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夜の気配が残る明け方の空に、白い三日月が浮かんでいる。
その月を背にしてエルディアはドラコニスを走らせた。
すっきりとした冷たい朝の風が頬にあたり、心地よい。
後部座席に座って、エルディアの腰に手を回したラスティは遠のいていく王都を振り返り、息を吐いた。
「明け方まで待ったのは正解だったな」
目立ったトラブルの無い平時だ。
それゆえに東門の警備員たちの数も少ない。
まして東門から少し離れた、知る人もない地下水路の出入口まで警戒する者などいるはずもない。
「あんたの読み通り、ヴァランは私兵だけ動かしてるってことね」
「そもそも、掛けるべき嫌疑が見つけられなかったんだろうな…」
念のため検問が強化されることも警戒してみたが、運び屋に対して手を打つための正当な容疑が用意できなかったと見ていいだろう。
「最悪、王弟の拉致まででっち上げるかと思ったが…」
「さすがに、そこまでは強引じゃなかったね?」
エルディアは軽く笑うが、白も黒と言えるのが権力者だ。
ラスティは難しい顔をして押し黙った。
(この段階で打つ手がないことが、逆に相手を追い詰めてないと良いが…)
背中越しにラスティの不安を感じたわけでもないだろうが、エルディアは能天気に笑った。
「なんにせよ、王都を出るのに手間が掛からなかったのはラッキーじゃない」
緊張感の無い様子は、ツーリングにでも出掛けるような気軽さだ。
悪い予感が無くなるわけでもないが、考えても仕方ないのは確かなのでラスティも気持ちを切り替えた。
「そうだな。とりあえず出発できたんだ、良しとするか」
「そうそう。考えすぎは体に悪いよ」
「おまえはもう少し考えろよ…」
足りないのは考えではなく、緊張感か。
ラスティは少し考えて、自分の出した結論を修正した。
「また、失礼なこと考えてるでしょ!」
「おまえほど失礼じゃねぇよ!」
ドラコニスのエンジン音のせいで2人とも声を張り上げることになるが、早朝の街道ではすれ違う者もない。
まるで自分たちだけの道のように伸びている。
それもまた気分が高揚する一因となっている。
(浮かれるような旅じゃないんだがな…)
ラスティはこの旅そのものを楽しみ始めている自分に苦笑した。
なんでも楽しもうとするエルディアの影響かもしれない。
「ねぇ、進めるところまで進むんでいいんだよね?」
「ああ、任せる。好きなだけ飛ばせ」
「やった!そうこなくっちゃ。振り落とされないでよ!」
エルディアは手元のグリップを握り直し、軽く捻ってスロットルを開く。
乾いたエンジン音が高く鳴った。
そのまま左足の爪先でペダルを蹴りギアを上げると、ドラコニスはぐんっと速度をあげた。
急な加速に体を後ろに持っていかれそうになり、ラスティは思わずエルディアの腰にぎゅっと強くしがみつく。
唸りをあげたドラコニスの走りが、これまでとは比較にならないほどの猛スピードに切り替わった。
「あははは!見たか、これがあたしのドラコニスの本気だよ!」
「おまえ、スピード狂かぁぁぁ!!」
良いとは言ったものの、とんでもない加速にラスティの叫び声が上がる。
「ビビってんじゃないよ、まだまだ行くよ!!」
こんなものは序の口だとエルディアが高笑いしながら、さらにギアを上げていく。
ラスティは口を開けば舌を噛みそうだと、ただひたすらしっかりとエルディアにしがみつくことだけに集中した。
エルディアの疾走が落ち着くまでの間、ラスティは生きた心地がしなかった。
ようやく緩やかなスピードに落とされたのは、夕刻を迎える頃だった。
ほぼ丸1日、人生で経験したことの無い爆走に巻き込まれたラスティは、休憩しようと下ろされた木陰でぐったりと息を吐いた。
「おまえ、俺を乗せてるときは金輪際、自由に走るな…」
「えー!お坊ちゃん繊細すぎない!?」
エルディアの態度に、毒づく気力もなくラスティが木にもたれ掛かった。
しょうがないなと、エルディアが隣に腰を下ろし、荷物から取り出した水をカップに注いでラスティに差し出す。
力無く受け取ったラスティは、一気にそれを飲み干した。
「でも気持ちよかったでしょ?」
「初めはな!!」
出発直後の爽快感を台無しにする暴走に、ラスティは文句を言わずにはいられない。
「あんなスピードを出すやつがいるか!!」
怒鳴られたエルディアは、まだ不服そうに口を尖らせていた。
4章スタートです。
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