第073話 天命の戦い
(電気…………いや、雷か)
突然の落雷を、俺は祝福の演出の一つなのだとその身で受け止めた。
いきなり話に聞いてないお月様がひょっこり顔を出してきたのだから、そこから放たれたものも演目の一部と想像するのは、至極当然の思考だろう。
しかし万人から理解と共感を得られるであろうその考えの変わり身は、早かった。天からの一撃をその身に受けた瞬間――俺は直感したのだ。これこそが力だと。
そこからは簡単だ。珍しく鈍感属性の入ってない系主人公たる俺は、与えられた能力の本質を即座に悟る。
これは――雷だ。
(凄いな……ここまでとは)
肉体を突き破らんと荒れ狂うエネルギーは、ハリケーンを思わせる。
力の奔流が留まることを知らない。こうしている今も、早く暴れさせろと体に訴えかけてくる。
必死に抑え込まなければ、我先にと破壊の力に代わって飛び出ていきそうだ。実際さっきまで特に命令もしていないのにだだ漏れだった。
俺でも完全には制御しきれない――それほどの力。
自分でやっておいてなんだが、こうも狙い通り行くと驚きを禁じ得ない。正直半分以上賭けだった。失敗してもゴミみたいな能力が来ることはないだろうと、結局能力は使い方次第だと、もう半分で己を慰めながら踏み出したなけなしの一歩。
それが世界を飛躍するほどの一歩になるとは、何事も踏み出してみないことには分からないものだ。確かな勝算の光を見出した博打とはいえ、その光は太陽の存在を間接的に匂わせる月光のように掴みどころがないもの。やはり全く想定外の結果だった。
ここから分かることは、俺は非常に運が良い。
そして俺を森から出してくれたルルワと、俺に術を教えてくれたアワンが、この成功の立役者であり功労者だ。これは、二人から貰った力と言っても過言ではない。
(熱い……だが痛みがない。ダメージすら)
己の能力であるのだから当然――ではないことを、俺はアワンから聞いて知っていた。
この世界では同士討ち、いわゆるフレンドリーファイアと言われるものは、有効という扱いになる。早い話、魔術を飛ばした先に仲間がいた場合は、その人間にダメージが入るというわけだ。
それは仲間だけでなく、自身にも適用される。
例えば魔術師が放った火属性攻撃によって火が燃え広がった場合、その熱によって自身が火傷することもあるということだ。だからこそ発動の機会、場所、威力には慎重にならなければならない。ゲームのように脳死で立ち回れば、たちまち死の未来が訪れる。
この点において議題に上がるのは、やはりユウキだろう。
彼の能力、<犬吠精霊>の毒についてだ。
毒はユウキの体から発生しているというのに、これまでユウキ自身が毒のダメージを負っている様子は全くない。これは本来おかしいことだ。世界の法則に乗っ取れば、毒を放出する人間も毒のダメージを負うのは道理。
だがこの点については、俺は既に答えを出していた。
(特異点は事情が違うんだろうな。神がそのあたりの条件を勝手に調整したんだ)
神が授けた能力。この場合恐らく、条件調整も神が行っているのだ。
ユウキが幼少期に部族を追い出されたのは十中八九この能力が原因だろう。ならば自然に考えて、天術の概念を知らない時からユウキはこれを発動し、そして普通に生きてきた。
だから逆説的に考えて、特異点では話が違う――とするしかない。つまりはユウキは絶対的例外のパターン。
毒の源泉に選ばれたレイラに関しては、後でユウキ自身が毒に対する耐性を施したのだ。操作能力を付け足した時の条件型契約で。
とどのつまり、俺が現状雷を宿していることは、やはり当たり前のことではない――となる。むしろ完全な異常事態。
太陽表面に匹敵する数万度にも及ぶ超高温。
皮膚は瞬間的に炭化、もしくは蒸発。体液は沸騰、続いて当然のようにもたらされる水蒸気爆発。
血管、眼球などの部位、内臓各種は中から破裂。
最低でもこれらの熱損傷は避けられない超高温にも――無傷。
落雷の電圧は数千万から数億ボルト。
電流は数万から数十万アンペア。僅か数十ミリアンペアの電流で危険域に踏み込む人体では、致死的不整脈はまさに必死。
心室細動、呼吸停止、脳神経の損傷、中枢神経破壊、神経断絶、心肺停止――全ての生命維持機能が瞬時に停止するような強力な電流にも――無傷。
極めつけは、雷という現象が生み出す絶大なパワー。爆発的圧力。
雷は空気を急速膨張させ、雷鳴と共に衝撃波を生成する。
これを体内に閉じ込めた場合、内部爆発に近い現象を起こすことだろう。内臓は当然破裂。鼓膜も破裂。全身の骨折は免れず、もはや肉体粉砕。
つまり最低でも、即死、内部爆発、全身炭化――これらの結果は避けられない事態に対し――顕在。
当たり前ではない。これらは明らかに、この世界の法則に反した事実。だが――
(アベルも似たようなことしてたな。つまり可能か不可能かで言えば、可能ではあるということ)
自身の能力を悟った瞬間に、ほぼ同時に脳裏に浮かび上がったのは――人間の英雄、アベル・シェメシュ。
レベルは俺の半分程度である50、かつ種族的な恩恵を持たない人間種。しかし人類トップレベルの天才と言われる男は、これに近しいことを可能としていた。
つまり、自分の力でダメージを負わないようにする方法自体は、この世にもあるということだ。もちろんこれは当たり前ではなくやはり例外に当たるのだろうが、例外でも世界に認められてはいる。
ならば――
(俺が吸血鬼であることとは、恐らく関係がない。俺が雷になったわけでも。なら自然に考えて、雷に耐えられる体になった。もしくは――)
この雷は、俺だけに適応する。
その場合考えられるのは、やはり能力の生み出し方の違いだ。
この雷の力は、大枠で見れば魔術で創造したものとなるのだろう。しかし厳密に言えば、悪魔が与えた力ではない。試練を受けることによって得られた祝福という扱い。つまり自能力で引き起こされた結果となる。
だがその事実によって、以下のどちらのパターンでこんなこととなったのかは、正直俺にも分からない。
一つは、捧げられた代償が大きすぎて、悪魔が能力の条件にまで手を出せなかった。本来俺が狙っていたのはこれだ。
この世界はバランスと公正を是としている。だからこそその人間の才能と覚悟に見合った力を与えるのだ。全員が平等な条件の中でさらなる力を模索するシステム。これが術にしてこの世界。
ならばこちらが差し出す才能と覚悟が大きければ、あちらも合わせるしかない道理。表面上だけでも平等に見せかけなければ、公正などとは口が急けても言えないから。
だから悪魔は条件などとは言い出せない。<月夜見>という能力の発動自体に命を懸けるという狂行に、杓子定規の審査を行うしかなかったのだ。
これによって、与えられた能力に制限がかけられなかった。それが一つ目の考えにして、本命。
そして二つ目は、これが俺の能力だからだ。
先も言ったが、この雷の力は悪魔との取引によって勝ち取ったものではなく、厳密には俺の<月夜見>という力が形を変えたものの一つとなる。
だから俺の体に適応している。ルーニーが能力を生み出す時、そういう風に手を加えたのではないか。
つまり神や悪魔が腹の中で与えるとされる特異点の祝福に近い。ルーニーが勝手に条件調整を行った。だから俺に最適化した能力となった。
それがもう一つの考察だ。対抗だが、僅差。もしくは同着の可能性もある。
これら二つの要素が上手くかけ合わさったからこそ、今の現実があるのかもしれないと。
(分からないな……まあ分からないことをいくら考えても――ん?)
肉体に集中していた思考が、上へ向かう。
気配の変化を悟り、見上げれば――天が割れていた。
いつの間にか月はどこかへ消えており、人工の夜が晴れる。
開いた天から落ちてきたのは、まるで鳩のように降り注ぐ光だ。聖霊の実在を匂わせる光の柱が、次々に地上へと降り注ぐ。
(<月夜見>が解除されたか……)
どうやら祝福が授けられれば、能力は強制的に解除されるようだ。まあ自然だ。これは試練を行うための空間なのだから。
夜の世界が終わり、瞬く間に昼の世界が戻ってくる。そして世界を照らし出す光が、数十分ぶりに吸血鬼の体にも届けられた瞬間――
俺は、気が付いた。
(っ!?)
ルルワの血の大半が、消失していることに。
(まじかよ!? こんなに使うのか!?)
残量は体感にして、残り数十分の稼働といったところ。
いくらここにいたるまでの数日間少しずつ消費していたとはいえ、あり得ない消費量だ。これは確実に、俺の太陽の抵抗とは別の理由がある。
そしてまだ日も落ちないような時間帯だというのに、唐突に残り時間に迫られた。
(まあでも数年に一回の大技、人一人の分身の創造と考えれば……妥当なのか? 早まったかなぁ……)
ルーニーの顕現にルルワの血を使ったのは、言ってしまえばなんとなくだ。
俺の日本人的感覚で、これは使った方が良い結果に結びつきそうと思った。血に含まれるルルワのDNAが俺のデザインの綻びを上手く補填してくれるのではないかと。
アワンによれば、意外とこういった感覚的思考や、なんとなく自分に合ってるかもという思い込みが術には大事らしいので、俺もここはノリで行ってみた。
しかしまさか、ここまで燃費が悪いとは思ってもいなかった。しかも――
(魔力の消費も著しいな……もう半分程度しか残ってないのか……)
曲りなりにも魔力を扱うようになって分かったが、俺の魔力量はちょっと信じがたいものがある。なぜ今までその存在に気が付かなかったのかというレベルで、その存在と使い方を分かってみると、本当に凄まじい。
だからこそこれの約半分がごっそり持っていかれた感覚は、喪失感が凄まじかった。
未開拓、未知のジャンルで達した時の何かを手に入れたような高揚感、そして何かを失ったような喪失感に限りなく近い。なぜ俺はいつもこんなくだらない例えしか思いつかないのか。きっと魔力と共に知恵も喪失したのだろう。
(いずれにしろ、決着を急がないとな……)
残り数十分の時間制限内にケリをつけ、ルルワの元へ。
俺が自身の現状をほぼ把握し終わり、戦闘の再開を視野に入れた頃――
獣が、動き出す。
「<犬吠精霊>」
「っ!」
迸る雷に対抗するように展開されたものは――毒だ。
それは昼の世界を彩る色の主張だけに限って言えば、雷にも勝っていた。
その能力の凶悪性に関しても、決して引けを取らない。おそらく多数への影響という面では、他の能力の追随を許さないだろう。
(…………やはり毒は消してたな。ここで再開か)
当然気がついていた事実ではあった。しかしこのタイミングで能力が再開されたことに、俺は内心で笑みを浮かべる。
最初は<月夜見>の発動によって能力が強制解除されたのかと思ったが、可能性は低いだろう。なぜならユウキは聖域から追い出す能力を、空間内でルーニー相手に使っていた。あれは俺の勘が正しければ、<妖精の丘>の能力の一部だ。
(<霊魂奉納>、<喜犬の庭駈け>も同様だろう。聖域でのバフ。これが<妖精の丘>の正体)
天術は己へのバフ、魔術は敵へのデバフ。これは結構有名なルールのようだ。
唯一相手の能力を奪うというのがバフに該当するのは釈然としないが、己の力にするという点がバフに該当するという屁理屈で一応は納得できる。
つまりこれらは、聖域限定の補助効果に過ぎない。ならば自然に考えて、<月夜見>内でユウキが能力発動できた時点で、能力強制解除という可能性は潰える。
ユウキがルーニー相手に追い出し能力を発動しようとした時点で、<妖精の丘>はずっと展開され続けていたということになるからだ。
ではなぜこれまでは、<犬吠精霊>を発動していなかったのか。
その理由の一つは、まず試練に集中するためだと思われる。流石のユウキも複数の能力を展開しながら極限の勝負に挑むのは骨が折れるだろう。たぶん俺が逆の立場でもそうする。今だけはこれ一つに集中したいというごく当たり前の精神的判断。
そしてもう一つはもっと単純な、実利の問題だ。
天力の無駄な消費を抑えるために、<犬吠精霊>を解除していたのでは。俺はこう考えた。
<犬吠精霊>は確かに俺にも効果のある能力だが、それ単体で致命的なダメージと言われればそれは否だ。
この能力は俺相手では、他でダメージを与えながら追い打ちとして使用する――まさに傷口に塩を塗る的な相乗効果でしか期待できない力。それが最も強力であり最適解ではあるが、だからこそ戦闘が行えない時間に単発で発動するのは非常に勿体ない。
ユウキがそう考えるのもごく自然だろう。となるとここで浮上するのが、もう一つの能力<妖精の丘>だ。
(<妖精の丘>は、おそらく回数制限型だ)
回数制限、場所制限、時間制限――術には様々なルールがあるとされているが、やはり最も王道となるのが回数制限だ。
その中でもこれは、例えば数週間に一回レベルの術なのではないかという考察が、今の俺の中での最有力だった。
その唯一無二の理由こそが、やはり能力の強さ。正直インチキというレベルで強い力だ。俺でなければ即詰みだろう。これを何の制限も条件もなしに使用できるとは思えない。
だからこそ――
(今後<妖精の丘>の詠唱が無ければ……黒だ)
もし天力の消費を抑えるために<犬吠精霊>の発動を辞めていたというのであれば、<妖精の丘>を止めない理由はない。
なぜなら<犬吠精霊>よりもさらに使えないからだ。持続的にダメージを与えられる毒はまだ消費する天力にも意義があるが、聖域でバフをかけるだけの力をあの試練の時間中にも発動しっぱなしだったのであれば、それは勿体ないというレベルではない。大アホである。
だからもしそんな勿体ないことをしていたというのであれば、逆説的に<妖精の丘>の発動は打ち切ることができないということになるのだ。
世界が戻った途端、勇み足に<犬吠精霊>を発動したことも、この推測に拍車をかける要因。
発動しっぱなしでいないといけないのなら、天力は時間が経つだけ消費する。ならば決着を急ぐのは至極当然。
つまり、俺の結論はこうだ。
ユウキはこれまでの時間、<妖精の丘>の持続発動で大量の天力を消費。だからこそ少しでも節約するために<犬吠精霊>を切っていた。
そして世界が戻ってすぐに<犬吠精霊>を再開したのは、残りの天力に余裕がなくなってきているから。決着を早めなければという焦りから。
となると、できるだけ時間を稼ぎ、ユウキの天力が勝手に尽きるのを待てば、俺の勝利は確実ということになる。あくまで<妖精の丘>が本当に一度しか発動できない力であれば、の話にはなるが。
だが――
「話が早くて助かるよ」
「いいさ。ここまできて、くだらないお喋りなんか君も臨んじゃいないだろ?」
それは、俺も同じことだ。
ルルワの血が完全になくなるまでに、決着をつけなければならない。街に広がった毒のことも考えれば、やはり一秒でも早い決着が望ましい。
なにより――
「ああ」
時間切れ、判定、引き分け。
そんなつまらない決着では、もはや俺は満足できなかった。
そして俺にとっては非常に嬉しいことに、どうやらユウキも、そうらしい。
「けど再開の前に、一言だけいいかな?」
「ん?」
やはり<妖精の丘>の詠唱はない。俺が先の推測をほぼ黒にしかけた時、ユウキは顔をあげる。
見せられた様相は、これまでとは全く違っていた。
「認めるよ。今のアワンを――受け入れる」
「…………」
勝負の前にこれだけは言っておきたい。その気持ちがよく伝わってきた。
それが決して誤魔化しの類でも、ましてやマヤカシなんかでもないことは――その表情が、教えてくれる。
「だから……」
そして――
「君を殺して、アワンを奪い去る。ボクはようやく、自分のやるべきことが分かったよ」
ユウキがこの戦いに臨む、並みはずれた覚悟も。
「…………」
何があった――そう思うレベルの変貌。
まるで少年が突然大人の顔になったかのような――決して表面的な凛々しさだけではない、もっと奥深くの精神の変化というべきものが、その顔には現れていた。
だが――
「そうか」
俺はその変化には目もくれず、ただ一つの事実に――心から笑う。
嬉しくて、嬉しくて、仕方がなかった。
「言ったろ? アワンにはまだそういうのは早い」
「よく考えたら、父親に承諾を得る文化って何なんだろうね? 別にお前のものじゃないっての」
ようやく、楽しい戦いになりそうだと。
瞬間――押し寄せるのは、獣の気配。
威圧感がみるみる膨らみ、空間ごと捻じ曲げるような存在感が空気を押し広げていく。
気迫に乗る様に、もはや気迫そのもののように広がるのは――猛毒だ。
聖域の守護神が今、その本領を初めて発揮しようとしている。それが――分かった。
舌なめずりを全身で表現しながら、獣は静かに吠える。
やはりこれまでとは全く違う、重い言葉を。
「恨みはないよ。だけど……お前はこの世界に、いちゃいけない存在だ」
使命を宿したような硬質な瞳が、獲物を睨み上げる。
殺意と言う名の唸りを溢す鋭い牙が、口元から光る。
そして、並々ならぬ覚悟を伴った気配が――世界を揺らした。
「よく言われるよ」
その時――
昼の世界を――月の光が照らし出す。
大地に限りなく近い空から――雷は放たれた。
ここは、コイラスの中心街から、遥か西に外れた位置にある小さな丘。
たった一人の少女とたった一匹の獣が生み出した――聖域。
挑むは、大陸最強の12使徒にして、神の寵愛を受けし祝福の獣――ユウキ。
迎え撃つは、森最強の吸血鬼にして、世界の異物――ムメイ。
それぞれ人に救われた過去を持つ、因縁浅くも宿命深き二人。
両雄が今、ようやく死闘の舞台に並び立ち、ここに決戦の銅鑼を鳴らす。
それは、一人の少女の未来をかけた戦い。そして――
この先の世界の命運を分ける――天命の戦いだった。




