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「に、逃げたぞ!!」
エルディアとラスティに不審な目を向けて、注意深く様子を窺っていた男が声をあげた。
だが、一瞬遅い。
エルディアは大神殿の正面の大通りに飛び出し、トップスピードを保ったままドラコニスを西へ走らせる。
背後から男の怒声と馬の鳴き声が聞こえた。
(馬で追い付けると思ったら大間違いよ)
エルディアは唇を引き上げて、追っ手を引き離す。
初めてのスピードにラスティは振り落とされないようにエルディアの腰に回した手にぎゅっと力を込めた。
エルディアは、ちらりと背後を確認すると、商業街に入り込む脇道に車体を傾ける。
エルディアにしがみつくラスティの耳に、馬上で声をあげる追っ手の声が届いた。
「怪しい女だ、逃すな!!」
「恐らく、例の運び屋の男の関係者だ、必ず捕まえろ!!」
その内容から、エルディアを狙ってきたのではなく、たまたま見かけた女が調べている男の関係者の疑いがある、ということだろうと当たりをつける。
「義姉上とギュバンスの小細工が無意味だったわけじゃないな」
エルディアの背中にぴったりと密着したままラスティが判断した。
向こうの情報もまだ穴があるなら、躱せる余地は十分だ。
地面すれすれに車体を傾けて、裏道を走るエルディアはどこか楽しそうだ。
ストリートレースか何かだと思ってるのかもしれない。
(緊張感のないやつだな)
ドラコニスはラスティが思っていたより小回りが効き、微妙に馬が入りにくい道を選んで確実に追っ手を引き離していく。
そして商業街を抜けて西門近くの職人街に差し掛かる頃には、周りの運び屋に紛れ込むのに違和感がないほどに落ち着きを取り戻していった。スピードを落としたドラコニスは目立つことなく、自然に行き来する魔導車や馬車の流れに乗っている。
「王都の道、詳しいな?」
「最短ルートを使って最速でお届けするのが、カシスウェルの売りだからね」
とても正規の運び屋とは思えない荒い運転だったが、胸を張るエルディアが誇らしげなので、ラスティは肩をすくめてそれを指摘するのはやめておいた。
エルディアの技術で切り抜けたのは事実だ。
職人街を進み川沿いの裏道に出る。ラスティに指示された場所だ。
川沿いには石造りの建物や古い壁が並んでいる。荷車や木箱が乱雑に置かれ、いかにも職人街の裏手の搬入路といった様子だった。
ちょうど搬出入も落ち着いた時間なのか、人影もない。
ラスティは素早く周りに目を配ると、ドラコニスから飛び降りて、短くエルディアに命令した。
「あっち向いてろ」
「は?何でよ?」
「いいから、早く」
唐突な命令に反射的に言い返したが、さらに短く返されて渋々とラスティに背を向ける。
背後で小さな音が続けて響き、ラスティの声がかかる。
「もう、いいぞ」
「なんなのよ…って、これ…っ」
文句のひとつでも言ってやると振り返ったエルディアは、ぱっくりと開かれた石造りの入り口を目にして、あんぐりと口を開けた。
「まぬけ面を晒してないで、早く入れ!」
ラスティの声に我に返るとエルディアは慌ててドラコニスを押して入り口に入った。
ごん!!
鈍い音と共に入り口の扉が閉まった。
壁が上から落ちてくるような閉まり方だったが、多分扉だろう。
「こわ!!!」
一歩間違えたら潰されそうな仕掛けにエルディアは震えた。
ラスティは、エルディアの反応には目もくれず扉の周辺に目を走らせ、確実に閉じられたことを確認すると、長い息を吐いた。
「見られてもないし、ひとまずこれで良いだろ…」
扉に背中を預けるようにしてもたれ掛かるとエルディアを見上げて唇を引き上げた。
「ご苦労だった、上出来だ」
「それは、どうも」
雇い主からのお褒めの言葉にエルディアは慇懃に返事をすると、周りをぐるりと見回した。
「で、ここはどこ?」
古い造りだがしっかりしている。
転々と奥に続くランプは魔導ランプだろう。人に反応して薄く明かりが点る仕組みのようだった。
王都にこんな秘密の通路があるなんて驚きだ。
…と、同時に先程のラスティとのやり取りを思い出してエルディアは眉を寄せた。
「やっぱり、あたしが知ってたらまずいんでしょ?」
「扉の開き方を知らないんだ、ギリギリセーフだろ」
「あんたのお兄さんも、そう判断してくれるんでしょうね?」
入り口の開け方だけ秘匿して、エルディアはこの通路の全貌は知らないと言うつもりだろう。
だが、エルディアはいまいち不安を拭いきれない。
「兄上様はそんなに甘くないと思うけど?」
「問題ない。俺には甘い」
「…ブラコンどもめ」
安心して良いのか判断に迷う返事に、エルディアは天井を見上げた。
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