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春の風夏の桜  作者: かずや


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9/27

水着


 ——待ち合わせ駅前、一時間前


 優馬は胸の高鳴りが収まらず、昨晩は眠れなかった。

 先輩の、夏乃桜の水着を選ぶ。

 その行為がいかにハードル高い事か、時間が経って更にその高さを実感してきているのだ。

 惹かれてはいるが、お付き合いも想いも伝えてない。

 言わば学年が違う先輩後輩なだけ。

 図書室で二人きりよりもドキドキしていた。

 結局、散々検索したのに頭には何も残っていない。

 頭の中では着せ替えをしていたが、恥ずかしさに悶え苦しみ考えるのを辞めた時には朝だったのだ。


「はぁ……どうしたらいいんだ」

 プランがまるで立たない。

 優馬のキャパシティはとうに決壊していた。

 意味なく一時間前に待ち合わせ場所に着いたところで、緊張感高まっていくだけなのだ。

 心を落ち着けたい。

 その気持ちとは裏腹に迫る待ち合わせ時間が、優馬の精神を削っていく。


「だーれだ」

 不意に視界が暗くなる、こんな事をするのは世界でただ一人しか居ない。

「せ、先輩……」

 ふっと視界が広がり、中心にあどけなく笑う夏乃が居た。

 眩しすぎる笑顔に脳が焼かれる。

 ここからその夏乃の水着を選ぶなんて出来そうに無かった。

「せ、先輩……やっぱりまた今度とか……」

「だめ」

 あっさり逃げ道は封じられた。

「だって春風君が言い出したんだもん、責任取って貰わなきゃ」

 優馬には拒否する選択肢等無かった。


「それにしても早いね、まだ一時間前だよ?」

「いや、それは……と言うか先輩だって」

「ふふっ、楽しみで早く来ちゃった」

 本当に良い笑顔を見せる、優馬はその顔を見てようやく腹を括った。

「……早いけど、行きましょう!」

「お、覚悟を決めたね?じゃあ行こっ!」

 二人の関係性はただの先輩後輩、今はそれでいい。

 この瞬間が続くなら今は他に何も要らなかった。


 電車を乗り継ぎ県内でも有数の商業駅まで移動する。

 電車内の会話は「楽しかった」しか覚えてない、腹は括れど緊張は別だ。

 話していればあっという間に着いた。

「こっちこっち」

 不意に手を引かれ連れられていく。

 先輩の手は温かく柔らかい。

 更に緊張が高まるし、どこか落ち着く。

 連れられて来たのは中高生御用達のアパレルショップ、リーズナブルながら質が良くデザインに幅がある……と言う検索で見た事前情報が浮かんだ。

 (勉強するって記憶を呼び覚ますって事なんだ)

 優馬は自分でもよく分からない事を思っていた。

「えっと……あ、あそこのコーナーだね」

 夏乃が指差した一角は広々と夏を思わせる特設スペースになっている、水着だけでなく羽織る物や小物も充実している。

 優馬はその夏をイメージさせるスペースを遠目で見て戸惑う。

「先輩……」

「ん?どうしたの?」

「女の人しか居ませんよあそこ」

 優馬から見える限り女性しか見当たらない、客もスタッフも。

 あそこに行かなければならないのか?と目を疑う。

「ほら、覚悟決めたんでしょ!いくわよ〜」

 返事は聞かれなかった。


「あ!コレも可愛い」

 夏乃は上機嫌に水着を選んでいく、どれもビキニタイプを手に持つのでヒヤヒヤしてしまう。

 優馬は思い切って聞いてみた。

「先輩は……その、ビキニが良いんですか?」

「え?……ふふふ、じゃあ春風君のおススメは〜?」

 唐突に振られて慌ててしまう。

 だがいつまでも慌ててしまってても進まない、意を決して似合いそうな物をおずおずと選んでみる。

「こ、これとか……」

 シンプルに、白いフリルが付いたビキニを指す。

「なるほど、春風君はこういうのが好きなんだ?ふ〜ん」

 こっちの顔を見て考えるのはやめてほしい。

 クスクスと笑いながら「試着してくるね」と言った。

 サラッと言われたが試着した姿を今から見るのか?その前に試着室前で一人待つのか?どうしようと頭が混乱していく。

 そんな優馬をお構い無しに引き連れスタッフに試着室の利用を告げ、軽やかに入ってしまう。

 取り残された優馬は迷子の子供のように立ち尽くす。

 シュルシュルと夏乃からの衣擦れ音が、心臓を早く動かす。

 (今……ここで着替えて……)

 優馬は頭を振り何か気を逸らす物が無いかを探す。

 右を見れば水着ゾーン、左を見れば女性服のゾーン。

 どちらもジッと見つめるのも変な気がして悶える。

 通りがかる人も女性客、同年代に近い人からお姉さんまで。

 非常に男として、いたたまれない時間を過ごす。


「春香君」

「は、はい!」

 カーテン越しに呼ばれ声が上擦る。

「おまたせ」

 その声と共にカーテンが勢いよく開けられた。

 心の準備の時間なんて無い、目の前に突然天使が現れたのだ。

 選んだ水着の白とは違う日焼けを知らない白い肌、服の上からでは分からなかった胸の膨らみ、くびれた腰からスラリと伸びる綺麗な脚。

 可愛いよりは美しい寄りな気がした。

 優馬は驚く程、冷静になっていた。

 おそらく緊張やら恥ずかしさが一回りしたのだろう、ただ目の前の夏乃の美しさに目を奪われていた。

「……ちょっとー何か言ってよ〜」

 夏乃からの言葉にハッとする。

「綺麗……です……」

 絞り出した言葉、それに対して夏乃は……

「……ふふ、嬉しい」

 柔らかな笑みを見せてくれた、間違いでは無かったようだ。

 しかし、夏乃の笑顔によく似合う水着だ。

 麦わら帽子なんかも合わせたら、良いとこのご令嬢みたいになるんじゃないか。

 そう思った優馬は側に有った麦わら帽子を取り、夏乃に渡してみる。

「ん?これも?どうかな」

 麦わら帽子を被ってポーズを取ってくれた。

 忖度無しに雰囲気がマッチしてて、ずっと見ていられる。

「もう、春風君見過ぎよ〜さすがに恥ずかしくなっちゃう」

「いや、本当に……綺麗です」

 感情は渦巻いてるが言葉にならない。

 夏をテーマにした絵画に出てきそうな、美しいお姉さんだった。

「そんなに良かったの?じゃあこれにしよ!」

「え?」

 確かに似合っているが、優馬が選んだ一着だけで決めていいのだろうか?

 

「先輩他にも可愛いって選んでたんじゃ……」

「君が見惚れてくれたからね」


 そう言われたら反対は出来なかった。


 結局、麦わら帽子も一緒に購入した。

 支払いで少し揉めたが「先輩権限」を行使されたら優馬には抗えない。

 この後の昼食は絶対に自分が持つと念押しして身を引いた。

 

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