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吸血鬼転生~最強なのに太陽の光で死ぬ俺は、唯一の希望”処女の血”を吸わせてもらうため、お姫様勇者のペットへと成り下がる~  作者: 兄貴
第二章

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第096話 欲望は嘘をつかない


「――それでどうだった? ムメイ・ヤレーアハは」


 太陽が完全に沈んだような時間部屋に集まったのは、ダソスが誇るビッグネームたち。

 宮廷魔術師――カロス・アントローポス。

 聖女――アクレミア・シェメシュ。

 そして勇者――ルルワ・シェメシュ。


 彼ら若き精鋭たちを迎え入れるのは、この国が頂点ダソス王。勇者の血を引いた英傑にして、国一番の知者と名高き名君。まさに知勇兼備なる王。


 そんな彼らの目下注目の的は、ある一人の男。

 身内しか集められないこの空間。そしてこの時間は、その男――ムメイ・ヤレーアハのためだけに設けられたものだった。いやそれは、この時間だけに留まらない。


「あくまで今日一日……いえ、一日にも満たない僅かな時間での印象になりますが、よろしいでしょうか?」


 空気に温度が感じられるような空間の中、やはり率先して口を開くのはカロス。彼は良くも悪くも、無駄な時間を嫌う傾向にある。そしてそれは、相手が誰であろうと関係なかった。

 こういったある面でせっかち、ある面で話が早い面はルルワと似通っており、ダソス王も好意的に評価している。それにカロスは貴族儀礼的側面は完璧なものがあるため、やはりその性質は融通が利くというようにプラスに受け止められていた。


「無論承知の上だ。故に、たった数時間の印象であっても即座の共有が求められる段階にあると、今改めて認識してもらいたい。それにあたり、諸君らの言をそのまま飲み干すわけではないが、吐いて捨てることもまた難しい状態にあると、ゆめゆめ承知せよ」


 それは脅迫的信頼の表れであり、強い覚悟の表明でもある。

 ことさら発言に慎重になることはないが、適当なことは絶対に言うな。ムメイという存在の情報に関しては完全にカロスとアクレミア頼り。信頼せざるを得ない逼迫した状況にあるからこそ、国の信頼に全力で応える姿勢を見せよ。

 その代わり、こちらも例え吐き出したいほど不味い情報であったとしても、飲み込む覚悟がある。

 要は――国のための発言ならば、何でも言っていい。遠慮するな。

 カロスは総じて、そのように受け取った。


「「…………」」


 アクレミアと視線を交わし、どちらから、そしてどこから伝えるべきかを探り合う。

 カロスは慎重に考えた末に、セオリー通りに進めることを決めた。


「ではまず彼の脅威に関して。ムメイ・ヤレーアハ個人が持つ武力という観点から」


「うむ」


 実際カロスとアクレミアに期待されたものは、それが第一義だった。

 国一番の天術師であるアクレミア、同じく国一番の魔術師であるカロス。悪の種族を滅する立場と、同系統の術師――それぞれの視点からムメイの脅威を漠然と測るための布陣。

 二人からしても、ここは正確とは言えないまでも、決して適当ではないものが伝えられるため、気が楽な部分でもある。各々専門の得意分野でもあるため、目利きにも自信があった。

 ただその答えが、王の求めるものかは分からない。


「結論から申し上げれば、化け物です。一国家では太刀打ちできません」


「わたくしも同じ結論です。あれに人の身で勝つことは、凡そ不可能です」


 それでもカロスは、胸を張って成果を差し出す。

 これが国にとって最も重要な情報であると弁えていたからだ。そして、中途半端に受け取られるのが最も損失に繋がるとも理解していた。それは、アクレミアも。


「ふむ。具体的にどこから判断した?」

 

 カロス、アクレミア――両名からのお手上げ降参の表明にも、眉一つ動かさないのは、血の繋がった親子たち。

 実状を誰よりも知るルルワは当然ではあるが、ダソス王も大方を予想していたかのように、平静たる態度を崩さない。むしろそれは前提条件に過ぎないとばかりの軽々しい気配。

 カロスたちはそれを、脅威が正確に伝わっていないものと受け取る。ダソス王の思惑としては、カロスらに敢えてそう思わせることで、さらなる言葉を引き出したのだが。

 父親との疎通の齟齬に逸ったのか、もしくは一番最初にムメイの脅威を目の当たりにした者としての自負か、補足を率先したのはアクレミア。


「<摂理の目(プロノイア)>で実際にオーラを確認しましたが、想像を絶する悪意でした。まさに世界一つに匹敵する巨悪。大司教らとも意見を擦り合わせましたが、誰もが口を揃えて申しております。『戦いたくない』と。否を唱えられる者は、誰一人としておりません。わたくしを含めて」


「…………」


 その意見は、かなりの危険を孕んだものだった。

 仇敵である吸血鬼に対し、この国の兵士が戦う前から白旗をあげる。これは背信を超えた売国行為に繋がりかねない。アクレミアの言葉は聖女の地位に即さないどころか、部下を売り渡すに等しい行為。

 だからこそ、アクレミアは敢えてこれらの言葉を選んだ。危ない橋を自ら率先して渡ることで、逆に情報の信憑性を高めたのだ。

 そしてこれらを臆さずに言葉にすることで、いざという時は逃げない覚悟があるものと言外に示す。

 非情に巧い言い方ではあるが、やはり挑戦的なことには変わりない。カロスは即座に意見を重ねることで同意を示し、それによってフォローとする。


「魔力量に関しても同じことが言えます。私も多い方と自負しておりますが、規格外でした。これは確定ではないため参考程度に扱って欲しいのですが、同レベル帯でも突出したものと思われます」


 これは計算ではなく、術師としての勘。

 魔力に関する見積もりが得意であるカロスならではの、決して的外れではない直感だった。

 カロスのこれまでの膨大な経験と術師としての感覚的センスを結集し導き出された答えは、やはりムメイの魔力量の異常性。

 同レベル帯の中でも異彩を放っているものと思われるその容量は、1.5倍、下手すれば2倍以上も検討される領域だろう。

 魔力量の多さは魔術師にとってデメリットにならないどころか、メリットしかない。簡単に言えば、相手が一度の戦闘で出来ることをこちらは二回行えるわけだ。これがどれだけの有利となるか、想像できない者はそういないだろう。


「術師の力量は可能態デュナミスの多寡に左右されないはずだが?」


 その反論はセオリー通りであるために、狙いが分かりやすかった。

 そうではない結論を分かった上で反語を引き出したのだろう。カロスも流れに逆らわずに続ける。


「陛下、それは前提条件です。確かに術の相性次第では格上を下すことはそう珍しくはなく、初心者でも熟練者の脅威となり得るのが術師の世界。それは間違いありません」


 早い話、壁に到達したカロスでも格下に後れを取る可能性は当然のように付きまとう。

 火属性に特化した元素魔術師であるカロスは、攻撃力こそ他の術師の追随を許さないものの、その得意を潰されればやはり威力は発揮できない。

 そもそも実戦を一騎討ちで想定するのもアホの所業だ。熟練のパーティと当たれば、手数と技術でレベルを覆されることも珍しくない。そう言う意味ではジャイアントキリングは世に溢れている。

 だからこそ、レベルはもちろんのこと、系統や性質の情報は隠すのが基本。互いに情報がない中での――ぶっつけ本番での対応力こそが術師の本領であり、戦闘経験と知識の差が勝敗を決する。それは間違いない。しかし――


「ただ、もはやそんなことを言っている次元に無いというのが我々の結論です。仮にそれらが適用されるとなれば、やはり同レベル帯に限った話でしょう。月の影に手を重ねても、届いたことにはなりません」


 一見した魔力量で相手の力量を測ると痛い目を見る。

 これは術師の通説だ。こんな意識では勝てる戦いも勝てない。結局は己の信仰と欲望を信じて貪欲に勝利を模索するしかない。それが戦闘の極意であり弱肉強食たる世の真理。

 しかし、ものには限度というものがある。人間が頑張れば月に手が届くのか。努力や知恵でどうにかなるのかという話だ。

 上記の通説は、まさに月に手を掲げ、掴んだと己を慰めるだけの行為にしかならない。マヤカシですらない、遊びだ。


「それも希望的解釈に過ぎません。彼は魔術もなしに、それどころか術の存在すら知らずに魔人を下しています。それも森を出て三日、一夜のうちの出来事。魔王に匹敵する個人とお姉さまが表現した意図がようやく理解できました。仮に知恵と技術を取り上げたとしても、マイナスにならない生物的脅威が彼にはあります」

 

「…………なるほど」


 術師としての脅威ではなく、存在そのものの脅威。

 カロスとアクレミアの認識は、正しく王へと伝わる。ただ、カロスは術師としてもムメイを脅威に感じていた。いや、もはや術師としてのムメイの方が、無視できないと思えるほどに。


「だからこそ、プラスの面も計り知れません。彼は術師としての才能も、一級品のものを持っています」


「!」


 そのカロスの発言には、ルルワの顔もあがる。

 初めて興味の惹かれる内容が出てきたかのように、彼女の視線がようやく机上に線を描いた。


「具体的には?」


「術師に欠かせない術構成の構築に幅と深みがあります。王道から大きく外れてこそおりますが、基礎はしっかりと抑えている。遮二無二でないことは勿論、むしろ術師への正確な理解と解釈がなければ、あの結果にはまず至れない。教えた人間が優秀だったこともあるのでしょうが、そもそも彼自身の人間性が術師にこの上なく合致しているものと思われます」


 ムメイは人間ではない――そんなつまらない揚げ足を取る者は、この場にはいなかった。皆それぞれ違った観点から、カロスの言葉に集中する。

 呼応するように、カロスの言葉にも自然と熱が篭った。彼は絶対の自信の元に、己の中で正解でしかない答えをここに発表する。


「根幹を抑え、解釈が深く、そこからなる展望も明瞭です。最大の切り札は、威力が豆鉄砲でないことは勿論、相手が鳩でなくとも食らわせられる決定的奇襲力、また決して下手な鉄砲にはなり得ない確実性を孕んでいます」


「その切り札とは?」


 カロスは一応の礼儀として、ムメイの飼い主たるルルワの許可を取るため、彼女に視線をやる。そのルルワは、僅かに目を見開き驚きを示していた。おそらくは、ムメイが自ら切り札を明かした事実に驚愕しているのだろう。気持ちはよく分かった。


(許可を取っていない……自分の意志で動いている……)


 そんな彼女の気配から、意図せず明らかとなる事実。

 ムメイはかなりの自由意志で行動している。そしてそれが日常的に許されている。でなければ、混沌術カオスの開示など許されるはずがない。

 カロスの視線に頷くルルワの姿からも、そこには一定の信頼があることが分かった。むしろ、ペットにしては放任が過ぎる。


(そもそも会話の様子からしておかしかった。あれではペットというより……おっと)


 カロスは自然と横に逸れつつあった思考をなんとか引き戻す。

 今はそんなことを考えている場合ではないと。

 そして、ムメイの切り札<月夜見ツクヨミ>の概要を簡単に説明した。


「……………………なるほど」


 <月夜見ツクヨミ>の内容には流石のダソス王も驚いたのか、これまでで最も深い思考を見せる。

 カロスはその熟考を表面的に受け取ると、早々に結論を告げた。


混沌術カオスだけに慎重かつ厳正な思考を割いたことは間違いないですが、だからこそ一見しただけで術師として天性の才能センスを持っていることは容易に分かりました。磨けば光る原石どころではありません。彼は現時点で研磨されたアダマントです」


「「「…………」」」


 最高位金属まで引き合いに出したカロスの言葉に驚いたのは、一人ではなかった。

 むしろ全員が珍しいものでも見るように、カロスへと視線を向ける。ムメイ側であるルルワでさえ、不気味なものでも見るようにその目は好意的ではなかった。

 そんな中で最も純粋な驚きを示すのは、意外にもダソス王だった。


「…………随分入れ込んでいるようだな? 君がたった半日でそこまで評価するとは」


 半日だからこそだ。

 この短い時間で思い知らされるほどに、ムメイの才能は鮮烈だった。その想いを、カロスは隠すことなく告げる。


「彼に優秀な鍛冶師をつけ、鍛冶の技術と知識を与えるべきです。今が最も重要な時。これを個人の私怨は言うまでもなく、国家の思惑で曲げるような愚行は世界的損失に直結します」


「言葉が過ぎるのでは?」


 それは進言の体裁を辛うじて繕っていたものの、方針批判との評価は免れない辛辣な意見でもあった。

 カロスもそれを自覚していたため、アクレミアの糾弾を受け入れる。アクレミアはむしろフォローのために言葉を投げかけたが、若き二人の思いはすれ違う。

 だからこそ、この場には大人がいるのだ。


「よい。感情が含まれようとも、卿が適当なことを口にしているわけではないということくらい私にも分かる。ただ俯瞰的な情報も欲しいところだ。特に人間性の面において……関係ない話ではあるまい?」


 確かに更なる力を与えるのであれば、武器を手に持つ者の人格面も重視される。

 包丁でさえ、誰が手に持つかによって用途も結果も大きく変わってくるのだから。


「実際に話をしてみた感触としては……人間です。ラーヘル様が人間としか思えないと表現されていた理由も、よく分かりました」


 バトンを受け取ったのは、アクレミア。

 それは王の意志でもあり、彼女の意志でもあった。カロスだけが喋り過ぎている現状は、どちらの観点からしてもあまり好ましくない。

 カロスも己が前に出過ぎていることは自覚していたので、この場は素直に引き下がる。


「知性はもちろんのこと、特筆すべきは人間への理解力。種族的価値観の差というものは全くと言っていいほど見られず、だからこそ円滑なコミュニケーションが異質さを放っています。言葉を飾らず率直に言えば、非常に喋りやすいです」


 アクレミアの言葉は、カロスからしても非常に的を射ていた。

 実際に関わった時間は3時間にも満たないが、だからこそくっきりと如実に浮かび上がるものがある。

 それは、吸血鬼性の皆無。

 人間への敵意どころか、欠片の悪感情すら持ち合わせない自然体――まさに人間。早い話、カロスの感覚としてはアワンと喋ったのと大して変わらなかった。むしろ同性ということもあってか、ムメイの方が格段に話しやすかったほどだ。


(む? 性別はあるのか? 男……だよな?)


「空気を読む術にも長けており、共感力や察しの良さは下手な人間を置き去りにします。その中でも最も着目すべきは、やはり人間の事情を正確に理解し、さらには進んで配慮する姿勢です」


「ほう……」


 王の瞳に鋭さが増したことにより、彼がどのあたりに重きを置いているのかが改めて知らしめられる。

 そんな気配の変化を静かに見据えるのは、ルルワだった。二人の狙いは、一致していたから。


「早い話、こちらの思惑――そのほとんどが見破られておりました。峠越とおげごえの情報を敢えて聞かせることで牽制した意図は勿論、拘束の意義からなる国家的事情に関してまで読み切っています」


「…………」


「それも、話を聞かされたのは檻から出て息もつけぬような頃合い。呼吸不要の吸血鬼とはいえ、これがどれだけ異常なことであるかは語るべくもないでしょう。だからこそ念を押しますが、これら国家的意志さえ前提条件とし、人間への配慮に当然のように阿る姿勢が異質なのです」


 間違いない。

 人を超えるほどの知恵持つ魔物。これ自体はそう珍しくはない。ただ人間の思惑に精通した思考を持つ魔物となれば、やはり珍しい。

 しかし、ここまではまだ理屈で納得できる存在であることも確か。常識外れとまでは言えない。ムメイという吸血鬼の異様さはここからだ。


 良い言い方をすれば政治、悪い言い方をすれば策謀。いや、相手によってはどちらにしても悪と取られかねない。無許可の拘束は吸血鬼でなくとも承知しかねるだろう。誰だって自分が理不尽な目に合えば不快に思う。

 その相手が吸血鬼であればなおさら。人間の正義はやはり吸血鬼にとっては当然のように悪だった。

 しかしムメイは、それを当然のことと受け入れている。理不尽でもなんでもなく、むしろ当たり前のことだと。

 入国の際の最悪の歓迎にしても、現在の不遇な扱いにしても――決して表面的、もしくは一過性の許容ではなく、むしろ深い納得と理解の末に受け入れている。さらにはそこから、人間への配慮の姿勢まで見せているのだ。

 要は人間に対し、常に歩み寄るスタンスというわけだ。正当、いや対等に扱われているのならまだ話は分かるが、これだけ不当な扱いを受けた上でこれなのだから、不気味に思わないわけがない。いかに言っても話が分かり過ぎる。

 

「同じ人間でさえここまで話が分かる者は中々いないでしょう。少なくとも国家に近い組織に属した経験がなければ、このような思考、姿勢には到底至れません。むしろ、彼は組織を回す側にいたのではないでしょうか?」


 アクレミアの仮説は、カロスも納得するところだった。

 上の事情や苦労は、それを経験した者でなければやはり中々分からない。ムメイの言葉には決して聞きかじった浅い知識ではない、確かな含蓄が見て取れた。

 似たような経験をしたことがあるからこそ、事情にも精通している。共感できるからこそ、寄り添う姿勢がある。

 子供を産み、さらに子育てまでしたことがある男女とそうでない男女では、やはり紡がれる言葉は全く違ったものとなる。その重みも。

 だだそうなると、大きな矛盾が発生するのも確か。


「お姉さま、改めてお聞かせください。彼は本当に森にいたのですか?」


 ここで初めて、これまでは一貫して聞く姿勢を示していたルルワに対し、水が向けられる。

 アクレミアの質問は、表面的ではなかった。少なくともここまでの会話の流れを聞いている者ならば、その本質を間違えたりはしない。

 ただルルワは質問の意図を理解しつつも、分かっていることだけを答える。それしか答えられないから。


「私と出会った時、彼が森にいたことは確かです。そして……ムメイは300年、森の中にいたと言っていました」


「その前のことは?」


「聞いてません」


「「「…………」」」


 その気配は、それ以上聞くなという意志を隠しもしなかった。

 周囲からしてみても、これ以上踏み込めない圧がある。そしてここには竜の逆鱗を好んで刺激する強者はいない。精々腹筋を撫でる程度。実はそここそが彼女の逆鱗であるとは、誰も知る由もない。


「わたくしの結論としては、彼は元々人間だったのではないかと思います。それほど人間の社会、文化、法に体が馴染んでいるように感じられました。吸血鬼に似つかわしくない価値観と成熟した思考は、巨大な組織の中枢で長年揉まれ培ったものと考えれば矛盾しません」


「吸血鬼も通常のアンデッドと同様の発生だと?」


「逆説的に、そう考える他ありません」


 生ける屍と呼ばれる種族――アンデッド。

 これらの発生方法は、自然発生が主となる。

 死した命が内に残した欲望や信仰によって再起する。力を得る手段としては、天術と魔術の枠外からことさら出るものではない。

 ただ二度目の生は、世界にとって確かな異例でもある。だからこそ、知性まで引き継げる者は滅多に見られないとされるのが常だ。もう一つのアンデッド発生手段である術者による外的作用に関しては、確実に知性は引き継がれない。


 そんなアンデッドの頂点とされる存在こそが――吸血鬼。

 古代の学者の中には吸血鬼は全く別系統の存在であり、別の世界からやってきた魔物と見做す者もいたが、大勢はアンデッドの一種族に傾いていた。

 つまりムメイは、生前の記憶を引き継いだ自然発生的な吸血鬼と見做される。


「もしくは他の吸血鬼が生み出した眷属。やはり知性が宿る可能性は低いですが、元人間であることはもはや疑いようがないかと思います」


「ふむ……カインが生み出した者の一匹という可能性もあるということか……」


 ダソスで吸血鬼と言えば、始祖カインの伝説だ。いや、この世界の吸血鬼と言えばと言って過言はないだろう。

 数百万の人間たちを眷属に変え、支配し、当時大陸最強と名高い強国家ダソスを滅亡寸前にまで追い込んだ。

 勇者ミアを巡って、巨大な戦いが巻き起こったというが――遥か2000年前の真相、当然詳細は残っていない。

 ただ分かるのは、カインが勇者ミアを殺したという悲劇の結末のみ。そして太陽への抵抗手段を自ら放棄したカインは、天の脅威によって召された。


「なるほど……よく分かった。それで卿の考えとしては、吸血鬼の強化を急ぐという方針だな?」


「その通りです。時間が無いことは誰もが承知のこと。手をこまねいている時間も、ましてや机上で空論を交わし合っている余裕も我々にはなく、目的は一致している。ならば、やることは一つでしょう」


 そして、当人たるムメイも時間がないことを自覚していた。

 あの姿が演技とは思えない。少なくとも、さらなる力を可及的速やかに求めていることは間違いなかった。

 その逸りから単独で鍛錬に走られるのが最もまずい。急いては事を仕損じるどころの話ではないからだ。そして現状のムメイを正しい道に導けるのは、この国ではカロスをおいて他にいない。

 これは自己評価ではなく、事実。ただ、そもそもの方針に否を唱える者がいた。


「彼の力を頼るしかないという卿のお考えには賛同いたします。しかし彼に更なる知恵を授けることに関しては、反対です」


 これまではカロスとほぼ意見が一致していたアクレミアと、ここにきて袂が分かれる。その反対は、カロスとしても意外なものだった。ダソス王を二人で説得する流れを想定していたからだ。


「申してみよ」


「吸血鬼の能力において最も恐ろしいものの一つが、やはり眷属の創造。魔力の鍛錬はまだしも、術師としての更なる知識は、眷属を操作する術の開発を誘発しかねません」


「話を聞いていなかったのか? 奴の才能はもうない。新たな魔術を生み出すすべは、<月夜見ツクヨミ>という混沌術カオスに依存する。いずれにせよ、そんな都合の良い術がピンポイントで生み出せる状態にはない」


「その申告が虚偽である可能性は?」


 それは才能の全てを混沌術カオスに投じたこと。

 そして<月夜見ツクヨミ>という魔術の内容二つの面からだろう。カロスは前者にのみ答える。


「奴の<月の狂気(ルナシー)>なる魔術を見れば一目瞭然だ。あの力を制限なしに操れている事実こそが、才能の全てをつぎ込んだことの何よりの証明。相当量のリスクがなければあれほどの能力を際限なしには得られまい。一見した魔力量から見ても矛盾はない。殿下が計算が苦手とは知らなかったな」


「自身の種族的能力との併用を目的とした魔術であれば、開発コストは格段に浮きます。<月夜見ツクヨミ>なる力が特異点に属するものとの想定は致しましたか?」


 種族的能力と関連が深い術であり、さらにその術が特異点であれば、才能の消費はさらに抑えられる。ならば幾ばくかの才能を残していても不思議ではないという反論だろう。一部同意するが、やはり根本の想定がずれていた。

 

「根源の悪魔が才能の全てを巻き上げ、代わりにあんな馬鹿げた術を授けたと? それこそ馬鹿馬鹿しい話。あれは人間の知恵と欲望が介在しなければ説明できない魔術だ。まさか国語も苦手だったとは……いや、道徳かな?」


「吸血鬼の魅了が同性にも有効とは存じ上げませんでした。それとも、まさか……?」


「…………なんだと?」


 看過できない挑発に、カロスは立ち上がる。

 性的趣向をなじる様なものだから――ではない。カロスが怒りを抱いたのはもっと別の部分。

 それは、精神支配も抵抗できない未熟者と王前で貶されたことだ。

 抗議して当然の内容。アクレミアの発言は行き過ぎている。しかし、この場で行き過ぎていたのは、カロスも同じだった。

 

「両者頭を冷やすが良かろう。どちらも間違ったことは言っておらぬ」


「「…………」」


 数秒視線を交わした後、先に視線を切ったのはカロスだった。

 王前での無礼を言えば、許可なく席を離れたカロスも同じだからだ。


 ムメイがここにいれば意外に思ったことだろう。

 カロスは公私混同しないタイプ。仕事に感情は持ち込まず実利を優先する。ムメイが抱いた彼への評価はそんなところだった。

 なぜなら、ムメイとカロスには因縁がある。父であるアガトスを殺した者と殺された者という因縁が。だからこそ、ムメイはその私情を表に見せないカロスの人間性を評価していた。

 しかし、実態は異なる。それも大きく。むしろカロスは、良くも悪くも感情的だった。そしてその感情は僅かな波によって瞬く間に高潮へと変わる。

 ムメイはこの点を、大きく勘違いしていた。


 対してアクレミアの思惑としては、やはりそんなカロスを思ってのこと。

 この場で明らかに吸血鬼寄りの姿勢を示している彼を落ち着かせるため。そして仮に術を教える方針となった場合、そしてそれが最悪の結果に繋がってしまった場合、今のままでは全責任はカロス一人へと圧し掛かる。

 だから、せめてダソス王自らの意思決定の言葉を引き出せるまでは、時間を稼ぐ必要があった。この反対意見の提示は、その言葉を誘発するための撒き餌でもある。

 とどのつまり、彼女はカロスのために敢えて悪役を買ったのだ。


「無礼を謝罪します」


「許す」


「では重ねて無礼を申し上げますが、一度言葉を交わしてみるのがよいかと思います」


 ただアクレミアの思いは、いつも通り届かない。

 カロスは良くも悪くも、自分の考えこそを最も尊重していた。そして彼の姿勢は、一国の王を相手にしても変わらない。


「話をしてみるのが最も早道です。私の言っていることがすぐに理解して頂けるはず」


「ふむ……」


 一国の王に対し、仇敵たる吸血鬼に自ら言葉をかけろ――無礼を通り越し極刑ものの大罪。

 これにはアクレミアは勿論、ルルワでさえ凍り付くが、ダソス王はやはり顔色一つ変えなかった。

 カロスも一定の信頼関係があるからこその進言。ただ仮に背信行為と取られても、それが国のためと疑わなかった。


 だが、そんな最良の案にケチをつけるものが再び現れる。

 それは、もう一人の王女。


「無駄です。彼は喋らないと思います」


「…………どういう意味ですか?」


 無意識に、声色が変わる。

 それはカロスをして私情、いやはっきりとした私怨が含まれた声だった。また違った色の興奮が、彼の胸中を支配する。


「そのままの意味よ。彼は陛下とは言葉を交わさないと思うわ」


「何を言っている? 言語能力は確認した。礼儀的側面に関しても、私で立証されているだろう。それとも王と貴族では違うとでも?」


 本当に何を言っているのかが分からず、この時ばかりは私怨関係なくカロスは苛立つ。そんなカロスの態度にも、ルルワは落ち着いて口を開いた。むしろ諭すように。

 

「それはあなたと喋りたいと思ったから。もしくは、喋る必要があったから」


「…………」


 カロスはやはり意味が分からず、黙り込むしかない。

 その隙にルルワは、視線をもう一人へと向けた。


「アクレミア、あなたとはまともに喋ったの?」


「あっ……喋らなかったです。いえ……喋ったのかしら?」


 よく分からない反応は、心当たりがあることの証明。

 ただカロスにとっては関知せぬ部分だった。遅れて合流したカロスは、人間のように流暢に言葉を喋るムメイの姿しか見ていない。


「キィ……と言ってました」


(キィ? どういう意味だ?) 


 まるで鳴き声のようだが、そんなわけはないだろう。

 人間ではない種族と言っても、動物ではないのだから。だがカロスの考えは、即座に否定される。


「あれは鳴き声なのでしょうか?」


「鳴き声ね。困った時とかよく出るけど……意味もなく鳴く時もあるわ」


(意味もなくだと?)


 警告音、求愛、様々なコミュニケーションを想定していたカロスに告げられた、信じがたき真相。吸血鬼の牙が、特に意味もなくカロスの喉元に突き刺さる。


(意味が分からん)


「確かに、わたくしとは喋りませんでした。何か気に障ったのでしょうか?」


「いえ、喋らないのが普通なの。だから私は、カロスと普通に会話したと聞いてむしろ驚いたわ」


 驚いたのはこちらの方だと、カロスは率直に思う。

 あの姿を見せられれば、王とも実りある会話をしてくれると期待するのは当然のこと。それが最悪の形で裏切られたのだ。しかも味方と思っていた者の自爆で。


 ルルワの思惑としては、だからこそカロスとアクレミアがいる場所でムメイと会話したという背景があった。理由は先の通り、そうでもしないとムメイが喋らないからだ。

 実際あの場で意見を乞わなければ、ムメイという吸血鬼の智謀、そして人格は正しく二人に伝わることはなかったのだから、ルルワのファインプレーと言える。

 今この場で建設的な意見が交わされているのも、二人の前で喋らせたからこそ。逆に言えば、ルルワがそうでもしなければ、彼が胸の内を語ることは滅多にないということだ。

 なんにせよルルワの思惑通り、ムメイの情報はこうして王にまで届けられた。


「…………であれば、当初の通り我々の考えから陛下には決断して頂くほかない」


 想定外の罠に足を取られたが、そうなれば最初に立ち返るだけだ。吸血鬼をどう扱うかに関しては、カロスとアクレミアの発言が大きい。そして、カロスの考えは変わらなかった。

 カロスは立ち上がると、胸を張り、背を正す。

 アクレミアの気配が大きく揺れ、彼女が止めるよりも前に――彼は口を開いた。


「無礼を、さらに誤解を承知で申し上げます。敵対や対処といった消極的考えを捨て、全面的に手を取り合うべきです。吸血鬼の情報が望みだと言うのであれば、全てくれてやればいい。こちらから率先して歩み寄り、必要に駆られれば頭を下げることも辞さない覚悟。私からすれば、その程度はもはや要求されて然るべき状況にあります」


 アクレミアは青い顔をし、ルルワでさえ大きく目を見開く。

 当然だ。カロスの発言は売国と取られかねない。本当に命知らずの行為だった。

 

「些か吸血鬼に近づき過ぎでは? 太陽に手を伸ばす者を追いかけるということは、我々もまた太陽に近づくということ。吸血鬼だけの弱点というわけではないのですよ?」


 人の手に余る存在に触れれば、身を滅ぼしかねないという忠言。

 間違っていないし、無論承知の上だ。カロスもあの吸血鬼に全て任せればうまくいくと思うほど、夢見がちでも楽観的でもない。その上でということだ。


「もはやそんなことを言っている段階にはないと私は言っているんだ。空を見上げているだけでは何も変わらない。共に太陽に飛び込むくらいの覚悟で臨まなければ、空を飛ぶなど夢のまた夢だ。それとも、太陽が落ちてくるのをこのまま待つのか?」


「…………」


 魔王という驚異の襲来と、魔王を討ち滅ぼすという奇跡。

 片や地上に落下する太陽、片や太陽に手を届かせる偉業。その結果がどうなるかなど火を見るより明らか。いずれにせよ、時間と余裕が無いのだ。

 

「私も奴を100%信頼したわけではない。ただもう我々には信頼する道しか残されていない。その結果2000年前の過ちを繰り返したとしても、仕方ないだろう? 誰にも結果は分からないはずだ」


「「「…………」」」


 アクレミアは口を閉じる。もはや、止めることなどできないと。

 カロスもそうだ。自分を止めることができなかった。

 

「ただ最善を尽くさずに負けるのだけは、私は死んでも御免だ。そのくらいなら、今この場で命を手放す」


 言い切る。言いたいことを。

 ムメイという吸血鬼の潜在能力と才能に魅せられた、術師としての考え。

 そしてこの国を愛する者の一人として、また未来を見据えた一人の若者としての考え。

 そんなカロスの言葉を、それぞれが違った形で受け止める。 

 ただ、蔑ろに扱うものは一人としていなかった。


「処罰はなんなりと。私も覚悟の上です」


 それは決して口先だけではない。

 カロスは己の首さえ献上する覚悟で、進言した。それが国のため、世界のためだと疑わなかったから。

 その結果は――


「カロス。君の言うことは間違っていない」


「っ!」


 若者の勇気ある嘆願に応えたのは、この場にあって唯一の大人。

 彼はカロスの言葉を確かに若いとは思いつつも、馬鹿にはしなかった。むしろ、鷹揚に受け留め、共感の姿勢まで示す。

 それは決して、慰めでもまやかしでもなかった。


「私も一国の王という立場でなければ、君の意見に全面的に賛同したことだろう。話に聞いた限りでは、最も懸念される吸血鬼に関しても、即座の危険は無さそうだ」


 王の座れという手ぶりに、カロスは静かに腰を降ろす。

 その時には、聞く姿勢は意図せず出来上がっていた。


「私は君とアクレミアの目を信じている。私の勘でも、かの吸血鬼に悪意は感じられない。それは確かだ」


 それとも、ダソス王の落ち着きある語りが精神の起伏をならしたのか――気づけばカロスの興奮も収まっていた。


「ただ人格面ではなく種族的観点からなる懸念は解消されていない。我々は吸血鬼に全くの無知でないからこそ、やはり未知の部分もまだまだ多い。本人も全く意図しない部分で起爆する可能性もないわけではない。彼に情報を与えることが必ずしもメリットになるとも限らない」


 実際、ムメイはその可能性を想定し、吸血鬼に関する情報に関しては全面的にルルワたちに任せていた。

 自分では何が良いもので何が悪いものか全く分からないからだ。リスク回避はもちろん、慎重さという面でも知識という面でも、専門家に任せた方が賢いとの判断だった。

 ダソス王もその辺を間違えず、ムメイが今そんなことをされても困るだけということも正しく理解していた。


「故に、こちらで情報の検分及びリスクヘッジを行いつつ、上手く吸血鬼の手綱……リードを手にする形に収めるのが最善と考える。迅速に駆られるからこそ、人と人との関係構築には慎重な積み重ねが必要だ。それは決して、時間を無駄にすることにはならない」


 それは、ムメイと全く同じ結論だった。その形があらゆる面で最も理想的であり、そこを目指して少しずつ認識を擦り合わせるべきとの方針。

 しかしこの場にいる四者は、知る由もない。


「繰り返すが、君の考えは間違っていない。むしろ優秀な臣下を持った幸運を喜びたいほどだ。ただ30年後に滅ぶことが確定しているからといって、その30年の幸せを今民から取り上げていい理由にはならない。そんな逃げ口上で、この場は勘弁してもらおうか」


「…………」


 要は、現状維持ということ。

 上手くまとめられてしまったが、何も進んではいない。だがカロスも、王が配慮の姿勢を見せていることは間違えなかった。 

 そもそもカロスはこの場で切り捨てられても文句は言えない程度の無礼を働いている。そんな中、これ以上まだグダグダと言葉を並べることはできない。

 それくらいの自制心と忠誠心は、カロスも持ち合わせていた。


「ただムメイ・ヤレーアハの術師としての強化に関しては、許可しよう。今この場で勅命並びに裁量権を与えるものとする」


「!」


 カロスは即座に立ち上がると、その場で膝を屈する。

 簡易的ではあるが、勅命を承った意志を臣下として示す。


「なぜでしょうか? リスクは大差ないとお考えですか?」


 そんな中、王に問うのがアクレミア。

 このタイミングでは、押されて譲歩したと受け取られるのは必死。実際カロスでさえ、王が譲歩してくれたと思った。カロスとアクレミアの中間を取ったのだと。

 しかし、すぐにそんな考えは改められる。 

 早い話、カロスは見くびっていたのだ。大人たちの知略を。


「それもあるが、<月夜見ツクヨミ>なる魔術の開示が大きい」


「「…………」」


 カロスは意味を理解できず、アクレミアと顔を見合わせる。

 彼女も同じく助けを求めるように、こちらを見ていた。


「ん? 気が付かなかったか? あの術は魔王と戦うことを前提として生み出された能力だ」


「「っ!!」」


 驚愕は、二つ。

 やはりカロスたちは、顔を見合わせる。なぜなら、全く気が付いていなかったからだ。その本質にも、意図にも。


「君たちが現状で白旗を振るほどの脅威。人の世界で暴れることを目的とした吸血鬼であれば、あんな能力は生み出さん。更なる力を求めるは、超えるべき壁を見据えているからだ」


 その通りだ。

 言われて見れば、そうとしか思えない。むしろ、なぜ今まで気が付かなかったのか。

 命を懸けてまで強大な力を得る<月夜見ツクヨミ>という魔術自体が、既にムメイの答えをこれ以上になく示している。

 敵が人間であれば、こんな術は生み出す理由がない。今のままでも十分勝てるからだ。本当に、なぜこんな簡単なことに気が付かなかったのか。


 だが、それさえもまだ完全なる理解の手前。

 数秒先、カロスは全ての真相に辿り着く。


「魔術はその者の欲望を表す。欲望は嘘をつかない」


 その時、カロスはようやく気が付いたのだ。

 ムメイはこれを届けさせるために、カロスと言葉を交わしたのだと。

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