103 幕間⑥
土日は3話公開です。
「振りきられた……だと?」
執務室で報告を受けたヴァラン・デ・ホーセズは、片眉を僅かに上げて不快感を露わにした。
報告した男の背筋に冷たいものが伝う。
「申し訳ございません……」
ヴァランは下げられた男の頭を感情のこもらない目で眺め、作業の手を止めた。
処理していた書類を脇に寄せると、ゆっくり手を組み顎を乗せる。
そして、もう一度男を見つめた。
「謝罪は不要だ。報告をしろ」
「……はっ」
ヴァランはじっと目を閉じて、報告に耳を傾ける。そして聞き終えると苦い息を吐いた。
「公爵家の精鋭がなんたる失態だ」
「面目ございません」
「まあ、いい。ニコラの情報にも曖昧な点があったことは事実だ。ゼラックで聞き込みを続けて、行き先を探れ」
ヴァランはそう命じると、部下を退室させた。
部屋に静寂が落ちる。
「若造とはいえ、ニコラでは荷が重かったか……」
ヴァランの脳裏に浮かぶのは、若き国王オルディス・ベルノ・ライヴィスキだ。
「マーヴァルドが死んだときは、あんな若造など取るに足らぬと思ったが……」
亡くなった先王マーヴァルド・ベルノ・ライヴィスキを思い出してさらに眉間のしわを深くする。
ヴァランはその才能を遺憾なく発揮し、王の片腕としてマーヴァルドを支えた。世間からは名実ともに忠臣であると評された男だ。
「死んでくれて清々したと言うのに……」
だが、執務室で1人呟くその言葉はとても忠義の厚い家臣とは思えない発言だった。
「誰が、あんな男を好き好んで支えるものか……」
誰1人いない部屋は、ヴァランのうっ積した感情の受け皿だ。
拳を握りしめ、誰にも聞かれていないことを知った上で悪態をつく。
太陽のようなあの男が心底嫌いだった。散り際すら鮮やかだったことが余計に癇に障った。
「あの男が愛したこの国を丸ごと私のものにしてやる……」
それは誰にも明かしたことのない本心だ。誰よりも鬱陶しく面倒だったマーヴァルドはことあるごとにヴァランに告げていた。
『俺はこの国を愛している。もし、俺のやりようで国が傷つくようなことがあると判断したなら、おまえの意思で止めてくれ』
(……勝手なことばかり言いおって)
そんな馬鹿な命令があってたまるか、と強く反発した。同時に、ならば望み通りにしてやるという気持ちが胸にのし掛かり、何度葛藤したか数えきれない。
マーヴァルドの妹を娶ったとき。
娘が生まれたとき。
娘を王太子だったオルディスの婚約者に据えたとき。
――マーヴァルドが……死んだとき。
「ニコラが跡継ぎを産めば、その子どもは次の王だ。孫であればオルディス殿下を傀儡にするより遥かにやりやすい」
トントンとリズムを取るように、指先でデスクを叩いた。
国を混乱させるのは本意ではない。
静かに確実に実権を手にする方法を練っていたのだ。
「それなのに……竜騎士だと?」
降って湧いた御伽話をオルディスもヴァランも信じていなかった。
オルディスはもっともらしく加護をでっち上げようとしていたし、ヴァランはその無理筋を咎めて引きずり落とそうと考えていた。
「ラスティ殿下のやり方は無茶苦茶だ」
真偽の怪しい伝承に賭けて体を張るなど馬鹿げている。本当に御伽話であれば愚か者として切り捨て、オルディスにも汚点をつけられたものを。
「ああいう不確かなチャンスをものにするあたりも、ヤツに似て忌々しいやつらだ」
大嫌いだった男とその息子たちを同時に思い浮かべて、グッと眉を寄せた。
1人で考え込んでいる間、苦り切った顔が緩むことは一度もなかった。
――
「今頃、お父様はわたくしの不甲斐なさを嘆いている頃だわ」
「そうかな? そんなことないんじゃない?」
ニコラはオルディスの執務室でゆったりとティーカップに口をつけた。
微笑みながら相槌を打つオルディスは、ニコラを優しく見つめている。
その目を正面から見返して、ニコラは眉を寄せて首を振った。
「どうせ、お父様は『女のやることだ、こんなもんか』とか思って失望していらっしゃるわ」
「手厳しいな、ニコラは」
「自分の娘と自分が似てるなんて、これっぽっちも考えてないのだもの」
カップを片手に、唇を尖らせる様子は年相応の若い娘らしさがある。
「王妃殿下、オルディスの執務中に押し掛けて来て、お父様の愚痴をこぼすのはやめて頂戴?」
言っても無駄だと思いつつ、控えていたギュバンスは苦言を呈した。
そして案の定、黙殺される。
「お父様がわたくしたちを若造と侮ってる以上、必ず手落ちがあるわ」
「そんなに簡単な方ではないと思うけど?」
「いいえ! 根本的には簡単な方なのですわ!!」
力強くニコラが宣言した。
オルディスは既に何度も聞いた妻の言い分を苦笑して見守る。
ギュバンスはそっと聞かなかったことにする準備をした。
「先王マーヴァルド陛下を好きすぎて拗らせているだけなんですもの!」
もしもここにエルディアがいたなら、その独特すぎる相関図にうへぇと顔をしかめただろう。
だが、生憎ここには高貴な方しか揃っていなかったので、話はそのまま別の話題に移っていったのだった。
6章はこれで完結です。いよいよ竜とのご対面が始まりますよ。
あと、もちろんラブも進んでいきますよ。(遅!!)
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「王家の運び屋」メモ:
マーヴァルド・ベルノ・ライヴィスキ(ライヴィスキ国の先王)
・カクテルは「マンハッタン」
・ライ・ウイスキー、スイートベルモット、アンゴスチュラ・ビターズ
・オルディスとラスティの父親
・楽天家で人たらしで太陽のような人だった
・病死
・カクテル言葉は「敬愛」
ルイージア・デ・ホーセズ(ルイージア・ベルノ・ライヴィスキ)(先王の妹)
・カクテルは「ルイジアナ」
・ライ・ウイスキー、スイートベルモット、ベネディクティン、アブサン、ペショー・ビターズ、レモンピール
・ヴァランの妻
・儚くて美しい人
・病死
・カクテル言葉 特になし
※カクテルのレシピ・カクテル言葉には諸説あります。




