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「それにしても、温泉だってさ」
雑貨屋で手に入れた地図を荷袋に突っ込んでドラコニスを押しながらエルディアはラスティを見下ろした。
ほんの少し顎を上げてから、ラスティは小さく頷いた。
「行ったことはないが、聞いたことはある」
「そうなんだ。有名なの?」
「古くからある療養地らしい」
エルディアのような平民は滅多なことでは遠くへ旅などしない。
せいぜい王都との行き来が遠出の限界だ。
ベルクのキャンプだって、近場の山で楽しんでいたくらいだ。
「お貴族様の保養施設って感じ?」
「そこまででもないけど、『温泉』というものに興味があるかないかじゃないのか?」
ラスティだって普通に生活していて、湧き出た温水で作った湯船に浸かってみようなどとは考えない。
ただ、観光地として一定の人気があるので産業の一つとして認識していただけだ。
「気持ちいいんだってさ。入ってみたいね?」
「おまえは本当にのんきだな。…まあ、そんな暇があれば、それもいいんじゃないか?」
「あんたも入ろうよ」
他人事のようにラスティが告げるので、エルディアが笑いながら誘った。
ラスティは少し考えてから小さく頷いた。
「そうだな。自分で体験してみるのもいいかもな」
「なにそれ、かったーい」
単純に珍しいから入ってみようで良さそうなものだが、真面目に検討している様子を面白そうに眺めた。
「入るって言ってるんだから、いいだろ」
「いいけどさ」
膨れたような顔をするラスティに適当に返事をしながら、エルディアは周囲を見渡した。
少し先に駐車場を見つけると、ラスティを促してそちらに足を向ける。
「あそこにこいつを停めて、少しジャンポネイルのことを、この町で聞き込みしてみよう?」
「『竜脈』か?」
「そうそう、それ。あんた聞いたことある?」
ラスティは首を振った。
少なくとも、地脈にそんな名前を付けた正式な地理学の資料はないはずだ。
とすると、これも例の占い師の言う民間伝承の類かもしれない。
「聞いたことはないが、店主は当たり前のように語っていたな」
「案外、ジャンポネイルっていう土地は竜が身近なのかもね」
「学者連中はすぐに自分たち用の通称をつけるから、竜とは無関係な名称かもしれないけどな」
それでも調べてみる価値はあるかもしれない。
そう思って、エルディアの聞き込みをするという案に同意した。
意見がまとまったところで、エルディアは駐車場にドラコニスを停めた。
料金を駐在している男に支払い、ちょっとした言葉を交わす。
そして貴重品をポーチに突っ込むと、ラスティの手を握った。
「またか…」
「知らないところは危ないでしょう?」
エルディアの判断はもっともなので、それ以上は何も言わずにラスティは手を握り返した。
そのままエルディアが迷いもなく踏み出す。
「どこに行くのか決めているのか?」
「え、焼き鳥だけど?」
「…おまえなぁ」
堂々と一歩踏み出したので、何か情報源に心当たりがあるのかと思いきや、これだ。
情報収集をするつもりはあるようだが、観光する気も満々だ。
「だって、絶対食べてほしい感じだったじゃん?」
「はぁ…。そうだな」
これに関しては何を言っても無駄だと、早々に察したラスティは渋々頷きエルディアの歩く方向に大人しく従った。
「あんた、王都でも串焼き好きだったし、きっと焼き鳥も好きよ?」
「おまえが食いたいだけだろう。俺のためみたいに言うの、やめろ」
「やだなぁ。ラスちゃんの社会勉強も兼ねてるって」
エルディアは悪びれもせずに、真っ直ぐに踏み出した。
初めての町の割には、迷いがない。
ラスティが訝しげに見上げると、エルディアがその視線に気が付いてにやりと笑った。
「さっきの駐車場のおっさんに、おすすめの焼き鳥屋の場所、聞いといた」
「仕事、早いな!!」
抜け目ないエルディアにラスティは思わず声を上げた。
エルディアはいたずらが成功した子どもみたいな顔で、顎を上げた。
「こういうのは、効率よくいかないとね。地元民のおすすめが一番うまいのよ」
「おまえの図々しさには感心するよ」
「情報収集は相手を油断させることが一番肝心なの。覚えておきなさい」
ご立派な講義内容にラスティは、軽く息を吐いて肩をすくめた。




