71
とにかくジーンの話は終わった。
腑に落ちない部分は多いものの、やらなくてはならないことは1つだ。
「とにかくこの湯に1週間、通えばいいってことだな」
「そうだね。……まあ、そうしろっていうならそうしましょ」
とにかく分かっていることだけでも進めておくことにする。ラスティはエルディアがなにかを言うより早く、さっさと脱衣所に向かった。その入口で一度足を止めると、背後を振り返りエルディアに釘を刺すことも忘れない。
「1人で入れる。ついてくるなよ。あと、覗くなよ、痴女って呼ぶからな」
一気にまくしたてると、ピシャリと扉を閉めた。
「なにあれ、反抗期の男の子みたいに。本当に生意気なんだから!」
残されたエルディアはラスティの最後の方の失礼な物言いに「いーっ」と舌を出したが、すぐにジーンの家に興味を移した。
「勝手に入って、勝手にしていいって言ったんだから、好きに覗いて良いってことよね」
正確には「いても、いなくても温泉に浸かっていい」と言われただけなのだが、エルディアは都合よく解釈して頷いた。
ラスティが風呂に入っている間、あちこちの部屋を見て回る。
外から見た通り、小さな家だったのでそんなに見るところもなかったのだが、書斎を見つけてそこで足を止めた。
年季の入った本棚に並べられた本を指でなぞる。
様々な本が並べられており、ジーンのものだとすると随分と節操がない。
ジャンルに統一感がまるでなかった。
「薬草に、地理に、物語。……あ、料理本と『老後のお金のため方』なんて本もあるわ。なにこれ『楽しい編み物』だって!!」
本棚を見ればその人が分かると言うが、恐ろしく興味の幅が広いということしか分からない。
エルディアはジーンの人間像を掘り下げることは諦めて地理の本を抜き出した。
「この周辺のことをとりあえず知りたいわけだから、手っ取り早いのはこの辺の本よね」
書斎の椅子に腰を下ろすとパラパラと捲って、このあたり一帯の地理情報を叩き込んだ。
もし神殿の手掛かりにならなかったとしても、地理を叩き込んでおいて損はない。
「ふーん。サンダクラプってそんなに遠くはないのね」
本で確認したその村は、ドラコニスならジャンポネイルから1日ほどで到着できそうだった。
場所的にも村の反対側に平原が広がっている地形で、老婆たちが言っていた『竜の形の岩』なんていうのも、この辺にあるのかもしれない。
そんなことを気にしながら、出発してからの日数をなんとなく計算してみる。
(……1週間、ここで足止めを食ったとしても15日。晦まではまだ余裕があるわ)
ラスティ側の事情もあって、かなり予定が変わっているが時間はまだある。
あとは、追跡してくる連中に見つからないように気を付ければ問題ないだろう。
ジャンポネイルに向かったことは、ゼラックで聞き込みをされたら分かってしまうだろう。だが、この町ではエルディアはニコラの用意したルーア・カミルグだ。
エルディアは知らず知らずに張りつめていた力を抜くように息を吐いた。
目を閉じ、頭の中で例の子守唄を口ずさむ。
(……落ち着いて。大丈夫。うまくいく)
こういう時は、どれだけ自分を信じられるかが大事になってくる。
ゆっくりと目を開くと、いつも通り自信に満ちた顔つきに戻る。
気合を入れるように顔を叩いて、エルディアはリビングに戻った。
ちょうど温泉から出てきたラスティと鉢合わせる。
「ちゃんと浸かった?」
「浸かったよ……」
「髪、拭けてる?」
エルディアはラスティからタオルを奪い取ると、上からかぶせてくしゃくしゃとかき混ぜる。唐突なことで反応が遅れたラスティが、じたばたともがきエルディアを押し返す。
「ああ、もう!! ちゃんと自分でできる!!」
タオルをエルディアから奪い返すと、機嫌悪そうに頭から被った。
がしがしと手を動かしているが、少し耳が赤いので単に照れているだけだろう。
「いいじゃん、このくらい。面倒見てあげるのにー」
「いらん!!!」
エルディアが笑いながらそう告げると、ラスティは思いきり嫌そうに叫んだ。




