第086話 魔女裁判(2)
「――以上が事の顛末、そして、我々の全てです。お預かりした兵を連れ帰れなかったこと、軍を率いた将として謝罪いたします」
これまでの全ての説明を終えたルルワが、この時ばかりは深く頭を下げる。
アワンはそれに続くようなことはせず、着席したまま静かにルルワの姿を見守った。
アワンも初めて耳にした、還らずの森での詳細を噛み締めながら。そして、そのあまりの内容に、先行きの不安に駆られながら。
「ふむ……ふむ。その必要はないな。敗軍の将に兵を語らせるほど我々も野暮ではない。まずは当事者の口から経緯を聞けたことは僥倖だ」
「…………」
アワンと同じく、いやアワンよりも深く噛み締めるように情報を咀嚼するのは――ダソス王。
アワンの祖父より一回り若く、理知的な瞳の輝きと野生的な気配が特徴的な彼は、一目で油断ならない相手だと思わせる男だった。ルルワの警戒具合からしても、その気配に実体が伴うことが伺る。
現に王は、圧倒的な質量を誇るそれら情報をそう時間もかけることなく飲み込み、言葉まで吐きだす。
未だ膨大な情報の渦に飲み込まれ、動揺に立ち直れない者達とは役者が違った。二勢力のトップにある若き二人も、それぞれ異なる理由から未だ立ち返る様子はない。彼らの気配の震えは、アワンから見ていっそ不気味なほど――静かだった。
「ラーヘル殿の情報とも相違ないだろうか? 何か補足の類あれば頂戴したいが?」
「そうですね……」
正直、今は話しかけてほしくないというのがアワンの本音だった。
ルルワと話してほしいと仲間甲斐のないことを一瞬思ってしまうくらいには、ここでは分が悪いことを既に自覚していたからだ。
同時に、最強の吸血鬼がここにいないことを心から悔やむ。彼の強みは戦場で振るわれる武力だけに留まらない。机上での舌戦においても必ず頼りになってくれる。まず口を開いてくれるかがかなり怪しいが、開きさえすれば負けることはない。
(見てないけど……)
アワンはそんな姿を実際に見たことはないが、ケインやレイラに聞いた話から、それを確信していた。何よりアワンの中にあるムメイという男のイメージにも合致する。
ムメイは尻が重い。それは戦いにおいても。
ちょっとムカツク奴がいたとか、ちょっと気に入らない奴がいたとか――そんな動機では絶対に戦わない。殺せばスカッとするから、勝てばせいせいするから、そんなくだらない感情のためにはテコでも動かない。
ただ一度戦うと決めれば、これまで座していた反動のように神速で駆け抜ける。そういう男だった。
普段は何にも考えてませんみたいな顔をしているが、彼なりのポリシーがそこにはあるのだと思われる。それも、絶対に譲れないレベルの信念が。
だから仮にムメイがこの場にいたとしても、彼が率先的に動いてくれるかは正直半々だ。今この場では建設的な議論しか交わされていない。それも、あってしかるべき当然の議題だ。たぶん彼はルルワとアワンに任せ、口出ししないような気もする。
しかし彼と言う男は、ただそこにいるだけで影響力を持つことも確かだった。特にルルワに関してはそれが顕著。ムメイがいるのといないのとでは、ルルワの余裕が明らかに違う。
アワンだって、何もしなくていいからここにいてくれと思うほどだ。やはり安心感が違うから。もしミスをしても、絶対にカバーしてくれる存在。必ず最後には勝ってくれる存在。
やはり強大なバックがいれば、鉄砲玉の動きも違ってくるのは当然だった。
だが、ムメイはここにいない。
ルルワもこの話題には多大な責任を感じているのか、強くは出れない様子。
どうにかできるのは、アワンしかいなかった。そして勇者の仲間としてやっていくと決めたからには、ここで黙っていることなど許されるはずもない。
アワンは優秀と周りからは評価される頭脳を必死に回転させ、急いで思考をまとめにかかる。
アワンがルルワらと合流を果したのは、彼女たちが森を出た後のこととなる。
ルルワという勇者の旅路において、特に重要なのはアワンが加わる前。彼らが聞きたい内容もそこのはずだ。やはり部外者であるアワンに、語れることは少ない。
そんな中で事情を知らないと分かり切っているアワンにまで情報を求めるということは、少しでも、どんなことでもいいから、限りなく当事者に近い第三者的視点からの意見も欲しいということだろう。矛盾するようだが、その気持ちはよく分かった。
なぜなら彼らは、アワン以上に何があったのかを知らない。
ダソスの者達からしてみれば、アルフレート大山の攻略のために送り出した勇者の帰還を迎えてみれば、そこには英雄アベルを筆頭に数千を超える兵たちの姿がどこにも見当たらなかった。それだけでも混乱を招いて然るべき内容だというのに、ここに兵らと入れ替わるようにして勇者の供となった吸血鬼の存在が加わる。
これでは何が何だか分からないのも当然だ。実際ロータル大谷で軽く話を聞いたアワンも、全く意味が分からなかった。言葉を選ばずに言えば、何やってんだ勇者と、ルルワに対し理不尽な怒りを抱いたものだ。
だからアワンには彼らの気持ちはよく分かったし、同じことを思っていた自分に彼らの態度を責める資格はないとも思う。
そもそもここに座す全ての者達には、国に対して、民に対しての多大なる責任が伴う。無責任に好き勝手言えるのは、それこそ責任とそこからなる苦労を知らない一般人だけだ。
その苦労の一端を知っている者の一人としては、「いいからムメイを解放しろ! 彼は強いんだぞ! 良い奴なんだぞ! 彼にやらせれば全部うまくいくんだ!」などといった幼い言葉を吐けるはずもない。それでは本当にごっこ遊びだ。
ただそれを加味したとしても、実状を知っている者の一人としては――彼らの方を間違っている側と見做してしまうのも、やはり避けられなかった。なぜならアワンは、ムメイという男を知っているのだから。
つまりは――
知っている者と知らない者。そして国に対しての責任がある者とない者。
今この場は、その程度の差しかない。そしてだからこそ、アワンはこの円卓から逃げるわけにはいかなかった。
彼らの土俵でムメイの存在を認めさせねば、意味がない。人類のために動いているのは彼らも同じ。ならばこそ、未来のために、ここで首を縦に振らせるしかない。
アワンは彼らと同じく、初見の情報を噛み締めている者の一人としてふるまうことで、時間を稼ぐ。
そして無言の時間として違和感が出始める頃に、満を持して切り出した。
「その前に、これだけは誤解なきようお伝えしておきますが、私もここまで具体的な詳細は初めて耳にしました。保有している情報量に関しては、皆様とそう変わりはないかと思います」
まず、これだけは言っておかなければならないことだろう。
ルルワは一国の機密情報を漏洩してはいないと。事実、ルルワの情報開示は非常に慎重だった。
今の今まで、仲間のアワンですら還らずの森の一件やアベルの裏切りの事実を知らなかったくらいだ。
グランド要塞から各国へと発表された声明も、勇者が12使徒を打ち破ったという歴史的大勝利と、勇者が支配した吸血鬼の存在のみ。
ルルワと他の者達とでは、先にルルワも言ったように、保有する情報量とその質量に圧倒的な差がある。やはりダソスの者達の反応もよく分かるというもの。
『弁明があるなら聞かせて貰おうか。我が国きっての英雄たちの命……そして世界の至宝、勇者の魂を吸血鬼に売り渡した、罪の』
事情を知らなければ、ルルワの行動は到底容認できないものだ。遥か昔、一度吸血鬼に滅亡の危機にまで追い込まれた国に、吸血鬼を連れ帰ったのだから。
それも原因は、吸血鬼に騙された女勇者。同じく勇者の立場にあるルルワと、吸血鬼であるムメイにとっては、致命的な過去だ。
まだ話を聞いてもらえているだけ温情があるとさえ思える。視点を変えれば景色が全く変わる。これほど分かりやすい事例もない。
つまりこの国の者達が恐れているのは、どこまで行っても悪い歴史の繰り返し。警戒は本当に当然のこと。歴史に一度しかないと思っていた前代未聞の大事件に、まさかの二度目があったのだ。揺れないわけがない。
アワンは今一度、立場をはっきりさせる。
この国の者達は徹頭徹尾、ルルワが吸血鬼に騙されていないかを警戒している。当たり前だ。勇者は人類にとっての希望。もしかしたら彼らは、国の滅亡よりも彼女一人の死を恐れているかもしれないほどに。
だからこそ、アワンは絶対に口にしてはならないそれにも、既に気が付いていた。この事実だけは、何が何でも隠さなくてはならない。
これがバレてしまえば、全てが終わる。もう誰にも信じて貰えなくなる。
ムメイという吸血鬼を世界に認めさせるうえで、このダソスこそが正念場にして分水嶺だった。
「配慮に感謝する。して、情報面にない貴女の言葉とは?」
「…………」
持っている情報に関しては、大した差はない。
このアワンの言葉は、情報の面以外からなら言える言葉はあると示唆するものだった。その意図を苦も無く汲み取ってみせるダソス王の姿に、アワンは場数の違いを痛感する。
考えてみれば当然。アワンもルルワも、まだ十代の小娘。経験値の差と、そもそもの内容の不利を鑑みれば、やはり全く油断できるような状況ではない。
アワンは何を置いても、口に出してはならないその事実を脳内で反芻し、その大前提を軸に基本方針を打ち出す。そこから導かれた答えは――
偽らないこと。アワンの答えは、至ってシンプルだった。
「はい。実際に彼女らと行動を共にした者としての言葉です。あくまで私の感覚、そして私情を多分に含んだ考えとはなりますが、ルルワ様のお言葉に嘘はないと思います」
「ほう……」
ルルワに情があり、ルルワ寄りであることを隠しもしないアワンの態度に、王は感心するように頷く。
ここで第三者を気取ることに意味はない。これまでのやり取りでアワンの立ち位置は透けて見えている。ならばいっそのこと開き直った方が良いとアワンは判断した。
そのうえで、心は偽らない。この状況でつまらない嘘は逆効果だ。それくらいならば、アワンは思っていることをただ素直に言った方がいい。
なぜなら、アワンは彼らの気持ちが分かるから。共感できるなら、逆もまた然り。
「一月にも満たない付き合いとはなりますが、彼女の気高き心、そして人類への奉仕の姿勢に嘘偽りはありません。同じ志を持つ者として、これだけは絶対の自信を持っております」
「ふむ……」
静かに受け止める姿は、アワンが何を思い、何に警戒しているかまで見透かしているようだった。そのうえで、アワンの言葉を妄信の類とは受け止めていない様子。だからこそ手ごわい。
こういったちゃんとした理屈さえあれば納得してくれるタイプには、やはり物的証拠は不可欠。そしてこちら側には、それがない。
彼は当然、そこを突いてくる。理解がなければ納得はあり得ないとばかりに、真実を問いただす。
「ラーヘル殿から見て、彼女の言う<死霊使い>の支配はどうかな? 力は正常に及んでいると思われるか?」
やはり来た。
ルルワが語った内容の中で、唯一といっていい嘘なのだから当然だ。
そもそも起こった事実自体が苦しさに溢れているが、この点はその中でも特に苦し紛れだった。
だがここが何より重要なのも事実。ルルワが吸血鬼を完全に支配できているかどうかが、この国の直近の問題にして最大の障害なのだから。
「何分専門外ですので、下手なことは申せませんが……」
「構わない。最も近くで見てきた者の、率直な意見が聞きたい」
前置きと煙巻き、二つの意味があったアワンの言葉にも、王は当然引き下がらない。
むしろここにきて、一番の眼光がアワンを貫く。ここに国民の安全がかかっているのだから、当然だ。自国の民ならば、頼もしささえ覚えることだろう。
アワンも王の偉大さと重責は知る所。その意志を汲むという意味でも、世界の命運がかかっているという意味でも、やはり嘘は言えなかった。
「術が正常に機能しているかどうかは……正直分かりません」
「「っ!」」
二か所の気配が、同時に揺らぐ。
その一つは、アワンのすぐ隣だ。彼女は当然、アワンが自分の味方をしてくれると思っていただろうから。
無論、アワンはルルワの味方だ。だからこそ、ルルワの死霊使いの力に関しては、懐疑の方針で押し進める。二人が100%正解だと口を揃えれば、嘘だと捲れた時に言い訳の道がない。それ以前に、怪しすぎる。
「ただムメイ・ヤレーアハという吸血鬼に、人間への敵意がないことは事実です。少なくとも私と共にいる間、彼が人間に手をかける様子は一切見られませんでしたし、その気配すら感じたことはありませんでした。一見すれば、彼は人間としか思えません」
アワンは真実だけを語る。
事実ムメイは、人間に限った敵意というものは持ち合わせてはいない。それは、たまたま敵が人間ではなかっただけとも言えるが、確かに人は襲っていないのだから、紛れもない事実だ。
吸血鬼にして人を襲わない。これは大きな材料のはず。
「なるほど。では君の言う通り術が機能していないと仮定した場合、かの吸血鬼はなぜ勇者の命令を聞いていると考える?」
「彼女に懐いているからです」
打てば響くように、答えを返す。
嘘をつく必要がないので、表情を作る必要もなかった。アワンは堂々と胸を張り、王を見据える。
「命令に従順なのは、とてもよく懐いているからです。彼が檻の中に大人しく入り、さらに今こうしている間も檻の中から出てこないことが、躾が上手くいっている何よりの証拠ではないでしょうか?」
物的証拠はない。それに、懐いているなどという不安定で曖昧な理由。だから、ムメイの行動を証拠にする。
人の言う通りに自ら檻に入り、今も出てこない。それも、簡単に出られるのにだ。これは完璧な調教と服従をイメージさせる。
人は実際に目にしなければ中々信じられない。この国でのムメイの姿を見せるしかない。
「私から見れば、彼女から引き離すことは多くのデメリットこそあれ、メリットは全くないかと思われます。中途半端な対処で不安を紛らわせるくらいなら、先ほど王自身もおっしゃったように、いっそ我々もまとめて牢に入れられては?」
できるもんならな――その言葉は、誰の耳にも聞こえたことだろう。
今この状況で勇者を拘束する。それこそメリットは全くなく、デメリットにしかならない。彼女には立て続けに12使徒を落としたという実績がある。各国から文句を言われずらい吸血鬼だからこそ、投獄できたのだから。
「それが人々のためだというのであれば、是非もありません。しかしその後のことは、皆さまだけでよろしくお願いします」
本来こういった的外れな脅しは好きではないし、論点をずらすなと自分でも思うが、アワンは言いきる。
正攻法では分が悪いのだから、いっそ開き直った方がマシだと。何も言えなくなるよりはいいと。
そんなアワンの攻勢を、ダソス王は満足げな笑みと共に受け止めた。
「なるほど……良い仲間に巡り合えたようだな。かような勇者の人徳を思えば、吸血鬼が懐くというのもあながち無い話ではあるまい」
「…………」
その気配を見て、アワンは率直に、試されていたと感じた。
17歳のルルワと、14歳のアワン。社会から見ればあまりに拙く、頼りがいの無い存在――それが若者だ。
これは人が大人になればなるほどに分かることだが、10代が突然社会に出されてできることは、ほとんどない。それは能力がどうこうとかの話ではなく、前提となる知識と経験が圧倒的に不足しているからだ。自分一人で世界を生き抜く力が。
かといって大人が全員頼りになるというわけでもないが、一定の信頼は担保される。それほど社会に出た事があるかどうか――この実績は能力、人間力を測る上で大きい。
だが今回、現場での判断はそんな少女らに委ねられる。まだ10代の二人に人類の命運が左右されるのだから、例え年齢は関係ないと銘打つ国の長とはいえ、いやだからこそ、その実力を見ておきたいと思うのは当然の心理。
それらを議題にかこつけて測られたのだと、アワンは直感した。人間一人一人、何も考えていないはずもなく、それぞれの思惑があるのは当然のことではあるが――彼は特に、本当の考えが読みずらい。
もしかしたら、こちらに適度な緊張感を与えるため、あえて敵意を隠していないのかと思うほど。他には、もっと別の狙いを隠す為とか。
「しかし厳しい言い方をすれば、どこまでも信頼性に欠ける話です」
アワンが他国の王の偉大さに内心感服している頃、彼は再び動きだした。
先ほどまで体を震わせ、険しい顔をして話を聞いていた男――彼も、若者だ。
ちょうど20代に差し掛かるような年の頃。目立つのは貴公子的外見。それはアワンをして、美男子と評するに差支えのないもの。
ただ、醸し出す気配は一貫して剣呑であり、女性から絶えず黄色い声を飛ばされそうなその容姿とは、あまりに合っていなかった。
そして、口に出される内容も。
「生き残った一人が歴史を好きに語って良いのならば、正義は当然その者でしょう。死人に口はない。仮にそこに正義があったとしても、もう語ることはできないのだから」
「勝者こそが正義では?」
挑発的な言動に、アワンは感情のままに答えを返す。
王とは異なり、彼は良い意味でも悪い意味でも空気感がアワンと近いため、言葉を交わしやすかった。
「では殿下は正義ではないな。彼女は敗軍の将だ。違うか?」
勇者陣営が一貫してアウェーなこの空間内にあって、先ほどから率先して噛みついてくるのは、カロス・アントローポスと名乗る男。
他の者達は下手に口を開けない、もしくは慎重に成り行きを見守る中、その青年だけは率先して矢面に立ち、勇ましく声をあげ続ける。その矛先は一貫して、ルルワだった。
(……何か因縁でもあるのかな?)
ルルワも彼には何らかの負い目があるのか、目に見えて強くは出ない。
アクレミアという王女に対してルルワが後ろめたさを感じるのは分かるのだが、なぜカロスにも同じような態度なのか。それも、ここまで言われっぱなしで。
しかしカロスの言葉は感情的ではあっても、感情論ではないのが痛いところだ。彼は先ほどから事実しか言っていないし、実際アワンでさえ思う。話が上手すぎると。
「アベル王子の裏切り。彼が魔王と手を組み、王女殿下を還らずの森へと誘導した。百歩譲ってここまではいいでしょう。魔王にも王子にも話は聞けない。そして我が国には遺憾ながら、この前提無くしては話が進まない」
正直アワンからしてもその前提から信じがたい話だが、信じるしかないのも確か。彼の言うように、そこを飲み込まなければ話が全く進まない。続く、その前提すら笑い話となるような――世にも奇妙な物語が。
「しかし、逃げ込んだ還らずの森にたまたま吸血鬼がおり、広大な森の中でたまたま殿下がその吸血鬼と出会い、話をしてみればその吸血鬼はたまたま善良かつ強大な力を持つ吸血鬼で、王子の謀略から殿下を救い出すだけでは飽き足らず、還らずの森からの脱出まで手助けし、これからは人類のために共に戦うことを約束してくれたという――」
「「…………」」
アワンは目を伏せる。
きっとルルワも同じような顔をしていることだろう。どんな顔をしていいのか分からなかった。こんな場でもなければ、いっそ笑いたいほどだ。
「殿下、こんな滑稽話が通ると本気でお考えですか? 王子が吸血鬼を紹介するために殿下を森へ連れて行ったと言われた方が、私はまだ納得できます」
そうなのだ。本当に、その通りなのだ。
魔王と手を組み、この世界から逃げたい、ルルワをこの世界から逃がしたいとの野望を叶えるため、還らずの森へ行くことを決めたアベル。そんな男が逃亡先に定めた場所に、たまたまルルワを救えるだけの力を持つ吸血鬼がいた。
視点を変えれば、吸血鬼が太陽を克服するに必要な勇者の血と処女の血。これに該当するルルワが、たまたま外に出たいと願う吸血鬼のいる森へと迷い込んだ。
世界的に見ても、まずあり得ない邂逅。どんな確率だというのか。
信じがたい現実だ。奇跡と言ってもいい。
しかも実際はここに、王女と吸血鬼の一大ラブストーリーが加わる。それぞれが互いを運命の相手だと確信し、共に外で生きていくと誓った――もはや神話に出てきそうなほどの荒唐無稽な物語が。
この奇跡のような確率を思えば、二人が互いを運命の相手だと思うのも無理はない――が、だからこそこんな話を誰が信じると言うのか。物語でももっと現実的な話になるだろう。
実際にルルワとムメイの関係性を見なければ、アワンも絶対に信じられなかった。今だって若干話を盛ってないか疑うほどだ。
アワンでさえ疑ってしまうのだから、ムメイを全く知らない者達が嘘つけと思うのも本当に無理がない。
それほど吸血鬼が人間に従っているというのは、常識では考えられないおかしな話だった。
「おっしゃるように、私に兵を語る資格はありません。ただ、これが事実です」
そんな指摘に、ルルワは言い訳の一切をしなかった。ただ事実を持ち帰った。それで押し通す。
潔い態度ではあるが、普段のルルワと比べれば、些か消極的に過ぎるような気もする。その理由にも、アワンは気が付いていた。
彼女は責任を感じている。
アベルの目的が、自分だったことを。そのせいで、大勢死んだことを。
無理もない。これに私は全く悪くありませんと開き直れるほど、ルルワという人間は身勝手でも心がないわけでもなかった。アワンだってユウキの件は、一生消えない罪として未だ残り続けている。
「それでいいと? 根拠を示していただかなければ、我々とて納得できない。あなたにはその責任と立場があるはず」
カロスはそんなルルワの弱みに付け込む様に、さらなる糾弾の姿勢を示す。ルルワはその怒りを受け入れるように、押し黙った。
一見頼りない姿に見えるが、ルルワが大人しいこの状況は、アワンにとっても都合が良い。ルルワの口からそれが洩れることが、最も恐ろしいからだ。
だからこそ、ルルワに食って掛かるカロスの存在は邪魔だった。なんとか注意を逸らす必要がある。
「根拠は必要ありません。結果だけが全てです」
「なに?」
アワンはルルワから無理やりバトンを奪い、そして少しばかり早いゴールを決めることにする。
その強い言葉には、カロスをはじめ、室内の全ての注目がアワンに集まった。
「彼は現に、大陸に名立たる12使徒、その内の二名を落としています。たった一月足らずで二名です。単体の実績だけを評価しても、人類の確かな利となっていることはもはや疑いの余地はありません」
「「…………」」
南領域勢力最強の12人と言われる存在を、ムメイは単騎で沈めている。それも、どちらも一日足らずで。こんなことができる存在が、他にいるとは思えない。人類側としては、なんとしても手放したくない戦力のはずだ。
「つまり彼は、南勢力に敵対の意志を示しているのです。仮に疑う点が多かろうと、この事実だけは揺るぎません」
異種族でありながら、人類に味方している。
それも12使徒を二人落とす功績。命がいくつあっても足りない偉業だ。気まぐれでやる様な者がこの世にいるとは思えない。つまりこの実績が、彼が人類側である何よりの証拠だ。
「利となる存在……それについては私も認めよう。私は12使徒を落としてはいないからな」
同意するような言葉だが、アワンは反語であると直感した。この後には、だが――と続くのが相場だ。そんなことは会話に慣れている者ならすぐにわかる。
アワンも、12使徒を落としてから偉そうなことを言え――などという子供じみた言葉は返さなかった。そんなことはアワンも無理だからだ。ルルワも無理だろう。他人の功績で強く出るほどアワンは恥知らずではなかった。
「しかし害にならないかという点においては、懐疑の余地がある。我々は人々の命を預かる立場として、これをどこまでも突き詰めねばならない」
「…………」
それを言われれば、やはりアワンも弱かった。
なぜなら、害にならないかどうかという点においては、アワンにも分からない。それどころか、ムメイ本人も分かっていないようだった。
自分はいつ爆発するか分からない爆弾だと、ムメイが語っていたことを思い出す。本人も処理の方法を知らないとも。
これら当人の覚悟と気高さを思えば、絶対に安全などとは口が裂けても言えなかった。
だから――
「人だって人は殺せます。こんなことは言いたくありませんが、あなた方の王家の血が、それを示している」
この程度の主張でお茶を濁すしかない。そしてやはり――
「言葉を返すようだが、その王子を殺したのは、吸血鬼だ」
理由はどうあれ、人を殺したという確かな実例がある。アワンも半ば予想はしていたが、上手く言い返されてしまった。
元はと言えばこの国の王子のせいだろうが――とも思うが、アワンの過去を引き合いに出されなかっただけ、まだ温情のある対応だろう。
彼は吸血鬼の信頼性のみを絶えず示し続けている。主張はブレていないし、やはり正当性はあちらにあった。
(分かっていたけど、分が悪すぎる……)
ムメイがなぜルルワに従順であるのか、その事実は絶対に口にすることは出来ない。実は逆であるという真実も。
その前提がある時点で、やはり苦しい戦いだ。そもそもこの国の負の歴史がどこまでも邪魔をする。ルルワとムメイには関係ない話だと主張するには、二人は過去をなぞり過ぎていた。
「それに、実績が自慢らしいが、そちらに関しても語れる歴史がないわけではない」
「っ!」
まさかそちらの方面で反論があるとは思っていなかったアワンは、素直に驚きを顔に出す。
その時には、カロスの視線は王へと向いていた。
「構わん。ラーヘル殿は勇者の供だ。それに、今後の話にも関係してくるだろう」
今後の話――ムメイの処遇以外に何かあるのか。それが頭の中で形作られる前に――
その物語のようなお話は、始まる。
「ルコス失踪後に建国した貴国では、知らなくとも当然。奴は常に歴史の影に隠れている。その馬鹿げた戦功からは考えられないほどにな」
つまり、200年以上前の話ということだろう。
アワンは当然生まれておらず、そこまで昔の話は、中々現世に残るものではない。
現にその話は、アワンも初めて聞くものだった。
「今から約200年前、当時世界を手中に収めていたルコス勢力を、たった一人で壊滅させた男がいた」
まさか、やり返されるとは思わなかった。
吸血鬼と王女の運命の出会い。それに匹敵するほどの――いや、超えるほどの滑稽話を聞かされるとは。
「消された使徒の数は5人。40試練など、面子が一新されたほど……」
ムメイの倍以上。
その信じがたい実績に、アワンは呼吸すら忘れる。
「その男も、南領域側からやって来たんだ。人間の……敵だった」
南領域側からやって来た。人間の敵。つまりは――
「【峠越】。気まぐれで人類に味方した――異種族だ」




