夏の始まり
——夏休み
優馬は制服を来て朝一に自宅を出る。
親からは頭を打ったのか?と心配までされている。
周りは関係ない、自分が行きたいから行くだけ。
学校内に入れば運動部が活発に動き回る。
クラスメイトも何人か居るし、何故お前が居るんだ?と不思議な顔もされた。
一人の女性に会いに来ていると知られれば、追求もされるだろう。
もしかしたら噂ぐらいは流れてるかもしれない。
「春風優馬は三年の先輩と逢引きしてる」なんて噂が。
それでも構わなかった、そのぐらいで止められない衝動で動いている。
校舎を上がり図書室に入る、図書委員は完全に見守りモードだ。
おそらく「そんな二人」と認知されて、静かに優しく見守ってくれている。
そんな感じがした。
図書室一番奥の席、少し死角になって二人の空間になる特別指定席……
夏乃桜は変わらずに本を読み、春風優馬を待つ。
これが二人の夏休みの始まりだった。
「おはよう、春風君」
「おはようございます先輩」
(やっぱり綺麗だ……)
未だ慣れない明るく笑う顔も、ミステリアスな空気も、知的な一面も全てが優馬の心を掴んで離さない。
「勉強……しないの?」
ぼーっと惚けていた優馬は我に返り、勉強道具を広げる。
基本的には夏乃は本を読みながら優馬を勉強指導し、優馬は夏乃を伺いながら問題集を解き進める。
そんな図書室の時間だった。
お喋りは一息ついてからで黙っている時間の方が長い。
それで良いと思っている。
同じ空間で同じ時を共有している感覚が、優馬には堪らなく嬉しかったし、夏乃も静かに楽しそうだった。
図書室の開放は昼までなので、名一杯時を静かに楽しむ。
勉強も苦にならない時間の流れ、夏乃が居るだけで違った。
しかし、楽しい時はあっという間に終わりを告げる。
昼になり図書室は閉めの準備に追われだす。
「今日はここまでだね……ね、お昼食べて行かない?」
「先輩が良いなら是非」
本当ならスマートに誘うのが良い男なんだろうな、と少し思ってしまう。
だが余裕が無い自分に恨み節をぶつける。
「ふふ、じゃあいこっか」
「はい!」
荷物を纏めて学校を後にする。
夏本番始まったばかりの太陽が真上から容赦無い。
「ふぅ、先輩大丈夫ですか?」
「さすがに暑いけど……ねぇ?春風君日焼け止め塗ってる?」
「え?いや特には……」
「もう、ダメよ火傷なんだから……ハイ!」
夏乃は取り出したクリームを手のひらに広げて、優馬の肌に塗り込んできた。
いきなりの事に固まってしまう。
「……どうしたの?」
どうしたのも何も夏乃の小さなスベスベの手が肌に触れ合っている。
ドキドキが止まらない。
「ほーらちゃんと塗って……あ、顔も」
「あ!顔は自分でやりますから!」
「そお?じゃ手出して〜」
顔まで触られ様ものならオーバーヒートして、脳が使い物にならなくなる。
大人しく手にクリームを貰い自分で塗り広げる。
少しだけ、少しだけ惜しい気持ちを塗り隠す様に。
「ほら!あそこ新しく出来たお店!」
夏乃はしっかり日焼け止めを塗った優馬に頷いて、店に走り出す。
その後を優馬は苦笑しながら追いついた。
「楽しい」を形にしながら夏乃は笑いかけてくれる。
「嬉しい」で優馬はそれに応えようとしている。
それが二人の認識で間違いないと優馬は感じていた。
お昼に選ばれたお店で一息吐きながら、図書室では抑えていたお喋りが広がっていく。
「先輩、来週海に……行きませんか?」
優馬は勇気を出して夏乃を誘った。
何気に初めての優馬からの誘いだった。
夏乃は少しびっくりした顔をしたが「うん!」と嬉しそうに答えた。
「ふふ、ようやく春風君から誘ってくれたね」
「うぐ!……すいません」
「良いのよ、凄く嬉しい……でも海か〜」
何かマズイ提案だったか?と不安になる。
「水着買わなきゃなって」
「……ほっ、そんな事か」
「そんな事とは聞き逃せないわよ?……じゃあ明日時間ある?」
明日の時間とは?優馬はピンと来てないが予定は無い。
「明日は別に大丈夫ですけど?」
「んふふ、じゃあ水着を選びに行くわよ」
「……ん?」
水着を選ぶ?誰の?と頭の中一周回って着地する。
(先輩の水着を選ぶってことか……?)
「え?俺が選ぶんですか!?」
「大事な事を任せるわよ?明日は覚悟してね」
普段隠れた夏乃の身体を際立たせる水着を選ぶなんて、そんな事出来るのだろうか。
優馬はまだイマイチ事の重大さを理解しきれないままだった。
——帰宅後
優馬は検索に勤しんでいた。
「水着 流行り」「水着 種類」「水着 女性」
調べれば調べるほど恥ずかしくなっていく。
優馬も高校二年の男子、女性の身体に興味が無い訳じゃ無い。
夏服から見る夏乃の身体の凹凸は標準的だと思われる。
しかし、あくまでイメージでありイメージが男子高校生にとって刺激の強いものである。
頭がクラクラしてくる。
アクセサリーを選ぶとかでは無い話に現実感が追いつかない。
そもそもファッションセンスがある方とは言えないので、普段夏乃に会う緊張感を遥かに上回る。
「あれ〜……なんでこんな事に?」
海に誘う勇気にリソースを使いすぎていたのか、思わぬ方向で悶えるのは予想外だ。
ベッドの上でバタバタと悶えながら翌日の水着選びにヤキモキする優馬であった。




