げると天使のような顔で微笑んだ。
「うん!!」
エルディアが天井を見上げた。
何の根拠があってエルディアが勝てると思ってるのか。
やらなくていいところで運に身を任せるのは主義じゃない。
「あんたねぇ……」
「大丈夫だよ」
文句の1つでも言ってやろうと口を開くエルディアを、ラスティが遮る。そしてスフィリアをもう一度見上げた。
「ねぇ、それならいいでしょ?」
「そうだねぇ……。じゃあ、あたしが勝ったらお嬢ちゃんにはこの店で1日客引きをしてもらうよ?」
「うん、いいよ!」
薬屋の客引きとはなんなのか。
まるでいかがわしい夜の店のような提案にも全く動じずに、ラスティが頷いた。
(こいつなりの勝算があるってことなの?)
状況を掴みきれないエルディアだったが、ラスティを見て諦めたように啖呵を切った。
「あー、もう! あたしが勝ったら絶対に話を聞かせてもらうからね!?」
「ああ、いいとも。あたしが勝ったらお嬢ちゃんたちは1日うちでタダ働きだよ」
「いつのまにか、あたしも入ってる!!」
スフィリアはしれっとエルディアも頭数に入れ、ゆっくり立ち上がる。
店の外の看板をくるりと返して「準備中」にすると、ラスティとエルディアを手招きして奥の小さなテーブルに呼び込んだ。
「おばあちゃん、さてはしょっちゅうやってるわね?」
「この村の人間は頑丈だから滅多に薬なんて買いに来ないんだよ。よく出るのは二日酔いの薬くらいだ」
その言葉にエルディアは肩をすくめて、席に着いた。
「王家の運び屋」メモ:
スフィリア・フィリング(薬師)
・カクテルは「スプリングフィーリング」
・ドライジン、シャルトリューズ・ヴェール(緑)、レモンジュース
・サンダクラプ村の老婆。
・薬師の家系で、修道女から教えてもらった薬を代々販売している。
・カクテル言葉は「飾らない」
※カクテルのレシピ・カクテル言葉には諸説あります。




