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研究室の椅子の背もたれに寄りかかり、部屋の主、アラン・ド・ハワードは面倒くさそうに手紙を眺めていた。


学生時代の友人、ニコラからの手紙だ。


「ルーア・カミルグって誰だっけ……」


先程からずっと、アランはその端正な顔に困惑の表情を乗せて首を傾げていた。

最近追加した研究員だった気がするが、適当に処理したので全く覚えがない。


全く覚えのない研究員が3名ほどいるのだが、その内の1人が今日やってくるらしい。


「博士がどうしても助手が欲しいって言って、ニコラ様にお願いしたんじゃないですか!」


何度考えても一向に思い当たらず首をひねっていると、資料を両手いっぱいに抱えた小柄な女性がアランに向かって声をかけた。

アランのミントグリーンの瞳が不思議そうに瞬いた。


「僕が? そんなこと言ったっけ?」


「おっしゃいましたよ、それはもうはっきりと!」


「ブルーベル、君がじゃなくて?」


ブルーベルと呼ばれた女性は、抱えた資料をどさっとアランの前に置くと、ずり落ちた丸い眼鏡を押し上げて、ため息を吐いた。


「私がそんなことできるわけないじゃないですか、相手は王妃ですよ?」


「ニコラ嬢は王妃になったのかい?」


「ええ、もう随分前ですけどね!!」


この話も何度したか分からないが、アランは興味のないことは記憶しない。

その分ほかにその驚異的な記憶力を行使しているので仕方ないのかもしれないが、常識くらいは覚えておける容量を残しておいてほしい。


「いいですか、今回いらっしゃるルーアさんはまだ紹介されただけです。職場見学のようなものです。今後こちらで働いていただくのに現場を見ていただくだけですからね?」


「……ああ、そんなことを言ってた気がするな」


アランがもう少しきちんと記憶していれば、頼んだ助手は2名でルーア・カミルグなどという女性は心当たりがないとはっきりと言えたのだろうが、残念なことにブルーベルの補足によって完全にそういうことだと思い込んでしまった。


「急にお願いするから、急に来ることになってしまったんじゃないですか。お気の毒に」


お気の毒なことなど何もないのだが、人の好いブルーベルが知る由もない。

時計をちらりと見上げると、アランを急かした。


「ほら、もうすぐいらっしゃいますよ」


「なに、もうそんな時間なのか」


「しっかりしてください!!」


ブルーベルが呆れたように声を上げたタイミングでドアベルが鳴った。

約束の時間通りだ。

ブルーベルは急いで扉へ走っていった。


「……うーん。なにか大事なことを忘れている気がするけど、なんだっけな……」


それはニコラから極秘で伝えられている手紙の内容にかかわることなのだが、アランは全く思い出せない。しばらく頭を悩ませていたが、手元の手紙を机の上に置いてあるランプにそっとかざした。


シュゥゥゥゥ。


乾いた音で手紙が霧散する。

灰も残らない特殊な用紙だった。


「こんな紙で手紙を寄越すくらいだから、大事なことなんだろうけどまあいいだろう。証拠隠滅。僕は何も知らない~」


ブルーベルが呼ぶ声がするので、アランはよいしょとデスクの前から立ち上がった。

のんびりとした態度は、噂にたがわぬ変わり者であることをよく表していた。


「博士!! なにしているんですか、早くいらしてくださいー!!」


「今から行くよ。ちょっと落ち着きなさい、ブルーベル」


まるで世界の速度は自分が中心のように、のんびりと応接室へ向かった。

部屋の中ではブルーベルが客人にお茶を出している。


自分の研究室で働く人間になるのだから「客」と言って良いのかは微妙だと思いながら、アランはソファーに座った2人組に目をやった。


1人は黒髪のショートカットに、レザーのライダースーツのような服装。

意志の強そうな夕焼け色の目が印象的な女性。

もう1人は金髪に琥珀色の目をした美少女……の、ようだった。


「……?」


小さな違和感は少女の目の色に見覚えがあったからなのだが、どこで会ったことがあるのか思い出せない。小骨が喉に刺さったような感じだ。

大体の人間はその違和感は気持ちが悪いものだが、アランは変わり者らしい感性ですぐに思い出すことを諦めた。


「えっと、君たちが助手になってくれるのかな?」


「博士、ルーアさんだけですよ。こっちのお嬢さんは絶対違うでしょ!」


とりあえず事実確認をしたかっただけなのだが、早々にブルーベルに窘められた。

2人いるのだから、2人とも助手だと思うではないか。


不満そうなアランにラスティは苦笑した。


「相変わらずだな、アラン」


「……?」


少女の口ぶりにアランはまた首を傾げた。

先ほど放棄した違和感がまた襲ってくる。


「……あ、ラスティ殿下でしたか」


金髪に琥珀色の目を持つものは、アランの知る限りたった1人だ。

王弟殿下――ラスティ・ベルノ・ライヴィスキ。


「しばらく見ない間に、随分おかわいらしくなられましたね?」


「言うな……」


言うなというなら黙るしかないだろう。

目を丸くする秘書を制して、アランは黙ってラスティを見つめた。



「王家の運び屋」メモ:

ブルーベル・ロワイエ (ハワード研究室の研究員・兼秘書)

・カクテルは「ブルーベリー・ロワイヤル」

・ブルーベリーリキュール、スパークリングワイン

・一生懸命な苦労人

・カクテル言葉は「一生懸命」


※カクテルのレシピ・カクテル言葉には諸説あります。


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