海
——「楽しみだね」
朝、始発に近い時間の駅のホーム。
麦わら帽子を被り、夏に良く合う薄い水色をしたワンピースで笑いかける。
夏乃と優馬、海に向かう日だった。
まだ陽が登りきってない朝方に、少しでも長く居れるように始発の時間で待ち合わせた。
優馬は数日前の水着選びからずっと、水着姿の夏乃が離れなかった。
海に行けばより映える姿になるだろう。
眠れなかった夜を知ってか知らずか、夏乃はご機嫌な様子で話しかけてくる。
なんて眩しいのか。
優馬は幸せの時間を過ごしている、そう自覚していた。
朝の始発電車は海に向かう事もあり、夏休みからか思ったより人が居た。
「皆同じ海に向かうのかな?なんだか面白いよね」
思いは優馬も同じだった、皆が同じ気持ちで同じ行動をする。
不思議なものに見えた。
夏乃は窓に見え出した海岸を見て「わぁ」と小さく声を上げた。
優馬も釣られて「わぁ」と声が漏れ、二人で笑う。
まだ海が見えただけなのに楽しい。
駅に着いたが、まだ駅前の店なんかはやっていない。
一時間もすれば開き出すようなので、すぐに海に向かう事にした。
更衣室も時間では無いから、海岸を少し歩くだけ。
人もまばらで気持ち良い光景が広がる。
これが昼に近くなるにつれ、人で埋まってくるだろう。
ザァと波が打ち寄せて海に帰っていく。
夏乃と優馬は靴を脱ぎ波を感じながら、歩いていく。
「ふふ、なんだか泳がなくても良い雰囲気ね」
「え、それは……」
「ん?水着が見れなくて残念なの?」
図星ではある。
「いや、そう……ですけど、折角来たなら」
「大丈夫よ〜早く更衣室開く時間こないかなぁ〜」
「そうだ、場所取っとかないと」
そのまま二人で海岸を歩いて戻っていく。
太陽の反射が夏乃を更に輝かせているようだった。
時間が来て海の家も開き、まだそこまで混雑もしていない内にパラソルを借りて場所を確保した。
更衣室には先に夏乃が行っている。
待っている間に荷物を見て、海を見て。
「凄い夏を感じるな……」
高校二年の夏、来年はもう遊ぶ事がきっと難しいかもしれない。
優馬自身特に強く行きたい道が定まってなくて、とりあえず進学の予定だが、それなりに勉強はしなくてはならない。
少し憂鬱に海を眺めた。
「お待たせ」
その声の方を見る、そして優馬は固まる。
海をバックに綺麗な身体を晒した夏乃、海からの反射光が白い肌を満遍なく照らす。
ロケーションでこんなにも変わるのかと心臓が高鳴る。
「凄い……綺麗です、海をバックにすると本当」
「うふふ、ありがとうね」
少し照れたのか夏乃は麦わら帽子で顔を隠すように、深く被り出す。
「ほら、更衣室行っといで。荷物を見ておくから」
「はい……」
夏乃は着痩せするのか、水着になると強調される部分が想像以上に見える。
どうしても目が離せなくなる……
「春風君?どうしたの?」
「あ!いや!行ってきます!」
身体に見惚れてましたなんて言えない。
優馬は慌てて更衣室に向かって行った。
着替えて夏乃の所に戻ると日焼け止めを塗っている最中だった。
「あ、ちょうど良かった〜ね?塗ってくれる?」
「……ん?」
日焼け止めを塗る、優馬が夏乃に。
それは良いのだろうか?と変に冷静になっている。
「背中が届かないの〜……ほら、海に来た男女の定番でしょ?」
イタズラっぽく、でも蠱惑的な顔で日焼け止めを渡される。
夏乃はうつ伏せになり、有無を言わせず待ちの態勢を取ってしまった。
「せ、先輩、いや、でも」
「はやく〜焼けちゃう〜」
「は、ハイ」
優馬は意を決して日焼け止めを夏乃の背中に垂らした。
「んっ……」
漏れる声が優馬の顔を熱くさせる。
手を振るわせながら夏乃の絹のような柔肌に塗り込んでいく。
無心であろうとすればする程、背中の滑らかさや骨の在り方を感じてしまう。
「……恥ずかしく無い訳じゃないからね」
ふと優馬に向けられた言葉と、夏乃の日焼けでは無い真っ赤な耳。
自分だけが悶えてる訳じゃ無いと、何か共有した事が嬉しくなった。
「ありがとう、はい交代」
「え?」
「え?じゃないわよ〜」
夏乃に押し倒されひっくり返される。
「わ、春風君筋肉柔らかいのね〜見た目はガッチリしてるのに〜アスリートかな?」
喋りながら背中に日焼け止めを塗ってくる夏乃が、楽しそうに面白そうに筋肉をなぞる。
(こ、これはまずい……)
妙な快感に目覚める前に優馬は夏乃の手を握った。
「せ、先輩海行きましょう!」
夏乃は微笑み「じゃあ連れてって」と手を優馬に委ねた。
優馬は手も柔らかい夏乃を引いて海に向かった。
日焼け止めはしているが、既に顔は赤い。
今年の夏は異常に暑いなと思った。
海に入ってしまえば精神年齢が少し下がる。
最初は波を感じる程度が、夏乃に水をかけられてやり返す。
そこからは子供だった。
笑いながら水をかけ、ちょっと海に潜ったり、足を取られて転んだり。
二人ではしゃぎあった。
(懐かしいな……)
ふと優馬がそんな風に思った。
この誰かと遊ぶ感覚、夏乃の笑顔に懐かしさを感じた。
「あはは!楽しいね!」
思い切り全身で楽しさを表現する夏乃に見惚れる。
「キャッ!」
足下の砂と波にバランスを崩した夏乃をすぐに支えた。
「大丈夫ですか……!?」
「……ふぅびっくりした」
大事には至らなかったが、別の意味で大事は起きた。
ガッチリ腕を組まれダイレクトに夏乃の胸で挟み込まれている状態だ。
柔らかいような弾力があるような、感じた事の無い感触に優馬は頭が爆発しそうだった。
「ん?……あはは」
そんな夏乃は自分の取っている体勢を見てイタズラに笑い「えい!」と更にくっ付けてきた。
もはや頭と身体が別々の状態な優馬は支えきれず、二人で海に倒れ込んだ。
海上に顔を出して濡れた髪をかきあげた二人、今日一番笑い合った。
海でひとしきり遊んでお腹も空いてくる、海の家に向かい昼食を取っていると少しハプニングが起きる。
お手洗いへと夏乃が席を外した後に声を掛けられた。
「お兄さん一人?」
同年代か少し下に見える女の子二人だ。
「ん?いえ先輩を待ってまして」
「あ、先輩さんも居るんだ〜ねぇ良かったら私達と一緒に遊びません?」
(……これって、逆ナンってやつか?確かに先輩って言ったけども)
どうやら「先輩」と言うワードが「男の先輩」で解釈されてそうだ。
あまりこの時間を長引かせても偲びない。
「ごめんね、今日は先輩と二人で遊びたいから……」
「あら?春風君お知り合いかしら?」
丁度そこに夏乃が帰ってきた、そして……
あまりにも自然と腕を絡めてくる。
流れる動きに優馬も声を掛けてきた二人もポカンとしてしまう。
ハッと我に返った一人の女の子が「す、すいません!」と一人の腕を掴んで行ってしまった。
「彼女さんだよ」
「先輩って年上の彼女って意味だったんだ」
ヒソヒソと話しながら聞こえてきた会話と、腕を絡めたままの夏乃に反応できずにいた。
「もう、まさかナンパされてるなんてね」
「え?いやそう言うんじゃないと思いますが……」
「……春風君は自己評価が低いわねぇ」
ふぅ、と夏乃にため息を吐かれたが、優馬は何故だ?と思うしかなかった。
ちょっとしたハプニングはあったが、昼食を取りパラソルの下へ戻る。
流石に太陽が真上を過ぎるとキツい日差しになる。
二人で座りながら休憩をしていると、さっきの女の子達の話になった。
「春風君は一人だったらあの子達に着いて行った?」
「んえ!?いやいや無いですよ!!」
「即答、凄いわね」
「凄いんですか?」
「君はちょっと自分の価値に気づいてないかなー」
どう言う意味だろうと考えてみるが、答えは夏乃の中にしか無さそうだ。
「……何か先輩ちょっと怒ってます?」
「怒ってないわよ……そうね、どちらかと言うと不安になったかな?」
「不安……?」
「君は私の物じゃ無いのにね、取られたく無かったの」
寂しそうに笑いかける夏乃とその言葉にハッとした。
優馬はどこか「そんな事は無い」と思いながら、夏乃と一緒の時間を過ごしてきた。
それは、優馬が一緒に居たいからだと思い込んで。
夏乃はそれに付き合ってくれているだけだと思っていた。
だから優馬はハッキリと心に浮かぶ感情を言葉にしなかった。
そして、今夏乃の「取られたく無かった」の言葉が殻を破った。
(そっか……俺、夏乃先輩が好きだ)
照りつける太陽と反射させる海が二人を眩しく照らしていた。
自覚した想いを際立たせるように……




