第094話 魔力鍛錬(2)
魔力。
魔術師が持つ力。魔術を発動する上で必要不可欠にして唯一無二のエネルギー。
欲望が形となったとされるそれは、天力とは全く異なる性質を持つ。だからこそ、鍛錬方法や要求される技術も、また異なった。
中でも不変的かつ普遍的に要求される技術こそが、魔力感覚。
魔術師――中でも元素そのものを武器として操る元素魔術師に特に求められるそれは、一にして奥義とされるほどに重要不可欠。なぜならこの精度如何で、元素魔術師の技量は根元から変わって来るからだ。直結すると言ってもいい。
その主たる一つに、魔力配分がある。
簡単に言えば、己の魔力の内どの程度を使用したかを瞬時に把握し、また己が使用したいと思った分の魔力を正確に引き出す感覚のことだ。
もう分かったかもしれないが、元素魔術は己の魔力量によって威力を自在に調整することが可能。だからこそ逆に、魔力の無駄遣いを抑えるため、魔力配分の技術が必須として要求されるという寸法となる。
しかしこれが、言うほど簡単ではない。
そもそも、己の中の魔力を着実に捉えることすら、素人には難しいことだからだ。学者の中には、よく魔力を血液で表わす者がいる。
己の中の血液の存在を、即座に把握することができるか。その量を、流れを、力強さを――瞬時に、正確に、捉えることができるか。思い描くままに、自在に動かすことができるか――。
答えは、否。
これらは所詮比喩表現に過ぎないが、しかしその難度は決して比喩でも冗談でもない。それほどに難しく、この感覚は正しき師の導きと長期の鍛錬によってしか得られないとされる。
話を戻し、そこから一流の魔術師の道を極めるため一歩踏み込んだものこそが、魔力配分。
だがこの難度は、魔力を捉える感覚の比ではない。
己の容量一杯の魔力を100%とし、そこから魔力の10%のみを引き出す。これは例えるなら、100mlの容器に入った水から10mlの水だけを正確に取り分ける――わけではない。
この作業を、視覚を封じ、聴覚を封じ、己の触覚一つで行うに等しい作業となる。
そして使用した魔力の量を正確に認識するのは、適当に掬い取った水の量を、手の平の感覚だけで当てろと言われるに等しい暴挙。到底勘だけで辿り着ける領域にはない。
幾度の反復練習、長期の訓練は必至の超高度技術。それが魔力感覚、そして魔力配分の真相だった。
しかし――
「――消費量は?」
「1.1%」
「なら次は、3%の出力でやってみろ」
「…………」
人の力とは思えないような躍動が、空気を震わし、その空気がカロスの頬を掠める。見ているだけで火傷しそうな威力に肝を冷やすような段階は、もうとっくに過ぎ去った。
なぜならそれ以上の戦慄と畏怖が、カロスの精神を支配していたからである。
それは――
(こいつ……天才だ)
天才。
カロスはこの表現が、あまり好きではなかった。
人を褒める言葉としては、最もチープで侮辱的な言葉だとすら思うほどに。
なぜなら、天才などこの世には存在しないからだ。そんなものは、己と比較した上で、無理やり他者を持ち上げているだけに過ぎない。
つまりは、自己を下げること。そんな浅い言葉を吐く事実と掛け合わせ、二重で底の浅さを露呈させることになりかねない表現は、カロスの最も忌避するものだった。
しかし――
そんなプライドを取るに足らないと一蹴してしまうほどに――
人生観が、今この場で一周してしまうほどに――
カロスは、本物と出会ってしまった。
(こんなことが……信じられん)
冷静に頭から振り返っても、まだ信じられない。それほどの驚愕。
カロスが初めに<電光醒覚>なる力の使用魔力を聞いたのは、今後の鍛錬の内容を想起させるという策略的思惑であると同時に、ほとんど遊びでもあった。
つまりは、特に気負わず、特に期待もせずに投げかけた――そんな様子見の問い。
もちろん雷の絶大なる力の片鱗を見せられたことによって生まれた意義のある問いでこそあったが、要は質問単体にはそこまで重きをおいてはいなかったということだ。その時までは。
『…………6.7%』
答えは、6.6%。なんと誤差0.1%の的中だった。
その答えは確かな勘でありながら、決して適当ではない。なぜならムメイは、自ら一桁上の精度で答えた。
できるだけ正確な答えを導き出そうと考えた結果。その上で、誤差0.1%。これをただのマグレと見過ごせるはずもない。
しかしまた、それだけで全てを決めつけるわけにはいかないのも確か。ビギナーズラックではないが、こういった時にセンスが光る者も、そう珍しくはないからだ。
だからカロスは、今度は全身の感覚で捉えられない部分攻撃でそのセンスが本物かを測る。そして、その結果は――
『3%……いや2.9%くらいかな?』
まさかのドンピシャ。0.1%の壁を、超える。
3%と2.9%。限りなく近いようで、その実態は桁違いに遠い。
なぜなら、有効数字が違う。桁数を一つ増やすだけで、その難易度は次元からして違ってくるのだ。そこから得られる恩恵も。
早い話、2.5%から3.4%までの魔力消費を総じて3%と体感する術師がいるとして――実際このタイプは多い――、この時最小ズレは+0.5%。最大ズレは-0.4%。最大で約0.5%の誤差となる。
平均値は2.95%。3%との差は0.05%。つまり平均的に約1.7%程度のロスが発生するのだ。これらは短期的に見れば誤差と言える範囲だが、繰り返し前提、長期戦闘を想定で見るとやはり話は根本から違った。
特に極限状態の死闘ともなれば、僅か数パーセントの誤差が容易く生死に結びつく。小数点の先での戦いは、積み重ねる死の一掃に他ならない。
だからこそ、魔力感覚延いては魔力配分は、魔術の一にして全――最も身近な奥義とされる。誰でも鍛錬と訓練で身につけられるからこそ、誰もが垂涎の技術なのだ。
逆に言えば、相応の努力と時間無くしてこの感覚は得られない。だからこそ、ムメイの異常性は際立つ。
『1.1%』
驚愕も束の間、今度は攻撃の威力をできるだけ抑えるように指示。本来元素魔術の調整――中でも出力の低下はやはり高等技術に分類されるが、それはもう試練にさえならないとばかりに容易くこなす。
そして答えも、完全一致。針の糸を通すような精度。さらには、答えるまでの時間も短縮されるという離れ業。
最後に三度目の正直として、3%の魔力消費で術を発動させた時、カロスはようやく確信に至った。
結果前提の感覚ではなく、意識的に魔力を引き出させる。さらには先ほどの2.9%の威力から、僅か0.1%の魔力を上乗せした3%へ。
この0.1%の緻密な操作が可能ならば、もはや文句のつけようがない。そしてムメイの正確を超え精密な魔術発動技術を前に、カロスはようやく降参の両手を掲げた。
魔力量の多さに比例して難易度が高まるとされる正確な魔力配分。
魔力感覚において、これを超える才能はこの世に存在しないというレベルの――超天才。
ムメイは魔力の扱いに関し、圧倒的な感覚センスを持っていたのだ。
「――なあ、そろそろ答えを教えてくれてもいいんじゃないか?」
「…………」
これまでは文句の一つも言わずに指示に従っていたムメイが、いよいよ非難の声をあげる。
辛抱した方だろう。むしろ模範的とも言える生徒からの声に、教師はようやく自意識からの浮上を果した。だが、何の気負いも見られないムメイの表情に、苦虫を噛みつぶすように表情を歪める。
カロスがムメイの魔力消費量を正確に見抜けるのは、当然絶え間ない修練あってのもの。
それは魔力を捉える感覚において、天性の才能を持つと言われるカロスが、血の滲むような努力の果てに得た技術。幼少期より父に教え込まれようやく手にした訓練の賜物だ。
これを一足飛びで越えていく存在が、面白いはずがない。それは人として当然の感情であり、決して八つ当たりとも言えない精神の発露だった。
しかし――
「答えは告げるまでもないからだ。貴様がもう全て口にしている」
「っ!?」
ここで偽りを口にするほど、カロスのプライドは安くはない。
曲りなりにも教える立場を引き受けた以上、手抜きはあり得なかった。例え王命でなくとも、カロスの性格が絶対に許さない。
その言葉に強く驚愕するのは、やはり隣のアクレミア。これがどれだけ難しいことか、正確に理解していなければこんな反応には至れない。
体裁を取り繕う余裕もなく、ポカンと口を開き、カロスの横顔を凝視している。その視線の最終目的地は、やはりカロスと同じ場所だった。
「良かった……あまりにトンチンカンだから、気を遣ってくれてるのかと思った」
「…………」
そんな気楽な感想を無視し、カロスはくいくいと指を曲げる。
終わりだという指示を勘違いしなかったムメイは、能力を解除して移動を開始した。その時には、カロスの視線は切れる。
「素人ではなかったのですか? まさか……偽りを?」
そんなカロスの耳元に口を近づけたのは、アクレミアだ。
声を落とし、ムメイに聞こえないようにとの配慮であり、恐れ。しかしカロスは、付き合わなかった。
「素人です。少なくとも、意識的に魔力を扱い出したのがここ最近であることは、間違いない」
「…………」
カロスから見れば、ムメイの魔力発動兆候はいまいち洗練されておらず、また操作も非常に荒かった。
規格外の魔力量を考えれば、人に見せられる程度に魔力を制御できている時点でまた規格外のセンス。情報と同じで、人一人で扱える程度の魔力量が最も感覚で捉えやすいとされる中、この膨大な魔力量自体が既に大幅なハンデだろう。バケツ一杯の水と池の水、どちらの方が人間の理解と制御が及びやすいかとそういう話だ。
それを曲りなりも制御できているのだから、そのセンスはやはり常人の域にはない。本当に四日前に得たばかりの能力なのか、改めて問いただしたいほどだ。
しかしだからこそ、卓越した技術を持つ術者には、その辺の粗は逆に目につきやすい。
元素魔術に特化したカロスが、元素魔術の発動を見てそこを間違えることなど万に一つもあり得ない。魔力兆候を見極める目に関しては、それこそ素人とはわけが違った。
その自負を、声を抑えることなく告げる。一転アクレミアは白けるように、口を閉ざした。その目は、「なんで聞こえるように言うの? これじゃあわたくしが悪い子みたいじゃない」と告げているが、カロスは努めて無視する。
そもそも、吸血鬼に内緒話など物理的にできるはずがないのだから、カロスの態度は開き直りですらなかった。
そんな時、雷の力を解除したムメイが、タイミングよく合流を果す。
「素人童貞?」
「言ってません!」
密談を最悪の形で誤解され声を荒げるアクレミアに対し、カロスは目を細める。その視線は絶えず、とぼけた顔をしている男へ向けられていた。
(こいつ……人間みたいだ)
それも下手をすれば、人間よりも人間らしい。
今のはアクレミアの疑いとそこからなる無礼を、気にしていないというアピールに他ならないだろう。共感力、いや相応の会話力のある者ならば、すぐに察せられる。
つまり自分を道化に落としてでも、アクレミアのフォローに回ったということだ。よくよく吸血鬼らしくない。
気遣い――簡単なようで、難しい。部分的な優しさを見せることはそう難しくはないが、会話の中で常に微細な気配りをこなすには、それ相応の経験値が要求される。
これまでのやり取りからも、かなり会話に慣れていることが伺えた。人への理解も高い。
(どうなっている……森にいたんじゃないのか? いや、今考えることではないか……)
それに、カロスが考えることでもない。
そちらは管轄外であり、今求められていることでもなかった。適材適所に従い、カロスはすぐに頭を切り替える。
「もう察しているだろうが、今のが根源魔術師、そして元素魔術師に要求される必須技術だ」
「消費魔力の正確な把握。そこからなる効率管理。要は元素魔術師は、魔力によって自由に威力を調整できるわけね」
「話が早いな」
本当に話が早い。というより、理解が早すぎる。
予め己で想定していなければ、ここまで正確な理解には至れないだろう。
(なるほど……こいつ12使徒との戦いから、魔力の効率化について既に考えていたな)
今しがた見せられた能力の燃費の悪さ――いや、この言い方は正しくない。威力に相応しいだけの魔力を消費しているだけなのだから、消耗が激しいとするべきだろう――を鑑みれば、当然の考え。
どうにかして消費魔力を抑えられないか、もしくは効率の良い運用法がないかと考えるのは、当たり前の思考でもある。
しかし、素人で問題点を正確に拾い上げ、それに着手することはやはり簡単ではない。そしてこの理解の早さと正確さは、様々な思考とあらゆる想定をしていなければ出てこないものだった。
カロスはこの時点で、手加減を考えないことに決める。ついてこれないかもという余計な心配は、完全に捨て去った。
「初めて術を使用したのが四日目と言っていたな? その時点で魔力消費の把握はおおよそできていたのか?」
「完璧かどうかは分からないけど、体感的には出来てた。<月夜見>で大体半分くらい……49%くらいかな?」
「凄まじい消費量だ。その術は一回と考えて組み立てた方がいいな」
理屈的には二回使えるが、そうなると残る魔力は約2%。何もできなくなる。
その前に二回に渡って生死を賭けたゲームをクリアしなければならないという時点で、現実的ではないが。
「うん。だからその後も必死だったよ。<月の狂気>も魔力消費量半端ないし」
「道理だ」
死闘で魔力の約半分を献上する前提ともなれば、その後の判断はより慎重に駆られる。雷の力の燃費の悪さをその戦いの最中で知った時なんかは、生きた心地がしなかっただろう。
よくぶっつけ本番で才能を開花させたものだ。だからこそ土壇場でセンスが光ったとも言えるのかもしれないが、やはり常識の範疇にはない。
そこから勝利を収めるなど、笑い話。異例を超える異例だ。
「さっきからやたら魔術師を強調するけど、目的天術師は? 配分効率を求めるのに、術師の性質は関係ないと思うんだけど」
「ふむ……」
本当に良い質問をする。
何のために学び、何が重要であるか――本質の理解に至っていなければ、こういった質問は出てこない。カロスはさらに手招きし、タブレット状の術道具を開いた。
「あ、ごめん。俺文字読めないんだよね」
「なに?」
(アワン・ラーヘルめ……そういうことは言っておけ)
それは決して言いがかりではないだろう。限られた時間で色々と準備をしなければならなかったカロスからしてみれば、当然の文句だった。
現にムメイも、これには申し訳なさそうな表情を見せる。教える側の準備にあてる労力を、理解している者の気配だった。
「まあいい。簡単に言えば、天術師には消費天力の基準があるからだ」
「魔術にはない……いや、元素魔術にはその基準がないってことか」
「その通り。秩序術は知っているな?」
「うん」
秩序術。
別名選択術とも言われるそれらは、名前の通りこの世に現存するスキルの中から選択し、得る力のこと。
そしてそれらは、発動できる能力の規模も、消費される力も予め定められているのが一般的となる。しかし――
「ただ術者の力量によっては、威力を調整することも可能だ。それには当然、魔力と同様天力の正確なコントロール技術が要求されるが――」
「基準があるから、そのコントロールが元素魔術より簡単ってことか」
「その通りだ」
本当に理解が早い。教え甲斐のある生徒を前に、カロスの教鞭にも身が入る。
「基準から威力を弱める、威力を引き上げる。この二つの操作のみに集中できる天術師とは違い、元素を直接操る元素魔術師にその基準はない。この違いがどれだけの難度差に直結するか、イメージできない貴様ではないだろう」
「それは……うん。でもそれってなんかズルくない? 公平じゃないよ」
「そうでもない。だからこそ、天術は魔術より発動が遅いという絶対の法則が存在する」
「ああ! なるほど!」
その反応は、理解に至った者の姿だった。
魔術とは、この世に存在する構成要素を直接操作する力。つまりは材料、素材そのものに干渉するのだ。
それに対し天術は、発動さえすれば結果が確定する。作り上げたものをこの世に呼び起こす力であるから。
だからこそ根源を操る魔術の発動は、天術に比べ圧倒的に速い。奇襲力において元素魔術師の右に出る者はいない。
「なるほどなぁ……ほんと面白い。きっとまだまだこんなもんじゃないんだろうけど、素人なのが残念だな。いや、むしろ楽しみが残ってる分ラッキーなのか? でも早く知りたいよなぁ……」
「…………」
それは、演技には見えなかった。
むしろこれまでで一番の、本心のようにさえ思える。そこにあるのは、純粋な知的好奇心。人にあって当然の、欲望。吸血鬼の素顔だった。
だが、それも一瞬のこと。
「ごめん……それでなんだっけ? ああ、俺が話を横に逸らしたんだった。戻してくれ」
「元素魔術師に必須の技術、魔力感覚。しばらくはそれを鍛えるつもりだったのだが、予定を変更せざるを得まい。私にもこんな事態は想定外だった」
まさか魔力の存在を把握し、それを操る段階にまで至っているとは露にも思わなかった。
本来であれば魔力の存在を捉え、引き出す段階でスケジュールは潰されていたことだろう。その領域に到達するだけでも、軽く年単位の修練が必要とされる。
それを魔力配分まで既に行えるというのだから、急激な期間短縮。むしろ魔力効率を0.1%以下の誤差に抑えられる達人など、世界を見渡してもそうはいない。それを経験からではなく己の感覚だけで。本当に、前代未聞。
だが、それで鍛える余地が全くないというわけではなかった。むしろ、予定にあった基礎鍛錬の数々が消えたことで、最もお粗末な点が浮き彫りとなる。
「喜べ。貴様が望んでいた特訓ができるぞ」
「!」
かまをかけるとまでは言わないが、その問題点にムメイ自身が気づけているのかどうか、それを見るための問い。カロスの予想通り、ムメイは既に思い当たっていたようだ。
「制御がお粗末だな。素人なら当然だが」
それは、元素制御。
魔力制御の一つ先にある、高等技術。
「やっぱり?」
やはり自覚はあったのか、ムメイは素直に肯首する。
ただ必要以上に大きく捉えられたくはなかった。だから少しばかりフォローしておく。
「本来は上手く発動すらできないのが当然だ。大前提そこにしか目がいかない時点で、貴様は既に素人の域にはない」
「まあ魔力とかそういった力については、長年の予習があったからね。例えるなら、実戦はまだだけどぬるい戦地には何度となく挑んだことのある素人童――」
「黙れ、来い」
「はい」
カロスが顎をしゃくると、ムメイは肩を落として近づいてくる。そんなムメイから若干距離を取ったのは、アクレミアだ。カロスも心情的には横に並びたかったが、顔を顰めるに留める。
「簡単な属性解釈だ。四元素の性質と言ってもいい」
「…………」
・ 火
性質:熱い・軽い・上へ昇る。熱 + 乾
象徴:変化・破壊。変化の原理
本質:形を変え、他を変える力。消費・出力が高い(燃費が悪い)
・水
性質:冷たい・重い・流動する。冷 + 湿
象徴:適応・浸透。連続性の原理
本質: 形を持たず、すべてに馴染む力。効率が良く持続的
・ 土
性質:重い・硬い・動かない。冷 + 乾
象徴:安定・持続。固定・安定の原理
本質: 形を保ち、存在を固定する力。消費重いが維持に優れる
・ 風
性質:軽い・広がる・見えない。熱 + 湿
象徴:伝達・霊。運動・拡散の原理
本質: 境界を越えて拡散する力。コスト軽いが拡散して威力低い
「簡単に言えば、火は変化、水は適応、土は固定、風は拡散となる。それぞれが異なる性質を持つのだから、当然制御法も異なるわけだ。それに伴った訓練法もな」
「なるほど…………カロスがさっき、火と風と言った理由が分かった気がするよ」
口頭での説明を静かに聞いていたムメイの第一声は、やはり本質を捉えたものだった。その言葉は、ムメイが常に何を鍛えるべきかを考えていることの証明。そして、それを何のために鍛えるのかも。
こういった考え方ができる者の成長は早いと、カロスは経験から知っていた。それどころか、教師の必要性を改める段階にまで至る。
「貴様の雷の力――放電による威力の拡散と、火を超えるような熱。風の力が加わった火元素と考えるのが今のところ自然だろう。エネルギーが超高速で伝播する現象と考えても、矛盾はない」
4大元素の中で最も攻撃的魔術とされるのが、火。だからこそ高い出力の引き換えに、消費魔力も多くなる傾向にある。この共通点は、雷も火を主体にしたものとの考えを後押しする。
「魔力消費の燃費の悪さは他の追随を許さない。しかし、瞬間火力においても他を置き去りにする。こと一撃の威力に関しては、全術の中でもトップクラスだろう」
「…………」
ムメイは黙ってカロスの言葉を聞く。
それは、前置きに過ぎないと分かっているからだった。
「だがそんな力も、制御できなければ吸血鬼に十字架……ことによっては太陽にすらなりかねない」
「燃費の悪さを早々に見抜かれて、スカされるのが最も怖いってことだな」
「そうだ。敵に逸らされて術を連発すれば、すぐにガス欠。精密な魔力配分技術が息をするレベルで要求される力だ」
「だから最初に、それを教えてくれたわけか」
頭の良い人間同士の会話は、あり得ないほどスムーズに進むと言う。
それはお互いが何を考え、何に着目しているか、分かっているかのような会話だった。
「まあそれ以前に、制御できるのかすら現時点では危うい。二つの元素の複合と考えれば、単純に考えて求められる技術は倍。果てしない道のりだ」
そもそも雷の完璧な制御など可能なのか。
他の元素魔術のルールと完全に一致するのか。
それらも定かではない現状では、見通しは立たない。どれだけの鍛錬の末に結果が結びつくのかは、カロスをして全くの未知だった。
「さっそく教えてくれ。時間がないんだ」
だからこそ、ムメイはすぐに取り掛かりたいとの意志を示す。
その気持ちはよく分かったが、だからこそカロスが答えなければならない言葉も決まっていた。
「まあ待て、今日はあくまで方針の決定に留める。急を要するからこそ、駆け抜けるルートの整備は必須だ。明日までには訓練プログラムを調整してくる。貴様から何か要求はあるか?」
「そうだな……一応魔力感覚、魔力配分に関する鍛錬も組み込んで欲しい。必須の技術だというなら、現状に胡坐をかくわけにはいかない」
「…………いいだろう」
言われるまでもなくそのつもりだったが、本当によく分かっている。
戦闘の極意とも言える魔力調整。これを蔑ろにするという考えが全くないのは、常に実戦を想定しているからだろう。
それは延いては、己の弱点を正確に理解しているからに他ならない。
(天才という評価は、魔力の扱いに限定されるものではないのかもしれない)
それは、一人の術師としての才能。
戦う者として、これ以上に無く磨けば光る原石。
これに手を加えていいものか、カロスが気後れする程に。
「私からは、魔力制御の鍛錬も推しておこう。膨大な魔力だけに、動きが粗すぎる」
「割と抑え込めてない? あれで結構限界なんだけど……」
外へ拡散しようとする風の性質、そこからなる雷の莫大なパワーをその身に封じ込めていることを言っているのだろう。確かに右も左も分からない状態でよくやっている。あれを見て完全な素人とはよっぽどの術者でも思うまい。まず脅威の方に目がいくからだ。しかし――
「一流の術師であれば、一目で見抜いてくる。制御に慣れていないとな。一度素人と断定されれば、貴様が到達していない技術、知識で責めてくるだろう」
「童貞が経験豊富なフリしても、経験者には一発で分かるって感じか……」
「貴様はそういう例えしかできないのか?」
乗せられるようで癪なので、できれば付き合いたくはなかったが、カロスはいよいよ無視できなかった。
例えとして非常に分かりやすく適切なのが逆にムカツク。
そんなカロスに、ムメイはニヤリと笑う。獲物が網にかかったとでも言うような、厭らしい笑みだった。
「例えとして機能するってことは、心当たりあるんだ?」
「…………」
アクレミアが口元に手をやり、僅かにカロスから離れる。
カロスはこの吸血鬼のことを、心から嫌いだと思った。




