10
「まあ、いいわ。とりあえず出発は明日の朝にしましょ」
エルディアがそう告げる。
とくに異存はないので、ラスティとギュバンスは頷いて見せる。
「それと、あんたはお坊ちゃまと一緒に王城に帰った。そう見えるように帰ってね」
「分かったわ。できるだけラスティと一緒に動いているように見えるようにしておくわ」
ギュバンスはエルディアの指示に応じてみせると、ラスティに向き直った。
その目をじっと見つめて、静かに口を開く。
「あとはお願いね、ラス。私はオルディに報告しに戻るわ」
「分かった。兄上に問題なく進んでいると伝えておいてくれ」
ラスティが竜騎士になるところまで見届ける予定だったが、ここはカシスウェルに預けるしかなさそうだ。
完全に信用したわけではないが、家業や家訓に対して恐ろしく忠実なのは間違いない。
であれば王家との旧い約束とやらも誠実にこなしてくれるだろう。
(人柄はともかく、仕事は間違いなさそうなのよね…)
職人によくみられる自分の仕事にプライドを持っているタイプのように見えた。
そういう人間は信用できるというギュバンス自身の価値観と照らし合わせての判断だった。
「ギィ…大丈夫だ」
ラスティがギュバンスの顔を見て笑った。
ギュバンスは懐かしい呼び方に目を細めた。
「懐かしいわね。そんな風に呼ばれるのは久しぶりじゃないかしら」
「次に会うときには、俺は竜騎士になっている。そう兄上にも伝えておいてくれ」
「分かったわ。かわいらしい格好でもかっこいいわよ」
片目をつぶると、ラスティは嫌そうに顔をしかめた。
小さく笑うと、エルディアに向き直る。
「お願いするわね」
「…分かった。あたしは一度引き受けた仕事は必ずやり遂げる質だから安心して」
ギュバンスの目がちゃんとエルディアに任せるつもりでいることを読み取って、エルディアは強く宣言した。
「ちゃーんと、竜のところに運んであげるわ」
「うちのラスティは繊細なお坊ちゃまなんだから、そこは忘れないで『丁寧』によ!」
最後に念のため釘を刺しておく。
エルディアは肩をすくめて、ラスティに視線をやった。
「あんたんとこの護衛は過保護ね」
「王族に仕える者としては普通だ。おまえも心がけろ」
すました顔で答えるラスティにギュバンスは苦笑した。
初対面からやられっぱなしだったので心配していたが、その心配もなさそうだ。
扱いにくそうな運び屋にも順応し始めている。
「かわいくなーい」
「かわいくなくて結構だ!」
放っておくと言い争い始めるのは心配だが、気を使いすぎてストレスを溜め込むよりましだろう。
「じゃあ、私はこれで戻るわ」
「オッケー。良かったら、こいつも持って行って?」
大雑把に丸めた毛布にラスティが着ていた服を着せている。
恐ろしく雑な替え玉だ。
ギュバンスが声を上げて笑った。
「あら、いやだ!これを持って帰ったら、ラスティは着替えがワンピース一択じゃない」
「旅の間は使う予定もないし、ちょうどいいでしょ」
「いや、おまえ、刺客を舐めすぎだろう!そんなんで騙されるか!!」
ワンピース一択を避けたいラスティが服を取り返そうとしたが、それより先にギュバンスがその替え玉を抱き上げた。
「ま、通用するかどうかは私の演技力次第ね?」
恭しく人形とも言えない丸まった毛布を抱えてみせた。
うまくいきそうな、いかなさそうなシュールな絵面だ。
「頑張って!あんた次第よ!」
「ふふ。任せなさい」
なぜかノリノリで話を進めるエルディアとギュバンスの前に、ラスティの儚い願いはあっさり潰された。
今後、ワンピース一択の生活が始まったのだった。
ラスティ(仮)を連れてギュバンスが王城へ戻って行くのを見送り、エルディアはラスティを振り返った。
「そうと決まったら明日に備えて、もう寝る準備でもしましょ」
ベルクが明日からの旅に必要なものを用意してくれている。
なので、それはそっちに任せることにした。
「おや、うちの孫娘の服はこの子に着せたのかい?小僧かと思ったら、嬢ちゃんだったんだね」
ラスティを連れて2階に上がろうとしたところで、テキラに捕まる。
テキラはラスティを眺めると、鼻を鳴らした。
「うちの天使には及ばないが、まあまあ似合っているじゃないか」
「可愛いお嬢ちゃんでしょ?」
口を開けば悪口しか言わないテキラからのお墨付きにエルディアはにんまりと口角を上げた。ラスティの不満そうな顔を敢えて無視する。
「ああ、あんたのちっさい時の100倍可愛いね!」
「はぁぁ!?余計なお世話だっつーの」
こめかみに青筋を立てて怒りを堪えていたラスティは、続く会話に唇を引き上げた。
即座に明るい声を出す。
「ありがとう、おばさん!」
「あらまぁ!本当にかわいらしいじゃないかい!」
一番かわいらしく見える天使のような笑顔でテキラに礼を告げると、テキラが珍しく目元を緩めて頭を撫でた。
それを確認して、ラスティはエルディアに勝ち誇った顔を向けた。
「かわいくない!!」
舌を出すラスティを引きずるように2階に上がる。
わずかな間にすっかりふてぶてしくなったラスティに憤慨しながら、ワンピースをはぎとって、とっとと寝巻きに着替えさせる。
「おい、こら!なにしてんだ!!」
「うっさいな。もう僕ちゃんはおねんねの時間よ」
強引にベッドに押し込むと、嫌がるラスティにカシスウェルの子守唄を無理やり聞かせて眠らせた。
「寝れるか!!」
「寝なさい!!」
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