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それはそうとして、ニコラの手配によって偽名で予約された宿があることは良いことだった。
「うん。良いことだけ受け取っておこう」
それ以外は考えてはいけない気がする。
そう切り替えてエルディアは前を向いた。ラスティは端からそのつもりのようで、そのことについては口を挟まなかった。
「泊まるところが決まっているなら、あとは情報収集だね」
「例の神殿か…」
ゼラックで聞いた話によると、「竜脈」と「竜が眠っている」という地元の話はあるようだが、「神殿」は聞いたことがないということだった。
「だとしたら、今もある分かりやすい建物みたいな形じゃないってことよ」
「可能性としては、跡地とか遺跡とかか?」
「遺跡ならまだいいけど、跡地だったらお手上げだわ」
そんなものを自力で探し当てるのは無理だ。
エルディアは空いている方の手を顎に当てて俯いていたが、すぐに顔を上げた。
ゼラックの飲み屋で話した男が言っていたことを思い出す。
「じいさん、ばあさんはまだ竜の話を信じてるって言ってたし、その辺から聞いてみましょ」
「当てになるのか、それは…」
「聞いてみないと分からないけど、ヒントくらいにはなるでしょ」
エルディアは今後の方針を簡単にまとめると、ラスティに目をやった。
「…なんだよ?」
「よし。今日はもう休もう!」
「…まだ動ける」
ラスティがエルディアを見上げたがエルディアは首を振った。
「1日中っていうか、昨日からずっとドラコニスで移動したんだから休んでおいた方がいいよ」
「いや、でも…」
「あたしは疲れた!死ぬほど疲れた。今日はもう、なにもしたくない!!」
まだ食い下がろうとしたラスティに、エルディアは駄々っ子のように言葉を重ねる。
あまりに堂々と言い張るので、ラスティは苦笑しながらその茶番に付き合うことにした。
「おまえがそんなに疲れてるんじゃ仕方ないな。今日はもう休むか」
「ね!そうしよう」
回りくどい気遣いに唇を引き上げると、ラスティは繋いだエルディアの手を引いた。
「…?」
「行くぞ。宿の場所、知らないだろ?」
「ああ、そうね。あんたが案内してくれるの?」
ラスティはそのまま中央の通りに出た。
ラスティだってこの町は初めてのはずだが、歩き方には迷いがない。
エルディアが不思議そうに見下ろすと、ラスティはにやりと口角を上げた。
「町の作りなんて基本は同じだ。貴族が手配する宿は目立つ通りにあるもんだ」
「へぇ、そういうもん?」
エルディアは納得して、通りをざっと見渡す。言われてみると、確かにいかにもランクの高そうな宿が並んでいた。
「それと、一回しか言わないから一発で覚えろよ?」
ラスティが挑戦的に琥珀色の目を煌めかせた。
「おまえは地形学の第一人者アラン・ド・ハワード博士の研究室の一員、ルーア・カミルグだ」
「え、誰?」
「義姉上が懇意にしてる研究者。ハワード侯爵家の変わり者だよ」
やたら細かい設定が盛り込まれてエルディアは目を瞬いた。
そしてラスティの目を見て息を吐く。
「なるほど、凝り性ね?」
「…だろう?」
なんにせよ、名前まで決めてくれたようなのでありがたくその設定に乗っかった。
「妹連れでも良いのかな?」
「大丈夫だろ。現場に家族を連れて行って、自分だけ研究に没頭するやつも珍しくないし」
「そうなんだ。研究者って変わってるのね」
エルディアは肩をすくめて、自分の設定を口の中で繰り返した。
「オッケー、覚えたよ」
「じゃ、行くぞ」
話している間に、一軒の宿屋の前に到着した。
細い水路にかわいらしい橋がかかり、その向こうに花で作られたアーチがかかっていた。
石造りの建物に仰々しさはなく、代わりに懐かしさを感じるような宿だった。
転々と並ぶアプローチライトが足元を優しく照らし、幻想的な雰囲気を演出している。
「おとぎ話にでてきそうな宿屋だね?」
「まあまあ、いい所じゃないか」
2人は花のアーチを潜り、宿屋のカウンターに向かった。
「こんにちは、予約しているカミルグですが」
エルディアは気持ち賢そうに畏まってカウンターの受け付けに話しかけた。
ラスティはエルディアの後ろで、服の裾を掴みながら小刻みに震えた。
ちょっと気取ったエルディアが面白かった。
「王家の運び屋」メモ:
アラン・ド・ハワード(ハワード公爵家三男・研究者)
・カクテルは「アラウンド・ザ・ワールド」
・ジン、グリーン・ペパーミントリキュール、パイナップルジュース、ミントチェリー
・カクテル言葉は「カクテル言葉は冒険」
・ニコラが懇意にしている地理学者
・じつはニコラの学生時代の同級生
※カクテルのレシピ・カクテル言葉には諸説あります。




