40 幕間③
「しつっこいね!知らないと言ったら知らないんだよ!!」
愛車の手入れをしていたベルクは、急に響いたテキラの怒鳴り声に首をすくめた。
「なんだ?えらく、ご機嫌斜めだな」
テキラは口は悪いが、気のいい女である。
乱暴な物言いをすることはあっても、怒りに任せて声を張り上げることは滅多にない。
その滅多にないことに興味を引かれて、ベルクが魔導二輪の整備場からひょいと顔を出した。
ちなみに、この家には整備場など無い。ベルクが勝手にそう思っているだけの場所だ。
「どうした、テキラ。やけにご立腹じゃねぇか」
「ふん。ベルクかい?あんたに客だよ」
「俺に?」
テキラと揉めていたのは、どうやら自分の客だったらしい。
こんなことでテキラに機嫌を損ねられては堪らない。
ベルクは汚れた手をズボンで擦り、テキラの正面に立つ男に朗らかに近寄った。
「俺のお客さんだったとは、失礼、失礼」
「あたしゃ、もう行くからね!」
「あ、待て!」
付き合いきれないと憤慨したテキラが、背を向けて自室に向かう。
ベルクの客だという男が、諦め悪くテキラを引き留めようと手を伸ばす。
「知らないと言ったら知らないんだよ!あんたの言う色男と美少年なんて、うちで見かけた覚えは全くないね!!」
振り返りもせずに、これが最後だと怒鳴り声を上げた。そしてどかどかと自分の部屋に入ると、バタンと強くドアを閉める。
男の伸ばした手が行き先を失う。
その男の肩に手を置いてベルクが首を振った。
「あんなにへそを曲げてるんじゃ、今日は諦めた方がいい」
「くそぅ、なぜだ!!」
悔しそうな男をベルクは注意深く観察した。
仕立てのいい服。
表に繋がれている毛並みの良い馬。
そして、平民に対して無意識にとる高圧的な態度。
(貴族の役人か?……いや、そもそも、正規の手順を踏んだ捜査じゃなさそうだな)
となると、テキラの言葉から察するに、先日ベルクたちの元に訪れた依頼人絡みだろう。
(こりゃまた、面倒だな)
ベルクは何食わぬ顔で片眉を上げた。
そして、不満げな男の肩を抱いて親しげに話しかけた。
「まあまあ、そんなにカリカリしなさんなよ。俺に用事だってことは何かの配達かい?」
気安いベルクの態度に男は眉を寄せて、その手を振り払った。
お堅いことだ。
「あの女はああ言っているが、おまえのもとに王都から人が訪ねて来ただろう!?」
カッカと詰め寄る男にベルクが肩をすくめた。
どうにも気が短い男だ。
「依頼人だったらそりゃ来るさ。どんな連中だよ?」
先ほどのテキラとは異なり、ベルクの方は自分に従う意思があるようだと察して、男が居住まいを正した。
んんっと咳払いをして、偉そうに胸を張る。
「貴族の男性で明るい髪色をした美青年だ。恐らく、品のいい金髪の少年を連れていたはずだ」
「ははぁ、なるほど…」
男の語る特徴を聞いてベルクは納得した。
王都からその特徴情報だけでここにたどり着いたのだとしたら、大したものだ。
この男が言っているのはギュバンスとラスティのことだろう。
だが、テキラにとってその2人組は「大きな小僧」と「小さな小僧改め、孫娘の服を譲った可愛らしい美少女」だ。
話がかみ合わないのも無理はない。
男はその情報で下手にここまで辿り着いてしまったせいで、その外見的特徴が個人の嗜好に左右されるという致命的な欠点にいまだ気が付かずにいる。
残念ながらムキムキマッチョ好きのテキラにとってギュバンスは色男ではなかったのだ。
例えば「明るい髪色で目元にほくろがある」であったなら、テキラの答えは変わっていたかもしれない。残念なことだ。勿論、教える気はないが。
「この町の運び屋で、あと残っているのはカシスウェルだけだ!ベルク・カシスウェル、貴様のところにその2人組が来ただろう!?」
ここにきて、男はまた判断ミスをした。
ベルクはにんまりと目を細めて、とぼけた顔をした。
「いやぁ、『俺』のところには、そんな2人組の依頼は来てねぇな。すまねぇな、兄さん」
両手を広げて残念そうな顔をする。
その2人組はエルディアの客だ。ベルク・カシスウェルのところには来ていない。
「そんなはずはないだろう!この近所でも聞き込みをしたぞ!」
「確かに色男っぽいのは来たけど、一緒にいたのは嬢ちゃんみたいだったぜ?」
正しくは「嬢ちゃん」のように見える少年だが、ベルクはとぼけ続けた。
カシスウェルにとって重要なのは例の依頼状の任務を遂行することだ。
ベルクの行動はカシスウェルの仕事の邪魔をさせないというシンプルな方針によって決められている。
「娘…だと!?じゃあ、クリューの次男はどこへ行ったんだ!!」
まんまとベルクに躱されているとも知らずに、男はぎりぎりと奥歯をかみしめた。
ベルクは人好きのする顔で、男の肩をぽんぽんと叩いて慰める。
「まあまあ兄さん、落ち着けって。俺も一緒に探してやるからよ」
「!!…なかなかいい奴だな、貴様!」
根が単純なのであろう男に、ベルクが優しい目を向けた。
(これも勉強だと思え、若者よ!)
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