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吸血鬼転生~最強なのに太陽の光で死ぬ俺は、唯一の希望”処女の血”を吸わせてもらうため、お姫様勇者のペットへと成り下がる~  作者: 兄貴
第一章 約束の丘の祓魔姫

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第078話 A-one


 ユウキが創造した小宇宙。なぜ聖域の戦いはこの空へと移り変わったのか。

 それぞれの視点から、少し簡単にまとめておこうと思う。


 まずフィールドを生み出した張本人であり、聖域と合わせ、立て続けに己の有利な戦場へと敵を誘い込むことに成功した男――ユウキ。

 彼の思惑としては、やはりできるだけ自身に有利な要素を作り出すこと。初めて出会った己を遥か超える怪物を前に、彼は知恵を振り絞り、なんとか戦いの体裁を取り繕う。そんな涙ぐましくも必死な努力が、この結果へと結びついた。


 数千の命を使いたい放題。そして奪ったムメイの強能力の各種も自由自在。聖域という戦場では圧倒的に有利。それでも彼は、戦いは対等ではないと自覚したのだ。

 そしてそれは利口であり、まごう事なき事実。敵との力量差を悟り、そして自身の勝率の拙さを正確に嗅ぎ取った嗅覚は、彼が大陸最強の名を冠することに否定の余地を見出さない。

 地上での肉弾戦では毒の脅威と膨大な残機を加味してもなお先に潰される。ユウキは<月夜見ツクヨミ>解放後の数度の攻防でその未来を悟り、<狂月の漸近鬼ルナティック・ストーカー>との衝突でその結末を確信した。

 だからこその、空。疑似宇宙空間を生み出し、新たな戦場を展開。敢えて足場を作り出すことで、ムメイを空へと誘ったのだ。


 ではこの誘いに乗ったムメイはどうか。

 彼の究極的な目的は、ユウキの殺害。そしてそのためには、フィールド変更の要求に乗ることもやむなしだろう。ただ空を眺めているだけでは、勝つことなどできるはずもないのだから。

 ここまではいい。ユウキの思惑とも合致しており、矛盾もない。しかしこの空でのムメイの真の目的を、ユウキは誤認していた。

 ムメイの真なる目的は、ユウキを捕まえることではない。ましてやその彼を聖域外へ追い出すことでもない。徹頭徹尾、この聖域内でのユウキとの決着。


 片や、自身を一刻も早く無害化するために聖域からの追い出しを図っている。だから不利な空での戦いに臨むしかない。

 片や、空での戦いはむしろ望むところ。この戦いに何一つ不満などない。

 両者の考えは、この根底がずれていた。

 

 ムメイはこの聖域で、この空で、全ての決着をつけようとしている


 ならば彼が雷の力を封じ、純粋な肉弾戦を選択した理由とは。

 そして攻撃がスカされ続ける現状に甘んじ、それでもなお攻撃の手を緩めない理由とは。

 何か思惑がある。その懸念をユウキが抱くのは、もはや当然と言えるほどの大きな違和感なのかもしれない。

 しかし、ユウキは気づかない。なぜなら今彼は――


 それどころでは、なかったからだ。

 

「――っ!?」


 ムメイの制限時間、10分。その三分の一ほどが消費された頃――二人は変わらず、空での鬼ごっこに興じていた。

 しかし、既にその様相は大きく変わっている。例えるならば、そう――


 鬼は、鬼神へと。


「<岩裂リトスキスマ>!!」


「<愚者の逃罪手(フールズ・メイト)>!!」


 足場のない空中で、ほぼ同時に一撃を交換し合う。

 頬を掠めるような裏拳と、肉体に深く刻まれる斬撃。

 片や踏み込める大地もなく、さらに体を無理やり捻って繰り出したような半端な一撃。片や空を踏み台に、十全たる威力と速度を伴って放たれた必殺の一撃。

 毒の威力を差し引いたとしても、決して正当な取引にはならない。

 しかし、ユウキの身にもたらされた衝撃は、頬に残る鈍痛だけでは計り知れないものがあった。


「お"お"っ!!」


「おぶっ!?」


 離れ際に腹を蹴り抜かれ、大砲のような衝撃波が突き抜ける。

 ユウキよりも遥かに大きいダメージを負っているはずの存在が、先に動き出す驚愕の事実に、ユウキは眼を剥く。

 事実彼は、ムメイの足場として利用される程度の蹴りを前に、白目さえ剥き、歯を食いしばる。その僅かな時間で――


「<愚者の(フールズ)>――」


「っ!?」


 ムメイは次なる攻撃の準備を――終える。


 ユウキの体を蹴り、最短で直近の足場へと移動。そこから複数の足場を経た段階的な加速により、最速で目的地へ。

 この間、時間にして実に2秒弱。これまで経過した時間は、3分強。

 息もつかせぬ連続の猛攻。初速で追い去ることにより、ユウキが後手に使用できる時間をムメイは着実に奪っていった。

 そのほんの僅かなずれは、少しずつ少しずつ、ユウキの選択の手を奪っていき――

 

 そして今ここに、決定的なものとなる。


「<逃罪手メイト>!!」

 

「うぐぅっ!?」


 空での戦い。

 下馬評では一方に圧倒的不利と見做された戦場で、吸血鬼の脅威なる一撃が炸裂する。

 それは、大地であろうが空であろうが関係ない。フィールドなんかどこであろうと構わない。

 そうユウキに確信させるだけの、痛烈な一撃だった。


「くっ!!」


 拳の形をそのまま顔面に残すようなパンチに、ユウキの意識は半分消失する。しかしそのもう半分で、彼はしっかりと戦況を見ていた。

 覚醒した戦士は、もはや泣き言を溢す域にはいない。彼もまた、既に怪物の領域へと足を踏み込んだ一個。

 しかしそんな怪物でさえ、いやだからこそ――真なる怪物への驚愕と畏怖の念は、避けられなかった。


(ば、化け物めぇ!! もう慣れたってか!?)


 不幸中の幸いというべきか、パンチの威力によって吹き飛ばされたことにより、ユウキは図らずも距離を取ることに成功する。

 斜め上方へと威力そのままに吹き飛ばされ、ユウキもそれに抗わない。むしろ寄り添うように、恭順する様に、どこまでもその流れに身を任せた。

 吹きあがった己の鼻血を辿るように見れば、その先には既に動きだす影の姿が。これほどの一撃を叩き込んだ直後でも満足することなく、むしろ嬉々として獲物を追いかける姿――まさに悪魔。


(ちっ!)


 ユウキはこれまで通り、ムメイの足場を先読みして操作し、邪魔をする。しかしそんなささやかな抵抗は、既に1秒のロスにも繋がらない。

 ユウキの邪魔立てさえも先読みするかのように、ムメイは最善の修正をもってして常に最速を目指す。正直もう、この程度は嫌がらせにもなりはしなかった。


(計算外だ!! この分だと、これからもダメージは避けられない!!)


 空の上ではムメイの攻撃は決して届かない。この想定から始まった戦いだったが、開始から僅か3分で、既にこれが覆される。

 ムメイがユウキの元へと辿り着くまでに防御の盾を操作し、それによって攻撃を防ぎ、自ら接近してきたムメイにカウンターを繰り出す。この時足場もなく、空中で無防備な状態のムメイにはなすすべがなく、空でも自在に動けるユウキは確実にムメイの攻撃を回避することができる。

 攻撃を受けたムメイは、すぐに次なる攻撃のために再びユウキの元へと向かおうとするだろうが、これは足場を適度に操作して妨害。これによってユウキが戦闘時間を完全に操り、優位な戦場を維持する。

 このパターンをユウキは想定し、それは事実、確かに上手く行っていた。


 しかしこれを力技でねじ伏せたのが、怪物ムメイ。

 ユウキがこれほど余裕をもって対処できるのは、時間とそれからなる精神的余裕があるから。ならばその時間を、ユウキの手からまず奪い取る。

 その結果導かれる策は、最短最速での攻撃。それを畳みかけること。自身の攻撃が届くまで、何度でも。


 言うは易く、行うは難し。

 そんなことは例え思いついたとしても、誰にもできはしない。だが、ムメイはこれを成功させる。

 十数にもなる猛撃でまず盾を操る工程を取り上げ、次に回避の工程を取り上げ、さらに足場を操作する工程を取り上げ、最後にはユウキから精神的余裕さえ取り上げた。


 それはこの空での絶対のルールを犯す一撃。

 そして奪われた空でも対等以上に戦えると、ムメイが証明した一撃でもあった。


(どうする!? もう一度繰り返すか!? だが――!!)


 ムメイの攻撃によって上へと吹き飛ばされたことで、再び両者には距離ができた。また同じ手順を繰り返せば、ユウキに有利な構図が成り立つ。

 またムメイの攻撃をいなしつつ、ユウキだけが確実にダメージを与えることができるだろう。しかし――


(焼け石に水だ!! この速度なら、今度の適応はもっと早い!!)


 おそらく今度は先の半分程度の時間で距離を詰められることだろう。その次はさらに半分。その次は――

 この場慣れした気配と十全たる鬼気を見れば、もはや空での優位性はあってないようなもの。むしろここで精神的遅れを取る方がマイナスであり、これを繰り返すことにメリットは少ない。ならば――


(どうせ攻撃を食らうなら、やってやる!!)


 同じ手順を繰り返したとしても、遠からず再びユウキはダメージを食らうだろう。その結果は、再び策が破られることを意味する。

 ならば同じ策をもう一度破らせるよりも、こちらから前に出て積極的にダメージを交換する。同じ結果でも、腰の引けた一撃より、前のめりの方がずっといいはずだ。

 この不安定な足場でのムメイの攻撃が、地上で受けたものよりもずっと劣るというのは、もはや証明済みの事実。

 攻撃の威力は、空でも地上と変わらない動きが可能な、ユウキの方が大きい。ならば――


(やるしかない!! こいつに勝つんだ!!)


 ユウキは現状維持では勝利に繋がらないと、少ない情報から判断する。

 そして迷いながら戦うことが、最も良くないことだと。


 空での戦いが――今、変わる。

 高ぶる勇気のままに、獣は吠えた。


「人狼ゲームも、鬼ごっこも終わりだ!! 遊びじゃない!! 本当の戦いを見せてやる!!」


「…………」


 無言で距離を詰める鬼と、高らかに吠える獣。

 互いに炎を宿した瞳。焼けるような両者の視線が交錯し、目に見えない熱量が空を焦がす。その時――


 ユウキは、確かに見た。

 意識さえ置き去りにするような超速の時間の中――


 吸血鬼が、笑ったのを。


「<日神月歩ムーンウォーク>!!」


 瞬間、ユウキは動き出す。

 立ち昇った気迫の中に笑みを湛え、ユウキは太陽の地位を自ら放棄した。


 不規則に、もはや身勝手に動き回る惑星たちの隙間を縫い、掻い潜り、彼だけを目指す。

 これほどユウキを熱中させる、熱狂させる――ただ一人の男へと。


 空を翔け上がる存在と、ようやく空から駈け下りた存在。

 接触はこれまでの比ではないほどに早く、両者ともに、相手の速度を置き去りにするが如き最高の動き出しを見せる。だが――


「<夜王の(キングズ)>――」


 やはり先に動き出すのは、この男。

 いかなる場合においても先手を取る速さ、まさに神速。それは彼本人の気質でもある。どのような場面でも己が先に動き出し、場を制圧する支配力。そして王自ら進んで前へと出る覚悟。

 この攻撃は、ムメイという存在そのものを表現する技。彼が夜の王たる所以にして、絶対の矜持。


 防御を完全に捨てたユウキを前に、ようやく発揮する機会が与えられた代名詞。確かな威力を伴った吸血鬼の右足が、舌なめずりに震える。

 しかし後手を取る者は、その内容を見て次の行動を決める権利が与えられる。だからこそ、戦いでは絶対的な有利となるのだ。


「<一触即動タッチ・アンド・ムーブ>!!」


 岩を蹴り、空中で攻撃態勢に入っていたムメイの体が――止まる。

 それはユウキが初めて選択した、ムメイそのものの動きを止める手法。いざという時、最高の威力を発揮できるようにと、ユウキはこれを今まで温存していた。

 しかし、ここでそのカードを切る。この盤面を制した者こそが、この戦いの勝者。彼はそれを、分かっていたから。


「終わりだ!!」


 さらに、宙に浮いていた鎖を巻きつけることによって、ムメイの両腕を封じ込み、完全に拘束。これにより<一触即動タッチ・アンド・ムーブ>に抵抗されたとしても、ムメイにはもうなすすべはない。

 金属純硬度で二番目に位置する超軽量金属チタン。ムメイの腕力でも、この鎖を引きちぎるにはそれなりの時間を要する。そしてこの一瞬の攻防では、それは致命的な遅れだった。

 

「<連続岩裂シュネケース・リトスキスマ>!!」


 落下による加速と確かな重みを伴った、ユウキの連撃。アルフレート大山の一部さえ削り進める脅威の攻撃力は、やはりこれまでの彼の人生を更新する――いや、描かれた絵そのものを塗り替えるがごとき連閃。

 天才。その潜在能力を極限まで引き出し、そして溢れんばかりの才能をそのまま具現したような攻撃は――


「ぐっ!!」


 直撃する。

 

 腰回りを拘束する鎖を器用に避け、ムメイの胸に刻まれたのは、深い獣傷。

 肌表面は既にただれ、肉の一部すら平気で顔を出すような目も当てられない惨状。傷を治すことも出来ず、この空で攻撃を受け続けたムメイの残り体力――既に4分の1を切る。

 それは、正真正銘、ムメイが追い込まれていることを意味していた。

 このレベルの攻撃をあと数回でも受ければ、回復手段を取り上げられたムメイは遠からず死ぬだろう。

 だが――


「<夜王の(キングズ)>――」


 そんな機会は、もう来ない。


「なに!?」


 翼を奪われ、両腕を奪われ、女神の癒しを奪われ、空を奪われる。

 それでも――男は空を、取り戻す。


 空を――諦められない。


「まっ――!!」


 確かな覚悟を伴って戦地へと飛び込んだはずのユウキが、思わず制止の言葉を吐きだす程の――気迫。

 赤き瞳が日の光を塗り潰した時、夜王の力は今――解き放たれた。

 

「<先翔蹴ギャンビット>!!」


「――っっ!?」

 

 その一撃は、大地の獣を、遥か空へと送り出す。

 ユウキにどうにかしようという気力は、残されていなかった。なんとか飛ばされる意識を留めることで精いっぱい。

 だが、祝砲か花火か――それに近しいものへと成り果てたユウキは、それを見る。


 空から、遥か空へと放たれようとする――雷の顕現を。


「<電光醒覚ブリッツ>」


(!? ここで!?)


 その輝きは、まさに起動。青白い力が弾けた瞬間、鎖は跡形もなく砕け散る。

 空では頑なに温存していた、雷の力。その脅威が、帰って来た。

 しかし、それはこの空での戦いを放棄することに近い。なぜなら――


「馬鹿が!! 足場がなくなるぞォ!?」


 雷のパワーは良くも悪くも周りを破壊する。先のような動きができていたのは、ムメイが己の脚力を完璧にコントロールしていたからに他ならない。

 だから岩々や木々を破壊することなく、あれほどの動きができていたのだ。それは一重に、ムメイの卓越した身体操作技術、そして力のコントロール技術によるもの。

 しかし覚えたての雷では、それができない。あの暴力をコントロールできるほどの次元には、ムメイはまだ到達していない。


 そのユウキの予測は、正しい。

 だがやはり、間違ってもいた。

 雷は、既にムメイの手の中にある。


「いらねえよ。ちょうど鬱陶しかったとこだ」


「っ!?」


 暴力の鬼神はここに顕現し――雷は、爆発する。


 その動きは、まさに一瞬と言うにも馬鹿馬鹿しいほどの刹那。

 しかしこれが走馬灯とでもいうのか、死の境地に足を踏み込む者の感覚とでもいうのか――ユウキにはその動きが、はっきりと見えた。そんな気がした。

 岩を蹴り、その岩が破裂すると同時、小さな衝撃波が巻き起こる。また次の岩を蹴り、破壊の産声があがると同時、ムメイの姿がその場から掻き消える。

 それを繰り返した先に、何があるか。それは――


 ユウキでさえ捉えられない程の、雷の疾走である。


「っ!!」


 下で何かが光った。

 そう思った時には、既に雷はそこにいた。


 己の頭上を取った天の災害を前に、ユウキは目を日開く。

 回避を――やはりそう思った時には、既に攻撃は迫っていた。


「<妖精の赤雷(スプライト)>!!」


「ぎっ――」


 電撃に歯を食いしばったのは、せめてもの肉体の反射だった。

 だがそれは、ユウキがその攻撃に対し、完全に成す術がなかったことを意味する。現に、鳥が絞められるようなか細い声だけを残して、空の支配者は、空を追われた。

 否、本物の支配者の手によって、再び空を奪われたのだ。


 目も眩むような閃光と同時、超速で大地に叩きつけられた獣は、背中に信じがたいほどの衝撃を受け、ノックバックする。

 肺の空気、その全てが体外へと無理やりに追い出されると同時、電気の猛追が、ユウキの戦意と体力をみるみる奪っていく

 やはり分かっていたことではあるが、感電ダメージとユウキのオート化した<霊魂奉納プシュケース・アナテシス>は、致命的に相性が悪い。

 ルーニーはそのためにこの能力をムメイに授けたのではと、穿った目で見てしまうほどに。


「くっ!」


 強大なダメージの余韻に浸ること、数秒。揺れる体と脳に活を入れ、ユウキは目を見開いた。

 たまたま雨水が溜まった場所に落ちたのか、泥水が体を滴るが、当然眼中にはない。大地に四肢をつき、養った気力で再び立ちあがると、眼中になくてはならない男を見るために、顔をあげる。

 この切り替えの早さと戦闘継続の意思には当然、勝手にユウキの心身を戦闘前にまで戻してくれる<霊魂奉納プシュケース・アナテシス>の力が大きい。

 しかし彼の気力が影響していないかと言われれば、全くの嘘になった。


 覚醒したユウキの心は、ちょっとやそっとのことではもう折れない。

 絶対に負けられない戦いを前に、彼は確かに戦士となったのだ。だが――


「っ!」


 戦士は、もう一人いる。

 同じく絶対に負けられない戦いに挑む、世界最高峰にして、超一流の戦士が。

 その男は、遥か空から、大地の挑戦者たるユウキを見下ろしていた。そう――遥か空から。


(っ!? あの位置!! ま、まずい!!)


 それはまるで、洞窟の天井にぶら下がるコウモリを思わせる。逆さで大岩の上に乗るムメイの姿に、ユウキは一瞬にして悟った。その最悪の予感を。

 この位置、あの距離。この次に、何がやって来るのかを。


(<狂月の漸近鬼ルナティック・ストーカー>が来る!!)


 そしてようやくユウキは気が付いた。ムメイの真の目的に。

 空での不利な戦闘を受け入れたのは、全てこのため。ユウキを空へと追い立て、<狂月の漸近鬼ルナティック・ストーカー>の助走距離を作り出すため。

 思い返せば、ムメイはユウキを空高くにまで追い立てるように距離を詰めていたし、攻撃が当たった時も、必ず上方へとユウキを吹き飛ばしていた。

 つまり、ムメイの狙いは――


(まずい!! 聖域が吹き飛ばされるぞ!!)


 上空からの<狂月の漸近鬼ルナティック・ストーカー>により、聖域そのものを消し飛ばすこと。

 いや、その攻撃によって、ユウキの残り一回の<撃退の唸りエクセラウノー・オリュオマイ>を使用させることだ。


(くっそ!! やられた!! 最初からこれが狙いだったのか!!)


 聖域を守るためにユウキは一度、<撃退の唸りエクセラウノー・オリュオマイ>を使っている。それも同じ、上空からの<狂月の漸近鬼ルナティック・ストーカー>に対して。

 ならばもう一度これを繰り返されれば、ユウキはその手を使って攻撃を無効化するしかない道理。ユウキは一度前例を作り出してしまっているのだから。

 つまりムメイのこれまでの全ての動きは、そこへ到達するため。翼を奪われた状態でこの状況を作り出すために、空の戦いを望んで受け入れたのだ。


 戦いを熾烈なものとしたのも、疑似宇宙をできるだけ高くあげさせるためだろう。事実ユウキはムメイの猛攻に意識を取られ、<一触即動タッチ・アンド・ムーブ>の全体操作にまで気が回らなかった。

 事実、気が付けばこれほどの高度にまで小宇宙は上がっている。そしてその中でも最も高い位置に座す惑星の一つに、ムメイはいた。

 ムメイが目指していたのはユウキではなく、その場所だったのだ。彼は最初から、そこへ辿り着きたかった。


(使うか!? 使わざるを無い!! っ!? いや待て!! 落ち着け!!)


 ユウキが逸る心と精神的動揺の中でそれに辿り着けたのは、運が良かった――それ以外の何物でもない。

 もしくは、極限の精神状態の中で戦士の勘が働いたのか。それとも野生の勘の成せる業か――それも分からない。

 しかし、彼は確かに、その答えへと辿り着いた。


(あの時と条件は同じじゃない!! 奴に空を翔ける力はもうないんだ!!)


 一番最初の一撃――つまりユウキが<撃退の唸りエクセラウノー・オリュオマイ>を使ってまで回避した一撃は、丘そのものを消し飛ばすほどの威力だった。

 それは、間違いなく<狂月の漸近鬼ルナティック・ストーカー>の威力としては天上だろう。<浪漫非行イカロス>と<日神月歩ムーンウォーク>、二つの能力を併用し、そこに落下速度を加えたあれこそが、ムメイの最大威力。

 そして二撃目は、曲がりなりにも大地を蹴り、雷の衝撃波で翼の不足を補うことで、これを模倣した。しかしユウキの体感では、やはり一撃目のものよりは威力は劣る。


 ならば今回はどうか。

 二撃目と同じく雷のパワーによる推進こそあれど、その足場は脆くも頼りない岩。おそらく踏み出すと同時にそれは破壊されることだろう。決して雄大なる大地の代わりは効かない。

 この時、一撃目はもちろん、二撃目と同等の威力を出せるかも怪しい。

 つまりは――


(聖域は吹き飛ばされない!! 受けられる!!)


 既にユウキの残りの生命力は、半分を切っている。しかし仮にこの一撃が二撃目と近い威力だったとしても、まだ1000以上は魂が残る計算。

 ムメイの残り体力の予想を鑑みれば、まだユウキが有利。むしろここで確実なダメージを与え、追い打ちをかける方が良い。

 ムメイの目的は、最後の<撃退の唸りエクセラウノー・オリュオマイ>を使わせること。ここまでの全ては、そのための策。ならばこれを無に帰すことが、今ユウキの成すべきこと。

 そう考えるとこの時間は、ユウキが最後の一回を使うのを待っている時間とさえ思えてくる。ならば――


「やってみろよ!! ボクの聖域を、吹き飛ばせるもんならなぁ!!」


 ユウキはここに、全霊で受けて立つことを決めた。


「<浪漫非行イカロス>!!」


 大地の獣は、再び空へ。

 来ると分かっている大技へ、災害の中へ、単身飛び込む。

 もはや覚悟とか、信念とか、そんな言葉は不釣り合いなほどの境地。

 勇敢なる者の特攻を、大地と風は送り出す。


 同時に動き出すは、空の支配者にして、世界最高の個。

 勇気ある若人の魂を全霊で歓迎し、彼もまたこの戦いに臨み、そして、望む。

 それはまさに、空から大地へと迸る、一筋の落雷だった。


「<狂月の漸近鬼ルナティック・ストーカー>!!」


「<勇者の一撃(へーロス・プレーグマ)>!!」


 ここに、二度目の大激突は巻き起こる。

 人外の化け物たちの強大なる一撃は、空間に歪を起こし――

 その大気を割るような衝撃は、ユウキの生み出した疑似宇宙をいとも容易く消し飛ばした。

 空が揺れ、その後、呼応するように大地が揺れる。


 押し勝ったのは、またも吸血鬼。

 落下速度を伴った特攻は、ユウキを道連れにするように、大地へと。


 ユウキの読み通り、聖域は吹き飛ばされない。

 しかもユウキがその身で受けて立ったことにより、その衝撃は大地にまで届くことはなかった。

 その代わりに、直撃を食らったユウキの魂は、予想通りその大半が削り取られる。だがこの結果を経ても尚、残り体力と時間を計算すれば――

 ムメイの方が、不利だった。


 全てがユウキの目論見通り。

 そのはずだった。


「ぎゃああああっっっっ!!??」


 襲い来る恐怖のダメージに、ユウキは魂そのものがやすりで削られるが如き激痛を感じる。

 その正体は――


 感電。


 それも、これまでのものとは桁が違う――

 まさに雷そのものに打たれたような、絶大なるショックだった。


(なに!? なんだ!? 何が!?)


 ユウキが驚くのも無理はない。彼は電気の本当の恐ろしさを、知らない。


 感電。

 人体内部は水分と電解質を多く含み、本来電気を通しやすい。しかし乾いた皮膚や毛がある程度の抵抗と化すことで、この脅威に立ち向かう力が生物にはあった。

 それこそが、電気抵抗力。オームの法則は有名だが、簡単に言えば人体表面の皮膚が湿潤時にある時、この抵抗力は桁が違うレベルで低下し、その抵抗の低下によって、肉体を流れる電流量は跳ね上がる。

 乾燥時と湿潤時。その数値の変化は、10分の1から、下手をすれば100分の1にまで。無論濡れ方、傷の有無、塩分、接触面積、電圧――あらゆる条件でこの数値は変化するが、ここで重要なのは細かい数字ではない。

 そんな誤差が気にならない程の話となるからだ。


 つまりどういうことか。ただの感電でさえ確かな電気ダメージとなるほどの電圧。それを受ける側の抵抗力までが最低値にまで落とされてしまった場合――


 その脅威は、雷に匹敵する恐怖と化す。


(雨水!? 水溜まり!? こ、こいつ……!! まさかこのために!?)


 衝突に押し負け、大地へと叩きつけられたユウキは、そのままムメイに上から動きを封じられた上で、泥水の中に顔を押し付けられる。

 とても跳ね返せるような腕力ではなく、終わる気配のない感電の追撃も相まって、ユウキにはもはや打つ手がなかった。

 そう、たった一つの切り札を除いて。


(これが!! これが狙いだったのか!!)


 完全にしてやられた。

 これまでの全ての攻防は、この位置に、この場所にユウキを連れてくるためのもの。

 あの空での戦いも――

 <狂月の漸近鬼ルナティック・ストーカー>をチラつかせ、ユウキに狙いを誤認させたのも――

 全ては、このために――


「ぐぅぅっっ!! あ"あ"あ"あ"っっ!!」


 獣は、吠える。

 それは完全に出し抜かれた悔しさか、それともその事実に気づきもしなかった己への怒りか。それら全てによる、屈辱か。

 そうしている間にも、<霊魂奉納プシュケース・アナテシス>の自動発動は止まらず、どんどんと魂を消費していく。

 その消費速度は、これまでの比ではない。やはり持続する電気ダメージは、ユウキの自動発動した<霊魂奉納プシュケース・アナテシス>とは致命的なまでに相性が悪く。そして――


 全身が濡れ、電気抵抗が大幅に低下した今のユウキの体は――電撃の脅威を、諸手をあげて歓迎した。


「――ぁあ"あ"っっ!! ワン!!」


 残りの魂が400近くにまで迫った頃――

 ユウキはようやく、最後の切り札を発動する。


 三度聖域から追い出された吸血鬼。

 この時、残り時間は――5分を切る。

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