第075話 見えた決着
「<勇者の一撃>!!」
「――っ!?」
疾風と化した獣が、太刀音のない斬撃を繰り出す。
確かに俺は目で追っていた。それを追えていた。そして、確かに迎撃しようとした。
だが、その一瞬だけは――
体が、動かなかった。
「くっ!」
袈裟懸けに切り裂かれた肉体と、その傷口に塩を塗るように畳みかけられた猛毒。血を蝕む脅威が、直接血液に接触する。
初めて攻撃がモロに入った。しかもそれは、これまでの俺の攻撃を帳消しにするほどの一撃。
それは単純な威力の話ではない。戦闘の流れを俯瞰的に見た上での、影響力。
俺とユウキの一騎討ちにおいて、この一撃はただのダメージでは測れない、絶大な意味を含んでいる。直感的にも理屈的にも、俺にはそれが分かった。
だから、このままやらせるわけにはいかない。
「<浪漫非行>」
「っ!?」
致命的な後れを取り戻すように、俺は即座の追撃を試みる。大技の余韻によって体が流れ、感電によって肉体の硬直も避けられない――そんな攻撃直後のユウキを狙う。
しかし――威嚇のように振るわれた左の大振りは、掠りもしなかった。その姿、まさに空を切る。この隙を狙って来ると予想していたユウキが、僅かに先に動きだしていたのだ。
あまりに手ごたえの無い結果に驚きつつも、俺は攻撃を繰り出す前から、この結果を薄々分かっていた。遅れは決して取り戻せないから、遅れなのだと。
今は完全に、ユウキのペースだと。
(…………空か)
だから早々に前言を撤回し、早く先の失態を取り戻せと逸る気持ちを押さえ込む。
こういう時に慌ててミスをカバーしようとすると碌な目に合わない。大損を何とかしようと急いで対処に取り掛かり、失敗。その失敗の穴埋めをしようとしてまた失敗。最後にはここまで労力をかけたのだからもう引き下がれないと、する必要のない莫大な損失を被る。
最初の時点で踏みとどまっていれば、最低限の痛手で済んだ。そういう経験はもう嫌と言うほど繰り返している。
それを人生経験から知っていた俺は、絶対の攻めの理念を一時放棄し、あえてここで深追いを辞める決断をした。
見上げるは、遥か空。俺の世界であったはずのそこには、我が物顔で鎮座する獣の姿。
<反教底位>がない影響か、遥か空に舞い上がったユウキの発見は、いつもより僅かに遅れた。そこに至るまでの動きの追尾も。
俺は全力の戦闘では、<反教底位>の使用を打ち切らない。脳の負担とそれからなる精神的苦痛に目を瞑ってでも、実利を優先する。だからこそ、これほどの局面となるとその可否が鳩尾への鈍痛のごとく響いた
いや――
(それを言うなら、他の能力もか)
<浪漫非行>があれば、こんなふうにボケっと空を見上げることもなく、ユウキを世界の果てまででも追いかけ、撃墜していたことだろう。
<一触即動>があれば先の一撃を発動させないこともできただろうし、<日神月歩>があれば完全に躱しきることもできたかもしれない。
能力を普段通り十全に扱えていれば、あんなことには――
(…………よせ)
現状把握のはずが、意図せず負け惜しみに流れつつあった思考を、俺は即座に打ち切る。
あれがあれば、ここがこうだったら――なんて言い出すのは、まさしく負け犬の思考だ。
後からなら何とでも言える。だからこの世は結果だけが真実であり、今目の前にあるものだけが確かな現実なのだ。
俺はしてやられた。あれは、疑いようのない敗北。
ユウキの気迫に気圧され、肉体を蝕む毒の脅威と合わさって、致命的な隙を晒した。電撃の脅威、絶望のダメージに、ここで前に出てくることはないだろうと、高をくくったのだ。
この事実を受け入れることができなければ、この先の俺の勝利もない。
それも――俺は分かっていた。
(…………よし)
オープニングを完全に取られるという大敗北から僅か数秒、俺は完全に頭を切り替える。
そうなると、続けて起こるのは心の昇華だ。俺という人間の本質が、顔を出し始める。
(あのイコラオスですら、通常時の俺には攻撃を当てる事さえできなかった。それを……)
刻まれた体への傷と精神への傷。それらを闘志へと変換する。
対戦者の圧倒的な成長、いや進化に――俺は心から笑みをこぼした。
(そうか……そうだよな……)
負けられないから、人は強くなる。
弱さを受け入れることが強さ。そして勇気こそが力だ。
俺は、間違っていなかった。
(おっと……そんな場合じゃないだろ。なに浸ってんだ)
現状大きな後れを取っている側である俺が、そんなことをしている暇はやはりない。
開幕の攻防を制し、流れは完全にあちら側なのだ。目を細めて温かい視線を空へ送っている場合じゃない。
俺は視線を意図して鋭いものとする。ここからは、現実を見なくてはと。
(何かしているな……回復か?)
遥か空へと舞いあがる存在を見送り、10秒ほどが経過した今も、ユウキは依然降りてくる気配はない。高度は30mを優に超え、俺の追撃を恐れていることが伺える。跳躍で撃墜された先の反省を活かしたのだろう。流石にあの距離は俺の<偉大一歩>でも届かない。いや、今はそんなこともないのか――
(バフかな? ならこの時間で俺がすべきことは……)
最初に頭をよぎった、攻撃のダメージで動けないフリをし、ユウキを地上へとおびき寄せる――という案は、即座に却下する。俺は別に騙し討ちを卑怯とか言うほど子供じゃないが、これはたぶん怪しまれると思って。
俺が敵でも、戦闘中俺が急に腹痛を訴えだしたら「うそつけぇ!!」と思うことだろう。臓器垂れ流しでも構わず突っ込んでくる方がまだ納得できるというもの。なぜかイメージの中の俺は目をギラギラさせながら高笑いしているのだが、これこそ※映像はあくまでイメージです――だと思いたい。
(かなり時間がかかってるな……作戦タイムか?)
それは考えられる。ユウキにとって最高の開幕を迎えた一戦。ここは慎重に行きたいと思うのはむしろ当然だ。
ユウキにとっては俺の能力の数々は未知とは言わずとも決して既知ではない。それらを上手く扱うための策を立てているのだとしたら、納得できる。
ならば俺がすべきことは、この時間を使い、これまでに分かったことを考えにまとめること。それも、できるだけ素早く。
どうせ空にいるユウキ相手には、現状どうしようもないのだから。
(まずは……俺の能力に関してだな)
俺はこういった戦闘中の思考は、順序だてて考えていくことでかなりの時間を短縮できると思っている。やたらめったら思いついたことから考え出すと、同じことを考えたりして結果的に二倍以上の時間を取られるのだ。だから多少穴があったとしても順番に一つずつ、最後まで通しでまとめ切った方が良い。これも経験則だ。
雷の力。予想はしていたが、かなりピーキーな仕様だった。
俺が最初にイメージしたのは、アベルがやっていたような光線状の雷の発射だ。非常に似通った力なのだからまず真似をするのは人として当たり前のこと。そしてこれが基礎的な攻撃方法の一つだと誤認していたことが何よりの失敗。
能力取得後初の力の解放。そして華々しい開幕の狼煙となるはずだった初撃は、文字通り空へと散った。
ほぼ同タイミングで俺そのものが飛ばされてしまったことにより、全容は確認できなかったが、指から放たれたその瞬間から空中で放電が始まり、真っ直ぐに飛ぶとかそれ以前の問題だった。
雷は全体的に下の方へと吸い寄せられるように流れていき、あの感じではユウキの体にもきっと届かなかったことだろう。
あの一撃で俺は悟った。これは簡単な能力ではないと。
(魔力制御の技術が必須の力だ……遠距離攻撃なんかは夢のまた夢……)
少なくとも、この戦闘中に十全に扱うことは不可能と断じても良い領域の最難関技術だと思われる。
俺がイメージする、雷を飛ばすような攻撃はまず無理だろう。それを自由自在に扱うなどもってのほかだ。おそらく今の俺では畑そのものが違う。
今だって、雷を体の中に留めておく制御だけで精いっぱいだ。なら垂れ流しにすればいいとも考えたが、それをすると一気に魔力が枯渇する。
だから現状、内に閉じ込めた雷のパワーを攻撃に乗せるというのが最適解だ。事実、決して雷そのものとは言えないようなただの感電による電気ダメージだけでも、かなりの有用性が感じられた。
つまり初撃は失敗に終わったが、即座に考えを改め、移行した二撃目は大正解だったというわけだ。いや、そう考えると一撃目でさえ正解だったと言えるのかもしれない。俺はあのミスで、一つ気づいたことがある。
そしてそれこそが、この勝負の決め手になるのではという予感が、今からあった。
(次はユウキの能力……)
ユウキの能力に関してだが、<妖精の丘>は解除できない能力と考えてほぼ間違いない。
それは俺の先手を封じたユウキの初撃が証明している。あの時、俺は聖域から数キロ先の地点にまで飛ばされた。<反教底位>の位置探知がないため、最速で動き出しても帰って来るのにそれなりの時間を要することになってしまったが、今はいい。
重要なのはあの力が、ルーニーが三回までしか使用できないと言っていた追い出し能力であること。ならば必然的に<妖精の丘>は発動状態にあったと考えられる。
ここから分かるのは、やはり<妖精の丘>はユウキの切り札。一度でも無効化してしまえば、もう発動はできない。
(聖域の外にユウキを追い出してしまえば、おそらく能力は解除される。それが最善手)
<妖精の丘>そのものが解除されるのかは定かではないが、少なくとも聖域の外では回復も追い出しもあの移動法も使えないはずだ。
能力を奪う力については、もはや考えなくともいい。今の時点でユウキが<公序陵辱>を使用していないことを考えると、俺の推測はやはり当たっているから。
(この傷も、絶対に治すわけにはいかない)
かなり深い傷だし、少しでも気を抜けばいつもの癖で治してしまいそうだが、絶対にそれだけはまずい。<公序陵辱>を奪われ、もし太陽によるダメージの回復ができなくなった場合、俺は即死だ。
くどいが、これだけは絶対に頭に入れておかなければならない。
(そろそろ何かしないと不自然か……雷の能力を試さないというのも、あちらからすればおかしな話……)
俺はこれまでの攻撃で雷の力についてあらかた理解し、そしてそれに気付いたことをユウキに気付かれたくないのだが、あちらからすれば「初見の能力をなぜ色々と試さないんだ?」と当然のように思うことだろう。
その違和感から俺が気づいたことについて悟られるのもまずい。それまでにあと残り一回の追い出し能力を温存されてしまったら、九分九厘俺の負けだ。あれは距離を取るという意味でも、大規模攻撃を無効化するという意味でも、非常に重用される力。
つまり、この戦いでは絶対の鍵を握っている。思い切りの良かった二回目の使用に反して、残り一回の使用はこれまでになく慎重になることだろう。
そこを上手く騙して、使わせる必要がある。これは絶対に回避しなければならないほどの決め技だと思わせなければ。
それにはやはり、戦闘の流れは必須。最終局面を誤認させる立ち回りをしなくてはならない。
ならば――
(さあ……お手並み拝見だ)
空と大地で向かい合い始めて、一分。俺はようやく動き出す。
両手に握りしめたのは、大地や岩石が砕けた破片だ。侵入者のせいで無茶苦茶に荒らされた聖域には、もはや当たり前のように転がっているもの。
そこに、電気を流す。圧力で壊れないように大きめのものを見繕ったが、早々に破壊の悲鳴をあげだしたそれらを、俺は急ぎ足に空へと解き放った。
「<月の砂>!!」
「っ!!」
星の欠片が解き放たれ、宙を目指す。
投擲を届かせるには本来拙い距離。しかし、雷の礫は瞬きすら許されないほどの速度を伴って、獲物を急襲する。
十分な速度を伴い、この距離であって威力も申し分ない。だがそれらの全てが届く前に、その場からユウキは掻き消えた。
(やっぱ無理か。これは……うん、無理だな)
石礫に電気が流れたのは、俺がそれらを手にしていた時のみ。俺の手から離れたその瞬間、ただの石へと戻った。
電気の原理を考えれば至極当然のことではあるのだが、なんだかなという気分にさせられる。もっと都合の良い仕様でいいのにと。異世界に転生してもう幾度も思ってきたことだが、中々思い通りにはいかないものだ。
(魔力が扱えるようになると、また話は違うのかもな。いや、それよりも――)
俺は空中で見事な回避を見せたユウキを見上げる。
その動きは、まるで空に射線を描くようだった。他人から見たらこんな感じなのかと、若干の感動すら胸に抱く。
(使いこなしてるな……あいつもしかして、天才なんじゃないか?)
おそらく、石礫は目で見切ったのではないだろう。あれだけの数を目視だけで躱せるとは思えない。ならばあれは、<反教底位>の力と考えるのが妥当。
一瞬だけ発動し位置を補足。軌道から予測して攻撃の及ばない箇所を見つけ出した。そこまでの移動は、<日神月歩>だろう。
つまり今の攻防、ユウキは<浪漫非行>と合わせて計三つの能力を使用していたということになる。彼自身の能力を合わせるとほぼ倍だ。
信じがたい応用力と順応力。天才という肩書に異論を挟む余地が見当たらない。
(え? 誰だよあいつに発破かけたの。これ負けたら笑いものじゃないか?)
勝ちを匂わせる佇まい。漂う圧倒的な自信と、それを超える覚悟。そこから導かれる思い切りの良さが、戦闘のキレに繋がっている。
ここにきて最高のパフォーマンス、圧巻の迷いの無さ。
まさしく、天才の覚醒としか言いようがない。そしてアレを生み出した馬鹿がいるらしい。しかもそいつはアレの敵らしい。誰だ? そう、俺だ。
(ま、こっから勝つのも俺なんだけどな)
俺が内心でこっそり勝利宣言を行っていた頃、ようやくユウキは動き出す。
それは、いつかの俺を真似るような動き。助走距離を確保するように高度を押し上げていく姿、まるで矢を引き絞る弓のごとし。
明らかに、空気が変わった。それは再開の合図にして、早々の決着を願い出る挑戦者の姿。
俺はその動きだけで、意図を悟る。
そして挑発と言う形で告げられた誘いに、笑みを深めた。
「空に来る度胸があるかッ!?」
「誰に言ってんだ?」
人外の聴覚が声を捉えた時には、俺は躍動の準備を始めていた。
翼を奪われた今の俺では、空中戦は圧倒的に不利。そんなことは分かっている。
だが、関係ない。吸血鬼が空の戦いを挑まれて、引き下がるわけにはいかない。逃げるわけにはいかない。
なぜなら――
「<偉大一歩>!!」
「<日神月歩>!!」
大地が、爆発する。
脚力による跳躍に、雷の力が加わったことにより生まれたのは、爆発的な推進力。それは衝撃波に吹き飛ばされたと言っても過言ではない。
俺ほどの身体操作技術がなければ、まず制御は不可能。己の意図せぬ場所に弾き飛ばされて終わりだろう。
だが――
俺は、真っ直ぐに空を舞う。
大地から迸る、一害の雷と化す。
迎え撃つは、天を駆け下りる獣。
防御も回避もかなぐり捨てた無謀な特攻は、明らかにこれまでのユウキとは趣が異なる。
それは覚悟の違いだけではない。もっと別の要因による、匂い立つような勝算の影。
だが――
俺は、それら全ての考えを――放棄した。
今だけは、何も考えたくなかったから。
「<狂月の>――!!」
「<勇者の>――!!」
そこだけは、誰にも渡したくない。
太陽も、月も――そこにしかないから。
だから空は――
「<漸近鬼>!!」
「<一撃>!!」
俺の――世界。
翔け上がる光が、今、空を穿ち――
駈け下りる闇が、今、丘へと帰る。
大気が揺れ、大地が揺れ、空が揺れ、そして丘が揺れる。
聖域に叩き落とされたのは、天の守護者。
吸血鬼は再び――空を奪われた。
***
(…………なるほどな)
今、分かった。いや、ようやく確信した。
大地というベッドで仮眠――いや小休止を取る俺は、今の攻防に、この勝負の決着を見た。
何が起こったのか。当然俺が押し負けたわけではない。
俺の攻撃は確かにユウキに直撃し、そして十全たる威力を持って押し勝った。しかし、それでユウキは死ななかったのだ。どころか、即座に負傷はなかったことになり、次なる攻撃へと転じた。
空の守護者を自称しながら、空中では成す術の無い俺は、それに抗う術もあるはずもなく――こうして地面へと叩き落とされてしまったというわけだ。
ここから分かるのは――
(…………<霊魂奉納>が自動発動になってるな)
詠唱もなく回復したのだ、それしかあり得ない。
そしてあのレベルの負傷を一瞬で無かったことにするには、やはり<霊魂奉納>しかあり得ない。
となると、ユウキがこれまで何をしようとしていたのかが見えてくる。
それがユウキが選んだ初手。この戦いで二回しか使えない切り札を早々に使ったのは、この<霊魂奉納>の用途変更のための時間を作りたかったからだと考えられる。
しかし瞬く間に戻ってきた俺の妨害でそれは断念。続けて攻撃を畳みかけられ、それどころではなかった。
だが起死回生の<勇者の一撃>が決まり、その怪我の功名によって空へと回避する余裕が生まれる。
空で長々と何をしているのかと思ったが、つまりはそういうことだ。ユウキは<霊魂奉納>の切り替えを行っていた。
(…………頃合いかな)
ここに、ほぼ全ての条件が整った。
後は思い描いた決着へと走り切るだけだ。
首だけを上下に振り、後頭部を大地に叩きつけることで、反動に身を起こす。
大きくバウンドした肉体はふわりと浮き上がったのち、俺の体を両足から地面へと帰した。
空から視線を戻せば、そこには聖域に舞い戻った守護霊獣の姿が。
それも、負傷の一つもなく、顕在。まるで今戦いが始まったと言わんばかりの新鮮な気配を見せていた。
「決着が見えて来たね」
「そうだな」
俺の答えに、ユウキは意外そうな顔をする。どうやら同意されるとは思っていなかったようだ。
当然俺の答えは、強がりでもハッタリでもない。まごう事なき本心。
ユウキは、選択を誤った。
(確かに空中では確実に攻撃が通る……強気に出てプレッシャーもかけたかったんだろうが……)
このユウキの行動によって、俺は確信した。
<霊魂奉納>は、一回の攻撃を無効化する類の技ではなく、ダメージ換算だと。
一回の攻撃を無かったことにするだけなら、オート発動にする必要はない。確かに詠唱なしというのは魅力的だが、あの重要な局面であそこまで時間をかけてまで発動するだろうか。
そして極めつけは、その後の大技によるぶつかり合い。数回にわたる攻防を想定して――というのなら自動化も頷ける話だが、あの空中でのせめぎ合いに自ら名乗り出ておいて、そんな想定はおかしい。
つまりあれは、大ダメージを受ける覚悟で、それと引き換えに確実なダメージを与えたかった――そんな考えから生まれた衝突だ。
そして受けると分かっている大ダメージを瞬間的にやり過ごすため、直前で<霊魂奉納>を自動で発動出来るようにしたと考えられる。
でなければあの流れにはならない。結論ありきの推測と言われても仕方がないか、最終的にしっくりくるかどうかの問題だ。
つまり<霊魂奉納>という能力の正体は、一度の攻撃を人間一人の魂で無効化するのではなく、受けたダメージに人間の生命力を換算して打ち消すというもの。
ユウキはこの情報を俺に与えてしまった。
これならばまだ、<霊魂奉納>を自動発動にせず、その都度使用していた方が勝機があったほどだ。
その状態でも俺に痛烈な一撃を食らわせた実績もあるのだ。むしろこの選択はあの開幕の勝ち星を己で無に帰す行為。
現に俺はもう、目的を一つに絞ってしまった。あくまで俺から見た場合だが、早まった判断と言わざるを得ない。
「強気だね……けど大丈夫? 必死に隠してるみたいだけど……雷、使いものにならないのバレてるよ?」
「やっぱバレてた?」
「バレバレ」
ユウキが言うように、大規模な雷は撃てないどころか、恐らく遠距離攻撃の類も今の俺では軒並み無理だろう。ならば俺のできることは、肉弾戦によるダメージでユウキが保有する魂を全て削りきり、最後に残ったユウキの命を刈り取ること。
つまりこれは、ユウキとの勝負というより、時間との勝負。
だが毒で完全に動けなくなるようなことはないと考えていい。鋭く持続する痛みと、肉体の動きの鈍化。やはりパフォーマンスは滞りなく落ちていくが、言ってしまえばその程度。
俺にとっては、やはりデバフの一つにしかならない。だから俺が最も警戒すべきは、最初から最後まで、ルルワの血が無くなる残り時間。
これが完全に消費されてしまった時、俺の完全敗北は決定する。
ならば俺がここから勝つ最良の手段は、ユウキをこの聖域から追い出すこと。
聖域内での移動速度補正に俺の飛行技術まで使用するユウキを追い出すのは、楽な作業ではないだろう。当然向こうもそれを一番に警戒するのだから、攻防は熾烈を極める。
しかし自動化された<霊魂奉納>を攻略するのも、かなりの難行と思われる。そもそもどれほどの魂のストックがあるのかすら定かではないのだ。
先の<狂月の漸近鬼>のダメージを迷わず献上したことを鑑みれば、もはや残された時間で削りきることは絶対不可能の容量なのかもしれない。
端からもう無理な数なのであれば、やるだけ無駄だ。
やはり雷の力がこの戦いでほとんど使いものにならないと分かった時点で、俺が取るべきはその道筋。
聖域の守護者を、聖域外で殺す。
(――と思ってんだろ?)
当然、そんな勝ち方は俺の中にはない。絶対にありえない。
ユウキの中にどれだけの生命力が残っていようが、残り時間では到底削り切れないだけの魂の数だろうが――その全てを削り切った上で、勝つ。
そして、そのためには――
(雷は使えないだと? いいね、やってやるよ)
俺は、ここに決着の未来を見る。
雷の力で、この勝負を決めてやると。
残り時間――10分弱。
この聖域で、この雷の力で――
不死身のユウキに、勝ってみせる。




