第091話 アガトス1
(…………能面で乗り切るか? いや無理だ。ここで出すにはリスクが高すぎる)
能無し面――【能面】。
俺の必殺技の一つだ。人間の言葉とか難しくてよく分からん。俺は人よりも酷く知能が劣る吸血鬼――そんなふうに印象付ける渾身のオトボケ顔。
デフォルトの表情と同じじゃないかと言われれば俺も困って能無し面を晒すところだが(デフォルト)、能ない鷹は爪も隠せない。俺は鷹ではなく吸血鬼であるのだから、抜き身の牙を隠せないのも当然という理屈だ。俺はいかなる時も攻撃態勢なのだ。
しかし、今日ばかりは攻勢に出られそうにない。
(月が綺麗はどうだ? 駄目か……今日は多用し過ぎている。もう回数制限に近い)
月が綺麗ですね――【キィ】。
俺の必殺技の一つだ。かの夏目漱石はI love youという愛の言葉を、月が綺麗ですねと説いたという。これは日本人という人種の情緒や奥ゆかしさを、直接的な愛の表現を避けることで表した繊細な表現技法の一つだ。
ならばこれを、人間よりもさらに繊細な吸血鬼が発した場合どうなるか――その答えこそがキィ。キィ以外のなにものでもない。
俺は匂わせをしない。伝える気があるのかないのかすら分からない。人間ごときの表現の枠には捕らわれない自由な愛の形。知性からかけ離れた無知の知。
遠回しというより後回しなこの姿勢こそが、吸血鬼という種族の求愛なのだ。
だが、今夜は愛を囁き過ぎている。そう何度も連発すれば効果も薄まるというもの。
(くそっ……切り札を出すしかないのか? あれを……!!)
【月蝕】。
正真正銘、俺の最後の切り札。
月のように身を丸め、世界そのものから閉じこもる。光の全てを拒絶することで、真っ暗な影と化すのだ。その姿が月蝕という現象に近いため、こう名付けられた。言うまでもないが、名付けたのは俺だ。
俺という存在の代名詞にして、300年という月日を体現した姿でもある。他の技たちとは年季が違った。だからこそ、ここぞという時に最高の威力を発揮できるのだ。
(やるのか!? 今、ここで――!!)
森だろうが檻だろうが、いつでも俺を助けてくれた最高の姿勢。満を持して発動しようとしたその時――戦慄、走る。
(胸が!!)
眼前に佇むのは、接近したルルワ。
懐に潜り込むような至近へと立つことで、物理的距離が切迫していた。そして彼女の人体の中でも最も主張の激しいその部分は、今や触れ合いそうなほど。その姿、まさに肉迫。
これではしゃがみこんだ時、どうあっても胸にぶつかってしまう。公衆の面前でそんな恥を晒すわけにも、晒させるわけにもいかない。
ならば一歩下がればいいだけではないか――分かっている。しかし俺は、常に前に出る男なのだ。
確かに小さくなってきた。よく分からない鳴き声で誤魔化したり、変な顔で逃げたり、挙句の果てには世界から閉じこもったり――俺はその程度の男だ。
しかし、後ろに下がったことだけはただの一度もない。俺にだって守るべき矜持がある。
女の胸から逃げるくらいなら、飛び込んで捕まる方がマシだ。赤っ恥をかいたとしても、生き恥を晒すわけにはいかない。
(やってやる!!)
「…………なんでおっぱいガン見してるのよ」
「鬼治血ですか?」
――などといつものように現実逃避していた俺だったが、お決まりのように現実は迫った。
大した時間稼ぎにもならなかった。やはりおっぱいは脅威ということか。我ながらうまいことを言う。
「この前あげたばかりでしょ?」
「きっと育ち盛りなんですよ。ほら、最近やっと歩き出しましたし」
「成長みたいに言わないで」
アワンの高度なボケに、高度なツッコミが入る。
<浪漫非行>が奪われたことで空を飛べなくなっただけなので、確かに吸血鬼的には成長ではなくむしろ退化だ。つまり俺は歩けるようになったというより、歩くことしかできなくなったということになる。
というかあんまりおっぱいとかおちちとか大きな声で言わないで欲しい。アクレミアとかいうルルワ3の視線が気になってしょうがない。
「はぁ……じゃあ皆で一緒に考えてみようか」
仕方がないので、皆で話し合うということにする。
答えを教えるわけではなく、あくまで意見の交換だ。二人は同時に頷くが、俺の望みとは裏腹に、揃って口をつぐむ。
そして、全幅の信頼を持って俺を見上げた。期待の視線が留まるところを知らない。
(300年森に引きこもってた吸血鬼に何を求めてんだよ……。その辺ちゃんと押さえといて欲しいよほんと……)
俺はその設定を忠実に守って、知能の低い吸血鬼の演技を日頃から徹底しているというのに。敢えて!しているというのに。
檻の中でのたゆまぬ努力も、全部水の泡である。これでは俺が実はめっちゃ頭の良い吸血鬼であるという真実が、人間たちにバレてしまうではないか。
そんな意味のない心配を腹に抱えながら、俺はようやく抱えた腹を括ったのだった。
「話の流れからして、峠越の情報は伝えたかったんだろうね」
ダソス王の狙いや真意に関しては全然分からないが、分かることもある。
だから俺は、分かっていることから言っていくことにした。
「そうね……確かにちょっと急だったわ。不自然とまでは言えないけど」
「自然でもなかったですね」
俺もそう思う。
聞いた限り、まるで用意されていた話題が差し込まれたようだった。隙を伺っていたような話の流れとも言える。いや、それ以前の挑発的な言動の数々も、まるでアワンから言質を引き出すための方便のように感じられた。
吸血鬼の無害性、もしくは有用性をアワンが主張するには、実績を押すしかない。その実績を引き合いに、峠越の話題へと無理やり移行した。これでは勘ぐるなという方が難しい話だ。
「でも……わざわざアワンに聞かせたかった理由は? 釘を刺すため?」
「国家レベルで慎重な対応に駆られる状態にあると示したかったのでは? 私はそれで納得しましたが」
確かに峠越の合流を匂わせれば、こちらはダソスに寄り添わざるを得ない。
直近で強大な異種族二人の手綱を同時に操る必要に駆られるのだから。ルルワとアワンが自分たちだけでは不可能と考えるのは無理からぬことだし、ダソス王もそれを狙っていたのだろう。
国の負担を想像できない彼女らではないだろうし、国の協力無くして万全の体制は望めまい。それを加味した上での釘刺しと考えるのが妥当だ。しかし――
「アワンじゃなくて、俺に聞かせたかったんじゃないか?」
「あなたに?」
勘だが、そんな気がする。
峠越の情報――その内容を思えば、伝えたい相手としてはむしろ俺の方が自然だ。
「お前と同等かそれ以上の強者がこの北領域にはいる。峠越とダソスはコンタクトを取れる関係にあるぞ。行動には重々気を付けろよ。そんな感じじゃない?」
要は脅しだ。
匹敵する強者の存在を匂わせることで、俺がこの国で下手なことをしでかさないように釘をさした。その男を呼べるかもしれないと言われれば、仮に良からぬことを画策していたとしても、二の足を踏むことだろう。
「そうかしら? 異種族という共通点があるのだから、逆効果のように思えるけど?」
峠越の存在を教えたことで、逆に手を組まれる危険が出てくると言いたいのだろう。
異種族という共通点、同等に近い実績――俺が擦り寄るのではと。だが――
「俺はそうは思わない。現に俺は、真っ先に敵対するイメージを頭に浮かべた」
人間じゃない者同士仲良くなるのでは――酷く人間らしい考え方だ。その懸念が見当外れとは言わないが、今回の峠越と俺の場合に限ってはやはりピント外れとなる。
現に俺たちは、異種族でありながら異種族と敵対した者達。それもこの北領域でだ。
先も思ったことだが、ひょっこり北領域へやってきた吸血鬼を、敵だと見做さない保証がどこにあるというのか。峠越の行動理念が全く見えてこない今は、むしろすんなり仲間になれるという考えの方が酷く能天気だろう。
向こうはどうか分からないが、俺は話を聞いただけで既にかなり警戒している。ダソスとしては、お互いが牽制し合う状態こそが理想なのだろう。
そのあたりを説明すると、二人は納得するように頷く。
「なるほどね」
「でも……ムメイさんが良からぬことを考えているかもと見做しているのなら、やはり愚策じゃありませんか? せっつくことになる気がします」
アワンの指摘は的を射ている。
峠越の存在を匂わせることは大局的に見れば牽制となるが、局所的に見れば行動を加速させる起爆剤にもなり得る。
例えば短期間で行えることなら、峠越がくる前にやってしまえと、そういう考えになりかねない。アンサーが返って来るまで時間がかかると匂わせたのなら、なおさらだ。
そんなアワンに、俺は答えではなく質問で返す。当然無関係の質問でないどころか、答えを指し示すための道だが――それを当然のように汲み取ったアワンは、考える姿勢を作った。
「もし俺が悪い吸血鬼なら、この国に来た目的は何だと思う?」
悪い吸血鬼とか自分で言っていて笑いそうだが、何とか表情を保つ。吸血鬼に良いも悪いもないだろうと。しかし俺のツボは俺だけのものだったようで、二人は顔色一つ変えなかった。
「…………2000年前の始祖が叶えられなかった悲願。ダソスの滅亡でしょうか?」
アワンがアクレミアたちの方を伺いながら、声を落として告げる。
流石に大声で言うのは憚られる話題だ。絶妙な距離にいるので、おそらくは聞こえているだろうが。向こうも聞き耳を立てる素振りを隠しもしない。
「吸血鬼の文献」
「ああ」
俺はそんなダソスの姫から、もう一人の姫へと視線を戻す。彼女は既に、続く言葉まで予想できているようだった。
「吸血鬼に関する知識がこの国にはある。少しでもものを考えられる吸血鬼なら、この知恵の実は何としても欲しいはずだ」
現に俺も、それを目的にこの国へとやってきた。
ならばダソスがそう思うのもやはり当然。ルルワから母国に吸血鬼に関する数々の文献があると聞き、それを目的に力を貸した。国への案内役として生かした。イメージとして結びつき安いし、何なら正解に限りなく近い。
「なるほどね。だから峠越の情報をこのタイミングで……」
「うん。峠越の合流を恐れて、急いで吸血鬼の情報を探ろうとすれば……俺は黒だな」
牽制と同時に、この国での俺の目的を探るための一手でもあったのだろう。
上手いやり方だ。どっちにしろダソスには得しかない。
俺はこちらを注視、いや凝視する二つの視線に気づかないフリをしながら、ルルワたちとの話し合いを続ける。
「最初から峠越の話を聞かせるための会議だったってことね。じゃあ円卓にあなたを招かなかった訳は?」
「捕まえるため」
「分かってるわよ。だからなぜ檻に入れる必要があったのかってこと」
「捕まえるためだよ」
一度目は軽い冗談だと流されたが、繰り返したことで本気なのだと伝わる。
俺はルルワとアワンの注目が鋭くなったことを感じると、正解か分からないと釘を刺した上で、持論を語りだした。
「いくら勇者のペットで、人類の味方面をしているとはいえ、吸血鬼には変わりない。吸血鬼に因縁あるこの国が諸手をあげて歓迎するのは、不謹慎を通り越して馬鹿じゃないか? 俺が国民なら正気を疑うよ」
「まあ……そうね」
「まあ……」
ルルワとアワンは消極的な同意こそ見せるが、あまり納得いってないようだった。少なくとも、共感という空気ではない。俺にはその気持ちもよく分かった。だが――
「悪しき歴史を持つ国なら、反吸血鬼思想の勢力なんかもあるんじゃないか? 神殿勢力を筆頭に、燻る火種はそこかしこに転がってるはずだ。俺は正直、暴動やデモが起こっていない現状の方が不思議なくらいだよ。下手すれば、内乱になってもおかしくない」
大げさではなかった。普通に人間の有り方と社会の在り方を知る者なら、誰にでもイメージできる。
当たり前だが、みんながみんな世界のことを第一に考えるほど、人間は正しくない。賢い人間は俺の有用性に着目するかもしれないが、また賢い人間は、俺のことを危険な存在と早期に断定することだろう。賢い人間の答えが必ず一致するとも限らない。なぜなら人間には感情があるのだから。
そこからなる中身は、まさに千差万別。色々な人間がいれば、色々な考えがあるのも当然だ。そして世界のために吸血鬼を排除すべきと判断する人間も、俺は間違っているとは思わない。未来の結果は誰にも分かりようがないのだから。
むしろこの国に来訪した二人目の吸血鬼に対し、何のアクションも取らなければ、「吸血鬼? 良い奴そうだし別にいいんじゃない? 過去は過去っしょ」などと適当な判断をする奴の方が、俺は全く信用できない。
あまりにも考えなしだ。その場その場が気持ち良ければそれでいい。辛いことには向き合わない人間の典型。表面上の仲良しこよしで上手くいってくれるほど、現実社会は甘くはない。
よりよい結果を求めるなら、時に嫌われる覚悟で臨まなければならないことを、苦渋を舐めた人間は知っているものだ。汚れ役の必要性など、もはや語るまでもない。
「だから……たぶん俺が来る前から、この国は色々と頑張ってくれてたんじゃないか? 今回の拘束は、鳴り物入りの第一手」
「王家が吸血鬼に屈したわけではないと、内外に知らしめるためですね?」
「たぶんね」
そのまま手放しで歓迎すれば、王家が恐怖に屈した。吸血鬼に魂を売ったと取られかねない。付け入る隙どころか、これではガード不可の袋叩きだ。
だから一度拘束し、条件を提示して釈放とすることで、これは国家の管理下にあるのだと示した。あくまで国が主導権を握っているというアピールには、最適の方法だ。
「あとは公的文書を残すためってのもあると思う。あとから何か問題が起こった時、ちゃんと対処しましたって証明にもなるし」
2000年振りに再来した吸血鬼。ダソスはしっかり対処したと記録に残しておくことも重要だ。それがなければ、当時のダソス王家はマヌケの集まりでしたとか、未来で言われかねない。憂いを取り除くための備えという奴だ。
この国の複雑な事情を鑑みれば、まず吸血鬼を素通りさせることは絶対にあり得ない。誰だってそこを指摘するだろう。なに野放しにしてんだよと――考えなしの一般人でも思いつく文句だ。
だから一度檻に収監し、拘束、監視つきの自由とした。この国に吸血鬼を滞在させるには、最低限必要なプロセス。適切な手続きを踏んだ上で、その先の問題の可能性を見据えている。責任逃れではなく責任の分散が目的の、きわめて政治的な判断。むしろ俺への接待と思えるほどに。
「それに逮捕記録があると、再拘束の正当性も高まるだろ?」
「ハードルが下がるってことね。でも再逮捕には相応の適用根拠も必要じゃない?」
その通りだ。
外出制限、行動制限などの根拠を付与することを目的とした拘束、そして解放。
ただ建前とは言え、保護観察処分は一度問題ないと国が見做したということでもある。再拘束の正当性は高まれど、俺が模範的な吸血鬼であれば流石に強権を発動することはできない。
しかし、ダソスには確かな適用根拠がある。俺は少なくとも、それを一つ知っていた。
「それ」
「え?」
指をさせば、ルルワが見下ろす。そこには、17歳にしてはあまりに豊満な二つの果実。
これらは本来、隠されていなければならないものだった。
「ダソスの国宝を破壊した罪。立派な拘束根拠だ」
「…………なるほどね」
当然ながら、国家レベルの不敬罪だ。国宝を手にかけることはそれほどに重い。
これでダソスは完全に俺に対する主導権を握ったことになる。
法的に守るという建前で監視しつつ、いつでもまた捕まえられるというわけだ。こうなってしまっては、俺に出来ることはもうない。素直に従うしかない。
どこまで考えた上でのことなのかは分からないが、良い手だ。俺にとっても渡りに舟な点といい、双方にメリットがある。
「でもそれって、ムメイさんが話の分かる吸血鬼であることが大前提ですよね? 私なら、こんなに賢い吸血鬼がやってくるとは思いません」
「だから捕まえたんじゃない?」
「え?」
そもそもここに至るまでの道のりで、自制が全く効かない類の吸血鬼ではないことはダソス側も分かっていたはずだ。
国を滅ぼさないどころか逆に救い、人間にも全く危害を加えていないのだから。この一か月弱の旅路を参考にすれば、即座の危険がないことは事前に分かる。
ただルルワと離れた場合どうなるかは分からない。だからまず俺を捕まえた。
「敢えて人間と同じ檻の中に入れたのは、知性と理性を測るためじゃないかな? 本能の抑制が勇者への忠誠心からにしろそうでないにしろ、ひとまず結果が同じなら足元の懸念は拾えるだろ?」
理不尽な拘束の末に、ルルワから離れた場所でも変わらず理性を保てるのであれば、直近の問題である人間への危害に関しては考える必要が無くなる。
犯罪者なら最悪殺されてもいいと思ったのだろう。仮に事件が起こっても、檻の中なら内々で処理できる。その結果吸血鬼をどう扱うにせよ、殺人自体はもみ消すことが可能だ。
そして衝動に任せた殺戮がないのなら、やはり目的は吸血鬼に関する知識となる。檻から出てルルワたちから話を聞き、それに食いついて動き出せば潜在的な敵と見做す算段だったのだろう。
段階的によく考えられている。向こうも還らずの森の一件などは寝耳に水だったはずだが、その辺は勇者の力を信頼したのか、それとも勘に賭けたのか。
だが、時には運や直感に頼るのも一つの手だ。というより、ダソスは行動するしかない。今回の場合、何もしないというのが最も愚策。吸血鬼にビビッてニコニコ機嫌を伺うのが最悪手だ。
どうせ敵わない敵なら、自滅覚悟でどんどん前に出た方が賢いという判断だろう。ダソス王は中々肝が据わっている。
(信用されているかどうかは五分五分か……ひとまず即座の危険性がないと示せただけでも良しとするか……)
檻の中での俺の姿は、アクレミアが報告してくれるだろう。正しく伝われば、椅子の立場にも甘んじる心優しき吸血鬼の完成だ。コイラスでの土下座に引き続き、かなりのインパクトを与えられるだろう。これでちょっとやそっとのことでは人間は殺されないと判断されるはず。我ながら、やはりファインプレーだ。
(アワンの言う通り、これからの俺の態度で示すしかないな……。焦りは禁物だ)
そのための監視付き保護観察だ。早い話あちらも信頼したいから、こういう形に落ち着いたに過ぎない。俺たちの利害は一致している。
そしてこういうのは、どうしても時間がかかるものだ。
身もふたもないことを言えば、俺だってまだダソスを全く信じていない。なら一方的に信じろとか、そんな暴論が通るわけがない。ましてや強い俺の方が偉いとか、どこのガキ大将という感じだ。人が人の信頼を得るためには、やはり時間をかけて、少しずつ互いに歩み寄るしかない。
「やっぱり……あなたがいてくれた方が良かったわね……」
「はい、そうですね……」
自分でも思考をまとめながらだったので、大した持論でも、ましてや何らかの結論を導き出せたわけでもなかったが――俺の評価と二人の評価は違ったようだ。
揃って肩を落とすような雰囲気に、俺は本気で困る。
「いや、俺がいても大して変わらなかったと思うよ?」
というか絶対に何も変わらない。
俺はいつものように置物と化していることだろう。仮に喋ったとしてもキィくらいしか言ってないはずだ。なぜなら――
「正直話を聞いて驚いたよ。二人とも凄いね」
これに尽きる。
各々しっかりとそれぞれの立場を示しているし、聞いた限りでは全然やり込められてる感じはしない。おそらくだが、ダソス王にはルルワやアワンのような真っ直ぐな言葉こそが一番効くのではなかろうか。
勇者の判断として、勝つためには吸血鬼の力が必要不可欠。
吸血鬼はルルワに凄く懐いているから大丈夫。両方ともこれまでの実績が確かに証明している主張。下手な小細工の無い正論なだけに、そのまま飲み込むしかない。
たぶん二人の覚悟と信念は、あちらにも十分伝わったはずだ。若い考え方とはいえ、そこから何も汲み取らない程大人も馬鹿ではない。
(というか改めて、この世界の10代凄いな……。達観し過ぎ……)
死が近い世界だからだろうか、出会う子供全員が大人びている気がする。
アワンとか14歳で国家の上層部相手に大立ち回りだ。俺が同じ年の頃に彼女たちと同じことができたとは到底思えない。たぶん大人とまともに会話することすらできなかっただろう。今もか。
「俺たちは、それぞれの役割を果たしたと思う」
「「…………」」
少なくとも、俺はそう思っている。
檻の中で俺が頑張っている間、彼女たちもそれぞれ頑張っていた。自分にできることをやったのだ。結果の正しい間違いに関係なく、その姿勢を恥じることはしたくない。だから――
「それとも、俺の勘違いかな?」
「「っ!」」
気持ちは一緒だと思いたい。
俺たちは、仲間なのだから。
「……そうね」
「はい!」
どうやら勘違いではなかったようだ。
気持ちを確かめ合った後は、ルルワたちから逆に、そっちは何をしていたのかと問われる。
俺が囚人たちと軽く遊んでやっていた武勇伝を語っていると――満を持して、彼女たちは近づいてきた。
「――お姉さま。そろそろよろしいでしょうか?」
「アクレミア…………」
話が一段落ついたと思ったのか、それとも聞きたいことは全て聞き終えたのか、男女の二人組が躍り出る。
そのうちの一人は、アクレミア・シェメシュ。通称ルルワ3だ。顔はルルワを幼く、そして柔らかくした感じだが、首から下はあまり似ていない。たぶん服装の系統が全く違うからだろう。彼女は聖女を名乗るだけあって、清純な空気を全身に纏っていた。
「今後のお話を、わたくしの口から説明させていただきます。が、その前に彼の紹介を――」
「…………」
手振りで示されたので、俺は自然とその男を見る。
やはり若い。この世界には若者しかいないのかと思うくらいだ。
男は、貴公子風の美男子だった。この世界にはイケメンしかいないのかと思うくらいだ。
凛々しい顔つきと自信を匂わせる立ち姿。ただ目つきを筆頭に表情が険しいせいか、年齢以上に大人びて見える。
彼も、俺を見ていた。剣呑な空気を隠しもせず、睨みつけるというレベルで。
「こちらは、カロス・アントローポス。我が国ダソスが誇る宮廷魔術師です」
「――っ!?」
アントローポス。
俺はこの時ばかりは動揺を隠せず、弾かれたようにルルワを見る。
彼女は静かに――頷いた。
「アガトスの息子よ」




