最初で最後の日
——夏乃桜と春風優馬は晴れて恋人になった帰り道
交際一日目で、学生生活を共に居られる日は終わる事になる。
現実は寂しいが、優馬はもうそこまでの寂しさは感じなかった。
想いは通じ合い、「恋人」として桜との関係を認識出来るのだから。
手を繋ぎ、桜の家まで送る。
「彼氏」として「彼女」として初めての帰宅道。
桜が選び直した「付き合う」は、世間的に遠距離恋愛をする恋人同士と捉えられるだろうか。
それでも明日までは横に居る恋人だ。
優馬は桜を自宅前に送り、キスをして帰した。
あくまで重くならないように軽く、お互いがまた明日も会える事が普通の日であるように振舞って。
そんな最後の日が刻々と迫っていた。
——翌日
驚く程普通に起床し登校して、いつも通りに授業を受け、友達と笑い合ったりして放課後を迎えていた。
変わらない速度で進んだ学校の時間が有り難かった、本当に今日で別れるのかなんて思わせない速度だったから。
ホームルームが終わり、優馬は走った。
ここからは時間が遅く長くなって欲しいと願った。
階段を上がり角を抜け図書室の戸を開ける。
いつもの場所、いつもの姿勢、いつものあの人。
桜はなんら変わらない笑みを優馬に向けていた。
「……連れてってくれるのでしょう?」
イタズラな笑みを浮かべ優馬はそっと差し出された手を取る。
「行きましょう、桜さん」
今日で最後のデート、指定したのは駅前の商業ビル。
優馬が桜に贈り物を選びたいと指定した場所だった。
駅に向かう間に桜からクラスでの出来事を聞く。
「寄せ書きを貰って、色々質問あって、皆特別な進路に興味あったみたいだね……もっと早くに話したら良かったね」
桜は自分の臆病が招いた事だと受け入れてはいたが、心の中は後悔もあるだろう。
だが、誰も傷つけてないのならば後悔も良いと思った。
それがこの先の桜の支えに変わるのならば。
指を絡ませ駅へ向かう、まだまだ陽は高い。
駅に着くまでにアイスを買う。
最終盤とは言え八月、まだ暑い。
お互いが選んだアイスを道中の公園の木陰でシェアをする。
桜はそんなちょっとした事を心から喜ぶ。
「青春って感じだね!」
これまで無縁と割り切っていた彼女は目に光を宿している。
本当はやりたい事が沢山あっただろう、その内の一つでも優馬が叶えてあげれたなら幸せだった。
自分達はまだ未成年、子供扱いだ。
今出来る事は限られている、だから約束をした。
「桜さん、大人になって……俺が迎えに行ったら沢山やりたい事やりましょう」
「うん……ふふっ私が一足先に大人になっちゃうからエスコートしたげる」
「いや……それは……二人でやりましょう」
桜が一年早く成人、それも社会人だ。
どう足掻いても一年のその差は大きいだろう、経験面や経済面も何もかも。
「無理に埋めなくて良いよ」
桜は笑う、だがこれは優馬の男としてのプライド的な面があった。
揶揄われながら再度駅に向かい到着する頃には、陽が傾いたような感覚だった。
早速商業ビルに入る。
優馬は色々考えてはいた……が、プランが固まらず見ながら決める事にした。
桜はそれを聞いて「優しくて悩んじゃう君らしいね」と笑って承諾してくれた。
店は色々とある、高校生の範囲だと限られてはくるが選ぶには充分すぎる店舗数だろう。
「私の彼氏君は何を選んでくれるのかなー?」
イタズラな笑顔で「私の彼氏」と言う。
「彼女に相応しい物を探したいですね〜」
合わせたようにおどけて「彼女」に返す。
今日は二人にとって最初で最後の高校生カップルと呼べる唯一の日。
多少のバカップルでも許されると信じてる。
笑いながら店を歩き回っていく。
「あ……」
桜が足を止める。
「何か良い物ありましたか?」
桜が見る先はスーツを扱う店だ。
「ここは……桜さん関係無いのでは?」
「ううん、優馬君のスーツ姿見てみたいなって」
予想外のお願いだった。
物じゃなく自分のスーツ姿なんて選択肢は無かったが。
「卒業してスーツ着たら画像送ってね?」
「そんなの嬉しいんですか?」
「嬉しいんです〜」
そんな物なのか?優馬は首を傾げたが、桜との約束を一つ増やした。
「ん?」
今度は優馬が足を止めた。
「何か見つけたの?」
優馬はアクセサリーショップの一角を見ていた。
どうやら季節物のアクセサリーコーナーで今は夏にちなんだ種類のピアスやネックレスなんかが陳列されている。
「ピアスとかしたいの?」
桜が尋ねる。
「いや、春だったら桜のモチーフ沢山あるだろうなって」
「ふふっもう桜の髪飾り貰ったよ?」
「あれは浴衣に合わせてじゃないですか、普段使い出来そうなのかなって」
「まあ確かに日常で着けるには派手になっちゃうからね……お揃いも良いかもね」
「お揃い……」
確かに言われたら良いかもしれない。
「あ、でも警察官はダメじゃ無い?」
「む……確かに」
休みの日ならまだしも普段身に付けるイメージは湧かない、規律や制限に厳しい世界だ。
「いざ選ぶと難しいもんだね〜」
桜はそれでもそんな時間を楽しそうにしている。
そんな桜を見るのが優馬は楽しかった。
少し場所を移動して小さな雑貨屋が目に留まる。
何か惹かれる物があるかもしれないと、二人で店内を眺めていく。
そこで二人が同時に「あっ」と同じ物を指した。
満開の桜をあしらった装飾のフォトフレーム。
その横には、馬が草原を力強く走るイメージのフォトフレーム。
二人で顔を見合わせて「これだ」と頷く。
これも運命なのか、互いの名前を冠したフォトフレームを贈りあった。
桜は馬の、優馬は桜のフォトフレームを手にした。
互いに忘れる事はない、そばに居る。
「じゃあ……中身撮らないとね?」
「……ええ」
「撮るポイントは決めてるんだ」
「え?」
「最後に……行こっか」
桜が手を引き出す。
商業ビルから出たら、もう陽は暮れ出していた。
桜に引かれて向かう先は始まりの場所だった。
(そうか……もう……)
優馬は顔を曇らせる、桜は夕陽を見つめながら何かに耐えてるようだった。
綺麗な夕陽が滑り台を照らす。
二人の始まりの場所、小さな公園。
「よいしょ!」
桜は元気良く滑り台を登り横をポンポン叩いている。
優馬も登り、空けられたスペースに座り横並びでくっ付いた。桜は肩に頭をもたれてスマホを起動する、夕陽が良いフィルター代わりになって二人を優しく照らす。
——カシャ
シャッターの音、今撮られた二人の一瞬を確認して実感する。
(あぁ……最後だな……)
優馬は耐えきれず横の桜を抱きしめた。
顔は見えないが、背を優しくぽんぽんと叩いて答えてくれる桜。今、顔は見れない。
桜も同じなのかずっと胸元に顔を寄せて黙っている、お互いに言葉は出なかった。
出せなかったのだ。
出せばきっと止まらない、桜は泣いているのが身体の震えから分かった。
優馬も涙が流れる。
終わりの時、始まりの場所で。
陽が暮れるまで二人は黙ったまま時間に身を任せ、お互いに身体を預けあった。
辺りは暗くなってしまいどれぐらいの時間が経ったのだろう、桜は少し動き言った。
「これから始まるんだよ」
「桜さん……」
「ここから始まったの、もう一度ここから始めよう」
「……はい、絶対迎えに行きます」
「……待ってるよ」
二人は唇を合わせ、高校生活最初で最後の恋人の日を終えた。




