119 幕間⑦
フリップ・デ・ホーセズは長く続く名門ホーセズ公爵家の嫡男だ。
父も遡れば王族の血を引き、母は先王マーヴァルドの妹である。
その上、姉は若き国王オルディス・ベルノ・ライヴィスキの妻となった。
サラブレッド中のサラブレッド。
そんな彼は16歳である。
当然、学生として王立の学園に通っていた。
週末の休日には友人たちと遠駆けでもしようか、それとも町で買い物でも楽しもうか。そう予定を話し合っていたところだった。
「……姉上からの呼び出しなんて、嫌な予感しかしないよ」
フリップは手元の書状に目を落とすと大きく息を吐いた。
王宮から来た案内の使者に続いて歩いていくと、ニコラの待つガゼボが見えてきた。
静かに一礼して使者が去っていく。
ニコラの明るい声がフリップを出迎えた。
「いらっしゃい、フリップ! 待っていたわ」
美しい花を一望できる場所に置かれたテーブルの上には色とりどりのスイーツが並び、何とも華やかだ。
姉のニコラはいかにもそういうものを好みそうな、純真可憐で砂糖菓子のようにふわふわして見える女性だが、フリップにとっては悪魔の使いのような存在だ。
「お久しぶりです、姉上……そして、オルディス陛下」
(聞いてない! 聞いてないよ、姉上!!)
国王であるオルディスが同席するなら初めにちゃんと伝えておいて欲しい。
それは間違いなく一般的な要求だろう。
少し離れた場所でオルディスの護衛騎士ギュバンス・ド・クリューが苦笑しているのが見えた。フリップはギュバンスにも、軽く頭を下げる。
彼もよくこの国王夫妻に振り回されていることを知っているフリップは、一方的に親近感を感じていた。
「今日はね、あなたにそろそろ心の準備をしてもらいたくて声をかけたのよ」
切り出されたニコラの言葉を聞いてフリップに緊張が走る。
それは急に聞かされた話ではない。密やかに、しかし着実に計画されていたことだった。
「では、いよいよ父上が……?」
「ええ。ラスティの居場所をついに突き止めてしまったわ」
「やはり、思い止まってはくださらなかったんですね……」
フリップは天を見上げて目を閉じた。
ニコラは微笑みながらそんな弟を見つめた。
「王弟殿下の暗殺計画は反逆罪よ。許されないわ」
「表沙汰にしない方法は、あったはずです」
「オルディス陛下の前でそんなことを言うなんて、あなたも大胆ね?」
姉の言う通りだ。
既にこの場に国王が同席している以上、そういう画策をする段階はとうに過ぎている。
もっとも、姉は初めから父を止める気もなかったようだが。
「父の……公爵の乱心をお許しいただけることに感謝いたします」
「ヴァランは父の代からよく務めてくれた男だからね? 君の言う通り、私も表沙汰にはしたくないんだよ」
オルディスが優しくフリップに語り掛けた。
フリップは黙って頭を下げる。
「公爵家の名に傷をつけずに、世代交代をしてもらうよ」
「お任せいたします」
避けられないことなのだろうが、若輩者の胃には堪える。
軽く鳩尾のあたりを押さえるとギュバンスが気の毒そうな顔をした。
「あんまり重々しく追い詰めたら、フリップも倒れちゃうわよ?」
「あら! 公爵家の嫡男ともあろうものが父親を引きずり下ろすくらいで胃痛を起こしてたらやってけないわよ?」
「だれもかれもが王妃殿下みたいに鉄の心臓ではないのよ?」
恐らくこの場で唯一の味方だろう。
フリップはすがるようにギュバンスを見たが、残念ながらギュバンスができる援護もここまでだった。
「あまり重く考えなくていい。そもそもの目的はヴァランに私を認めさせることだからね?」
「ですが、姉の言う通り王族であるラスティ殿下を害するような行いを見逃すことはできないと思いますが……」
「フリップはニコラとは違う意味で公爵によく似ているね?」
謀略・策略に全てをかけているような父や姉と比べられることはあっても、父に似ていると評されることのないフリップは、思わず眉をひそめた。
「そうでしょうか……?」
「ああ。とても生真面目だ」
ますますフリップは顔をしかめた。
はっきり言うなら不本意だ。それを口にするのは憚られたので押し黙ることでやり過ごす。
「そういうところも、よく似ているよ?」
「まあ! オルディス様はわたくしよりフリップの方が父に似てるとおっしゃるの?」
ニコラは父親を陥れようとしていると同時に、手本にすべき政治家として尊敬するという両面を併せ持っていた。フリップからしたら意味の分からない拗らせ方だが、好きと嫌いを自分の中で両立させる特殊な感性のありようが父と姉はよく似ていた。
だからフリップの方が父に似ているというオルディスの言葉が気に入らなかったのだろう。……「フリップの方が」とは言ってないのだが。
「わたしは姉や父ほど歪んでおりません」
「ふっ……。頑固で生真面目なところはよく似ていると思うよ?」
「……」
フリップは今度もまた黙ることでやり過ごす。
全く納得していないことは隠す気がないらしい態度にオルディスはまた笑った。
「ヴァランには療養が必要だ。お疲れもたまっているようだからね?」
「それが理由になりますか? 私では公爵家を代表するにはあまりにも若すぎます」
「もちろん、しばらくはヴァランに後見についてもらう予定だ。ただし、正式な当主の座は少し早めに君に譲ってもらうというだけだよ」
ここまではっきりと宣言するからには計画通り根回しが済んだということだろう。
最終段階ではフリップが自ら采配を取る必要がある。姉が家門の重鎮たちをどう説得したのかはこのあと聞かされることになるに違いない。
(……僕はもう少し普通の16歳を楽しみたかったなぁ)
歴史ある家の嫡男として生まれた以上、ある程度の覚悟をもって生きてきたという自負はある。
それにしても……。
「無茶が過ぎるよ、姉上……」
フリップは痛む胃に手を添えて、大きく息を吐いた。
第7章完結です。
明日から8章になります。いよいよ竜にご対面です。
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