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「ハワード研究室のカミルグ様でいらっしゃいますね。ご予約ありがとうございます」
受付の女性が宿泊者名簿を確認して、エルディアに微笑みかけた。
丁寧に受け付けられた後、控えていたベルパーソンがエルディアから荷物を預かり部屋へと案内する。
「お客様。こちらはハワード博士からのお届け物でございます」
部屋に到着するとベルパーソンは荷物のほかに小包をエルディアに手渡した。
エルディアはごく自然に受け取り礼を言う。
「ありがとう、助かるわ」
「それでは、ごゆっくりお過ごしください」
静かに頭を下げると、優雅な動作でベルパーソンは扉を閉めて客室から退室した。
エルディアはにこやかに見送って、確実に扉が閉まったことを確認すると背中をぐっと伸ばした。
「んー!!!さすが、お上品な宿は対応する人もお上品ね!」
「おまえ、気取りすぎだろう!」
ラスティは堪えきれずに、肩を震わせた。
エルディアは心外そうに眉をひそめた。
「なぁに、失礼ね」
とはいえ、自力では絶対に泊まることのできない高級宿にすぐに目を奪われる。
ラスティからすれば、普段使いの宿なのだが、エルディアにとっては一生に一度泊まれるかどうかという価格帯の宿だ。
物珍しそうにあちこちを開いて回る様子は、まるで小さな子どもが見知らぬ場所で探検をするようだった。
「どっちが、子どもだよ」
「うるさいよ!っていうか、ねえ、見てよ!」
バスルームに続く扉を開いたエルディアが興奮気味にラスティに声をかけた。
ラスティが肩をすくめて、呼ばれた方へ向かう。
扉に仕切られたバスルームに入ると、優しい湿度に包まれ、ほんわりと温かい。
さらに奥に扉があり、エルディアはそちらに行ったようだ。
ラスティが扉の外に顔を出すと、白くけぶった視界の先に石造りの湯船が見えた。
周りはぐるりと背の高い植物に囲まれており、吹き抜けのように空だけが真上に見える。
中央に設置されている湯船は、大人が二人くらい足を伸ばして入っても余裕がありそうな広さで、ゆらゆらと温かいお湯が揺れていた。
これが露天風呂か。
ラスティは受付の説明を思い出して、物珍しそうに眺めた。
エルディアが湯船に手を入れて温度を確かめて、ほんのりと頬を緩めた。
「なんか、これだけでも気持ちいい!!」
「はいはい。良かったな」
ラスティが適当に返事をするとエルディアは不満げに手招きしてラスティの手もお湯の中に突っ込んだ。
温かい湯がじんわりと手を温める。
確かにこれだけでも十分気持ちいい。
ラスティは少し目を瞬いて、エルディアを見た。
「本当だな?」
「でしょ!!」
その後、一通り2人で部屋の中を見て回ってから、エルディアは部屋に配されているソファーに腰を下ろした。
二人掛けのようだが、大きめに作られており、幼い姿のラスティがその隣に腰を下ろしてもまだ十分な余裕がある。
「はぁぁぁ。高級宿はソファーも気持ちいい!!」
「ちゃんと座れよ、ダラダラするな」
ずるずると背もたれに寄りかかり姿勢を崩すエルディアにラスティは渋い顔をした。
エルディアは、だらしない体勢でラスティを見上げると、渋々と体を起こす。
「お坊っちゃまは、ほんとにうるさいな」
「『お坊っちゃま』もやめろ!」
ラスティはエルディアの額をペチペチと叩いて、不満そうな顔をする。それをさらりと受け流し、エルディアは膝の上で手を組んで、ラスティを見つめた。
「ところで、お風呂は一緒に入る?」
「入るか!!!!」
真顔で問いかけられて、ラスティは勢いよく怒鳴りつけた。
顔に熱が集まるのが自分でも分かるくらいだった。
「え?1人で入れる?」
「入れるわ!!!」
エルディアの偏った知識では、身分の高い者は、身の回りのことは全くできないことになっているようだ。
つくづく、最初に煽ったことを後悔する。
入る入らないの押し問答の末、なんとか1人で入ることを了承させた。
「本当に平気なの?」
「問題ないって」
「じゃあ、先に入っておいでよ」
エルディアに促されるままに、脱衣所に放り込まれ、今に至る。
―――かぽん…。
長閑な一時がラスティを包み込む。
ずるずると湯船に背中を預けて、ラスティは長い息を吐いた。
「勘弁してくれ…」
思わず呟いたラスティに脱衣所から声がかかる。
「ねぇー!本当に大丈夫!?」
「ああ、もう!!大丈夫だから入ってくるな!!」
竜騎士の試練の前に、なんだか分からない試練を追加された気分だ。
ラスティは疲れたように、もう一度、深い息を吐いた。
―――見上げた空には銀色の月が浮かんでいた。
「王家の運び屋」メモ:
ルーア・カミルグ(ハワード研究室研究員)
・カクテルは「カルアミルク」
・カルーアリキュール、牛乳
・カクテル言葉は「悪戯」
・エルディアが使う偽名
・ハワード研究室の研究員という設定
※カクテルのレシピ・カクテル言葉には諸説あります。




