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「なんで分かったの…?」
エルディアの疑問にラスティが片眉を上げた。
繋ぎ直した手に目線を落としてから、もう一度見上げる。
「花売りの手にブレスレットがあっただろう?」
「え、そうだった?」
「そうだったんだよ」
ラスティが小さく鼻を鳴らした。
自分の髪に挿された花に触れて、不本意そうに顔をしかめる。
「緑の石と琥珀で模った花は、俺とニコラ…義姉上との連絡手段だ」
「うわぁ…、あんたんとこ本当にそういうの多いわね?」
エルディアはなんとも言えない顔をした。
物語で憧れたシチュエーションも、そこかしこに散りばめられているとなんだかお腹いっぱいになってくる。
まして、こうして命にかかわるような時にしっかり使われていると、常日頃からよからぬことが起きているような気持になってくる。
「…安心しろ。これは本当にお遊びのようなもんだから」
「そうなの?めちゃくちゃ実用化されてるけど?」
気休めのようなラスティの言葉にエルディアが疑いの目を向ける。
ラスティは苦笑いをして、面倒なことを思い出すようにエルディアに説明した。
「兄上とギュバンスがしょっちゅう秘密の暗号とかを作るから、対抗して義姉上と俺だけに分かる暗号を作っただけだよ」
要するに兄に対する当てつけだったのだが、幼い自分たちの小さな意地を果たしてあの兄が気にしてくれたかは謎である。
「あ、それも気になってた」
「ん?」
「あの暗号文字って学者でも簡単に解けないんでしょう?あれを知ってるのは、他にどのくらいいるのよ?」
エルディアが聞いた話の印象では、オルディスとギュバンスとラスティの3人だけの秘密の文字なのかと思っていたのだが、ニコラも使いこなしているように見えた。
「これで、全員だ」
「えっと、4人ってこと?」
「ああ」
ラスティが嫌そうに頷いた。
なぜ、そんなに嫌そうな顔をするのか分からずエルディアは首を傾げた。
ニコラには知られたくなかったということだろうかとも思ったが、それもなにか違う気がした。
「義姉上は自力で解読したんだよ」
「え、学者でも難しいって言ってなかった?」
「義姉上は学者だよ。専門は違うけどな」
ラスティの眉間のしわが深くなる。
よっぽど触れたくない話なのだろうか。
「だけど、暗号の解読はそれとは関係ない」
「どういうこと?」
「あの人は兄上至上主義者だから、兄上が絡むことはなんでも知りたいんだよ…」
深い息が吐かれた。
ニコラはもともと優秀な少女だった。
幼くして河川の問題に提言できるくらい地形学に造詣が深く、しかも勉強熱心だ。
知りたいことを探求する能力は元々長けているのだ。
「俺が何日もかけて叩き込まれた暗号を、独学で解きやがったんだよ」
あの暗号の解読の難しさは、ところどころに法則とは無関係なオルディスやギュバンスの好みが織り交ぜられているところだ。
2人の嗜好まで把握できていないと、まず解読は不可能だ。
「あらぁ…」
ポツポツと語られるニコラ像にエルディアは別の意味で戦慄した。
とんでもなく粘着質な女だ。
この国の妃殿下に向かって大変失礼だが率直な感想だった。
ラスティはそのことについて触れることは避けたいようでそっと目を逸らす。
エルディアもなんとなく察して、そのことには触れないことにした。
「そ、それで義姉上様はなんて言ってきたの?」
そもそもなんでこの場所を特定できたのかも気になる。
エルディアは速やかに話題を変えた。
「この町にある宿を、義姉上の懇意にしている研究者の名前で押さえてあるらしい」
「え、そうなの?無料!?」
エルディアの目の色が変わった。
この温泉街の宿の費用については少し不安があった。
あまり知名度がないくせに意外と観光地価格なので案外高いのだ。
その支払いを考えなくていいとなれば、お財布事情はだいぶ楽になる。
「今回の件とは別に、義姉上は、もともとこのあたりの地脈について研究している学者たちとは地形学の学会なんかで懇意にしていたんだ」
ニコラのフィールドワークは地形学だ。
もともと温泉の湧き出るこの地域の地形については注目していた。
そこにラスティの「竜騎士」の話が上がったことで、「竜脈」と地元民に呼ばれている地脈であったことを思い出した、ということらしい。
「もっと南東の方に竜果実とか、北東の竜泉峡とかいうのもあったらしいから、そっちの方にも手を回していたらしいよ」
「竜」に由来を持つ特産物などがある地域にそれぞれ手の者を配置して、そのどこかにラスティが現れたら接触するように準備していたようだ。
「なにそれ、お義姉さんもめちゃ怖いわ」
「あの人、凝り性だから…」
凝り性で片づけていいものか悩むところだが、助かったことには違いない。
ついでにエルディアはもう一つの疑問も片付けることにした。
「お義姉さん、あんたが死んでも構わないタイプって言ってなかった?」
「死んでも仕方ないと思っているけど、死んで欲しいと思っているわけじゃないって言ったんだ」
「…それは…ものすごく手助けしてくれる気はあるってことなのかしら?」
上流階級特有の独特な表現の機微は、エルディアには難しすぎた。




