43
ぱちぱちと音を立てる火を眺めながら、黙々と非常食を口にする。
「最近の干し肉は美味しいねぇ」
「最近のって…なんでそんなに口にする機会があるんだよ」
エルディアがしきりに干し肉の味に感心するので、ついラスティは口を挟む。
「言ったでしょ?昔から親父がキャンプ好きなのよ」
犬歯で引きちぎるように肉を噛みきっている様子は、ラスティの知っている淑女たちなら絶対にやらない食べ方だ。そもそも、淑女たちは夜営をしないが。
「まぁ、あたしの性にも合ってるしね」
「みたいだな…」
エルディアが屈託無く笑うので、ラスティは苦笑した。
エルディアの嗜好は父親の影響を強く受けている。それは魔導二輪に対する熱の入れ方からもよく窺い知れた。
「でも、そのせいで母さんは出てっちゃったんだよなぁ」
「母親…どうしているんだ?」
ラスティは慎重に訊ねた。
エルディアの話に情緒的な予想を交えると絶対に疲れる。
そんな予感もあった。
「元気だよ?」
「一緒には暮らしてはねぇよな?」
訪ねた家はテキラの持ち家で、カシスウェル親子は2人でそこを間借りしていた。賃貸というより居候に近かった気がする。
「母さんは親父の趣味に付き合いきれないって、出ていったからね」
「そうなのか?」
「うん。『あたしと怒羅怒羅とどっちが大事なの』ってさ」
なんとなく想像が付いて、ラスティは乾いた笑いを浮かべる。
いかにも言われそうなセリフだった。
「…で?」
「『比べられるか』って言って、捨てられたらしいよ?」
意外でもなんでもない話に、どんな顔をして良いのか分からず、ラスティはそっと手にしたカップに口を付けた。
「まぁ、親父も親父だけど、母さんも母さんで数字オタクだからね」
「数字オタク?」
母親の新情報にラスティが僅かに首をかしげた。
エルディアはラスティの方を向くわけでもなく、焚き火に火かき棒を突っ込みながらぼやいた。
「金の動きを見るのが好きな人なのよ」
カシスウェルのおかしな帳簿に興味を惹かれて会計士を買って出たのが、ベルクとの馴れ初めらしい。
「『あんたが怒羅怒羅といちゃいちゃするなら、あたしはこの帳簿と出ていきます』って出ていったんだってさ」
「…つまり」
「母さんは隣町で愛しいうちの帳簿と仲良くやってるよ?」
とにかくなんでもかんでも擬人化するのをやめてほしい。
ラスティは深い息を吐いた。
「おまえのそのおかしな癖は両親の両方から引き継いでるんだな…」
どうりで根が深いわけだ。
改善する気が全くしない。
「失礼ね。帳簿を見てミステリアスで素敵とか、魔導二輪を見てグラマラスボディとか言ってる人たちと同じにしないでよ」
「おまえのドラコニスは?」
「おしゃれでクールなナイスガイだけど、それがなに?」
「変わらねぇじゃねぇか!」
さらりと答えて疑問すら感じていないエルディアに、呆れたようにラスティは突っ込んだ。
(こんな女、どう扱えっていうんだ…)
そんな両親に育てられているのだ。
エルディアの情操教育には全く期待できそうもない。
どうりで、情緒面ががさつで雑なわけだ。
仕事に対してはまあまあ綿密なのに、おかしなやつだと思っていたら、家族全員そのタイプだったらしい。
「『この子はあたしが面倒を見ます』って帳簿を持って出ていったらしいよ?」
「おまえはどうしてたんだよ」
娘は放ったらかしか。
ラスティの感覚では、それは寂しいことのように思えた。
つい、聞いてしまったが、踏み込みすぎたかとすぐに気まずい顔をした。
だが、エルディアは少し斜め上を見て記憶を引っ張り出すと首をかしげた。
「よく覚えてないけど、たぶん買って貰ったおもちゃの魔導二輪に夢中になってたんじゃないかな?」
気がついたら居なかったんだよね、となんでもないことのように笑った。
本当に気にしてないのかどうかは分からなかったが、ラスティはがっくりと項垂れた。
「あ、そう…」
「親父と母さんは一緒に暮らしちゃいけないだけで、仲は良いんだよ?」
「そうなのか?」
エルディアは、ラスティが何を気にしているのかをようやく察して付け加えた。
「うん、あたしのこともね。たまに泊まりに来てよく子守唄を歌ってくれたよ?」
あれはカシスウェルに引き継がれる子守唄だ。
それをエルディアに聞かせるために覚えてくれたのだ。
「変わった人だけど、ちゃんと愛されたよ?」
「……別にそんなことまで聞いてないだろ」
「ふふ、そういうことにしておくよ」
意識的になのか無意識なのかは分からない。
だが、ラスティがエルディアを心配してくれたことだけは、なんとなく感じ取った。
エルディアはくすぐったそうに笑うと、少し周りを見渡した。
「さ、そろそろ寝ちゃおうか?」
話し込んだせいか、辺りも大分暗くなってきた。
エルディアがラスティを引き寄せて、用意したブランケットにくるまった。
「うちの子守唄、歌ってあげるよ」
「いらん!!」
ラスティは思いっきり拒否したが、エルディアは構わず口ずさみ出す。
がっちり抱え込まれていて逃げ出すこともできず、ラスティは諦めたように体を預けた。
(こいつ、いつになったら俺が19歳だって自覚するんだ)
相変わらずの子ども扱いに息を吐いたが、どうせ言っても聞かないだろう。
それに、悲しいかな。
ラスティがどんなに意地を張っても、子どもの体は体力の限界も早い。
悔しいがエルディアの歌声にだんだんと意識が遠退いていった。
「あら、やっぱり寝たわ」
腕の中でラスティが寝息を立てている。
エルディアはその頭を優しく撫でた。




