84 幕間⑤
空気の揺れる気配に古竜ミーディルはゆっくりと首を上げた。
ふわりと花びらを撒き散らして現れたのはジーンだ。
「例の候補者がやって来るぞ」
「……もう来るのか? おまえの仕組んだシナリオより早いじゃないか」
ミーディルの言葉にジーンは苦い顔をした。ジーンにとっても不本意なことなのだ。
「仕方あるまい。今代の運び屋は好奇心が旺盛だ」
「運び屋……バークか?」
「それは初代だ。ずいぶん前に死んだだろう」
ミーディルはその視線を宙に移し、しばらく考え込んだのちに、首をかしげた。
「ではサゼラックはどうなった?」
「初代国王サゼラック・ベルノ・ライヴィスキも死んだ。あれから800年も経っているんだ、人はすぐに入れ替わる」
ミーディルはいつまで経っても人の世の流れに疎いままだ。
少しうたた寝をしている間に数百年過ぎているのだから、仕方ない。
「では、片目に傷をもったあの男はどうした?」
「300年も前の話だ。それも疾うに死んだよ」
「そうなのか?面白い男だったのに、寂しいな」
すぐに忘れるが大事にしていないわけではない。親しい友の死に悲しそうに目を伏せた。
「時の流れが違うのだ。個人に入れ込みすぎるなといつも言ってるだろう?」
「おまえだって好きではないか」
「私は人の世を好いているのであって人が好きなわけではないよ」
ジーンはいつもそう言うがミーディルからしたら、好き好んで毎朝、人の世に紛れているジーンはやはり人が好きなのだと思っている。
ミーディルの喉がグルグルと鳴った。
ジーンはそれを聞いて面白くなさそうな顔をしたが、そこには触れずに話を戻した。
「とにかく、今代の竜騎士候補がもうジャンポネイルまで到着している」
「ほう? 大分早いが、良いのか?」
「良くはない。こちらにも段取りというものがある」
眉をひそめるジーンを見てまたミーディルは喉をならした。
「段取りだと! 勝手におかしな試練をでっち上げておいて、準備が間に合わないとは愉快だな」
「失礼だな。私の不手際ではないよ」
初代国王サゼラックはミーディルの初めての人間の友だった。
のんびり寝ていたミーディルを叩き起こし、何やら国作りとやらに必要だから力を貸せと迫ってきたのだ。
「面白い男だったな、サゼラックは」
数百年前の話だが、ミーディルにとっては昨日のことのようだった。
「あれを面白いと思うのはおまえくらいだよ」
ジーンが呆れたように息を吐いた。
ミーディルはジーンに視線を投げて、目を細めた。
「おまえはバーク・カシスウェルが好きだったから、サゼラックに当たりが強いのだろう?」
「あんな無鉄砲に振り回されていては、同情もするというものだ」
「私はべつに、誰に力を与えるのも構わんよ。おまえが反対しただけだ」
のんびりと構える古竜の言葉に、ジーンの眉間のしわが深くなる。
「おまえの力は人には過ぎたものだ。与えるなら責任を持て」
ジーンの視線が鋭くなったのでミーディルは首を引っ込めた。
「面倒だ。だから、おまえに任せたではないか」
「力を得るにふさわしい人間かどうかを測るのは当然だ」
生真面目な顔のジーンに、ミーディルは小さく欠伸をした。
ジーンの言葉が全く響いていない証拠だ。
ジーンはミーディルを半目で見つめたが、すぐに諦めて盛大に息を吐いて首を振った。
「今代の話に戻すぞ。今はジャンポネイルで時間を稼がせている」
「ほう、どのくらい?」
「次の満月までだ」
几帳面なこのジーンは、何がなんでもスケジュール通りにことを進めたいようだ。
ミーディルは再び首を下ろして丸くなる。
「じゃあ、準備ができるまで私は寝ているよ」
「寝るな! また数百年過ぎてしまうだろうが」
「時が来たら起こしてくれ」
古竜ミーディルは再び眠りについたのだった。
第5章はこれで終了です。明日から第6章に入ります~。
「王家の運び屋」メモ:
サゼラック・ペルノ・ライヴィスキ(初代国王)
・カクテルは「サゼラック」
バーク・カシスウェル(初代運び屋)
・カクテルは「カシス・バック」
・古竜の旧き友たち
・眠っている竜のもとに突撃してきた血気盛んな2人組




