32
「でも…だとすると、ここもすぐ出た方がいいね」
ヴァラン公爵が思ったより迫っていることが分かった以上、王都は既に安全とは言い難い。
エルディアの判断にラスティは小さく頷き同意した。
「神殿と王城の繋がりが深いことはヴァラン公爵も理解している。ここにも人を配置してるはずだ」
ギュバンスがこの隠し部屋を知られるような下手を打つとは思ってないが、用心に越したことはない。
「今の俺を見て、すぐに王弟ラスティだと分かるやつは、ヴァラン側にはまだいない…」
取り繕うよう付いていた敬称もついに外して、ラスティはエルディアを見た。
「それにおまえのことも、まだ正確な人物像は共有されてないはずだ」
「なんで分かるのよ」
「義姉上は運び屋の代替わりまでは報告しなかったらしい」
再びヒラヒラとメモを振ってラスティが唇を引き上げた。
王妃とギュバンスの小賢しい情報の扱い方に性格が現れているようだ。
ラスティはそれに動じる様子もない。よほど親しいのだろう。
「…向こうは運び屋をおっさんだと思ってるわけね?」
「だろうな。さすが義姉上だ、性根が悪い」
「褒めてるの?」
当たり前だろうと、エルディアをきょとんと見返す。そのいかにも常識だという態度にエルディアは王族や貴族の独特な人間関係を感じ取って顔をひきつらせた。
「やっぱ、偉い人は分かんないわ…」
「頼りになって良いだろう?」
この話は平行線になりそうなので、エルディアは早々に切り上げる。
「まぁ、いいわ。とにかく、まだバレる可能性が低いうちにここから離れようってことね?」
「あぁ」
エルディアの確認を短く肯定して、ラスティは地図を取り出した。
「ここに向かえ」
「了解」
短いやり取りで行き先を確認する。
エルディアが頭の中で道筋を確認している間に、ラスティはギュバンスからの手紙を複雑な形に折り始めた。
完成したバラの栞のような紙細工を棚の上の布で包まれた絵画の中に忍ばせる。
「破ったり、燃やしたりじゃないんだ?」
「学者が数人掛かりでも解読できなかったんだ、必要ない」
どうやら検証まで終えてるらしい。
実用性のある暗号作りって面倒だな、とエルディアは自分の好きな物語と現実を比べて息を吐いた。
「折り方に法則があるんだ。手紙を読んだことと理解したことだけ伝わればいい」
絵画の上に置いた折り紙はギュバンスたちへの返事らしい。
「面倒くさ!!」
「人に知られないようにっていうことは、こういうことだ」
手順の多さと労力にうんざりした顔のエルディアに、ラスティは現実の厳しさを教えてやる。唇の端が引き上がり幼いながら、なかなかの悪女顔だ。
「あんた、その美少女顔であくどい顔するの、外ではやめなさいよ?」
「失礼だな」
不満そうな顔をしながら、ラスティは手順通りに隠し部屋を閉めて、その存在を隠す。
境目なくピタッと収まったそこは、ただの壁にしか見えない。
エルディアは最後に壁を撫でてみる。
―――それはやはりただの壁だった。
「行くぞ」
振り返るとラスティは既に小屋の扉に手を掛けている。
慌ててエルディアが後を追った。
入ったときと同じようにスルリと抜け出し、何食わぬ顔で鍵を外から閉める。
王族に必要な技術だとは到底思えないが、実に鮮やかだ。
エルディアの感心したような顔に気がつくと、ラスティは得意気に顎をあげた。
「兄上はもっと早いぞ」
「……いらないのよ、その情報」
これ以上聞いてしまったら、実際に対面したときに突っ込んでしまいそうで恐ろしい。
なるべく聞かなかったことにして、エルディアは愛車に向かう。
とん、と一歩踏み出した瞬間、突き刺さるような違和感にエルディアの体が反応した。
(…見られてる)
様子を窺われている、という感じだろうか。
エルディアはラスティの手を引いた。仲の良い姉妹のような気安さで、ヘッドスカーフを直してやる。
「…?」
「見られてるよ。むこうも確証はないみたいだけど」
耳元でにこやかに囁く。
「…早いな」
「優秀ね。お友達になりたいくらいだよ」
姉妹の他愛のない会話に見えるように気を遣いながら、エルディアはラスティをドラコニスにひょいと乗せると、素早く自分もまたがった。
そして、勢いよくエンジンを回すと最高速度で飛び出す。
「しっかり捕まって!!」
やはり商売道具とはいえ魔導二輪を乗り回す女は数少ない。というより、女の運び屋というのがまず珍しい。
それなりにニコラとギュバンスの小細工は効いたのだろうが、相手の情報収集能力も流石ということだろう。
疑われた時点でクロだと思われてると考えた方がいい。
エルディアは舌打ちしながら、猛スピードでドラコニスを走らせた。
そして、目的地に向かう最短経路の中から確実に追っ手を振りきれるルートを弾き出す。
地下水路に到着する前に追っ手を巻く。
秘密の通路に潜り込めば見つかることもない。
「飛ばすよ、振り落とされないでね!」
エルディアは好戦的に目を細めて唇を舐めた。
いつも読んでくださり、本当にありがとうございます。
もし「面白い」「続きが気になる」と思ってくださったら、ページ下部にある【ブックマークに追加】や、評価の【☆☆☆☆☆】から応援していただけると、毎日の執筆の励みになります。よろしくお願いします。




