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土日は3話公開です。
(……どうするかな)
宿に戻り、ラスティは部屋の露天風呂に浸かっていた。これが最後の一風呂になるだろう。
外気のやや冷たい風と、浸かっている湯の温度差が心地よい。
どこか遠くからカコンッという乾いた高い音がした。
その音に耳を傾けながら、ラスティはぼんやりと自分の手を見つめた。
大きく筋張った手は、最近見慣れた柔らかく小さな手とは全く違っている。
そのまま天を見上げると、露天風呂を囲むように植えられた植物に切り取られた夜空が見える。
そこに浮かぶのは美しい満月だ。
『もうすぐ満月だね……』
ずいぶん前にジーンが王都の帽子屋で呟いた台詞を思い出した。
(あの占い師、知ってたな……)
満月の下でゆったりと寛いでいるラスティは、美しい金髪と琥珀色の目をした『青年』だった。
露天風呂の湯に身をゆだねて、何気なく月を見上げた瞬間に、体がふっと軽くなり意識する間もなく変化が現れたのだ。体が痛むということはないが、この状況をどう説明したものか決めかねていた。
「……とはいえ、いつまでもこうしているわけにもいかないしな」
もともとジーンからは竜気が満ちたら体に変化があると言われていたのだ。だから、ある程度は覚悟していた。
元の姿に戻れただけなのだから、困ることもない。
ないはずだ。
この宿のルームウェアはサイズを選ばないデザインだったので、それもとりあえずは問題ないだろう。
問題はエルディアだ……。
さすがにいきなり見知らぬ男が現れたら、驚くぐらいではすまないだろう。だが、そこまで考えて「いや……」と思考を止めた。
散々、子ども扱いされた鬱憤を晴らすには丁度いい気がした。
「あいつは少しくらい思い知った方が良いな……」
なにか考えなくてはいけないことが、他にもあるような気もするが、とりあえず後回しにする。
「出るか……」
ラスティは考えるのも面倒になり、ざっと立ち上がると脱衣所に向かった。
慣れた手付きで、備え付けのルームウェアに手を伸ばし軽く羽織って紐で留める。
その直後。
「ねぇー、まだ入ってるの? のぼせてないよね?」
エルディアが、何の警戒心もなくバスルームの扉を開けて中を覗き込んできた。
「………………」
「………………」
はたと目が合い、お互いの時が止まる。
数秒の空白のあと、エルディアの握り込んだ拳がラスティの腹を目掛けて繰り出された。
間一髪でそれをいなして、ラスティが息を漏らす。
「危なっ……!!」
エルディアは重心を片足に移しヒュッとさらに回し蹴りを放つ。
ラスティは片腕でそれを受け止めると、体をわずかにずらして、エルディアの懐にもぐりこんだ。
だんっ!
縫いつけるようにエルディアの腕を扉に押し付けて、数センチのところまで体を割り込ませる。
エルディアの目が鋭くラスティを見上げた。
「あんた、誰? ラスティはどうしたの!?」
冷静になればラスティがいないことはともかく、不審者がこんなラフな格好をしているわけがないと分かりそうなものだが、珍しくエルディアは取り乱していた。
部屋の中にいたからとはいえ、すぐそばでの異変に気が付けなかったことへの苛立ちもあるのだろう。
「落ち着け……俺だ!」
「……!?」
ラスティはエルディアの動きを封じたまま、しっかりとエルディアの目を見つめる。エルディアはその琥珀色の目を確認して唖然とした。
まさか……と恐る恐る口を開く。
「え……ラスなの……?」
呆然としながら、エルディアはラスティをガン見した。その不躾な視線にラスティは苦笑した。
その笑い方に覚えがある。
よく見れば目の前の男はラスティをそのまま大きくしたような青年だった。
丸みを帯びていた顎はシャープになり、背はエルディアより少し高いくらい……。
だが、その整った容姿には幼い姿のラスティの面影があったし、なにより琥珀色の目の強さは見間違いようがなかった。
「納得したか?」
「……あ、ありえないでしょ」
それでもエルディアの常識の範囲で処理しきれなかったのか、小さな声が零れた。
ラスティは大体どんなことにも飄々と構えているエルディアの目が揺れているのを見て、ほくそ笑んだ。
たまには動揺するといい。
そのまま、そっと顔を近づけると、自分でも久々に耳にするテノールの甘い声で囁いた。
「酷いな……俺が分からないのか、エルディア?」
「……ひゃっ!!」
耳元に流された透明な声にエルディアが肩を震わせた。
目の前の色男はエルディアの想像を超えた色気を纏い、じりじりと迫ってくる。
エルディアを捉えたその目は、獲物を追い詰める肉食獣のように煌めいていた。




